ウロボロス
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後日談

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黒塗りの長い車が広大なビジネスキャンパスのエントランスに入り、入り口で黒服の男に迎えられた。運転手は車を停めると座席ドアに回り、そこからカルヴィンが踏み出した。髪は灰色になり目は重たく垂れていたが、その眼光は変わらず鋭く青色のスーツも清潔で張っていた。出迎えた男は彼よりも若かった──財団の新たなサイト管理官だ。カルヴィンが立ち上がって上着を整えると、男は歩み寄って手を伸ばした。

「おはようございます、監督者。」
男はにこやかな笑みを浮かべて言った。
「サイト-108へようこそ。来ていただけて光栄です。」

カルヴィンは素直に微笑んで男の手を握った。
「会えて光栄だ、ハウス管理官。」
男に応じた。
「言わば一石二鳥の機会、だな。遅れてしまい申し訳無い──ここ最近の出来事で、あちこちに引っ張られているもので。」

ハウスは粛々と頷いた。
「そのようで。サイト-17のチームが今朝こちらに来ました──おそらくあの墜落地点からまっすぐ来たものです。」

カルヴィンはピクリと反応した。
「ああ、そうだな。何か他に行動する前に、まずは彼らとの話を先決した方が良さそうだ。」
言いつつ、腕時計を見下ろした。
「残りの者たちはもう来ているか?」

ハウスはポケットから携帯端末を取り出すと、書類に目を通した。
「管理官は皆到着し、監督者はほぼ全員到着しました…O5-2を除いて、ですね。」

カルヴィンは頷いた。
「ああ、彼女もすぐに来る。到着したら知らせてくれ。」

ハウスも会釈し、カルヴィンをサイト-108のメインロビーへと粛々と案内した。そこで、先にサイト内の確認をしていたカルヴィンの警備隊が合流し、彼らも後を続いた。さいとのセキュリティ施設に入り、そう経たないうちにエリアの主要室から外れた小さな会議室に到着した。ハウスはドアを示しながら中へ入った。

「何かご必要であれば、いつでも私のチームが対応できます。」
彼は言った。
「お困りの時は遠慮なくお呼びください。」

カルヴィンは頷いて応じ、ハウスはホールに戻って視界から消えた。会議室のドアを通ると、件の墜落に伴い結成された調査チームが湧き上がった。彼には、チームの人々が疲弊しているように見えた。入ると、チームリーダー──新進気鋭の博士であるトーリ・ラングが歩み寄ってきた。

「監督者、」
彼女は軽くお辞儀しつつ言った。
「お会いできて光栄です。」

カルヴィンは笑顔で応じた。
「こちらこそ、ドクター・ラング。遅れてしまい申し訳ない。私の警備隊がきっと神経質すぎたのかなかなか入れなくて。」

ラングはすっと頷いた。
「もちろんです、監督者。状況を鑑みるに、用心深いに越したことはありません。我々も今朝到着したところです。」

カルヴィンは目の前のプロジェクターの映像を見上げた。その中でジェットライナーのひしゃげた機体の残骸がクレーターの中央でまだ燻っていた。映る全ての画像には財団の調査隊が犇めいていた。映像に対して、目を細めた。

「人命被害は?」
彼は尋ねた。

「最小限です、幸いなことに。」
ラングはフォルダを手渡しながら答えた。
「搭乗人員はパイロット3人、技師、4人編成の警備員と小規模でした。他の被害は翼の落下地点に──ここですね、」
彼女の指した農家は落下した残骸により、ほぼ2つに分断されていた。
「あとは、我々が到着する前に、落下地点を物色していた一般市民2名がアノマリーに曝露したため、終了処分の必要がありました。」

「合計11人か、」
カルヴィンは言った。
「あまり良くないな。」

ラングは少し身を引いた。
「ええ、よろしくありません。積載されていたアノマリーの大半は無事回収できましたが、いくつかは落下の衝撃で破損し、そして…」

カルヴィンは片眉をあげた。
「なんだ?」

彼女は少し居心地悪げに身を揺らした。
「いくつかは、紛失していました。密閉されていた収容ケースのいくつかは、落下の衝撃、もしくは第三者の手が加えられて開封されていました。その上で、中身は取り除かれていました。」
彼女はページの下部を指した。
「詳細はこちらです。3つの未分類のアーティファクトです。評価保留中のもの1つと、魂の瓶です。」

カルヴィンはゆっくりと頷いた。
「不幸なことだ。ブルーマーケットで何か噂話は出ていないか?」

「特別ありませんでした。今回のような…その、インサージェンシーが関わる時は、あまりそういうものが出てくることはありません。彼らは、アーティファクトを売却することがないので。」

「ああ、そうだったな、」
カルヴィンは、頭の横を指で叩きながら言った。
「許してくれ、忘れていた。今のところ、インサージェンシーから声明は出ているか?」

ラングは部屋の奥のエージェントの1人に指示をした。彼はプロジェクター映像上に動画ファイルを引き出した。

「これは昨夜遅くに『ナイツ・オブ・トゥルース』のWebページに投稿されていたものです。すぐに発見できたので他のサービスでも即時フラグをつけ、今も動向を監視しています。」

カルヴィンは映像をじっと見つめた。
「だれかこの内容を確認したか?」

ラングは首を振った。
「いいえ、監督者。インサージェンシーのプロパガンダは、レベル4クリアランスが必要なので。」

カルヴィンは再度頷いた。
「結構。ラング博士、どうか休憩を取ってきてくれ。調査隊全員疲れているだろうから、みんな休んでくるといい。私のチームがこれを引き取る。」

博士は会釈し、調査隊はゾロゾロと退室した。全員がいなくなると、カルヴィンはドアに鍵をかけ、最前列の席に座った。デスクからキーボードを引き出すと、再生ボタンを押した。

映像は、いつものCIのプロパガンダ映像よろしく始まった──財団の紋章が3本の並列の矢に貫かれ、インサージェンシーのロゴマークを生成した。それがフェードして消えると、人の顔が映し出された。カルヴィンは何度も見てきた──こういった映像をこうして席について見るたび、都度容易くなっていった。男性が──成人している──テーブルを前に腰をかけていた。その金髪は後頭部で結われ、髭は丁寧に剃られていた。防弾ジャケットを身につけ、手には銃を握っていた。彼のいる席のテーブルには、翡翠で作られた華美な小瓶が置かれていた。

アダムだった。

「生まれ変わりしインサージェンシーの兄弟姉妹よ、」
彼は高らかに告げた。
「本日、我々はこの現実を侵す者共に対して偉大なる勝利を獲得した。本日我々は、世界の存在を癒すのでなく私欲のために脅かす独裁者らに唾を吐きかけた。奴らの航空機を高らかなる空から大地へと突き落とし、その象牙色の塔に我々の声明を見せつけた──奴らに安息などないと。もはや奴らは自由に世を闊歩することも許されない。我々の力は増し、それにより我々は奴らへの牽制を続ける。財団は本日、首を垂れたが、我々は決して気を抜かない。我々は決して栄誉に浸ることはない。次に奴らを打ちのめす機会を、その最大の急所を求めて狙いを定め続ける。奴らの供給を断て。船を沈めよ。列車を落とせ。奴らの齎した世界の傷を癒し、この世界をまた完全に戻すのだ。」

彼は立ち上がり、スクリーンから出た。そして戻ってくると、その手には大槌があった。カメラはズームアウトし、アダムはその槌を両手でかかえた。

「独裁者や暴君どもに待ち構える唯一の返答はだ、兄弟姉妹皆々よ。復讐ただ1つだ。」

彼は槌を高く掲げると、それを瓶に振り下ろし、安置していたテーブル諸共粉々に砕いた。眩い光と凄まじい音が、緑の塵と帰す瓶から放たれ、カメラの映すアダムの姿をぼかした。少しして、彼の声が戻った。

「見ているのはわかっているぞ、カルヴィン、」
彼は言った。その声は、囁きに等しいものだった。
「これがあんたの作り上げた世界。あんたの建てた塔。航空機。その死は全部あんたの手のものだ。俺があんたのレッド・ライト・ハンドだ。俺こそが、あんたがなりたくてたまらなかったものの姿だ。あんたはただその自らの手で焼き払うべきだったその要塞の中でただ座っていればいい。だが絶対に安全だなんて思うなよ。」

声は次の言葉を躊躇い、カルヴィンの耳に届くのはただアダムの荒い呼吸だけだった。靄が晴れ、アダムの姿がハッキリと見えた。あの若く、頼りなかった少年はもうそこにいなかった。ほんの数年で、彼の体は隆々とした筋肉に固められた。首筋に傷があり、目の上にも小さなものがあった。

「理解できないよ、カルヴィン。俺はずっと理解できなかった。俺は信じてたんだ、みんな信じてた。アンソニーも、俺も、デルタのみんなも、オリヴィアも…」
彼の声は小さく掠れていった。
「あんたがオリヴィアに何をしたのか知っている。あんたの連れまわすあの傀儡を、監督者の仮面を被せているモノを。カルヴィン、アレはオリヴィアじゃない。あんたが一体どんな汚い手を使ってあの物体を手に入れて連れ回して話しかけているかは知らないがな、俺はオリヴィアを知っているし、彼女は死んだ、そしてアレは彼女じゃない。

彼は拳を壁に叩きつけた。
「臆病者。臆病者で、裏切り者だ、あんたは。あんたがその手で仕出かしたことに対して、生涯苦しみ続けられるよう、俺はいつまでも見ているからな。」
彼は両腕を広げた。
「俺こそが復讐だ。俺こそが憤怒だ。」

画面は、暗転した。

— - —

数時間後、彼は長テーブルの最奥に座していた。合計13脚の椅子、左右に6脚ずつ、1脚が最奥の端。彼は目の前に山積みの紙束を置き、顔をあげた。12対の目が彼を見返した。

「さて、話を始める前に。」
彼は言葉を始めた。
「君たち全員の昇進をここに祝おう。インサージェンシーのこの評議会に対する企ては数多の優秀な管理者たちの命を散らしい、それをまた埋め直すのも容易ではなかった。サイト管理官評議会と倫理委員会の懸命な行いのおかげで、我々は、私が思うに、この切り替えの時期を乗り越えられる素晴らしい評議会を立て直すことができた。」

彼は前に置かれた書類のファイルを開き、1枚の紙を取り出した。
「君たち全員には各々の役職が与えられたが、この会議のため、私は皆々の監督する職位と部門を読み上げたい。念のため、この場について詳しくない者のためにもね。」

彼はページを読み上げていった。
「さて、順番に行こうか。」

1つ1つ、彼はリストを読み上げていった。最高位の地位に至った財団の名だたる研究者、エージェント。いくらか人事異動もあった──過去に空きのあった人事枠は今や新たな管理者の下となった。経理部門、応用影響部門、一般認識部門──

「そして次にO5-2がエージェント・オリヴィア・トレスとし、前O5-13担当の、うむ、神秘学部門の新監督者とする。」
彼は再びためらった。室内にわずかなどよめきが響き、その声たちが彼の隣の人影に視線を向けた。それはほんのわずかも動かなかった。

「そしてもちろん私だが…私については今後も変わらずにいる。」
彼は書類他の者たちの見下ろすから顔をあげた。全員に目を渡す最中、ちょうど右側に感じる視線は避けるようにした──今までのように、頭蓋に刺さるように感じ取れた。
「他に質問はあるかな?」

沈黙の後、彼は頷いた。

「よろしい。では、始めようか。」

— - —

その夜。カルヴィンは自室で眠らずにコンピューターのぼんやりと光る画面を見つめていた。昼間に確認した動画ファイルを自身のセキュアサーバーに移動し、主要データベースからは削除した。それも積もりつつある書類の一部なのだ──インサージェンシーの襲撃の記録、新聞の切り抜き、手記──インサージェンシーに関わる情報の山だ。渾然一体のそれらから話を紡ぐのは難しいことだろうと、カルヴィンは思った。他の誰かが理解し、彼の今存在するココに至ることを難しくしていることだろうと思った。

管理者権限でエディタを起動し、書き始めた。全てを添付した──回収した紙束、撮影された写真、名前の羅列。〈全てを視る目〉のアクセスできた音声記録の転写──そのものが破壊されて久しいが、記録は残っていたのだ。それらを全てまとめ、1つの書類を作成した…物語の全てを語る1つの書類を。意味の通じる物語を。

Principalis
彼は考えた。
きっと最適な分類になるだろう。
連合が発見した最古の異常物品を分類するために使った名称だが、知る限りではもう数十年も前から使われていないものだった。

俺以外、誰も知ることはない。
カルヴィンは考えた。
だから、関係ないだろ?
収容プロトコルは手順書だ──O5評議会はこの新たな実体を収容し、その最中にも世の平穏を維持するのだ。

もしやここがアーロン・シーガルのかつて座した場所なんだろうか?ふと考えた。夜明けまでずっと眠らず、疲労の限界に達しても体を押して、自身の座る爆弾への対策をただ考えたのだろうか?自身の仕事に満足したことはあっただろうか?カルヴィンはそうなれるだろうか?また別の簒奪者が立ち上がり、自分がそうしたように、自分を覆すことはあるだろうか?自身の行いをどう説明したものか?他に選択などがないと、どう語ろうものか?そもそも関係あるか?

ドアがキイ、と呻き、人影が静かに入ってきた。それは部屋を渡って隅に座ると、カルヴィンをじっと見つめた。カルヴィンはそれに目を向けなかった。何であるかはわかっていた。だから見ることができなかった。

だが、どう説明できようものか?次の監督者が見て、理解できる何を言えるだろうか?自分こそずっと間違っていたのだ──評議会のことでもなかった、アノマリーのことですらなかった。心の闇に覆いを被せ、ただ鏡を見つめて、自身の欲望と意義の鏡像を見つめていたに過ぎなかった。『目的』はなんと告げていたか?

私を知ることは、財団を知ることである。
彼は財団の真の顔を見て、自身の顔を見て、ただ鳴動する電話に手を伸ばし、妥協も交渉も許さぬ声を聞くだけだった。それが在るべき姿だ。SCP-001の本質を知る事は財団の本質を知る事だ。

ラップトップを閉じ、横に避けた。外のセキュリティライトのぼんやりとした明滅の中、オリヴィアの顔は暗闇の中で浮き上がるのが見えた。彼女は瞬きしなかった。その眼は彼をじっと見つめていた。
──彼女はもう戻らない、
化身は言った。
その敷居を越えて、元あったものに戻ることはないのだ。

「こんばんは、オリヴィア。」
彼は静かに声をかけた。
「もう眠りたいのかい?」
そう尋ねた。彼女がもはや眠ることはないと知りながら。彼女はただ部屋の隅に佇み、瞬くことなく、一晩中、彼を見つめるだけなのだ。

オリヴィアの顎が不自然なほどに大きく開いた。その喉奥からすり潰すような、軋むような呻き声がひり出され、怖気を伴ってカルヴィンの耳に届いた。

「かああああああるゔぃいいいいいいいいいんんん、」
オリヴィアだったモノが唸った。
「かああああああるゔぃいいいいいいいいいんんん、」

カルヴィンは動かなかった。呼吸もしなかった。

「オリヴィア、」
つとめて優しい声で話しかけた。
「やめてくれ。今夜はやめてくれ。今夜はできないんだ。どうかおやすみ。」

その晩、彼女は少しも動かなかった。カルヴィンも眠らずに過ごした。

— - —

朝、彼女はいなくなり、彼はまたひとりぼっちになった。起きて、着替え、コーヒーを1杯注いだ。コンピューターを立ち上げ、いつものように書類に目を通し始めた。

少しして、デスクの電話が、これまで何度も繰り返してきたように鳴動した。

そして過去に何度も繰り返してきたように、O5-1は受話器を取った。








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