SCP-CN-590

SCP-CN-590 補遺


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    伍玖博士とSCP-CN-590-1個体「O5-13」の面会映像記録

    映像記録を読込中……

    エラー

    ファイルは攻撃により破損しました。SCP-████により、バイタルサインが███の対象からの攻撃と特定。O5-13、またはバイタルサインが同一の対象からの攻撃であると判断します。
    プロトコル590-███-██に基づき、予備テキスト転写を展開します。

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      対象者: O5-13に酷似したSCP-CN-590-1複製体の「O5-13」

      質問者: 伍玖博士

      前記: 今回のインタビューはSCP-CN-590発見後の初インタビューであり1、財団職員によるSCP-CN-590-1個体との初接触でもある。またこの際、SCP-CN-590-1個体は収容状態に置かれていると認識していないことが判明している。インタビュー開始時、「O5-13」は執務室で公務を行なっている。事務机の上にはボイスレコーダーと数枚の書類が置かれており、書類にはO5-9及びO5-7のものと思われる顔写真や大量の文字が印刷されている。2

      <記録開始>

      <ドアを開ける音>

      「O5-13」: 「O5-9」か?なんでまた私の所に?まあ、適当に座ってくれ。(顔を上げずに書類を整理・密封しながら)

      <伍玖博士が部屋に入る>

      伍玖博士: こんにちは、私は伍玖と申します。これが財団による……

      「O5-13」: 伍玖秘書長……?しかし、なぜ……(身だしなみを整えながら) まあまあまあ、座ってくれたまえ。どうだ、この執務室も小奇麗に整っているのだろう?この椅子も客用に特注した物だ。ほら、座ってくれ。

      <伍玖博士は数秒間、呆気にとられている様子を示す>

      伍玖博士: (ネクタイを結び直す) ええと?秘書長……?すみません、私は――(数秒の逡巡の後、咳払いをし) はい……こんにちは、「O5-13」様。

      「O5-13」: ええ、ええ。まあとやかく言わんで座ってくれ。ははっ。こちらにいらっしゃるとはどういう風の吹き回しだ?行政解禁令を使ってまで……(伍玖博士に近づく) もしや母球の議会事務局でまた何か取り決めがあったのか?これは……公務とはいえ、でも、ほら、なあ……私も議会のため、母球のために長年務めてきたのだ。それなりに民衆の声とか、母球の事務とか気になるものでね。どういう事なのか、少しばかり種明かししてくれないかね?私としても、予め動いたほうがいいと思うのだよ。これで、どうかね?

      <対象は密かに「解禁令」と思しき漢字が印字されている青色の棒状物体を伍玖博士に手渡す>

      伍玖博士: そう――そうですね。しかし、こんな物まで……まあ折角ですし、一応受け取らせて頂きますね。(不明物体を鞄にしまう) それはそうと、先ほどご覧になっていた書類にO5-9様とO5-7様の写真が入っているようですが……

      「O5-13」: いやいや、O5-9だのO5-7だの書類だなんて。ただ昔を思い出してね、同僚との集合写真を見ていただけだ。いい時代だったなあ、まだ財団が存在していた頃。「ソレ」がまだ収容違反なんてしなかった頃は。まあ我々も甘かったものだ、無駄に正直さなんてものにこだわって……そうだろう?書類なんてどこにもないよ。私が処理するのは写真のない書類だけだ。処理すべき対象に関する物以外はね。君も分かっているだろう?

      伍玖博士: しかし、私ははっきり見たのです。集合写真ではなく個人の顔写真でした。

      <対象は数秒の間、沈黙>

      <対象は密かに「解禁令」と思しき漢字が印字されている青色の棒状物体をもう一本、伍玖博士に手渡す>

      「O5-13」: まさか。君を騙したって得にもならんよ。書類なんてどこにもない。全く、くだらないご冗談を……。

      伍玖博士: あ……ええ。申し訳ありませんでした。(不明物体をビジネスバッグにしまう) 貴方があのお二人を処理すべき対象として扱うなんてはずがないですよね。

      「O5-13」: そうだ。全く、君という人は。ああ、急に思い出したのだが……(声を低め) はっきり言っておこう。保守派は私がリードしているんだ。君も分かってるはずだ、私が言うまでもないだろう?知らんふりしおって……くれぐれも度が過ぎないことだ。(声を高め) そうだ。母球の方でまた何かあったのか説明してくれないかね?またピエールがやらかしたのか?わざわざ君を寄越してくるなんて。

      <対象は茶道具を取り出してお茶を淹れ始める>

      「O5-13」: 直接会うのは十数年ぶりになるかね。遠路はるばる来たのだ、おもてなしくらいさせてもらおう。まあ、続きを言ってくれ、私はお茶を淹れるからな。とっておきの茶葉だ。今回また来たらいくらか持ってきておくれよ。君も知っているはずだ、その[罵倒]な歴史分岐器が子球を決定論的にしてしまったからな。我々が出ようにも出られん。まあ世間話はさておき、今回は一体どういう事だ?

      伍玖博士: ええっと?決定論?……あ、その、なんといいますか。すこしだけ、ですね。その、ピエールが……ピエールが議会事務局に命令を……議会を徹底的に調査すると。今回来たのは、状況把握のためでして。

      「O5-13」: なんだ?大統領たるピエールが君の気にでも障ったのかね、呼び捨てにするなんて。待て、いま何だと?徹底的に調査するだと?!しかも、議会事務局に命令を?彼にそんな権限はないはずだ!んん?!(机を叩いてから、身を乗り出して) また「李然」リー・ラン3の轍を踏むつもりか?笑止!夢の見すぎでもしたのか?能力も成果も出せないまま、「李然」と比べれば雲泥の差だ。彼、ピエールは、「ソレ」の「岩戸隠れの儀」の間に私が政局を安定させるために使った駒の一つに過ぎない。彼ごときで政変を起こす気だと?「復讐」でもする気だと?歴史に名を刻めるとでも?[罵倒]が。議会にまで手を伸ばし、私の意思に干渉して喧嘩を売ってくるとはいい度胸だな。そして君もだ。(伍玖博士を指差して大声で怒鳴りつける) これほどの大事を黙ってくれおって、平然と汚職行為に手を染めるとはな。なんだ?君も権力に溺れてしまったのか?「9」にでもうつされてしまったのか?もう何百年秘書長をやっているんだ、まだこんな間違いを起こしているのか?君もちゃんと判っているではないか?君は「9」の部下であって私の部下ではない。彼が体を張って騒ぎを起し、私を脅かすような真似をしなければ、君を起用するなんてことはなかったはずだ。十分の信頼を置かれていないとでも?いまこの場で、「レーニン」に招集をかけさせて会議でこの件を議員たちに報告すれば、君のキャリアもここまでだ。そうなれば、君をかばってくれる者なんてどこにもいないんだぞ?私の目の黒いうちに、「9」の耄碌爺でも彼の部下のアホどもでもなければ、中立派の輩でもない限り私を逆らうなんて愚の骨頂だと思い知らせてくれるわい!

      伍玖博士: ええと――ええと――その……「O5-13」様、誠に失礼しました。私のせい、私のせいです。その……話もしたことですし、どうかお許しください。公務に携わっている身ですから、気を触ると体にも毒です。お茶も淹れたばかりですし、お飲みになって機嫌を直してください。

      「O5-13」: 私を怒らせるとどうなるなんて、君も分かっているではないか?全く、君という人はよくヘマをするものだ。当初、私や「9」、ひいては「O5評議会」全体が君を秘書長に抜擢したのは、頭の回転がよく、行動が慎重で空気に敏感な所を見てのことだった。無論、「9」が君を抜擢し、私の部下にしたからには、君のことも軽々しく手放すつもりはないよ。それともう一つ、よく覚えることだ。権力はすなわち原罪、権力はすなわち原罪なのだよ。我々はすでに権力臨界症の轍を踏んでしまっていた。随分と……険しい道だったものよ。君もゆめゆめ注意することだ。そこに墜ちないように。一度墜ちてしまったが最後……そこから戻るのは至難の業だ。

      <対象は湯呑を1つ選んで飲み、そしてもう1つの湯呑を手に取る>

      「O5-13」: 全く、ハトたちは何をやっているんだ?まさかピエールに全員買収されてしまったのか?これほどの事にもかかわらず、一切の連絡を寄越してこないとはなあ。それとも、君が横槍を入れたのか?(伍玖博士を見つめる) まあまあ、君のせいにするつもりはない。何せ「命樟」4には、外の世界は歴史分岐器で決定論的にされてしまい、その世界でない者が入った途端に抹殺されることを伝えていないからな。もしかすると、派遣されてきた者がそれで死んでしまったかもしれない。まあ心配はいらないと伝えておけ。直接ここに来ればいいではないか!議会の範囲を踏み出さない限り、歴史分岐器にどうこうされることはないし、それとそれのログとやらで死ぬこともない。外の現実はまだこことは隔離されているのだからな。予定のタイミングが来ない限り、子球の者が入ってくることもない。そのタイミングまでまだたっぷりと時間がある。歴史分岐器は君の発明品のはずだ、君が説明したほうが説得力はあると思わないかね?それにしても、私の行政解禁令をそのまま着服するつもりか、小僧? (笑っているようで笑っていない表情を示す)

      伍玖博士: かしこまりました、私から伝えておきます。それと、そうですね。この解禁令は……やっぱりお返しします。(ビジネスバッグを探りながら)

      「O5-13」: はっはっはっ。また猫かぶりしおって、もらっておけ。私とて器量がそこまで小さいわけではない、出してしまった物を返してもらうつもりはないよ。全く、私のことはよく知っているはずと思うがね?ああ、そうだ。色々と疲れているだろうから、このお茶を飲んでおけ。

      <対象は手に取った湯呑を伍玖博士に渡す。伍玖博士が匂いをかぐと、眉をひそめながらすぐ湯呑を返した>

      伍玖博士: すみません、猫舌なもので。少し冷めたら飲みます。

      「O5-13」: いいだろう。あとで飲むがいい。(伍玖博士を注視しながら) 忘れるでないぞ。あとは、そうだな。帰ったらすぐさまピエールに対する調査を始めるようにとハトたちに伝えておけ。それと、だ。これから言うことはちゃんと覚えることだ――秘書としての能力がまだ健在ならな。まず、ピエールを軟禁しろ。代わりに君がしばらく彼の仕事を引き継ぐ。ついでに、新しい大統領の人選をリストアップしてくれ。私の人を選ぶ基準は知っているはずだ。はっきり言えば、現時点では安定維持と宗教的迫害を敢行できる者が適任だろう。もし人選に困るのならば私が直に選ぶ。「衆生教」とやらがもう空中分解して教主が投獄されたのに、まだしでかしてくれやがって……そんなに教に殉じたいか?なら叶えてやろうではないか。ディオクレティアヌスのやり方で黙らせてくれる。生憎、コンスタンティヌスの再来はないだろうがな。ああ、そうだ。ピエールを尋問するときには拷問でもかましてやれ。私の部下に手を出すとどうなるかは、さぞかし予想していただろうね。無論、財団がかつて使っていたやり方でだ。SCPは全て転送されてしまったが、まだレプリカがいくつか残っているだろう?半殺しにしてSCP-███で生かしたまま苦しめてやれ、洗いざらい吐いてくれるだろうよ。あとは、「ソレ」にやられた██星で████文明の遺跡を探すという宇宙艦隊計画は一旦中止だ、ハトにきっちり粛清させろ。実際の所、議会の中では非財団派の復活者議員のやり方はいくらか使えるものだ。君はただ大胆にやればいい、私が後ろ盾にいる限り、誰も君に手出しはできん。最後に、だ。母球にいる衆生教の殺しきれない虫けらどもを何としてでも締め出せ。連中を捕まえたら拷問にでも死刑にでもかけろ。数百年の古い付き合いだ、ぜひともこの目でどうあがいてくれるか見たいものだな。ああ、そうだ。忘れる所だった……あと一つ、覚えなければならないことがある。この件は絶対に母球の四星共栄に知られてはいかん。少しでもネタを掴ませてしまうと、全てが終わりだ。そうなったら君だけでなく、皆が道連れになる。分かったな?まあ議会の方は任せておけ、他の議員――特に「9」には一言もしゃべるな、情報は私の方で伏せておくからな。最後に、議会事務局と仲裁部の子たちによろしく言ってくれ。全く、体系が違うとこうも面倒くさくなる。機会があれば、威勢を削いでやったものを……拒否権と人事権を持っているからといい気になって……。話は以上だ、覚えたか?

      伍玖博士: (汗を拭きとる) はい、かしこまりました。しかし……その……ハト……というのは?

      <対象は沈黙し、伍玖博士を数秒間凝視する>

      「O5-13」: 天命教の情報機関、天命組織、天命党のことだが。なんだ、伍玖君よ。今日は調子でも悪いかね? (笑っているようで笑ってない表情のまま、伍玖博士を見つめる)

      伍玖博士: いえ……そういう意味ではなく、ハトの誰に、といいますか……。私の表現が悪かったです。すみません。

      「O5-13」: いいだろう。ハトの誰だって?教えてやろう、名は「命樟」とな。(大笑い) どうりで子球の四星共栄がずっと連絡を寄越してこないわけだ。君――君たちはもう歴史分岐器か、もしくはそのログを発見しているね?001にでも指定しているのではないか?しかも、中国支部のオブジェクトとして?やはりな。ところで、伍玖――博士よ。私はもっと早く気付くべきだったな、君が腰につけているその骨董品にね。財団製の███-██型拳銃――ただのコレクションだと思っていたよ。
      フン。ピエールがそんな大それたことをしでかすタマではないと思っていたよ。いい芝居だったな、久しぶりに満足したものだ。お礼でも言うべきかね?そうだな……ああ、確かにそうかもしれん。ほら、お茶を飲め、私の感謝の気持ちだ。遠慮するな。物分かりのいい君のことだ、将来秘書長に抜擢されるだけはある。今回は失望させるでないぞ?(微笑み)

      伍玖博士: 貴方との会話で情報収集は全て完了した、これ以上付き合うつもりはない。お茶も冷めきっていて、残念ながら飲む気にはならないね。

      「O5-13」: 飲め。約束したではないか。財団職員の約束はそんなに信用ならないのか?

      伍玖博士: 貴方のほうこそよくご存じのはずだが?

      <伍玖博士は踵を返し執務室のドア開けるが、「O5-13」が机上のあるボタンを押すとドアが自動的に閉鎖した>

      「O5-13」: 飲め。遠慮するでないぞ?

      伍玖博士: ドアを開けろ。

      「O5-13」: (机を叩く) 私のお茶だ。私が入れたお茶だ、飲む気はないとでも?!はっきり言っておこう。飲む気があろうがなかろうが、無理矢理にでも飲ませてくれる!

      <対象は湯呑を持ち伍玖博士に飲ませようとする。伍玖博士は拳銃を取り出す>

      「O5-13」: 何をする気だ?!

      伍玖博士: それはこっちのセリフだ。手を放せ!

      「O5-13」: (媚びた笑顔) そ、そこまでしなくてもいいではないか。話せば判る、話せば判るだろう?私はただ淹れたお茶を無駄にしたくないだけだ。落ち着け、落ち着け。ところで、財団の理念はまだ覚えているかね?確保、収容、保護。これで合っているはずだなあ?まさか、歴史分岐器の誤作動でGOCにでも併合されてしまったのか?予想が間違ってなければ、私はSCP-CN-590、もしくはその一部のはずだが?

      伍玖博士: これで脅したつもりか?無駄だったな。そうだ。お茶は大層お好きなようで、これは貴方が飲めば?財団のやり方を判らせてやる。

      <伍玖博士が逆上して、対象にお茶を飲ませる。その後、ドアを蹴破り救護班に連絡した>

      「O5-13」: 貴様……!

      <対象は泡を吹きながら床に倒れる5>

      <しばらくの後、救護班が到着し対象を確保>

      <数時間後、SCP-CN-590内から強烈な振動を検知。同時に、元地球事務局の監視サイトはSCP-CN-590-2から異常の閃光を観測。またこの際、財団の監視装置は一瞬の間だけ作動不能になった。>

      <振動の数分後、監視装置が復旧。同時に、対象の執務室内で「O5-13」が再び出現したことを確認した。救護班の検証により、死んだ対象が復活したのではなく、新しい個体であるとの結論がなされている。>

      <新個体は出現後、執務室の中を調査。しかし、8機の監視装置の内の2機だけが発見され、撤去・破壊された>

      新「O5-13」: (不明の装置で不明の個体6に連絡) 状況が変わった。現実は我々の予想をはるかに上回ってしまった。「伍玖」君が急に子球に来たのだ。もうバレてしまったと思って、いっそのこと記憶処理でもして処分しようとした。どうせ復活はできるしな。だが……まさか……アレは子球の伍玖だった。間違いではない、子球だ。子球が急に干渉してきたのだ……全てが狂ってしまった。変化した状況に応じて、色々と軌道修正を加えなければならんが、見当もつかん……とにかく、このまま先延ばしにしてはいかん。先に伸ばすほど不確定要素が増えるのだ、前もって手を打たなければ。まずはこうだ。君は声を出すな。私の計画を知っている人間はただでさえ少ない、これ以上特定されるのは避けたい。私の行動を見て臨機応変に対応するんだ。数日後、「レーニン」に招集をかけさせる。野放しにしてはいけない者を早急に排除しなければ……このまま予定を崩れさせると、あの偉大なる目標を完成させないと、私にはもうなにも残らん……

      新「O5-13」: (目の前の書類を見ながらつぶやく) まあ、表立ってしまうことは分かる。だが、上手く一芝居打てば、きっと大丈夫のはずだ。

      <新対象はその後、連絡に使用した不明の装置を破壊し、書類を開封し再度公務をこなしはじめる。以降、異常な行動はなし>

      <記録終了>

      終了報告書: インタビュー終了後、伍玖博士は軽率な行動で懲戒処分を受けることになったが、非常事態における臨機応変の良さと身分を偽装し情報入手に成功したことで表彰された。これにより、SCP-CN-590担当部門から伍玖博士を異動させる提案は却下された。







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    指導者議会第718回全体会議映像記録

    映像記録を読込中……

    エラー

    ファイルは攻撃により破損しました。SCP-████により、バイタルサインが███の対象からの攻撃と特定。O5-13、またはバイタルサインが同一の対象からの攻撃であると判断します。
    プロトコル590-███-██に基づき、予備テキスト転写を展開します。

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      前記: 今回の会議はSCP-CN-590が収容されて以来、初めて記録された指導者議会の内部会議である。事後分析によると、会議で発言した主な人物の中では、「O5-13」は議会保守派の最高指導者、「O5-9」は議会急進派の最高指導者である。また確証はないものの、「ウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ」(以下、「レーニン」と呼称)及び「フランクリン・デラノ・ルーズベルト」(以下、「ルーズベルト」と呼称)は保守派メンバーと思われ、鎌井綾雄は急進派メンバーと思われる。今回の会議で、急進派と保守派との間に極めて深刻な軋轢が生じていることが初めて観測されている。また、アノマリーを使用して会議内容を分析した研究員からは7、自身の言動を取り繕っていると思われていた議員は今回の会議で取り繕う回数が大幅に上昇しているとの異常現象が報告されている。同時に、目立たないものの、複数の議員が驚いた様子を示したことも観測されている。なお監視装置により、会議の開始直前に「O5-13」が入場の際、混雑に乗じて、書き殴った文字と大量の訂正の入った一枚の書類を「レーニン」に渡し、「レーニン」がそれを受け取ってフォルダの中へ仕舞ったことが観測された。書類の詳しい内容は判明していない。またその後、「O5-13」は同様の手法により類似した書類を「ルーズベルト」にも渡している。

      <記録開始>

      <雑踏の音>

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      指導者議会の片隅。2011/05/02撮影。

      <喧騒の音>

      「レーニン」: 静粛にお願いします。

      <会場は段々と静かになる>

      「O5-13」: もういいだろう。「レーニン」君、始めてくれ。

      「レーニン」: (咳払い) ただいまより、指導者議会第718回全体会議を開始します。前置きは省かせていただきます。今回の会議では、我々は一部の問題について決断をしなければなりません。慣例に従って、会議内容は全て記録され、「O5-13」同志が提供する行政解禁令により母球の議会事務局に転送されます。次に、議長としてまず報告をさせていただきます。同志諸君……

      「O5-13」: (顔をしかめる)待て、言い方に気をつけることだ、「レーニン」君。ここは議会だ、君のその言い方は通用せんぞ?議員諸君と言えばいいではないか!或いは――

      「O5-9」: まあまあ、ただの呼び方の問題ではないか。「13」よ、あまり揚げ足をとるものでないぞ?同志でもなんでも呼ばせておけばいいのだ。

      「レーニン」: えー。議員諸君、ただいまより報告を始めさせていただきます。

      <分析によると、この時「O5-9」は笑いを堪えている様子を示している。また「O5-13」は話が遮られたことに対して何も言わなかったが、情緒が不安定になっていた。>

      「レーニン」: (書類を整理し、「O5-13」の手稿を一番上に置く) もちろん、話したいことは多々ありますが、慣例に従い、まず発言者投票を行い、発言者を決定した上でその後の議事を進めさせていただきます。規定によると、前回の会議での人選が今回の発言候補者となります。現在、候補者は「O5-13」、「O5-9」、「フランクリン・デラノ・ルーズベルト」と私「ウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ」の4名となっています。他のO5評議会メンバーは申し出た上での発言が許可されています。さて、新しい候補者に立候補したい方はいらっしゃいますか?

      鎌井綾雄: すみません……レーニンさん、私は立候補します。

      <会場は一瞬静まり返り、数秒後には低い笑い声とざわめいた議論の声が響く>

      「レーニン」: (再び目の前の書類を確認する)かしこまりました。それでは投票を開始します。再び強調しますが、自分への投票は許可しません。匿名は自由ですが、匿名にしなかった場合、相応の責任を負うことになりますのでご了承ください。各自、候補者の情報をしっかり確認して投票を行ってください。

      <全員が約2分間の投票を始める>

      「レーニン」: ただいまより開票します。議会議員数568人、「O5-13」への賛成票524票、うち非匿名者は私、「ルーズベルト」と「O5-9」の3名です。反対票31票、うち非匿名者は鎌井綾雄の1名です。

      <会場は騒然とする>

      「レーニン」: 静粛に!棄権者は12名、うち非匿名者は「O5-7」の1名です。次に、私「ウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ」及び「フランクリン・デラノ・ルーズベルト」への票数ですが、「O5-13」と完全に一致しています。

      「レーニン」: 次に候補者「O5-9」への投票ですが、賛成票33票、うち非匿名者は「O5-7」、(間を置いて)「O5-13」と鎌井綾雄です。反対票523票、うち非匿名者は私と「ルーズベルト」の2名です。棄権者は11名、そのうち非匿名者はいません。

      「レーニン」: 候補者鎌井綾雄への投票は、賛成票1票、ええっと……「O5-13」からの投票です。(咳払い) 反対票554票、非匿名者は私、「ルーズベルト」、「O5-9」の3名です。棄権者は12名、非匿名者は「O5-7」の1名です。以上を持ちまして、候補者から「O5-9」及び「遠――

      「O5-13」: (顔をしかめる) 待て、早まるでないぞ?諸君、この票数はいささか変ではないか?無論、私の票数がというわけではない。皆が私に対する一貫した支持と忠誠の結果であることは判っているのだからな、問題があるはずがない。しかし、「O5-9」と鎌井君の票数は間違えているのではないかね?彼らの意見も重要だ。集計にミスがあるのではないか?

      「レーニン」: オッホン、(僅かに顔をしかめながら体を乗り出し、目を細める。集計装置に顔を向けるふりをして正面に座っている「O5-13」に目をやり数秒ほど沈黙) ええっと、申し訳ありません。確かに集計ミスのようです。見た所、「O5-9」へは賛成票556票反対票0票棄権者は11名です。鎌井綾雄へは、「O5-9」と比べて、「O5-7」は賛成票ではなく棄権、「O5-9」が反対票であるところ以外は差異がありません。となると、全員が当選したようです。

      <「レーニン」が鎌井綾雄を言及した際、会場のあちこちから同時にかすかな咳払いの声がしたことが観測される。発生源分析によると、声は「O5-7」、「O5-5」、ヴァチェスラフ・ワシーリエフ8、張致虔、[氏名不明の女性議員]の5人から発するものであると判断。なお、分析によると、その後保守派の立場を明かした復活者でない議員の大多数はこの時困惑の様子を示していたことが明らかになっている>

      「O5-13」: ほらな?続けてくれ。

      「レーニン」: (真顔になり、身だしなみを整える) はい。それでは、私の知る限りで……

      張致虔9: 割り込みで失礼しますが(片眉をあげる)、なぜ今日は議題提出の段階を飛ばしてそのまま内容を始めたのかが分かりません――もしかすると考慮あってのことかもしれませんが――これは極めて重要なことです。保守派の基本原則に関する物ならなおさらです。

      <「レーニン」は一瞬、怪訝そうな顔をしたが、すぐ熱心に聴くような振る舞いをした。「O5-13」はため息をつきながら俯いている>

      張致虔: 私の知る限りでは、「李然」の件以来、母球における天命教教徒の信仰は弱まりつつあり、ここ最近では特にその傾向が強いです。報道機関がとっくの昔に消えているにもかかわらず新たに教徒新聞を発行する教徒や、瞬間移動の使用を拒否し毎日15分の遠出を行う教徒が現れています。それだけでなく、思考監視に置かれている日例祈祷という正式の場で、概念の運用――つまり簡単な思考を行う者も出ています。元信者につきましては、こういった傾向に気づいた途端、それを助長するような行動を始めています。これはどういう意味を持つかは、皆さんもご存知のはずです。我々保守派の統治に不利なのは明白でしょう。信仰の緩みが「ソレ」に覚られれば、我々の存在理由でもある目標の達成に重大な支障が出ます。従って、この件について討論をさせていただきたく存じます。

      フランシスコ・アリアス・イ・ロペス10: (中国語、英語や元地球議員が常用する混合言語を使用せず、語彙が複数の言語から由来すると思われるスペイン語で話す) 私も張さんと同様の疑問を持っています。張さんが気になる点をいくつか指摘したので、私もそうさせていただきたいと思います。あれは2日前の午後のことでした。私はなかなか寝付けず目を覚ましてしまった所、窓の外に議会の者ではない人影が通った気がしました。しかし、表に出てみると、誰もいませんでした――これは推測の域を出ませんが、合理的な考えとして、なにせ母球からメンテナンスが入る時期ではありませんし、非常事態が発生したとの通達もありませんので、数千年以来初めて何かがおかしいと思ったわけですが、もしかすると、子球からはもう人が――

      <「母球からメンテナンス……」の部分が言及された際に、「O5-13」の瞳孔が拡大し、「O5-9」の表情が固まり息を潜める様子が観察されるが、通常と違って両者ともその反応を取り繕わなかった。その後、「O5-13」は軽く咳払いをし、緊迫した様子で「レーニン」にハンドサインを作る。しかし、露見を恐れているからか、動作の幅は小さい。直後、「レーニン」は一瞬不満そうな表情を浮かべたものの、「数千年以来」の部分が言及された際に、突然として目を見張り発言者を凝視、同時に息を潜める様子が観察された。「子球」が言及されると、表情が不自然となり、振り返って同様の表情をした者と視線を交わす議員がごく少数ながら現れるが、大部分の議員は特に反応を示さなかった。その直後に、当該発言は「レーニン」に遮られる>

      「O5-13」: 悪いが――

      「レーニン」: (「O5-13」の声を遮り、2回咳払いをし早口で)あっ、それは母球からキャットフードを運んでくるよう、私が頼んだ人かもしれません。食品供給エリアで供給量を増やすのを忘れてしまって……今飼っているのは前のより(若干、虚ろな目で)ずっと、食いしん坊なもので(愛想笑い)。申し訳ございません、ここで皆様にお詫びを申し上げます。議会の承認なしに無断で母球の人員の進入を許可した私の責任です。通信委員会の主任として、規程に従わなかったことに対しては大変悔やんでおります。ご心配はいりません、私は当然覚悟ができています。今この場で、通信委員会主任の職務を辞任させていただきます。また、後任者として、ワシーリエフさんを推薦いたします。具体的な話は次回の会議に回すとして――(息継ぎ)張さんの意見につきましては、大変興味深いですが、今回の本題ではありません。確かに話し合うべき事ではありますが、本題が終わってからゆっくりと議論を交わすことにしましょう。(張致虔に目をやり、右手で何らかのハンドサインを作る。意味は不明、ただの手部運動の可能性あり)それでは、続きます。

      「レーニン」: 私の知る限りでは、私の知る限りではですね。ここ、この場所は、全人類を導く任務を担う高尚な場所であるはずです。しかし、いちばい……の人は(突然言葉が途絶え、会場は静まり返る)……ええ、一部の人は争いがお好きなようです11(「O5-9」の表情が硬くなり、笑いを堪えている様子が観察される)さぞかし議会を分裂させたかったのでしょうね。いいでしょう、なら今日は思う存分に争わせて差し上げます。

      「レーニン」: 随分と長い間、議長と立法委員会主任を務めてきたもので、色々と見てきたつもりです。これについて、私は話さなければなりません。(「O5-13」と「O5-9」へ若干長めに視線を向け、周りを見ながら) そういえば、昔を思い出したのです。財団、と言えば皆さんもご存知のはずですね?こんな組織が、ソビエト連邦と、我が労働者の政府とともに多大な使命を背負っていました。しかし、かつて財団をリードした一部の人間と、かつて世界各国の首脳を務めた一部の人間が、財団の解散後に公然と、かつ陰険に徒党を組み、新たな友好関係の破壊を企てようとしています。これは、指導者議会の和睦を破壊しようとすることと同義です。

      「レーニン」: (俯き、手稿を読むとすぐ顔をあげる) かつて、メンシェビキの解党派と、我々ボリシェビキや召還派との分岐について、私はこう言いました。「哲学的な事柄に関しては、言い争うことは避けられない。だがそれで分裂するのは愚かなことだ」と。現にこのような愚かな野良犬たちが、誰かの周りで「革命せよ」と吹聴しています。「ソレ」に反抗する道のりで、ただ反撃の力すら持ちやしない子球に期待を寄せるなど、根本的な変化をもたらすことはないでしょうに。唯一、「ソレ」の圧迫への反抗に功を奏した「李然」の闘争経験は、ただ一つの正確な結論を示唆しています――我々は、保守派の綱領を行動指針にしなければなりません。誰かを頼りにするのではなく、我々自身が立ち上がらなければならないのです。

      <会場は静まり返る>

      「O5-13」: (拍手し、愛想笑い)うむ、確かに興味深い。

      <万雷の拍手が響く>

      「レーニン」: (息を吐く)先ほどの発言は、今回の会議のまとめにもなります。それでは、最初の議題で主役になる方をお呼びしましょう。鎌井綾雄議員!

      鎌井綾雄: (これまでにずっと「レーニン」を凝視していたが、「鎌井」と聞いた途端に驚愕した様子で顔をあげ)あ、はい!「レーニン」さん、どうしましたか?

      「レーニン」: どうしましたって?まだ判っていないようですね。なら、議題の内容をお話ししましょう。「鎌井綾雄の大統領任期中ならびに指導者議会議員任期中における違法行為及びその処分について」と。あなたの第一の罪とその処分については、『指導者議会管理法』第4条第27款、「職権を濫用し、誤った命令を発令、又は誤った政策を指定することにより、世界連邦又は全世界の人類に対して消極的な影響を寄与し、かつ前述が100年以上に持続した場合、状況に応じて2級以上の執権等級降格を処するものとする」。異議はありますか?

      「O5-9」: (笑みを浮かべる)とうとう始めたね、君たちは。

      <「O5-9」の発言に返答する者はいなかったが、「O5-13」は切迫した様子を示し、その後すぐに表情を取り繕った。>

      鎌井綾雄: なんですって!?違法だなんてどういうことですか!?「レーニン」さん、はっきりと説明してください!

      「レーニン」: ご自分が一番分かっているはずですが、まだしらを切るつもりですか?これが急進派のやり口ですかね?よろしいでしょう。一つずつ、対質することにします。まず第一に、あなたは任期中に職務怠慢を働き、実地調査を行わずに根拠もない政策を制定しました。調査をしなかったことならともかく、前任の大統領たちの研究成果の集大成である著作も一読もせず、自惚れるにもほどが――

      鎌井綾雄: はっ!自惚れですと?この私が!?私はれっきとした経済学者というのに!その「前任」とやらは!?ただの政治家ではありませんか!彼らの「著作」を読ませるなど、私の選択の自由を剥奪したも同然です!

      「ルーズベルト」: (目の前の書類を一瞥し、立ち上がる12すみませんが、鎌井さん。一つ、注意をさせていただきたいと思います。全く根拠のない人権理論に基づいて、個人の自由に国家の利益を凌駕させるのはよくあることです。しかし、こういった自由は、やがて役所の真正面に豚小屋を作ったり、民家に無断侵入したりすることを許すことになり、至ってはあらゆる犯罪を野放しにすることになりかねません。実際の所、こういう意味で法律がなすべきことは、自由を剥奪することです。そして、確かにあなたは心理学と、あなた独自のゲーム理論とを融合させて、これまでに見ないおおよそ完璧なミクロ経済学理論である鎌井理論を築き上げました。しかし、分かっていただきたいのです。学術的な事柄に関して、一部の分野での知識不足は特にあなたのせいではありませんが、それを差し置いて大きな口を叩くことしか知らないのはあなたの問題です。まあ、個人的には、経済学者がなぜマクロ経済学に対してこれほど無知でいられるのかは、非常に気になる所ではありますが。

      鎌井綾雄: ひ……一言しか喋っていないというのに、次から次へと揚げ足を取ってくれやがって!なぜです!?はっきりと言って!言ってくださいよ!誰かに脅かされているからこういうことを言っているんですね!?わかりました、わかりましたよ。またあなたですね!「13」、あなたの差し金ですね!数の暴力で我々急進派を捻り潰すつもりですね!あなたたち保守派はこれしか能がないくせに!

      「O5-13」: (手をこすり合せながら) 鎌井君、それは偽の命題というものだ。数の暴力だと?それは変えられない現実に過ぎない。鎌井君よ、数の暴力が存在しない社会を一つでも見つけてきてくれれば、今この場で君の無罪を宣言しても構わん。よく考えることだ、本当にあるのかい、こんな社会が?大多数の自由選択による集団的意思はいつも人類の集団に存在する。その中に一人だけ集団の合意に反する者がいるとして、それも数の暴力と呼べるのかい?ルソー曰く、「多数決」というのは少なくとも一回だけは全員の一致を前提にしていると。そしてこれもただの仮説であり、ましてや――

      鎌井綾雄: ふざけるな!私が何も分かっていないとでも?指導者議会はそもそも、母球や子球から独立した社会ではないのです!ふん!井の中の蛙が!これはもはや少数派による独裁ではありませんか!どの口でルソーなんて言うのですか?あなたがたこそ、愚かな団体の意思を事実上の合意と履き違えるなど、論理と理性は一切見えませんね!

      「O5-13」: もう一度言ってみろ!井の中の蛙だと!?貴様、死にたいのか?この私に――

      「ルーズベルト」: まあまあ、「13」さん、落ち着いてください。鎌井さん、あなたがこの法を認めるかどうかに関係なく、あなたが法にそむいているというただ一つの事実は変わりません。「レーニン」さんは弁護士を務めていた時期もありますので、公正な判決を下すことでしょう。そんなに空論だけで軽々しく法律を否認しようものなら、有史以来初めて指導者議会の決定が母球の喜劇新聞よりも面白いことになりますよ。

      鎌井綾雄: 公正!?彼、「レーニン」は「13」の犬に過ぎません!私が有罪だとしても、そもそも――

      「レーニン」: 言動に注意してください!これ以上、同僚を侮辱したという罪をあなたの罪状に加えたくないのです。罪が一つだけだと本気で思っているのですか?そもそも議会の中ではこの罪を犯した人間が大勢います。全員を誤国罪に問えば、さすがの「O5-9」も1級以下に降格させられるでしょう。あなたの罪状はこれだけですか?否!これからが主文です。あなたには、鎌井氏ゲーム理論を使用して議員の意思決定過程をモデリングした容疑がかかっています。これは許されざる罪です。『指導者議会管理法』第1条第2款に基づき、併合罪は――いや、誤国罪はなしにしても構いません。ゲーム理論で議員の意思決定をモデリングしたという第二の罪だけで、あなたは議会から追放され、永遠に監禁されることになるでしょう。

      鎌井綾雄: ふん!この法律を制定したのは誰ですか?あなたでしょう、「13」!立法委員会の主任も「レーニン」さんではありませんか。というより、そもそも保守派が立法委員会の大多数を占めていますからね!法律なんて、あなたの思うがままですよね!?あなたは……あなたはまさに「李然」の再来なのです!あなたの独裁に、偉大なる「9」先生が一生懸命に抗ってきたものです。議会が独裁を生む土壌だと、常日頃から言っていましたが、まさかあなたのようなクズが生まれてくるとは!これが――

      「O5-13」: よろしい。大変よろしい。最初は言っただろう?何やら進歩的な発見をしたから、精神疾患だの知的障害だの患っているどこぞの馬の骨だかわからない怪しい連中でも大統領に抜擢すべき、などという規定はあってはならないと。こんな規定を作った者は、(「O5-9」に視線を向ける)こいつでも見てくれ!(鎌井綾雄を指差す)笑止千万!屁でもない発見をしたからって思い上がってくれやがって!ミクロ経済学はお手の物だというのに、マクロだけが門外漢などと?聞く所によると、君はオーストリア学派の信奉者と自称しているようだね。これほどの恥をかくとは、オーストリア学派の意味は本当に分かっているのかも疑わしいがな!教えてやろう、今日この日に――

      「O5-7」13: 皆様、どうか落ち着いてください。ここは議会です、あなたがたの――

      鎌井綾雄: き……き……貴様!もう一遍言ってみろ!屁でもない発見……だと!?私の研究を侮辱するのか!?「O5-13」、貴様……貴様は死ね!

      <鎌井綾雄は議員席から飛び出し、死に物狂いで「O5-13」の席へ駆け寄る。右手は服のポケットから青色の棒状物体を取り出す>

      鎌井綾雄: ははははははっ!驚いただろう!「O5-13」、驚いただろうな!ここに行政解禁令がある!貴様の行政解禁令だ!はははっ!これを破壊すれば、貴様はたちまち死ぬ!私の理論を誹謗した報いを――

      <「O5-13」は拳銃を取り出し弾を込める>

      「O5-9」: (立ち上がり)待て!

      「O5-13」: 君とは関係のないことだろう!?

      「O5-9」: 二人とも待て、という意味だ。それになあ、「13」よ、私とは関係のないことでも、法律とは関係があるのだろう?銃は下ろせ。冷静になって、機嫌を直すんだ。なあ。

      <会話の間、鎌井綾雄は数名の議員に取り押さえられ、行政解禁令も取り上げられた>

      「O5-13」: この気違いをここから出して軟禁でもしろ。私の見えない所でな。前からずっと言っているんだ。あんな綱領を指針とする急進派など、狂人と障害者の集まりでしかない。

      鎌井綾雄: (会場外へ連行されている間にも叫び続ける)「O5-9」先生!申し訳ございません!解禁令をお返しできず面目無いです!でも先生に言われたことは全部やりました!先生が望む物は渡しました!私の一生の財産です!私を助け出すことを忘れないでください!急進派、万歳!万歳!バンザイ!!!

      「O5-9」: はあ、急進派に君のような人がいるからには、もう万歳もできやしないよ。私の知る限り、急進派に君のような人間はいないはずだがな。君を助け出すだなんて、私には無理かも知れん。なにせ君の一生の財産とやらを持っていないからな。察するに、それは「13」が持っているのではないか?彼に頼めば、きっと助けてくれるだろう。希望を持て、なあ?

      「O5-7」: 茶番はもう終わりましたか?ここは市場ではありません。

      「O5-5」14: もういい。ふざけるのもほどほどにしろ。「13」、君もいい加減に落ち着くことだ、あまり気に触るな。誰の差し金なのか、もう目に見えているからな。(蔑むような視線で「O5-9」を見やる)

      「O5-13」: (目を細めながら)場に迎合してしらを切れば逃げられると思っているのか?問題が起こった途端に鎌井君を急進派から追放するとはなあ。やはりな、やはり。権力は人の心を蝕むと、常に言っているものだ。君はもしや、まだ権力臨界症から脱却できていないではないか?まことに、残念でならない。

      <「O5-13」は額に汗をかいており、息も切れているものの動きの幅は小さい。分析では極度の緊張状態にあると判断されている。しかし、政治的な優位に立っている「O5-13」に緊張する理由はないと考えられている>

      「O5-9」: かこつけて急進派を迫害したいのなら直接言えばいい、遠回しはよしてくれ。はあ、急進派も急進派だ。900年ほど前に「O5-1」が君たち保守派に転向してからというもの、私が指導する急進派はその後のたった1年間で数百人のメンバーを失った。もともと期待されてはいなかった。おそらく、皆はずっと抜けるタイミングを伺っていただろうな。あの時から、「7」と12人の中立派を除いて、我々急進派の人数は40人を超えることはなかった。いまでも、私以外に30人しかいない。立法も、意思決定も、君たち保守派が物を言っているのだろう?だというのに、まだ非難の的にされるなんてなあ……全く、なんとも言えない気分だよ。ははっ。

      「O5-13」: (机を叩き「O5-9」を指差す)はっ!どうとでも言える!先に露見した鎌井君に騒ぎを起こさせた件はともかく、罪人の分際で私の顔に泥を塗り、保守派が物を言うなどとほざくのも大概にしろ!逃げ場がない所に、逆に噛み付いてくるとは、反抗されるのがそんなに嫌か!?悲しくも可笑しいことだ。急進派に30数人しかいないだと!?保守派がずっと急進派を圧迫しているだと!?はっ!今世紀最大の笑える冗談だ!今この場にいる急進派の者よ、手を挙げろ!君たちの頭にちゃんと数えさせるんだ!

      <半数以上の議員が手をあげる>

      「O5-13」: 見たか?我々保守派よりも多い人数ではないか!可哀想なふりをしやがって、我々をけなして事務局を味方に回すつもりか?たわけが!

      「レーニン」: 「O5-9」、嘘だらけで可笑しい政治的立場を堅持する革命の裏切り者が、その場で暴き出される場面を見たことは?あなたは見たことがないかもしれませんが、いまはまさにその状況ですよ!はははっ!ヘーゲル曰く、「矛盾から変化が生まれる」。なるほど、確かに一理あります。そして生きたままの矛盾は、人の理知が最初に認識できる部分よりはるかに多様性に富むのです。しかしあいにく、これはもはやただの「矛盾」とは言えませんね。ご存知の通り、我々は確かにある程度の思想闘争を容認していますが、誹謗や分裂などの卑劣な政治闘争的な手段で議会や母球の利益を破壊することは断じて許していません。

      「O5-9」: いやあ、「レーニン」君、私はそういうつもりは一切ないが。ただ、分裂行為とやらを立証するための証拠があの哀れな駒……もとい、鎌井君の一方的な証言だけなのは、いささか不公平ではないかね?

      「O5-13」: 不公平だと?鎌井君の騒ぎが君の差し金だというのに、まだ詭弁を抜かす算段をつけているのか!?急進派の指導者がこんな恰好では、上の如く、下も然りだろうな!墨に近づけば黒くなるとはよく言ったものだ。急進派の綱領が君を白痴にしているのではないかね?ましてや、分裂煽動罪に問われたところで、議員の資格を奪われるほどではない。数多くの役職の一つや二つ剥奪されても、焦るまでもないだろう?

      「O5-9」: それはそれでいいとして、しかし「13」よ、莫須有15の罪状を押し付けても面白くもないだろう?私にやらせたくない役職があるならそのまま言えばいいのだ。といっても、急進派がこのナリでは、もうやりようがないがな。ははっ。

      「O5-13」: ふん。ほら、ほらな。さっさと判決を受けとめることだ、そうしたら寛大に……いや待て。なんの罪状を押し付けていると言っているんだ? (身を起こして、「O5-9」を見つめる)

      「O5-9」: 莫須有の罪状だ。全く――

      「O5-13」: 莫須有だと?よろしい、この言葉を待っていた。古代中国の故事成語を使う度胸があるとは、議会の今までの決定を否認し、先進的な成果を全て放棄して古代に逆戻りするつもりかね?今この場で通達する。君は反現代科学罪と反議会決定罪、ならびに……最も重い罪状だ――故事成語を使用して封建主義を再現する罪の容疑がかかり、この一つの罪だけで――(「O5-13」は原因不明の足の震えが見られる)君の(手にあるペンを握りしめる)……議員資格を剥奪するものとする。判決は、即時有効になる。

      「O5-9」: (訳も分からない様子で周りを数秒間見て、頭を掻きながら一連の流れを整理しているような仕草をした。その後、皮肉めいた表情を浮かべる)はは、は、はっ。まさかとは思うが、「13」よ、さすがは君だ。さすがの敏腕っぷりだな!思想犯罪じみた無意味な条款でこの私を粛清してくれるなんて。あっ……悪い、失礼した、失礼したよ。無意味ではない、無意味であってたまるか。変な話、君たちがどういうことをしてくれるかは概ね予想はできていたものの、まさかこんなにもとびきりでたらめな展開にまで持ってきてくれるとはなあ。そこまで言うのなら、まあ、君たちの審判とやらを受け止めるよ。

      「O5-9」: しかし……もうとっくにどうでもいいことだ。この日が来るのは前から予期していた。どうせ遅かれ早かれ議席を外されるだろう?いっそ、政治の事を忘れて、本を読んで研究でもするつもりだよ。もしかすると……どこぞに放っておいたSCPリストをもう一度暗記する時間だってひねり出せるかもしれん。(見入ったように窓の外を眺め、数秒間沈黙)「13」よ、君はまだそれらを覚えているかい?……(複雑な表情をしながら「O5-13」を見て、小さく呟いて、溜息)

      「O5-9」: ああ、そうだ、「13」よ。もし考えを改めたのなら、私を呼び戻してくれても構わないぞ?お互い、死に損ないの老いぼれだからな。はははっ。

      「O5-13」: なにが「考えを改める」だあ?判断は……議員諸君に委ねるべきだ(疲労したような声で)

      「O5-9」: (大笑い)ぬかりはないなあ!はいはい、それでは失礼するよ。諸君、またいつか会おう!

      <「O5-9」が退場する>

      「O5-13」: (声は控えめに、大きく溜息をつく)はあ、いつかって……いつまでも会わないようにしたいがな。「レーニン」、そろそろ散会だ。

      「レーニン」: 散会します!(言い終わると、何か思う所があるのか、斜め目線で張致虔を見やり、口元は若干痙攣している)

      <散会が宣言されると、張致虔は席であたふたとした様子で立ち上がる議員たちを見、やがて「レーニン」に視線を向け目配せした。「レーニン」は斜め目線で張を一瞥し、自然の仕草で体の向きを変え書類の整理を始める。カメラからは表情が見えないが、体が小刻みに震え、笑っていると思われる。その後、張は起立し退場しようとし、出口まで行くとまた振り返って訝しげな目で「レーニン」を見る。「レーニン」は張に背を向けたまま、画面奥に向かって相変わらず笑いを堪えきれない様子である。張は眼鏡を掛け直すと、女性議員のソフィー16がその背中を数回叩き、笑顔で会話をしながら張と共に退場した>

      <議員が退場している間、「O5-13」は始終背筋を伸ばして座ったまま、俯いて書類を整理するふりをしているが、実際は紙をめくっているだけである。額に大量の汗をかいているのが観察される。>

      <議員がほとんど退場すると、「O5-13」は数秒間深く椅子に腰掛ける。顔が青くなりながらも、苦しそうにまた背筋を伸ばし、スーツを脱ごうとした。シャツの背中は汗で完全に濡れていた。>

      「レーニン」: (真顔で「O5-13」に近寄る)「13」、どうされましたか?調子が悪そうにしていましたが……あなたらしくないです。

      「O5-13」: (「レーニン」が近づいていると気づいた途端、身を起こしスーツを着直した)よせ。私が能力不足とでも言いたげな顔だな?ここ数日は風邪をひいてしまってな、ドローンが持ってきた薬は飲まずじまいだったよ。ただでさえ疲れているのに、会議になんて出席して、調子が出るはずもなかろう。もう放っておいてくれ。

      「レーニン」: 分りました。ちなみにですが、なぜ急にまた「9」を追放したのですか?私には真意が分りません。あなただけではなく、彼も……随分と変なのです。こんな目に遭わされたのに、動揺したのは最初だけで、その後は気色悪いほど冷静でした。「どうでもいい」とか言い出すなんて……(「O5-13」をしげしげと見ながら) これほどの大事なのに、なぜ事前通達がなかったのですか?

      「O5-13」: なんだ、私のすることで君にとやかく言われる筋合いはないはずだが。私のために働けば相応の見返りが得られる。これだけ知っていればいいのだ。さっさと行け、これ以上は関わるな。そうだ、あとで鎌井になるべく早く私の所に来るよう伝えておけ、無駄な口を挟むでないぞ?

      <「レーニン」はしばし「O5-13」を見つめ、その後退場。議会ホールには、背もたれに深く寄りかかる「O5-13」だけが取り残される。1時間後、鎌井綾雄は再びホールに現れ、「O5-13」とともに退場>

      <記録終了>

      終了報告書: 今回の会議で、財団は初めて指導者議会ならびにSCP-CN-590について多くの情報を獲得した。元地球は皇帝教皇制を採用しており、かつ社会の構造が深刻な変化を来たしていることが推察される。その理由については、議員が言及する「ソレ」の関与があると思われる。ただしこの推論以外に、詳細は未だに不明のままである。なお、会議の終了後、監視装置の映像からは、「O5-13」が自らの権限で議会ホール映像記録室へ侵入し、会議が終了し議員が退場した後からの内容を全て削除し破棄したことが観測された。








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    インシデントCN-590-B詳細ログ








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      5月13日

      なんで今日はそんなに運が悪いんだ?豆乳を飲んだら服にこぼすし、トイレに行ったら紙がないし、再発行してもらった身分証の写真がなんか違うし。俺が何をしたっていうんだ?しかもなんの間違いか、葛の旦那に知らないほうがいいことを知ってしまったとかで、記憶処理に行けって言われるし。俺が何を知ってしまったってんだ。知っていたらこんなクソ役職にいなかったんだよ。さすがに最近の忘れっぽさはひどすぎる。次の日曜日に占い師にでもあたってみるか、もう本気でヤバイからな。これを忘れないように。クソ、財団で働いたら祟られるとでも言うのかよ。

      記憶処理の件はともかく、ちまちまと半日くらい実験記録書いてたのに、財団ネットワークが攻撃されてるだって?またボスが面倒くさい相手にでもちょっかいを出したのか?機動部隊でも使ってなんとかしてくれよ、俺みたいなド底辺職員にとばっちりを食らわせてもしょうがねえじゃねえか!2万文字も書いたってのに、全部水の泡になっちまって……しかもなんか死ねって呪われるし、もうむかついてんだよ。明日になったら、記憶処理に行く前に葛の旦那から昨日の給料分を貰わないと。あのよく分らない連中が攻撃したせいで俺の成果がパーになってるんだ。俺がやった事実がパーになったわけじゃねえ、給料を出さないと規程違反だ。1000元18もあるんだぞ?貰ってなんぼっていうもんさ。

      騒ぎを起こした面倒くさい連中の言う通りだと、今は身の安全すら守れない状態だ。全く、財団ネットワークを攻め落とせるだけの力を持ってるっていうのに、口を開けばヤンキーみたいにギャーギャー汚く喧嘩上等だの何だのって、俺ら研究員は非力なんだよ。知力でも競わせれば叩き倒してくれるのにな。

      あと、明日の朝に記憶処理が終わったら、由さんと麻雀で勝負だ。張くんは負かせてある。由さんだって勝ち逃げはできないぞ。物理学専攻の者が経済学専攻を出し抜くなんてできないさ。あいつが勝負を仕掛けてきた以上、挫折感を味わわせてやるつもりだ。もしそれで賭け金が入ったら、女房の方に振り込んでおかないと。じゃあ昨日の給料分は口座にではなく現金でって葛の旦那にお願いしようかな?1000元もの元手があれば……




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      注意: 特記のない限り、レポートにおける「財団ネットワーク」は、専用の内部ネットワークを使用したSCP中央制御ネットワークシステムを除く、一般ネットワークと接続されている財団外周ネットワークのことを指す。

      13:00:00 - CN支部において、SCP-CN-███により構築された財団ネットワークファイアウォールからエラーメッセージが表示される。

      13:00:01 - CN支部において、財団ネットワークにアクセスしていたネットワークセキュリティ部門の全職員のDMに、送信者不明の「やあ、ぼくたちはもう友だちだよ。さっそく話し合おうぜ:)」というメッセージが同時に送信される。

      13:00:02 - 上記のメッセージを受信したネットワークセキュリティ部門の職員から、DM画面から戻ることができないとの現象が報告される。

      13:00:05 - 財団CN支部の人事ファイルで、部署がネットワークセキュリティ部門として登録された全職員の携帯にインストールされている財団用セキュリティソフトウェアが起動できなくなり、同時に「情報技術補習コース(中学生向け)」という内容の宣伝広告が着信・自動に再生される。広告には「補習コース」のURLが言及されており、再生は1分後に停止する。その後、ネットワークセキュリティ部門の全ての携帯・パソコンは自動的に当URLにアクセスし、「サルでも分かる!いい子のパソコン教室」というページが表示される。ページの内容は通常のパソコン教室のHPと大差はないが、「補習コース」は「財団CN支部全サイトの3階トイレ」に開催されるとの記述がある。

      13:01:09 - 「補習コース」のHPにアクセスしていた全ての端末は、「ワンクリックHPツクレール!前知識不要!あなただけのHPを作りましょう!」という内容のページへ強制ジャンプさせられる。特筆すべき点として、ページの下部に「みんなのワンクリックHPコーナー」というコラムがあり、SCP財団CN支部HPのスクリーンショットが「反面教師」として大々的に掲載されている。また、スクリーンショットの下には「デザインはまるでカオス、レイアウトも全然美しくない。カラーテーマは目をチクチクさせるし、ワンクリックHPツクレールの『セキュリティマモレール』機能も完全に使ってない。ツクレールの必要最低限の機能しか活用されていなくて、小学校に通う弟が適当にキーボードを押して作れたページよりもゴミ。穴だらけで最悪。」とのコメントが表示されている。

      13:01:18 - 当事案がO5-9に報告される。

      13:01:30 - 「ワンクリックHPツクレール」にアクセスしていた全ての端末は再度、「契約違反で調査するなんて恥知らず!3分で恥知らずを止めさせてあげる:)。これは最後の機会だよ。宿題をやらなかった人は、学級委員に捕まっちゃうよ」という内容のページへ強制ジャンプさせられる。

      13:03:42 - O5-9より口頭にて下記の命令が発令される。

      財団ネットワークの不調により作業に支障が出ている職員各位
      君たちが今直面しているのは、財団の数千に及ぶ敵の一つからの愚かしい試みだ。相手はただありもしないことを口実にして、我々を脅かしているに過ぎない。だが財団は決して妥協しない。相手の言葉は、一言も信用するな。そろそろ、反撃の用意をする時だ。

      O5-9


      13:04:30 - 財団ネットワークにアクセスしていた全ての端末から以下のメッセージが表示される。

      お知らせ

      ぼくたちが今直面しているのは、四星共栄のただ一つの敵からの身の程知らずな愚かしい試みだよ。
      タイムリミットだよ。キミたちは最後の機会を逃した。
      たぶん注意しても無駄だけど、違反行為をやめてちょうだいね。
      「みなさん、期末テストがまもなく始まるよ。筆記用具を用意してね」
      えっ?持ってない?貸し出しはやってないよ。いい成績を取ってね☆

      3つのボタンのいずれかをクリックすると、下記のメッセージが表示される。

      挑まれる者より

      その言葉を待っていたよ。

      3つのボタンのいずれかをクリックすると、メッセージは消失し、異常なページは全て閉じる。全ての端末は通常状態に復帰する。

      13:10:00 - サイト-CN-59ネットワークセキュリティ部門の1番デスク端末がフリーズし、シャットダウンできない状態に陥る。

      13:10:02 - CN支部ネットワークセキュリティ部門により非常警報が発令される。

      13:10:12 - CN支部の全サイトのネットワークセキュリティ部門の1番デスク端末がフリーズし、シャットダウンできない状態に陥る。その後、残りの端末も席番号順にフリーズしシャットダウンできなくなる。

      13:11:08 - CN支部の全サイトのネットワークセキュリティ部門の全端末が使用不能になる。同部門職員が反撃不能状態に陥る。

      13:15:00 - 専用の内部ネットワークを使用したSCP中央制御ネットワークシステムを除く、CN支部において一般ネットワークと接続されている端末は全て使用不能になる。

      13:18:00 - 攻撃されていた端末は復帰し、自動的に財団CN支部HPにアクセスする。

      13:18:01 - 財団CN支部HPは下記に改ざんされる。

      警告: SCP財団CN支部、特にO5-9は

      違反指定

      に分類されています。
      契約違反行為は固く禁止されています。
      張本人は追跡、特定、厳罰されます。

      というか、今日の宿題の出来は全然ダメダメだね。財団学級委員として破棄させてもらったよ。データベースにある全ての宿題は罰としてやり直しね:)

      ついでに、ぼくたち四星共栄の外郭メンバーからの言葉を伝えるよ;)

      タイマンか乱闘かてめえらで選べ。暗い夜道には気をつけろ、俺らの前に現れるなよ。



      13:32:39 - これまでのインシデントレポートを受けて、O5-9より下記の命令が発令。

      財団ネットワークの不調により作業に支障が出ている職員各位
      我々が今直面しているのは、確かに巨大で困難な挑戦だ。だが、これしきの事で諦めるというのか?否。一切の武器を奪われようとも、四肢が断ち切られようとも、我々は財団であり断じて妥協はしない。四肢が無ければ牙を剥け、敵に歯向かうのだ。決意が、意志が我々の中にある。決意と意志をもってさえすれば、例え届かない敵にも攻撃が届き、倒せない敵でも倒せる。敵はいま、誹謗中傷で君たちの私への信頼を挫こうとしている。そんな陰湿な手段は君たちに効くのか?断じて効かないだろう。では、ネットワークセキュリティ部門の諸君に命ずる。何としてでも財団ネットワークを復旧させるのだ。いいか、何としてでも、だ。この言葉の意味は分かっているはずだ。SCPが必要ならば、私が許可する。財団ネットワークを復旧させ、そして反撃せよ。反撃するのだ。この烏合の衆に、二度と我々を邪魔させるな。君たちの決意を見せろ。一般職員の諸君については、君たちがすべきなのは、勝利の報せを待つことだ。再度、強調させてもらう。この烏合の衆に、断じて妥協はしない。君たちには、私と共同戦線に立つことを期待している。一歩でも引いた者は、その責任を負うことになるだろう。財団はやがて勝利する。これはいつまでも変わらないことだ。

      O5-9


      13:38:13 - サイト-CN-59ネットワークセキュリティ部門から、EuclidクラスオブジェクトSCP-████の使用が申請される。申請は承認され、同オブジェクトを用いた反撃が始まる。

      13:38:24 - ネットワークを復旧させている間、破壊不能と思われたSCP-████が部分的に破裂。それによる異常効果で2名が死亡、1名が重傷。SCP-████は撤去され、復旧作業は中断させられた。四星共栄側の侵入者が不明のアノマリーを使用したと推察。

      13:38:28 - 上記の件で重傷になった職員に、「ぼくたちの機械の古いパーツでサボろうと考えてる?委員長に捕まったからしょうがないよ。また何かおかしなまねをしたら、委員長がクラスのチンピラどもを呼んで、君たちを痛い目を遭わせるかもよ」という内容のDMが送信される。送信者は不明、四星共栄側の者と考えられる。

      13:45:11 - サイト-CN-59ネットワークセキュリティ部門の職員は3件のアノマリーを反撃に使用したが、2件が部分的に損傷、1件が無力化したため反撃を中止。

      13:45:14 - CN支部ネットワークセキュリティ部門管理官に、「どうした?ビビったか?もっといい声で鳴いてみろよ!」という内容のDMが送信される。送信者は不明、四星共栄側の者と考えられる。

      13:45:55 - CN支部ネットワークセキュリティ部門管理官より、CN支部外周ネットワークの電源の切断命令が発令される。SCP-CN-███を用いて、停電状態でのネットワーク復旧が行われる。復旧作業は問題なく完了したが、さらなる反撃を準備する際にSCP-CN-███は不明の原因により無力化。

      13:47:17 - 当日0時よりの外周ネットワークでの作業データが消滅したこと以外、財団の全ネットワークが復旧。O5-9より下記の処分が宣告される。CN支部ネットワークセキュリティ部門管理官は、対応が消極的で、敵に有効打を与えられていないにも関わらず複数のオブジェクトを損壊したとして、レベル3職員へ降格、████部門への転任となる。後任者として、機動部隊統括総局副局長の伍陸はネットワークセキュリティ部門管理官を兼任する。その他、レベル3以上のCN支部ネットワークセキュリティ部門の指導層はレベル2職員に降格される。財団ファイアウォールのアップデート作業が開始。

      13:50:00 - CN支部の財団ネットワークの完全復旧が宣言される。

      14:00:00 - CN支部において、財団ネットワークにアクセスしていたネットワークセキュリティ部門の全職員のDMに、送信者不明の「いや、ぼくたちはまだ友だちだよ。もっと話し合おうよ:(」というメッセージが同時に送信される。

      14:00:01 - 財団ネットワークにアクセスしていた全ての端末から以下のメッセージが表示される。

      SCP財団CN支部終了のお知らせ

      ぼくたちは怒ったよ。
      首を洗って待ってろ。

      SCP財団CN支部弔問委員会
      2015年5月13日

      「OK」をクリックするとメッセージは消失する。その他の異常現象はなし。

      14:03:03 - 内部ネットワークコンソールのコマンドログへの事後調査により、この時ネットワークセキュリティ部門は、ファイアウォールアップデートの原因不明の停止により2回目の非常警報の発令を行ったことが判明した19。同警報は不明の原因により中断されたため、発令は成功しなかった。その後の5分間、続いて4回もの発令が試行されたが、いずれも中断された。

      15:00:00 - メッセージの消失後、異常現象が観測されなかったため、再度、CN支部の財団ネットワークの完全復旧が宣言される。

      15:12:31 - O5-9より下記の通達が発表される。

      財団ネットワークの不調により作業に支障が出ている職員各位
      君たちの見ての通り、財団は再び勝利を収めた。私には驚くほどのことではない。なぜなら、全てがそうあるべきだからだ。あの臆病者どもから当たり前の勝利を手に入れたのは他でもない、君たちの妥協しない決心と、諦めない意志によるものだ。今度の勝利は、私にとっては数千に及ぶ吉報のうちの、取るに足らない一つに過ぎない。恐れるに足りる敵ではないのだ。もし我々が妥協し、諦めたりでもしたら、屈辱的にもあの烏合の衆に敗北を喫していたところだった。だからこそ、このO5-9は、断じて妥協はしない。これが、勝利へつながるのだ。君たちは?今後、どうするか、どうすべきかはよく考えるのだ。

      O5-9


      15:12:32 - 財団ネットワークにアクセスしていた全ての端末から以下のメッセージが表示される。

       

      O5-9くん、お前は恥ずかしくないのか?

      「別に」をクリックするとメッセージは消失し、同時に財団CN支部HPは下記に改ざんされる。

      警告: SCP財団CN支部は

      厚顔無恥

      に分類されています。
      厚顔無恥な人間は報復されます。




      15:14:26 - O5-9より下記の通達が宣告される。

      財団ネットワークの不調により作業に支障が出ている職員各位
      どうやら、私はこの件を自ら解決しなければならない。事件の収束を約束しよう。職員諸君、各々復旧後の作業の準備をするように。

      O5-9


      15:17:58 - 財団ネットワークにアクセスしていた全ての端末から以下のメッセージが表示される。

      お知らせ

      O5-9くんはいい子だから、約束はもう一度信じてあげる。もう二度と破らないでね。わるさをするの、早くやめるといいな。それでは、今日の情報技術の授業は終了でーす。帰った帰った。今日はいっぱい遊べて楽しかったよ、じゃあね。エンジョイ・ユア・ライフタイム :)

      「こっちも楽しかったよ、バイバイ」をクリックするとメッセージは消失する。その他の異常現象はなし。


      15:18:00 - CN支部の財団ネットワークが完全復旧。

      15:21:23 - O5-9より口頭にてインシデント-590-Bの収束が宣言される。

      2015/05/20 15:18:00 - 2015/05/20 15:18:00現在、財団ネットワークが完全に復旧し、かついかなる異常現象も観測されなかったため、インシデント-590-Bの収束が正式に宣告される。








    • _

    「O5-9」の全関連書類・資料まとめ(発見したその日から隠しておいた物だ。機動部隊のメンバー以外に隠しリンクは見えない。この補遺の執筆は、全ての始まりになるだろう)

    この補遺は……もう、私たちチームの人間以外は知らない。誰に対してこんな言葉を書き記すのか、私にも分らない。「計画」と私たちの目標が全て達成できたら、もしかすると公開になるかもしれない。先生の功罪も、後世の人々によって論じられるべきだろう。私たちチームの独断で追加され、私の知り得る最も複雑な隠蔽・暗号化措置と最も危険な身分認証ミームが適用されたこの補遺は、まだO5-9(子球)を信用していた頃の私たちが、その秘密命令に従って調査活動を展開していた際に、先生の端末を復元し、無断に侵入したことで手に入れた関連書類を編集した物だ20。これらの書類には、先生が経験した様々な事件、母球や「計画」に関する全てが記録されている。本部が知りたがっている、未だに全容が分かっていないSCP-CN-590についても、全て書き記されている。また、本補遺での登場人物は全て母球に存在する人物であるため、特記のない限り、引用符付きの表現は使用せず、登場人物は全て子球の人物と同名の母球の人物を指している。

    偶然にも、私たちが力を尽くして解明できた情報は、母球でのイベントタイムラインと沿革の総覧をまとめるのにちょうど十分な量だった。これは……本当に面白い偶然としか言えない。

    本補遺では、各イベントの資料はその種類と内容でファイル別にまとめてある。ファイル毎に1つのイベントが記述されており、ファイルは時間順に整理されている。これらのファイルが示した情報は、子球での未来の出来事の参考と綱領になる。そして、私たちが現時点で利用できる情報の全てでもある。その中で、ファイル3とファイル6は本筋との関連性が薄いため、閲覧はオプションとする。前者は評価の上でのオプション指定であるが、後者は先生によって別フォルダに保管されていた唯一のファイルで事件との繋がりも弱いため、オプション指定とした。なお、後者が保管されていたフォルダのフォルダ名は「敬」であった。

    私たちがいま行なっている全てが、「ソレ」への肉体的抗争というのならば、この補遺も人類の「ソレ」への精神的抗争と言えよう。

    以上、願わくば「計画」が達成されることを。

    人類の不屈の精神へ、全てを覆すであろう「計画」へ、「ソレ」の手にかかり四つの大罪「優越」で滅んだ名も無き異星文明へ、「信者」へ、先生へ、そして人類が永遠に届かないであろう執着心を持つ、我らが最後にして最恐の大敵――「ソレ」へ、崇高なる敬礼を!

    文明民族主義万歳!世界公民万歳!人類価値万歳!
    万歳!!
    万歳!!!

    人類精神のために
    2016/02/13

      • _

      伍玖博士
      (ミームは除去しています)

      警告:

      このファイルにアクセスしている無許可の職員はベリーマン=ラングフォード・ミーム殺害エージェントにより即座に処分されます。適切なミーム摂取無しに下部へとスクロールを行えば、即座に致死性の心停止が発生します。

      待機してください。











































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      ミーム殺害エージェント作動

      生命徴候の継続を確認

      安全装置を解除


      そろそろだ。時期はもうすぐ、ついに、来るのだ!伍玖君、私が今どんな気持ちか分かるか?分かるか!?君には分からないだろう。未来永劫、言葉では言い表せない、絶妙な快楽だ!絶妙な快楽なのだよ!!!そう、まるで地球がゆっくりと、めまぐるしく回転しながら小さくなり、やがて手に収められるほどの大きさに凝縮されていくようだ。そして私は果てしない宇宙に立ち、虚空に浮遊したまま、星の輝きに照らされながらこの全てを見渡している。あらゆる物がかくも眩しく輝き、手が届くほどに近い……その本質に内包されている美は、完全に、徹底的に、余す所無く、結合され、融解され、粉砕され、吸収され、私の身体と同化されていく。私が思えば、財団の手に届く全てが私の手にも届く。私が望めば、考えるだけで全てが私の元へやってくる。これほど至極の快楽は、数百年以来初めて体験したものだ。これぞ、純粋なる権力……!!!!!!!!!
      この全て、全て、全て……全てが!!!!!!!

      だが、しかし……そう、これはまだ本当に手に入れたわけではない。悪い……取り乱してしまった。

      すまない。

      とにかく、もう準備を始めるといい。何の準備かは君なら分かるだろう。ミーム抹殺エージェントでは、この件を知ろうとしている彼らを止められないだろうが、今後はもう戦々恐々としなくてもいい。我々は、既に地力をつけたのだ。彼らの言いなりになど二度とならぬ。ついに、望むことが自由にできる。伍玖君、今日は記念すべき日だ。

      O5-9
      2271/03/05



      O5-9様

      (冒頭部分に同一のミームと警告文が記載されているため省略)

      ついに、この時が来ましたか。心からお慶びを申し上げます。しかし誠に僭越ながら、先ほどのメールは再度隠蔽措置を施させて頂きました。十分に地力をつけたとしても、先生、どうかご慎重になさってください。

      あの時のあの出来事に、貴方はもう触れてほしくないかもしれません。しかし……申し訳ございませんが、それを再度提起させていただきます。当時の私たちでも、一応退路は用意できたのですが……今回では、計画を始動させたらもう二度と引き返せません。正直に言いますと、当時の私たちが完璧だと思っていた機密保持措置は、他のO5からすればハリボテ同然だったのです。

      お忘れにならないでください。貴方が保身のために色々と画策していた時から、数百年後の21世紀初頭までの間、最初に用意していた退路こそ他のO5の意表をついたものの、その後の簒奪計画は全て彼らに筒抜けでしたし、貴方は計画が露見していないとも思い込んでいたのです。当時の貴方は経験の無さで、ベリーマン=ラングフォードや偽件名、そして「メール管理者によるアクセスを禁ず」という文言だけで全ての秘密を隠せると盲信していました。それは別に仕方のないことだったと思います。しかし、裁判をかけられ、投獄されて百年間の獄中生活を経験した貴方が、事前に用意していた退路でO5の役職を何とか確保し、臥薪嘗胆の思いでゼロからようやく再起を果たしたこの万全な時にこそ、油断はあってはなりません。……例え、十分の力を身につけたとしてもです。

      正直な話、私と同じように、また百年間刑務所に放り込まれるのはもうたまったものではないという気持ちは貴方にもあるでしょう。もし、今回の計画がまた失敗したら……もはや罪状はO5-13の暗殺、カオス・インサージェンシーの扇動、支部統制権の拡大化やCN支部での集権化……なんて生ぬるい話にとどまりません。失敗した場合、他のO5に対するいかなる牽制も功を奏しないでしょう。

      以上、どうかお気をつけください。

      伍玖博士
      2271/03/05



      伍玖博士

      (冒頭部分に同一のミームと警告文が記載されているため省略)

      認めたくはないが、これは……確かに私の問題だ。

      忠告、感謝する。ここで言うべきではないことはもう言わないことにしよう。いつ、何をするかは、君なら分かっているはずだ。

      あの時の件は嫌な思い出だと君は言ったが、確かにそうである。私はいま、非常に腹が立っている。私をピエロのように弄んで、知らん振りで私の一人芝居を眺めていた彼らの気色悪い顔が脳裏に浮かぶのだ。

      私はまだ覚えている。わざと登録せずに研究員をCN支部に派遣し、わざと他支部でCN支部を批判し、わざと支部の指導権を自ら差し出してまで、ただ内部闘争に疎かった私を激怒させ、他のO5を排除するよう行動を誘導し、そしてそれを口実に私を逮捕しようとした彼らのことを。

      あいにく、彼らは知らない。私はもはやあの元O5-7によって仕立てあげられ、彼女が消えた後に一日として安らかな日を送れなかった、財団数学専攻で収容違反の対処やデータ分析しか知らないO5-9ではないのだ。今の私の行動は、保身の術を画策していた頃より遥かに厳密さと複雑さに富んでいる。ピエロのように弄ばれていた頃の稚拙な計画は言うまでもないだろう。君の忠告は正しい。釈放されてから百年間の努力は無駄にしない。負けるわけにはいかないのだ。

      感謝する。

      全てが終わった後、私によって裁かれるあの12人がどんな表情をするか、非常に楽しみだ。

      用意しておいた退路でO5として地位を保つのがやっとだった私は、あれからずっとやむなく低姿勢な態度をとってきたが、もしかすると彼らには、百年後の私がまだそうであると見えているかもしれん。だが彼らは想像だにしないだろう。もうすぐ世界が、全てが覆ることになるとな。

      O5-9
      2271/03/05




      • _

      O5-9 - 2271/03/28

      (冒頭部分に同一のミームと警告文が記載されているため省略)

      伍玖君、GOCに連絡を。そろそろ彼らの出番だ。だが、今はまだ「本職」を全うするようにと伝えておけ。

      他の事項は追々連絡する。愚者の日エイプリルフールに誰が愚者かをはっきりしてくれる。



      世界各国政府に告ぐ


      本日より、SCP財団は「独立条約」を破棄するものとする。

      SCP財団代表 O5-9
      2271/04/01




      O5-9 - 2271/04/04

      (冒頭部分に同一のミームと警告文が記載されているため省略)

      やはり、さすがは本部だ。私をここまで追い詰めてくれるのは本部しか無い。まるで冗談のように、一夜にして戦線を800キロほど南進させることができようとはな。

      だが、アノマリーを使ってきている以上、ここからは狂気の競り合いだ。

      まだ覚えているか?あの予備の計画は必ず使うことになると、再三言っていたものだ。こんなことにはならないと君は頑なにそれを予定表に組み込まなかったが、こんなことにはなっただろう?ほらな。

      予備計画の前提条件は見事に満たしている。人類存続のためにそれらを使わないのが暗黙のルールだと、彼らは思い込んでいるのだ。

      なんとツメが甘いことか。まだこの私を一週間前のような、過去百年間にずっと戦々恐々としながら彼らに言いなりだった「傀儡O5」だと思っているのか?残念だったな。このO5-9を誰だと思っているのだ。かつての「傀儡O5」がこれほど緻密な仕掛けを用意してくれるとは思わないだろうし、簒奪計画が筒抜けだったことで弄んでいた「傀儡O5」にまだこんな勇気があるとは想像もしなかっただろう。だが、これは断じて勇気などではない。私が奮闘する最高目標なのだ。

      伍玖君、君に通達する。

      Keterを準備せよ。

      ここに宣言する――第三次世界大戦は、一週間以内に収束する。




      • _

      新秩序条約(抜粋)


      第三次世界大戦後の世界の大勢を鑑み、戦後の混乱を収拾し、全人類共同の呼び声たる新秩序の建設を完遂すべく、互恵と人類共同発展の原則に基づき、茲に財団同盟により当条約を起草し制定する。当条約の最終解釈権はSCP財団に帰属するものとし、憲法(ただし非公式的なものとし)の性質を有するものとする。当条約は頒布の即日より有効である。
      一、 条約内容要約
      1. 全ての政権はSCP財団(通称SCPCN財団)に帰属するものとする。
      2. 元西ヨーロッパおよび北アフリカ構成国からなる、新ローマ二級連邦を創建する。構成国の詳細は付録を参照のこと。
      3. 元ソビエト社会主義共和国連邦構成国および東ヨーロッパ構成国の一部からなる東ヨーロッパ二級連邦を創建する。構成国の詳細は付録を参照のこと。
      4. 元北アメリカ構成国からなる北アメリカ二級連邦を創建する。構成国の詳細は付録を参照のこと。なお、当連邦では民族・人種で行政区画を区分するとし、各行政区画は新ローマおよび東ヨーロッパ二級連邦を構成する元独立国と同等(属国級)の行政権を有するものとする。
      ……
      (中略)
      ……
      12. 全ての二級連邦からなる地球一級連邦(即ち世界連邦)を創建する。世界連邦の政府はSCP財団(通称SCPCN財団)が兼任するものとする。世界連邦政府の指導者の任命は、SCP財団内における選抜規程を踏襲する。正式な世界連邦憲法は、各二級連邦と財団と共同で制定される。
      13. SCP財団は世界連邦の政府を兼任すると同時に完全な主権を有するものとする。いかなる二級連邦や属国もSCP財団の運営に干渉できない。各地の財団サイトは、同時に世界連邦政府の地方政府「支部」の職能を有するものとする。
      14. 南極は世界連邦の下級行政区画とし、世界連邦政府の直轄とする。
      15. 各国の公民は元からある国籍を喪失し、世界連邦の公民となる。
      16. 世界オカルト連合(GOC)を解散し、その施設および構成員はSCP財団の管轄となる。施設および重要人員の詳細は付録を参照のこと。
      17. 国際連合の全ての施設および構成員は世界連邦政府の管轄となる。施設および重要人員の詳細は付録を参照のこと。
      18. 戦後の全ての核装備および反物質装備は世界連邦政府に上納され、廃棄される。各属国における核技術および反物質技術の研究機関の設立は、これを固く禁ずる。
      19. 元からある各国の研究機関は、世界連邦政府直轄の研究機関となる。研究機関の従業員は従来の所属機関に務めるものとする。
      20. 戦時中、甚だしい被害を受けた地域は地球連邦の許可の上、アノマリーによる復旧を可能とする。ただし、SCP-2000など条約の付録に記載されるThaumielクラスオブジェクトの使用は不可とする。
      ……
      (中略)
      ……
      25. SCP財団はSCPCN財団と名を改めるものとする。全財団サイトのうち、サイト-CN-01から始まる元SCP財団CN支部所属のサイトは名称を変更しない。サイト-01から始まる元本部所属の全サイトは、名称に「CN」を追加し、番号は元CN支部の最大サイト番号の後に続くものに変更する。その他の支部のサイトは同様に前記のルールで名称・番号を変更し、CNへ編入される。同時に、元SCP財団が保有する全てのオブジェクトも前記のルールでアイテム番号を変更する。支部の名称変更順序および特記事項は各条約の付録を参照のこと。当約款は、O5-9が自由に通常の権力を行使できなかった時期に際しSCP財団本部および他支部が行った嫌がらせや孤立などの行為に対する制裁措置である。他のSCP財団管理層には、尊重の意を示すために意見を求めたが、全会一致で採決された。ただし、短時間内で慣習を改めるのが難しいことを考慮し、名称の混用を可能とする案も採決されている。
      ……
      (中略)
      ……
      29. 各国はSCP財団に運営資金を提供する義務があるものとする約款など、当条約の一部の約款は憲法成立後も有効である。詳細は付録を参照のこと。
      30. 戦勝側(SCP財団同盟)の強い保証により、戦敗側(各国政府・財団反乱軍同盟)は当条約の内容を全て了承しなければならない。当条約の内容に異議を唱えた場合、その責任を負うものとする。
      ……
      (後略)
      ……

      SCP財団同盟
      2271年4月21日、ジュネーヴにて



      伍玖秘書長

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      確かに、君の言う通りだ。私が方向を間違えたのだ。ならこうしよう。スカンディナヴィアをヨーロッパ連邦から分離させて、ポーランドとドニエプル川以西のルーシ連邦とに統合させて新カルマル二級連邦にする。ヨーロッパ連邦とルーシ連邦の政治家どもめ、結託して謀反だと!?所詮は私の座に座りたいだけだろう。手を組んで私を引きずり落としてから、また内輪もめを再開するに違いない。奴らには本当の意味での世界征服という夢を叶える機会を与えてしまったものだ。あいにく、財団を制約しうる政府も要注意団体も、もう存在しないのだからな。奴らはまだ私が手を出せないとでも思っているのか?今や恐れるに足りる物は何一つ無い、退路も考えなくてよい。全ては、思うがままに!この件は君に任せる。一人残らず終了しろ。武器を反地方政府軍にでも渡して、あの政治犯どもを煮るなり焼くなり好きにさせるのだ。我々の手を汚すまでもない。遊び飽きたらそのまま銃を撃たせても構わない。元からある組織を粉砕して、権力欲に溺れた連中を新たな権力配分の場に置いておけば、自然と反抗がなくなる。最初の所は混乱に陥れれば陥れるほど、連中は権力争いに夢中になり反抗どころではなくなるだろう。

      最後に、国勢調査をするように。私の見込みだと、戦後は……もう十億人くらいしか残っていないだろう。そして、他の12人は……捕えておけ。いますぐ、だ。今日という日に、彼らが法廷で跪く姿を見ることを楽しみにしている。私が法壇に座る法廷に。あの時、私が味わった屈辱と苦痛を、彼らにも味わわせてくれる。それが終わったら、名義だけの参謀部にでも放り込んでおけ。私を脅かしうる材料が全てなくなっているが、彼らのO5としての身分はそのままにしてやる。刑期を終えた私が彼らに傀儡をやらされる時の思いも味わわせてやらなくてはな。

      ああ、そうだ。あともう一つ、非常に重要なことがある。GOCの指導層には目を光らせておけ。世界連邦の成立後、GOCが我々の名義をかざしてかき回し、我々の地位に挑んてくることは前から懸念していた。せっかく彼らのことを解散したのだ、これ以上の面倒は避けたい。指導層をしっかりと見張っていてくれ。GOCの研究員も一般職員にも、サイト管理官あたりに見張らせておけ。彼らのことは要職に置いてはいかん、危険性の高いSCPや重要なSCPの管理区画にも置くな。むしろアノマリーに関わらない役職が妥当だ、総務やネットワークセキュリティとかな。そして、くれぐれも覚えておくことだ。地方の税金は着服するな。財団の運営は、新秩序条約に規定されている各属国の資金提供だけで十分な状態にある。行政も実質、二級連邦に完全に任せた形だ。金銭にはさほど困っていない。税務は勝手にやらせておけばいいのだ。


      O5-9
      2271/04/29



      世界政府-SCP財団管理構造改革実施要綱(抜粋)


      現時点では、世界政府の課題は世界の発展を牽引することであり、人類の発展をより加速化し、かつ全人類の共同利益を考慮するため、政府の管理構造を最適化させることは、アノマリーの確保収容保護のみを担当していたSCP財団の主要任務となっている。世界政府の実情を鑑みて、茲に下記の実施要綱を制定する。
      一、内容要約
      1. O5評議会は即ち世界政府の最高行政・立法機関であり、特別な事情が無い限り更迭はしないものとする。
      2. SCP財団機動部隊統括総局は組織を改め、各国の軍事機関の一部元構成員を取り込み世界政府地球防衛部を成立する。上位機関として世界政府軍事管理総委員会を成立しこれを管理する。委員会の人員にO5評議会の人員を含まなければならない。また、SCP財団の構成員がその組成の70%以上でなければならない。ただし、財団内部における当部門の職能は従来のものとする。
      3. SCP財団ネットワークセキュリティ部門及び記録・情報セキュリティ管理室(RAISA)は組織を改め統合するものとし、各国のセキュリティ部門の一部元構成員を取り込み世界政府情報安全部を成立する。ただし、財団内部における両部門の職能は従来のものとする。
      4. SCP財団渉外事務部門及び人事部門は組織を改め統合するものとし、各国の総務省の一部元構成員を取り込み世界政府民衆事務部を成立する。ただし、財団内部における両部門の職能は従来のものとする。
      5. SCP財団セキュリティ部門は組織を改め、各国の公安部門の一部元構成員を取り込み世界政府治安督察部を成立する。
      ……
      (中略)
      ……
      15. SCP財団外宇宙支部及び外宇宙サイトの管理部門は組織を改め、各国の宇宙開発機関及び国際連合宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)・国際連合宇宙局(UNOOSA)の一部元構成員を取り込み世界政府宇宙事務部を成立する。同部門の下位組織として、宇宙植民事務室を開設する。ただし、財団内部における外宇宙支部の職能は従来のものとする。また、外宇宙サイトの管理部門は人員を変更するものとする。詳細はSCP財団人事部門公開情報における関連報告(2272年)を参照のこと。
      ……
      (中略)
      ……
      37. SCP財団倫理委員会は解散するものとする。ただし、解散するのはSCP財団の運営に関わる部分のみに限定し、アノマリーに関する倫理的問題を扱う部分は保留とする。
      38. 世界政府地球防衛部の成立以降も、全ての機動部隊は従来通りO5評議会の直属である。
      39. SCP財団O5評議会において、O5-9を除く全ての評議会議員は身体状況や個人的な事情により、管理者としての職務を無期限に中止されるものとする。ただし、評議会議員としての資格は保留とする。
      40. O5-9を除く全ての評議会議員を室員に世界政府事務最高参謀室を開設する。主任としてO5-1を指名する。
      ……
      (後略)
      ……

      O5評議会
      2272年1月1日、サイト-01(通称サイト-CN-01)にて


      「世界中枢」ワールドアクシズネットワーク管理システムの開設についてのO5評議会命令


      世界政府各職能部門及び各二級以下地方連邦政府
      世界政府の成立以来、管理経験の欠如などの諸原因により各部門・地方政府において問題が頻出しており、権力配分が不平衡な状態にある。各政府部門・地方政府・財団内部部門の管理ストレス低減や、管理機関の権力配分不平衡状態並びに各部門・地方政府の権力の分散しすぎ・集中しすぎの回避、及び管理に関わる諸問題の妥当な解決や、全人類の利益の保持並びに人類の発展方法の改善のために、茲に下記の施策を実施する。

      一、SCP財団が保有するネットワーク関連オブジェクトによる堅牢性のある「世界中枢」ワールドアクシズネットワーク管理システム(以下、アクシズシステムと略称)を開設する。使用する具体的なオブジェクトの選出は財団内部にて行われる。アクシズシステムは開設後、世界政府及びSCP財団のオンラインデスクシステムとして運用される予定である。その際、各属国及びSCP財団に運用されていた元のオンラインデスクシステムは運用中止となる。

      二、アクシズシステムには重要度等級分けシステムが搭載されており、システム内蔵のアルゴリズムにより職員に提出された事務書類はパラメータ化され、加重平均法にて分析される。これにより、事務ごとの重要度は数値として可視化され、数値の区間ごとに具体的な重要度等級が割り当てられる。各政府部門・地方政府・財団内部部門の管理ストレスを低減させるために、重要度等級がA、B級の事務は全てO5評議会経由で処理される。C級の事務はO5評議会秘書課経由で処理される。ただし、世界政府軍事管理総委員会およびSCP財団機動部隊統括総局によるF級以上の事務への意思決定は、必ずO5評議会にその事務処理経過を報告しなければならない。

      三、アクシズシステムには優先度等級分けシステムが搭載されており、そのアルゴリズムは重要度等級分けのアルゴリズムに類似している。優先度が1、2級の事務は全てO5評議会またはO5評議会秘書課に報告しなければならない。その内、政府事務に属する者はO5評議会秘書課により優先的に処理され、SCP財団内部事務に属する者はO5評議会により優先的に処理される。ただし、世界政府軍事管理総委員会およびSCP財団機動部隊統括総局による4級以上の事務への意思決定は、必ずO5評議会にその事務処理経過を報告しなければならない。

      四、世界政府各部門・地方政府・SCP財団内部部門が規定により事務書類を正しく記入することを保証するために、O5評議会より監察職員が派遣される。監察職員としてO5評議会秘書課課員、各政府部門職員、各サイト研究員、セキュリティスタッフ、公職につかない一般民衆などが起用される。監察職員の詳細メンバーはAクラス機密として指定されており、機密を取り扱う部門を除く(ただし、機密取扱部門には特別に指定された監察職員が派遣される)全ての部門は監察職員に対してあらゆる情報を開示しなければならない。監察職員は具体的な情報に対して質問・把握する権利を有するものとする。なお、監察職員は不定期に交代する。

      五、いかなる事務もO5評議会に対して情報を完全に開示しなければならない。同時に、O5評議会はあらゆる事務に対して意思決定権を有し、干渉されることはない。

      O5評議会
      2272/08/23







      • _

      送信日時: 2284/05/07 10:37:48
      送信元: O5評議会秘書課、伍玖秘書長
      重要度: AAAAAA X??k犯?9B+j湵
      優先度: 0.00000132535溯Yg89亳F&
      事務区分(政府事務/財団事務): 未記入
      事務分析値: 4722366482869645213696
      事務内容:




      sCP=001しゅよう 収容違反’、、

      2284/05/07 10:37:55
      O5指示: 伍玖君、落ち着こう。機動部隊に連絡を どれでも構わん

      2284/05/07 10:38:07
      O5指示: あと 詳しく説明せよ、どの支部の001か?それとも本部のSCPCN-001か?

      2284/05/07 10:38:18
      部門返信: 本部の001です。SCPCN、再ナンバリング後のSCPCN-001です どうしましょう 先生 どうしましょう?

      2284/05/07 10:38:36
      O5指示: ああ、あれか。いや……その001はそもそも収容できていないUnclassedオブジェクトのことか?なら収容違反もなにもないじゃないか。
      慌てるな。既知の情報によるとあの001の脅威はKeterに遠く及ばない。特筆すべき所も何もない。なぜO5の決議でほかの12人がそれを001としてナンバリングすることに票を入れたのかすらも分らないものだ。何か異状はあったか

      2284/05/07 10:38:42
      部門返信: いいえ ただ観測によると我々の方向に向かって移動を始めているようです

      2284/05/07 10:38:59
      O5指示: まず天文台からの発信に規制をかけろ。情報を封鎖したら最高参謀部の12人に、なぜあれを001としてナンバリングしたのかを問いただせ。聞くときは一人ずつでやれ、まとめて聞くでないぞ。

      2284/05/07 10:40:05
      部門返信: みな一様に他の11人の考えは分らないとおっしゃっています。また、ナンバリングの件も、口を揃えて「承認した覚えはない」と。

      2284/05/07 10:45:10
      O5指示:



      送信日時: 2284/05/07 11:23:21
      送信元: O5評議会秘書課、伍玖秘書長
      重要度: A
      優先度: 1級
      事務区分: 財団事務
      事務分析値: 224357
      事務内容: 先生、状況が変です。

      情報部より転送:
      現時点で把握できる限り、SCPCN-343、SCPCN-1444、SCPCN-073やSCPCN-076などのオブジェクトに限らず、境界線イニシアチブが保有している宗教関連の人型アノマリーも休眠に似た状態に陥っている他、人型に属さないアノマリーに関しても無力化したような状態を呈しているとのことが同組織から報告されています。また、宗教関連でない他のオブジェクトに関しても、SCPCN-239に心拍数の異常、SCPCN-682に異常な弱体化状態が観測されている他、001の収容違反と同時にSCPCN-173が注目されているにも関わらずDクラス職員を2名殺害したのち静止したことが報告されています。加えて、複数のKeterクラスオブジェクトがある種の弱体化/非活性化状態に陥っていることが判明しています。

      2284/05/07、11:23:27
      O5指示:



      送信日時: 2284/05/07、14:41:55
      送信元: O5評議会秘書課、伍玖秘書長
      重要度: A
      優先度: 1級
      事務区分: 財団事務
      事務分析値: 7984232
      事務内容: SCPCN-001は……確かに存在します。
      貴方からの指示がありませんでしたので、誠に僭越ながら申し訳ございませんが、ひとまず情勢を安定化させるよう通達を出させていただきました。
      なぜ、あれに対して何の収容措置も講じられていなかったのか、分かった気がします。

      2284/05/07、14:46:23
      O5指示: というと?

      2284/05/07、14:46:39
      部門返信: まだ、お気付きでないのですね?外が暗くなるのが少々早過ぎたとは思いませんか?どうか窓際まで行かれてお確かめください。

      2284/05/07、15:18:12
      部門返信:

      情報部より転送:
      超光速情報探知アノマリーを使用することにより、10:37:25(4時間前)、地球から数千光年先に位置するSCPCN-001の大気圏から245kmの場所に円盤状の飛行物体を発見しました。当該飛行物体は黒と白の二つの部分から構成されており、黒い部分の中央には白の円、白い部分の中央には黒の円がそれぞれ存在します。画像参照: 。この構成の意味は未だに判明していません。当該飛行物体は地球に向かって、478561.3km/h²の等加速度運動で移動していましたが、距離を無視して地球上空に突如出現し、同時に太陽を常時遮蔽する形で地球との並走を開始しました。それと同時に、138ヶ所以上のスクラントン現実錨は作動に故障を来し、また財団が保有する大多数のカント計数機も一時的に機能を喪失しました。注意すべき点として、当該事案の発生直前、計数機の測定値は全て正常状態である1を示していました。その他、飛行物体に対しては、現実改変回避用の手段は全て通用しませんでした。
      何ヶ所かのスクラントン現実錨に対して緊急修復作業を行った後、当該飛行物体の近隣の空間ヒューム値は常時1に維持していることが観測されました。また、SCPCN-343を含む現実改変能力を有する一部の宗教・信仰関連オブジェクトのヒューム値は著しく低下または上昇(測定値は1に安定せず)しただけでしたが、それ以外の現実改変能力を有するオブジェクトは休眠状態に似た状態を呈し、固有ヒューム値と空間ヒューム値は全て1に安定しています。これは前述の現実改変回避用手段が通用しない原因と考えられています。しかしながら、現時点ではアノマリーに依存しない手段による対応も全て失敗に終わっています。

      2284/05/07、15:19:42
      部門返信: 行政上でやれるだけのことはしました。しかしそれはあくまで行政上に過ぎません。先生、どうか命令を!我々は、一体どうすればいいのです?

      2284/05/07、15:24:27
      部門返信: 申し訳ございません、先生。誠に僭越ながら、最高参謀部の意見を求めました。12人からの返信はありませんでしたが。先生、どうか命令をください。我々に進むべき道を指し示してください。
      先生。情勢を安定化させるための手段しか知らない、自分の無力さが憎いです。

      2284/05/07、15:31:41
      部門返信: 001から出現したあの飛行物体は財団宛にメッセージを送っています。財団のことをなぜか知っているような口ぶりで、名指しで貴方にその飛行物体へ向かってほしいとのことです。

      情報部より転送:
      メッセージを解読した結果、同メッセージが中国語(現代語・漢文含む)・英語・アラビア語・サンスクリット語(デーヴァナーガリー)・パーリ語・ラテン語・古典ギリシャ語・シリア語・ヘブライ語・アヴェスター語など複数の言語により構成されていることが判明しました。各言語でのメッセージはいずれも「SCP財団/世界連邦政府首脳███(O5-9大統領の本名)に『太極』までご足労頂きたく存じます」との意味を表現しています。なお「太極」という文言は中国語のメッセージでのみ現れており、その他の言語では「飛行物体」を意味する単語に置き換わっています。同表現の意味は判然としませんが、中国の土着宗教・天命教でのみ同表現と結びつく記述が発見されています。ただし、意味を成す情報の入手には成功していません。

      2284/05/07、15:37:05
      部門返信: 先生、どうされましたか?ご返事を!通信に気づきましたらすぐ応答してください!

      2284/05/07、15:37:22
      部門返信: ご返事を!先生!

      2284/05/07、15:37:33
      部門返信: 先生?

      2284/05/07、15:37:57
      部門返信: 申し訳ございません、先生。階下に待機している警備員に執務室への進入許可を出しました。問題がありましたら、貴方の端末で返信するように命令してあります。どうかご容赦を。私も至急、そちらに向かいます。

      2284/05/07、15:38:14
      O5指示: ソレの目的はなんだ?

      2284/05/07、15:38:20
      部門返信: 警備員ですか?

      2284/05/07、15:39:59
      O5指示: あいつらなら持ち場に戻ってもらった。ソレの目的はなんだ?ソレの目的を、私が知りたいと言っているのだ。

      すまない。腹が痛くなっている。心臓の調子もよくないようだ。

      ソレの目的は、なんとなく察することができた。まるで遠い昔、初めてテレパシーを体験した時のような感覚だ。これは、宗教的啓示なのか?
      ソレのことについて一切知り得ないというのに、なぜか……
      全てが終わった。この数百年間の全てが、終わった気がしてならない。

      2284/05/07、15:49:49
      O5指示: いや、それはない。はははっ。決してそうではない。このO5-9をなんだと思っているのだ?私はずっとここに居る。これまでも、これからも!私をこの座から、このサイト-CN-01の玉座から引きずり下ろせる者はいない!未来永劫に!ソレには、帰ってもらうのだ。
      伍玖君、君が行け。今から君が私だ。君がO5-9だと言ってやれ!なんでも知っている口ぶりをしやがって……私の名を知っていても、私の顔までは知らないだろう。情報安全部の努力を、全世界の科学の成果を無視できるつもりだと?そんなわけなかろう!
      ソレの懐を探るとしよう。
      全サイトに通達せよ。Keterクラスのオブジェクトを用意しろと。

      2284/05/07、15:56:22
      O5指示: 伍玖君、用意しろと言ったはずだ!なぜ報告が来ない?なぜだ?用意しろ、用意しろ、用意しろ!!!

      2284/05/07、16:49:49
      部門返信: 先生……お忘れですか?使用できるKeterクラスのオブジェクトは、全て影響を受けて非活性化状態にあると。

      申し訳ございません、先生。私は、一瞬迷いました。いますぐ「太極」に向かいます。

      2284/05/07、16:49:56
      O5指示: 核兵器は?この十数年間に用意してきた物は全て使い物にならないだと?伍玖君、少し待て!ソレを爆破するんだ!私に軽々しく面会できるなど、サイト-CN-01をどこだと思っているんだ。

      2284/05/07、16:50:18
      O5指示: 伍玖君、爆破しろといったはずだ!いつまでソレに太陽を覆い隠させているのだ?早くやれ!



      2284/05/07、16:50:26
      [システムメッセージ][固定][O5命令]

      O5-9より公式O5命令発令:


      地球防衛部、機動部隊、誰でもいい、何を使ってもいい、ソレを撃ち落とすんだ。伍玖君を一旦止めろ、ソレに乗らせるな。そしてあらゆる手段を使ってでもソレを爆破しろ!O5-9がそんな簡単に面会できる存在ではないことを知らしめてやれ。001だか00ウンだか知らないが、私の気に障った報いを、人類を怒らせた報いを受けさせろ。これまでに数々の問題を解決してきた財団にとって、ソレは断じて例外ではない。

      2284/05/07、16:53:41
      地球防衛部返信: O5-9大統領。現在、世界各地の核兵器保管庫(南極秘密保管庫含む)は全て不明の原因により起動できない状態にあります。また、反撃に準じる全ての行動(飛行物体への銃撃など実質ダメージを与えられない行動も含む)も全て不明の原因(銃の場合、トリガーを引けないことなど)により実施できません。

      2284/05/07、16:54:28
      SCP財団総務部返信: O5-9様。残念ながら、伍玖博士が操縦している浮遊機を阻止できない状態です。現在、伍玖博士が利用している機体以外の利用可能な飛行機関は全て起動できません。にもかかわらず、ヒューム値は通常通り1に維持されています。



      送信日時: 2284/05/07、16:58:01
      送信元: 情報部
      重要度: A
      優先度: 2級
      事務区分: 財団事務
      事務分析値: 235633
      事務内容: 伍玖博士が地球の大気圏内に停止する浮遊機内に再出現した直後、SCPCN-001から出現した飛行物体は消失しました。情報部の用いる情報探知アノマリーによる探査の結果、当該飛行物体は消失直後にすぐさまSCPCN-001の大気圏外に再出現しました。

      [会話はタイムアウトしました。O5指示なし]





      O5-9様

      (冒頭部分に同一のミームと警告文が記載されているため省略)

      申し訳ございません、先生。「太極」に侵入していたため、指示は届いていませんでした。私は……
      SCPCN-001の……指導者?ええ、SCPCN-001の指導者との会話記録をご送付いたします。申し訳ございません、先生。誠に申し訳ございません。私には、会話の内容について見解を述べる資格がありません。申し訳ございません。私は……
      ただ、どうか記録をご覧になった後でも冷静を保ってください。
      貴方からの質問については……「ソレ」に聞いておきましたが、得られた答えはどうも貴方が納得できる物ではないようです。
      これからは財団標準フォーマットを使います。でないと、私が何を書いてしまうか、私自身にも分りません。今回ばかりは、自分の主観が入らない記述が望ましいです。申し訳ございません、先生。

      前記: 今回の伍玖博士とSCPCN-001の指導者(以下、対象と呼称)21と思しき存在との面会は飛行物体の内部に行われた。伍玖博士が進入した際、飛行物体の内部に他の存在を確認できなかった。飛行物体内部の天井中央には浮き彫りの図画があしらわれており、それぞれ地球のヒト科生物とウシ科生物に極めて類似している2体の実体が表現されている。そのうち、ヒト型の実体は年老いた男性に類似しており、髭を蓄え古代中国風の服装を着用している。ウシ型の実体はヒト型の実体に付き添っている。中国歴史について研究歴のある伍玖博士は、浮き彫りの実体に類似する外見的特徴を持つ個体は歴史上に存在しないと結論づけている。画像記録を確保できなかったため、更なる分析も不可能である。伍玖博士と会話を行う際、対象の発話は全て財団音声データベースの中国語音声で構成されている。発話の発生源については、伍玖博士の感覚的経験では判断できなかった。面会中、伍玖博士と会話したのは当該音声のみであった。話す速度が極めて早いが、認識可能な程度だった。また、対象は最後まで姿を表さなかった。以下の記録では[未知]で対象を表す。

      <記録開始>

      <伍玖博士が飛行物体内部へ進入>

      伍玖博士: (周囲を見回しながら声をかける)すみません?

      <応答なし>

      伍玖博士: 唐突で申し訳ございませんが、そちらのことについて伺っても……

      [未知]:

      宣告:
      、此ノ惑星ニ於ケル総テノ信仰アル者ハ直チニ信仰ヲ放棄セヨ。但シ宗教的信仰ニ限ラズ強キ信念モ含ム。
      、[不明]、即チ貴方方ノ言ウSCPCN-001並ビニ其レヲ統治スル文明ニ服従セヨ。
      、分析ニ拠リ意外ニモ貴方方ノ文明ニ於イテ我ガ宗教ニ酷似スル「天命教」ナル宗教ヲ発見シタ為、総テノ者ハ我ガ宗教ニ帰依スルモノトセズ天命教ニ帰依スルモノトスル。但シ当宗教ハ宗旨ヲ改メルモノトスル。変更ノ旨ハ我ガ自ラ策定スル故貴方方ニハ関知シナイ。
      、「典籍」ニ拠レバ貴方方ノ文明ガ蓄ヘル権力濫用ノ力ハ既ニ███(O5-9の本名)ノ身ニ極メラレテイル。貴方方ノ文明ヲ加エレバ、愚昧・搾取・集権・優越ノ四極罪ノ内三罪、尚且ツ「典籍」ニ則リ信仰力ヲ多用セズ自然的観測ヲ用イル事ニ拠リ発見シタ自然的文明ヲ征服シタ事ニナル。後一ツ、搾取ノ極罪ノ文明ヲ見付ケラレレバ、「典籍」ノ儀式ニ則リ我ガ神ノ栄光ヲ呼ビ起コシ、神ガ此ノ世ニ再ビ降臨ナサルダロウ。
      要約:
      「典籍」神降ロシ儀式ノ取リ決メニ拠リ、信仰力ノ使用ハ不可トナル事ヲ了承セヨ。
      但シ貴方方ノ精神構造上、指導者ガ権力ノ頂点ニ居ナイ場合、貴方方ノ言ウ権力臨界症ノ効果ハ弱マルダロウ。然シ、我等ガ儀式ノ為ニ欲スルノハ彼ノ体内ニ蓄積サレル権力濫用ノ力デアル。
      儀式ノ取リ決メニ拠リ、実践ニ於イテモ信仰力ニ依ル法則改変ハ不可デアル為、又貴方方ノ服従後ニ我及ビ我ガ民ハ祭事ニ一日ヲ費ヤス事ニナル為、貴方方ハソレカラノ一日間ニ彼ノ権力臨界症状態ヲ保タナケレバナラナイ。注意: 服従ヲ準備スル為ノ81日間ニモ此ノ状態ヲ保チ続ケル必要ガアル、其レガ出来レバ祭事ノ日ニ状態ヲ保ツノハ別段難シイ事デハ無カロウ。
      、此ノ惑星カラ理ヲ外レル者達、即チ貴方方ノ言ウ異常存在ヲ総テ除去セヨ。驚ク事ニ、我ガ神ガ宇宙ヲ創リ給イシ時ニ零レ落チタル欠片ノ多クハ此ノ惑星ニ散在シテイル。中ニハ我ガ神ノ位格ノ一ツノ幻像……モトイ、宗教的デナイ言葉デ言ウト、我ガ神ノ表象ノ一ツノ幻像、ガ存在スル。我々ガ処分スルノニ、儀式ニ使ウ筈ノ時間ヲ浪費スル事ニナル故、不都合ガアル。此ノ惑星ガ服従次第、信仰力ヲ内包スル道具ヲ授ケル、理ヲ外レル者達ヲ除去スルノニ使ウガ善イ。
      、前述ノ活動ヲ監査・管理スル機関ヲ設立セヨ。[不明]文明ニ類似スル機関ノ存在ニ準エテ、機関ノ名ヲ「四星共栄」トスル。願ワクバ四極罪ノ文明ガ共ニ我ガ神ノ栄光ヲ讃エ、我等ガ希望、我等ガ愛シキ恩神、我等ガ総テタル至高ニシテ偉大ナル真神ト再ビ巡リ逢ワン事ヲ。
      、貴方ノ所在地時刻ノ明日0時ヨリ、前述第五条以外ヲ81日以内ニ実行セヨ。2284年7月28日0時ヲ以ッテ其ノ進捗ヲ確認スルモノトスル。第五条ニツイテハ、時ガ来タレバ約束ノ物ヲ授ケル。其ノ時ヨリ約61年以内ニ理ヲ外レル者達ヲ除去セヨ。具体的ナ終了日時ニツイテハ60年目ニ通達スル。
      、SCPCN財団ハ解散スルモノトスル。
      最後ニ、ヒトト我ガ神トノ生理的構造ノ相似性ヲ考慮シテ、アル程度ノ自由ハ保証スル。貴方方ノ罪ニツイテモ大目ニ見ルトシヨウ。

      伍玖博士: (呆然として流れを整理しようとする)……(口を開こうとする)

      [未知]: 補足: 信仰ヲ集メル為返事ガ遅レタ、伍玖。███(O5-9の本名)ニ応ジテ貴方ノ事ヲO5-9ト呼ンデ遣ッテモ善イ。彼ハ疲弊シテイル、休ムト善イダロウ。我ノ懐ヲ探ルト言ッテイタガ、貴方ノ情報伝達ガ十分ニ早ケレバ、「懐」ノ定義ヲ聞ク時間クライ割イテ遣ル。残念ナガラ、我ガ文明ノ言語ニ類似シタ意味ノ語彙ハ存在シナイ。

      飛行物体内部の合成音声: 人類文明 の立ち会いを検知しました。面会用の条文の読込、人類の言語を使用します。自動設定により、「服従宣告」を完了。人類の時間の単位を基準に、今回の送信の完了後、使用可能時間は残り: 187.9328秒 となります。次回の神降配列歌詠唱は間もなく開始します。祈祷所要時間: 6.749s、信仰発効時間: 約1*10-43s。
      信仰力による法則改変に基づいた発効時間への干渉可能性評価: 宇宙のプランク時間を変更することで発効時間への干渉は可能、プランク時間を削除することで即時発効も可能。ただし後者は物理的な時空パラドックスを引き起こす。パラドックスの禁止による解決は不可能。理由: 形式論理的パラドックスにつき言語による処理はできず祈祷による信仰力行使は不可。局所の宇宙法則の変更による干渉は不可能。理由: 神降総儀式の取り決めにつき。干渉推奨度: 極めて低い。
      尊敬する総祭司、意識共同体指導者、文明最高意思決定者[不明]様。使用可能時間は残り: 约181.1838秒 となりました。

      [未知]: (呟くように)ハア、全クダ。偉大ナル神ト、神ト再ビ逢ウ為ノ契約ノ縛メガ無ケレバ、我々ハ愛ト信仰デ総テヲ支配デキタト言ウノニ。

      伍玖博士: (左頬が一回だけ痙攣し、右腕を上げようとするもやがて諦める)ケホ、ケホ(咳き込む)、申し訳ございませんが――そちらが――ええと――違う――そちらの――ケホケホケホ(激しく咳き込む)そ……そちらの文明に、権利という概念が存在する前提で話を進めさせていただきますが……なぜ、我々はそちらの宣告に従わなければならないのでしょうか?人類文明の舵を握るその合法性はあるのでしょうか?(顔を上げ)我々に指図する権利はあるのでしょうか?(作り笑顔で)あ、そういえば、そちらの目的を伺っても?(眼鏡をかけ直す)時間が押しているのは分りますが、どうかお答えいただけませんか?理由のない支配に、我々は服従するつもりはありません。

      [未知]: 後138.7459秒ダ。███(O5-9の本名)ガ絶対ニ抗エナイ抑圧デ一般人類ヲ屈服サセル事ニ依リ違法ノ統治ヲ得タノナラ、何故我々ガ同様ノ手段デ違法ノ統治ヲ得ル事ガ出来ナイト言ウノカ。ヨリ強キ抑圧ノ前デハ、人類ノ反抗スル可能性ハ皆無ニナル故、我々ノ違法ノ統治ハ永久ニ続ク事ニナルガナ。違法ノ統治ガ永久ニ続クト言ウ事ハ即チ合法ノ統治デアル。其レコソガ合法性デアル。
      目的?目的ダト? (対象は声を荒げる)アノオ方ニ逢ウ為ニ決マッテイル! (呟くように)我ガ神ヨ!何故我々ヲ見放シタ!?何万年ガ経ッタト言ウノニ、何故我々ノ敬虔ニオ答エ頂ケナイノダロウカ?其レナノニ何故我々ニ儚キ迷夢ト幻影ト神蹟ヲ残シ給ウタノダロウカ?何故ダ!?我々ハ愛シタ、我々ハ信ジタ。然シ行動ニ移ル途端、漸ク其ノ空想ガ全ク無意味ダッタ事ニ気付イタノダ!我々ハ……唯モウ一度……イヤ、此レ以上時間ヲ無駄ニスルノハヨソウ。

      [未知]: 「懐」ニツイテノ定義ヲ知ル時間ハ残念ダガモウ無イ。是式ノ事ニ信仰力ヲ行使スル時間モダ。儀式ノ準備ハ未ダ必要ダ、前以テ此処カラ離レルトシヨウ。人類ニ注意ヲ向ケル余裕モ直ニ無クナル、宣告ノ件、勝手ニ進メルト善イ。

      伍玖博士: (歯切れの悪い様子で)しかし――

      <飛行物体は突如消失し、伍玖博士は浮遊機の操縦室に再出現した。>

      <記録終了>

      先生、
      私の力不足です。

      伍玖博士
      2284/05/07




      2284/05/07、サイト-CN-01-17801-00001-B監視カメラ映像記録(映像からの転写テキスト)

      <記録開始>

      17:03:27 – O5-9の髪は乱れ、ネクタイは左方向に曲がっている様子が観察される。シャツの背中を汗で濡らしたまま、事務机に座り、「世界中枢」ワールドアクシズの行政情報画面を見つめながら、左手の付け根を左頬につけ中指でこめかみを揉んでいる。

      17:33:11 – ホログラム画面に新着情報の通知が点滅し、伍玖博士とSCPCN-001-1との面会の報告書が表示される。

      17:33:25 – O5-9は宣告文の部分を閲覧しているらしく、途中で自動スクロールの速度を落とした。

      17:33:33 – O5-9は右手でテーブルシートを掴み、頻りに擦る行動が観察される。左腕は震えており、力の入りすぎによるものと推測される。

      17:33:40 – O5-9の呼吸は荒くなり、呆然と画面に向かっている。

      17:33:42 – O5-9はしばらく茫然自失となり、その後ネクタイが曲がっていることに気づく。本能的に左手でシャツの襟を引っ張ってネクタイを調整したが、ネクタイが直った後でも手を離さなかった。

      17:34:08 – 内容のスクロールは終わり、余白が表示される。

      17:34:11 – O5-9が左手を離す。ネクタイはぐちゃぐちゃになっているが、それに気づかず画面の余白を眺めている。

      17:34:15 – 余白のスクロールも終わる。O5-9は依然として画面に向かっているが、若干虚ろ目になっている。

      17:34:21 – O5-9は動かないまましわがれた声を発する。咽頭炎と荒くなった呼吸などが原因と思われる。

      17:34:47 – O5-9は突如として暴れだし、ホログラムプロジェクターを地面に叩きつけ破壊した。ホログラムの画面が消える。直後、机上にある紙の書類を数枚、遠くへ投げた。『アノマリー総覧(暗記用)』と未完成の『新しい段階に向けてのO5による行政計画』も投げ出され、執務室のドアに叩きつけられる。

      17:34:59 – O5-9はその場で立ち尽くし、窓外へ目を向け、数キロ先にあるThaumielクラスオブジェクトのSCPCN-███によりまもなく修復完了予定の、第三次世界大戦による直径5km深さ28kmのクレーターに注意を向けていると思われる。同時に、「そうだ」と意味不明なフレーズを繰り返し呟く様子が観察される。

      17:35:12 – O5-9は窓際まで移動し、前述の区域を注視する。「そうだ」と呟くのを止め大笑いをし始める。

      17:35:19 – O5-9は振り返って窓に背を向け、大笑いで唾液が気管に入ったのか噎せ返ってしまう。

      17:35:28 – O5-9は回復するも、軽い咳を続けながら大声で「天罰だ!これは天罰だ!知っていた、知っていたのだ!報いがやってくる!ハハハハッ!報いがやってくる!」と叫ぶ。その後、感情がより昂ぶり「貴様らには救いの手を差し伸べる者がいる!だが私には、そんな者は!一切居らん!どこにも!ハハハハハハッ!報いがやってくる!やってくる!」と怒鳴った。声がかすれており、大笑いをしているものの涙声が混ざっている。

      17:35:51 - O5-9は焦ったように「やってくる……やってくる……」と呟きながら部屋の中を歩き回る。数周を回ったところで足並みがゆっくりとなり、事務机の右前方にあるソファに腰掛けた。その後、一切の言葉を発さず、上半身を前に傾け、地面を注視しながら活気を失ったような表情を示した。

      17:37:26 – O5-9は立ち上がり、周囲を見回すとまた暫くの間立ち尽くし、その後執務室のドアを開け、仕事中の職員数名と狼狽えた様子で彼を見る職員数名を虚ろ目で眺める。そしてその中の1名を指名し、ティッシュを取ってくるように命令した。指名された職員は命令に従った。

      17:38:11 – 指名された職員はティッシュをO5-9に渡す。O5-9は左側の口角を微かに上げ、よろめきながら執務室に戻ってドアを閉めた。そして倒れこむように事務チェアに深く腰掛け、数十秒の間ティッシュを凝視した。左側の口角を上げたまま、表情筋を痙攣させながらゆっくりと笑顔を作る。

      17:38:53 – O5-9はむせび泣きのような声を発し、涙が出ている様子だった。その間、ティッシュをずっと両手で抱えている。

      17:39:32 – O5-9はむせび泣きながら、「まだ権力はある。権力はある……ソレには脅かされることはない。大丈夫だ、大丈夫だ。全ては気のせいだ。大丈夫だ……考え過ぎだ。考え過ぎだ。私の考え過ぎだった……」と呟く。その後、口角を上げたまま泣き出した。

      <記録終了>

      終了報告書: 1時間後、O5-9の情緒は安定し通常の公務に復帰したが、反応速度の低下が見られた。またこの件以降、頻繁に動悸を訴えるようになり、左腕にはパーキンソン病のような振戦症状が現れ、外出時には帽子を被るようになった。その体調については筆者(伍玖博士)にのみ知らされている。本記録(テキスト転写)には無期限の隠蔽措置を施し、O5-9の個人端末にのみコピーを保存することになった。





      編集者による注記: この文書は財団内部メールアドレスで送信されていた物であり、ミームは搭載されておらず暗号化措置も施されていなかった。また、その内容は複数通の長大な挨拶文から抽出・整理されたもので、全て先生から伍玖秘書長宛に送信していた物である。「ソレ」の情報探知能力を、余分の情報を大量に追加することにより撹乱させるのが目的だったと思われる。重要な意味を持つ内容の抽出・整理は、メールの保存されるフォルダに添付されていた整理用プログラムを通じて行った。)

      伍玖秘書長

      文章の冒頭に、以前決めておいた方法で有効な内容を抽出しろ、とそのまま伝えるリスクを冒すわけにはいかなかった。だが、冒頭のつまらない話を見れば、君なら分かると信じている。

      なぜそうしたかというと……君も分かるはずだ。今の所、余分の情報を大量に詰め込んで、ソレが言った「人類に注意を向ける余裕が無い」ことを信じるしかない。それで計画がばれなければ万々歳だ。なお、情報セキュリティの観点から、ソレの番号は今後一切言及するな。その文明も、その指導者のことも、以後は「ソレ」と呼べ。

      クソッタレ。下の者に余分の情報を自動で生成するプログラムの作成を命令したのに、提出する者は誰一人としていなかった。他のO5に人員を回して手伝ってくれと言ったが、結局連絡もクソもない。今更対岸の火事を見るつもりか?この私にまた抗う気か!?あいにく、動こうにも動けないだろうな。ふん、敵はすぐそこに迫ってきているのだ。変な動きでもすると人類は滅亡するぞ?

      ともあれ、道具がないことには順調に始められん。なにせ、計画は長大だからな。肝心な部分を手短に話す。

      まず、出来るだけ多くの予算をテレキル合金など、プロトコルKrv-GT-1に記載される精神影響とテレパシー関連のオブジェクトの研究に注ぎ込め。我々には防護壁が必要なのだ。

      次に、あらゆる手段で、それこそあらゆる手段を駆使して宗教機関の組織能力を向上させるのだ。各党派の綱領も法律化させろ。プロトコルKrv-GT-2に記載されるアノマリーで、広義の信仰的な内容が含まれるミーム付の宣伝材料を可及的速やかに出版させる。それを行政的な手段で普及し、強制的に読ませる。世界各地で生存者の教会を設立し、人類の存続を確保しろ。人類が存続できなければ、構築された社会関係も無くなる。私が持つ権力も持ち腐れになってしまうのだ。

      最後に、天命教の経典に対する大規模な研究を開始する。

      最も大事なのは、この件はあの12人に一切知られてはならないことだ。その中に「ソレ」と結託する人間が一人でもいれば、計画は全て台無しだからな。秘密保持の手段については、彼らの「傀儡」として弄ばれてやったあの時期に、再起計画とその後の簒奪計画で何を通信に使ったのか覚えてるか?ベリーマン=ラングフォードだけではなかったろう?あの時の感覚を取り戻すのだ。

      はあ、この一ヶ月間は徹夜続きだった。一分たりとも寝やしなかった。我々にまだできることをずっと考えていたのだ。アノマリーを使ってまで、体を奮い立たせていた。なるべく短期間で再起と復讐の計画と比べて遜色ない計画を編み出すために。そして、それをやりきったのだ。すまない。一ヶ月前、全ての管理を君に任せた時に何も言わなかったことはお詫びする。

      無論、この全ては「ソレ」が面会でもたらした情報が確実である前提の下で成り立っている。だが、「ソレ」の情報が例えでまかせであっても構わん。事は未然に防ぐに越したことはない。何事も万全を期さなければならない。編集者による注記: 太字は原文ママ。)あの日の感覚は信じている。だが、私はこの座を――このサイト-CN-01を譲るつもりはない。全てを支配する者が誰であるべきかを知っているのだ。さて、返信はここまでにしよう。後には似たようなファイルが、様々な者から届くだろう。その者達が誰なのか、君なら分かるはずだ。我々はまず手配を済まさなければならない、君も財団の仕事に務めていた頃の感覚を思い出すがいい。機会は一回だけ、だが勝つのは私だ。今回のオペレーションは、君が想像できないほど緻密で複雑だと言っていただろう。私が使い慣れたあらゆる手を駆使しているのだ。その自信、君なら共感できると思うぞ。

      O5-9
      2284/06/09




      伍玖 - 2284/08/04

      先生、もう8月4日です。予定日より7日超過しています。「ソレ」方面からは動きがありません。もしかすると、この件はもう解決できたかもしれません。「ソレ」はただでまかせで我々を脅かしているに過ぎなかったかもしれません。今夜はどうかごゆっくりとお休みください。いつもの店の出前を手配してあります。

      正直申しますと、先生。貴方が自信を持って必ず成功すると言っていた時点で、私は既に自信を喪失していました。しかし、これまでと同様に、貴方の策がまたも勝ったのです。意外には思いますが、想定通りと言える部分も多いでしょう。防護壁の運用は安定しています。信心が弱い者の信仰も順調に深められています。火星での設備配置も完了しています。現時点で、想定外の事案は発生していません。

      そろそろ、肩の力を抜いたらいかがです?今日はごゆっくりと休むべきと存じます。

      今夜は打ち上げにしましょうか。


      O5-9 - 2284/08/04

      まだ気を抜くわけにはいかないと思うのだが……まあいいだろう。今夜は自宅に戻る。君も来い。

      正直な所、たかがミームで塗り固められた信仰が「ソレ」にとって果たして「信仰深い」と言えるのだろうかと懸念していたが、まさかそれに及ばず防護壁だけで「ソレ」をいとも容易く隔絶してしまうとは思わなかった。もしかすると、その001とやらがO5の誰かがアドリブででっち上げた偽造文書の一つだったかもしれん。こんなものとは思いもよらず、無駄に1ヶ月も徹夜して精神を病ませてしまったものだ。緻密で複雑な計画も役に立てやしなかった。まあともあれ、やりがいはあった。財団の作業効率の記録も破ったし、恐れるに足りる敵が存在しないことも分ったものだ。唯一残念なのは、自分の衰えを感じてしまったことだろうか。

      これで肩の力を抜くことができる。こんな話はやめよう。ところで

      儀式ガ予定ヨリ6日モ長引イタニ過ギナカッタモノヲ。第四条以外ハ何一ツ達成出来ナカッタガ、有リ難イ事ニ、彼ノ権力濫用状態ハ保タレタ。此レト比ベテ、他ノ事項ハ些細ナ事ダ。最モ懸念シテイタ事ヲ遣リ遂ゲテクレタ。感謝スル。伍玖、及ビSCPCN財団職員一同ヨ。我ガ神ノ再来ノ日ニ、御褒美ヲ授カルダロウ。





      送信日時: 2284/08/04、16:35:14
      送信元: 聖ハト・情報部
      重要度: 未記入
      優先度: 未記入
      事務区分: 未記入
      事務分析値: エラー: 重み付き条件。再試行してください。
      事務内容:
      一、護神運動について。
      が言う。偶像崇拝に帰せよと。
      30分前に、世界人口の20億のうちの99.8%(元天命教教徒含む)が悟りを開き、全身全霊で神聖なる事業に身を投じました。神聖のご庇護の下、天命教昊天玉皇上帝の御名において、異教異端偽神の神蹟の取り壊しが実施され、ご神恩のご授受のために聖像、聖廟、聖殿の建設が秩序正しく行われました。また、元ある神蹟に対しては、信仰の名において保護・拡張がなされました。注目すべき点として、北極点や南極点に滞在する研究者たちも材料をかき集めて、聖星の模型を作っています。
      本部門においても、財団ネットワークの利便性を借りて、競売に参加し部門経費を使用することで光栄にも「八仙過海聖巻」断片を授かることが出来ました。財団に神の栄光あれ!

      二、SCPCN-001の番号廃止について。
      30分前に、ほぼ全ての財団職員の満場一致で、001提言の編集者の首肯もあって、現在、SCPCN-001の番号、及びその不敬極まりない内容の廃止が決定されました。現在、原文のタイトルは「聖詠神蹟・ご神恩代理人様」に変更され、内容は賛美歌に変更されました。

      三、ご神恩代理人様より感謝のお言葉。
      30分前に、ご神恩代理人様より貴方宛の感謝のお言葉を授かりました。信心が弱い者へのミーム適用が、神のご意志を伝える助けとなったとのことです。元々「信仰の強制→特定宗派への信仰の強制」というプロセスを辿るべきところを、「宗派のみの変更」で完了することができ、より簡潔で完璧な形で信仰力による支配が成功したとも仰っています。

      四、ご神恩代理人様が99.8%の人類の過激な要求を恕し、慈愛をお説きになりました。
      30分前の護神運動の開始とほぼ同時に、世界人口の99.8%を占める人類は、神聖で正確な天命教を信仰しなかった人間に対する異端狩りを開始しました。元の信仰に熱狂的だったことで天命教に帰依しなかった異教徒及び異端者172名超(異端組織の指導者を務めるO5-13を含む)が、教友に処刑され死亡したところ、ご神恩代理人様より「神降儀式の取り決めにより、神のご意思の伝達の妨げにならない限り、異端者を多く殺めてはならない」とのお言葉を授かりました。神のご再来への願望で皆はこの恥じるべき行為を即座に止め、そして反省をしました。ご神恩代理人様は間違った行動を取った人類をお恕しになり、信仰力ではなく地球のアノマリーをご使用になって御身で死亡した異教徒を復活させました。信仰力をご使用にならなかったのは神降総儀式の取り決めによるものだと推測されます。

      貴方は我々の最高支配者であり、最高統制者であらせられます。どうか存分にその消えることのない無尽蔵の権力で我々をご命令ください。我々は必ずお役に立てることでしょう。貴方は永遠の最高指導者。貴方が権力を信じていれば、必定に権力を手中に収められるでしょう。貴方のご用命ならば、全てやり遂げることをお約束いたします。

      最後に、どうか我々の篤き信心をお見守りください。



      送信日時: 2284/08/04、16:47:27
      送信元: 情報部
      重要度: A
      優先度: 1級
      事務区分: 政府事務・財団事務
      事務分析値: 9457833
      事務内容:

      [システムメッセージ]: レベル2ユーザーからの自動送信のため、音声データに有害ミームが含まれる可能性を鑑み、内容は自動的にテキストに転写されました。言語以外の音声については、注記による表示が行われます。


      俺はもう遠慮するつもりはない。最後に、本音をはっきりと言う。虚偽と欺瞞はなしだ――お前は、悪魔だ。だが、現に悪魔よりも悪しき者が現れた。それを駆逐できるのは、お前しかいない。主よ、悪をもって悪を裁く罪を恕し給え。

      サタン!偽りなる神よ、嘘つく者よ、欺く者よ!イエズスこそは我が主である!汝の門を閉じ、イエズスの聖なる血にて汝に勝たん!汝を拒み、汝に命ず、汝を遠ざけん!

      奴ら、我がかつての同僚は、怒りを顔に表し、鞭で俺を叩き、俺の左足を切り落としやがった。だが、一瞬のうちに、人が変わったように俺に微笑みかけ、俺の足はまた接合され、傷も全て癒えた。これは断じで全能なる主の恩賜に非ず、これこそ悪魔の誘惑なのだ!奴らもまた、真実の者に非ず!而して、真実とは何ぞや?

      奴らは去った。俺は、ここを隠れ家にしている。さきほど、この廃棄された端末を修復したところだ。

      情報部調査員、CN-1883が報告する。

      40分ほど前から、奴らは生ける屍と化した。目の届く所、死んだような眼差しをする奴しかいない。だが、十数分前に、複数の財団職員との連絡が取れた。部署も職務もセキュリティクリアランスもバラバラだが、ムスリムもいればユダヤ人も無神論者の高級研究員もいる。自然科学、数学、哲学、社会科学、神学など様々な分野の専門家が勢揃いだ。軽く情報共有をしておいた所、彼らは俺――CN支部の情報部調査員を代表として、情報をまとめてお前に報告することを決めた。何クラスの世界終焉シナリオかも分からなければ、何のSCPでこの状況になったのかも分からない。だが現時点で知っている情報は下記の通りだ。

      1. 正気を保っている人間はまだ400万人ほどいる。連中に統計的な共通点は見られない。年齢構造はやや中高年寄りだが、影響を受けていない年端もいかない信者もいる。ほとんどが何かしらの宗教を信仰する人間だが、その他に学者や政治家(属国級以上の指導者が多い)、各党派の構成員などが存在する。不思議なことに、信心深い者が影響を受けないという予想に反し、統計の結果として健常者に無神論者も少なくないことが判明した。連中を除くと、影響を受けていない者はお前を含む監督者評議会の会員13名と世界政府秘書長など上層部の人間しかいない。特に被害がひどいのは、ほとんどの無神論者(ちなみに、影響を受けていない無神論者は前に言った学者の連中以外、無名の人間もちらほらいる)と一部宗教の教徒といったところだ。
      2. 天命教教典の内容は改ざんされている。しかも、改ざんされている部分にそれらしき痕跡すらないという手の込みようだ。この件に対して躍起になるはずの天命教の熱狂的な教徒たちは、なぜか誰一人として口を出さなかった。天命教の上層部に職を持つ財団職員にもたらされた情報だが、話によると彼は天命教の元上層部として、謎の声による「洗脳」に似たプロセスを施されたにもかかわらず、影響を受けていないどころか、「四星共栄」と名乗る組織に誘われ、現在はVIP扱いされてる。
      3. 五・七事件の時と同じ、大量のアノマリーが非活性化状態に陥った。ごく一部の聖物、及び343などに大きなヒューム値変動が観測されたが、その他は全てヒューム値1に固定されている。
      4. 健常者は主にインド、中東地域(イスラエル含む)、ヨーロッパの一部地域(主に当地の大学や教会に)、北米の一部地域(主に当地の大学)、中国大陸の一部地域、アフリカ大陸の一部地域、南米の一部地域と中央アジアの一部地域に集中している。
      5. 他の生存者の報告によると、お前が対応策として建造した非常施設はほとんど無事だ。だが、これといって役に立ったわけでもない。この件の影響をモロに受け、そして潰された施設は、主にこの半月間、世界中に設立された隠れ家的な「生存者の教会」だ。全部で3134ヶ所のところ、2982ヶ所が既に破壊されている。

      以上。これは財団職員として、財団のために行った最後の報告だ。情報をお前に寄越したのは、別にお前のためなどではない。数少ない健常者と、生涯務めてきたSCP財団のためさ。悪いが、俺は原理主義者だ。SCPCN財団などふざけた名前を使うつもりは微塵もない。SCP財団、これが我が家族のありのままの名前さ。

      今使わせてもらってる隠れ家はちょうど弾薬庫だった。ただ人知れず爆死するのは無意味さ。道連れになってもらう。「護神」などとほざく熱狂者も、聖廟と聖殿も、「聖像」とやらの一欠片でも。

      さあ、今まさに大火が再びローマに蔓延り、我等はまたもや処刑台に立たされる!この度の告発人は暴君ならぬ暴民なのさ!

      あゝ神よO God
      変え得ぬ者を受け入れる静穏を与え給えGrant me the serenity to accept the things that I cannot change
      変え得る者を変える勇気を与え給えCourage to change the things that I can
      その両者を見分ける知恵を与え給えAnd wisdom to know the difference
      いかなる日々をも生きLiving one day at a time
      いかなる瞬間をも喜ぶEnjoying one moment at a time
      苦痛を平和への道と受容させ給うAccepting hardships as the pathway to peace
      此の世斯く罪深けれどTaking, as He did, this sinful world as it is
      御身の如く受容させ給うNot as I would have it
      御身の意志に委ねればTrusting that He will make all things right
      総てが在るべき姿に帰せると信ずIf I surrender to His Will
      現世に斯くなる幸福をThat I may be reasonably happy in this life
      来世に永久なる幸福をAnd supremely happy with Him forever in the next
      御身と共にあれかしAmen

      時が来たようだ。

      足音が聞こえる。

      奴らがやってくる。

      神よ、願わくば貴方の国へと。

      [システム:]その後、対象者の声量が増大した。

      聖ペトロよ!聖アンドレよ!聖パウロよ!この俺を十字架刑はりつけにできる異端者はいないのか!!?

      <銃声>

      [システム:]以下は対象者でない音声である。

      はあ?なんだって?こんな異端者、殺してなんぼだろう。神のご意思に従い、我が信仰を脅か――爆弾だ!気をつけろ!聖像を護れ!聖像を――

      <爆発音>






      O5-9 - 2284/08/04

      おそらくだが……もう、どうにもならないだろう。
      だが、我が生涯をかけて得られた全てが、そのまま水の泡に化すのは我慢ならない。

      どうにか隠し通路で脱出した。私以外、事務棟にいた者は全員やられてしまった。今はサウジアラビアのポータルへ転送した後に、途中で出会ったイマームと行動を共にしている。かつて属国の地方軍に務めた経験があるというので、用心棒として連れてきた。心配は無用だ、なにせ元信者だからな。あと、他の12人のことも心配せんでいい。どうせ彼らなりの方法で脱出しているに違いない。
      今、太平洋の洋上にいる。詳しい位置は後で送る。通常の方法で見つからないように対策しておいた。まだ動かせるアノマリーを使ってな。ほとんどの地域が陥落している今、対策をしないとすぐ所在地を特定されてしまう。

      目的地は南極だ。南極に何があるかまだ覚えているか?
      通常大規模破壊兵器の保管基地だ。


      伍玖 - 2284/08/04

      先生、こちらは単騎でどうにも包囲網を突破できません。しかも……相手は……撃っても死なない体になっています。話によると、代理人とやらに授かった篤き信仰のご褒美だとか……

      範囲麻酔か催眠でなんとかしてみます。


      伍玖 - 2284/08/04

      ただいま脱出しました。行方をくらませる手段がないので、追跡を撒くには全速力で走るしかありません。貴方の所在地を暴露するわけには参りませんので、回り道をしているところです。現在、大西洋の洋上にいます。
      この方法で連絡を取るのはややこしすぎます。評議会直管の量子通信衛星はまだ使えるはずです。乗っ取られることもないし、盗聴される心配もありません。それを使いましょう。





      編集者による注記: 以下は音声ファイルのテキスト転写であり、元の音声データは紛失している。)

      伍玖博士: 先生、まもなく基地に到着します。どうやら基地付近には正規軍や機動部隊が集まっているようです。あっ――一般人も大勢いる模様です。情報を聞いて駆けつけてきた健常者たちでしょうか?

      O5-9: 今はまだ洋上にいる。南極に行くことはまだ誰にも話していない。おそらく、世界政府上層部の連中が報せたのだろう。あの12人に会ったら、すぐに――

      <鈍器による殴打音>

      伍玖博士: 先生?先生?

      [不明](O5-9側): (アラビア語)我が教友たちよ、こいつをすぐそちらに連行する。まだ観念していないということは、権力濫用の力をまだその身に纏っているということだ。聖なる儀式に使えるぞ!期限はすぐそこにある。0時を過ぎれば、こいつはもう用済みだ!儀式が成し遂げられしその時、ご神恩がご降臨するだろう!

      <伍玖博士側から銃声、爆発音と遠くの喝采が聞こえる>

      [不明](伍玖博士側): (複数の言語による喝采や祈祷)我が教友よ、来たれ、来たれ!汝にも神の祝福あれ!我等と同じ誰にも侵されぬ肉体を!異端指導者の支持者たる伍玖はすでに捕らえている。異端指導者たるO5-9がここに連行されれば、ご神恩代理人様への最大の脅威たる2人は処刑されるだろう!

      [不明](伍玖博士側): (喝采、拍手、太鼓や爆竹の音)教友よ!教友よ!これは傑作だ!ぜひ君にも聞いてほしいぞ!たかが人間ごときが捏造した自然法則なんて、全能なるご神恩代理人様にとって取るに足らないだろう?こいつら、まさか量子通信なら盗聴されないと勘違いしたのさ!ハハハハッ!偉大なる儀式にご執心で、取り決めを守らざるを得ない代理人様は信仰力を使うまでもなく、地球のアノマリーの一欠片だけでこいつらの陰謀を破ったのだ!ハハハハッ! (大笑い)





      2284/08/05 南極基地Antarctic-08-29740-00411-F監視カメラ映像記録抜粋(テキスト転写済み)

      0:18:22 – 伍玖博士及びO5-9が拘束される。

      0:18:59 – 周囲の天命教教徒は自傷し、一列に並び一本のヒスイの剣に各々の血液を滴らせる。

      0:57:24 – 血を滴らせる作業が完了、全員が不明の祈りを開始する。

      1:03:19 – 列先頭の1名がヒスイの剣を取り、O5-9に斬りかかる。

      1:03:20 – 剣がO5-9と約20cm離れる所で止まり、動かなくなる。

      1:03:22 – 財団音声データベースの中国語音声で構成される「信ズル者達ヨ、止メルノダ」という言葉が不明の音源より流れる。

      1:03:25 – O5-9と伍玖博士以外の全員が跪く。

      1:03:33 – O5-9が周囲を見回し、大声で「殺したいなら殺すがいい!私をなんだと思っている!?恥をかかせておいてどうするつもりだ!?この簒奪者が!」と叫ぶ。

      1:03:42 – 中国語音声が右の通りに返答。「恥ヲ掻カセテイル訳デハナイ。貴方ガ未ダ我ニ使エル故。知ルガ善イ、悟ルガ善イ。我ハ簒奪者ニ非ズ、合法的ナ支配者デアル。貴方ハ我ノ部下デアリ、権力ハ我ニ握ラレテイル。只今ヨリ、貴方ヲ地球文明総祭司ニ任命スル。我ノ許可ガ有ル限リ、貴方ハ人類ノ全テノ事務ニ対シテ合法的ナ決定権ヲ持ツ。但シ: 天命教ノ神ハ神聖不可侵デナケレバナラナイ。天命教ノ信仰ハ神聖不可侵デナケレバナラナイ。天命教ノ儀式ハ神聖不可侵デナケレバナラナイ。信徒ノ信仰ハ十分ニ保障サレナケレバナラナイ。信徒ノ権力ハ十分ニ保障サレナケレバナラナイ。尚、辞任及ビ後任者ノ指定ハ貴方ノ自由トスル」

      1:03:55 – O5-9は呆然と夜空を見上げている。

      1:04:00 – 中国語音声が「悟ルガ善イ」と繰り返す。

      1:04:08 – 伍玖博士がO5-9を見、ため息をつく。

      1:12:34 – O5-9は膝をつき、焦点の合わない目で夜空を見上げる。

      1:28:59 – 伍玖博士が俯いてO5-9を一瞥し、空を見上げて弱々しく「儀式は完成できません。要注意団体に保有されているアノマリーもあります。その全部を処分するなんて……到底できません」と発言。

      1:29:08 – 中国語音声が右の通りに返答。「信仰力ハ既ニ発効シテイル。戻リ次第、収容物ノ集計ヲ開始セヨ。余リニモ多クノ時間ヲ無駄ニシタモノダ。儀式ノ取リ決メニヨリ、2000年間ノ修行ニ入ル。勝手ニ治メルガ善イ」

      1:45:44 – 教徒たちは立ち上がり、各自の乗り物に搭乗しその場を離れる。

      2:22:52 – O5-9は夜空を見上げたまま微笑みを浮かべる。

      2:48:32 – 伍玖博士は鋭い氷でロープを切って自分の拘束を解く。

      2:54:22 – 伍玖博士がO5-9の拘束を解く。

      2:54:39 – 伍玖博士はO5-9に「先生、行きましょう」と声かける。O5-9は返答せず、微笑を浮かべたまま、焦点の合わない目で夜空を見上げる姿勢を維持している。

      2:56:04 – 伍玖博士はO5-9を背負い、乗り物に搭乗しその場を去る。






      • _

      世界政府連合病院・特別医療部門


      SCPCN財団-特-診断書CN-007784359

      神が言う。病人を救えと。

      氏名: ███(O5-9の本名)
      性別:
      年齢: 5██歳
      聖断: 上記の者について、下記の通り診断する。
      21世紀初頭より8日前まで、「権力臨界症」状態に罹患。症状として、長期に渡って集中的な権力を有し、かつ最高決定権を持たない場合、後者に対する非合理的な欲求や、最高決定権を持つ場合、それを保持しようとする非常に強い執着が表れる。最高決定権移譲以降、精神は回復しつつある。ただし、精神疾患の早期症状を伴う。

      世界政府連合病院・特別医療部門
      監察 四星共栄監察部
      2284/08/13



      伍玖君

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      伍玖君、この10年間の休養に対して後悔はしていない。ここの景色は美しい。10年経っても……見飽きはしないものだ。戦後、たかだか十数年放置されているに過ぎない街並みは、既に自然の息吹に覆われている――これが、大自然の力というものか。
      連絡は10年ぶりだが、君と残りの12人がうまくやっているのかい?混乱は収まったかい?アノマリーはちゃんと収容されているかい?人々の暮らしは……安定しているかい?

      ぜひ……知りたいものだ。
      本心から。

      別の話をしよう。
      去年、「ソレ」が一度、私と接触してきた。無論、「ソレ」が設定しておいた自動メッセージでだ。「ソレ」自体はまだ「修行」中だからな。

      もしかすると――ああいった情報伝達の形は、人の言う宗教的体験なのかもしれない。無意識の体験は本来、言葉で言い表すことができないはずだが……その感覚が脳裏に焼き付いて離れない。叙述的な体験なのに、それをどうやって表現するかは半年もかけて思案したものだ――

      私は見た。
      人々が畑を焼いて耕す光景を。
      硝煙が止まず立ち昇る光景を。
      餓死者が原野に満ちる光景を。
      血を血で洗い鬩ぎ合う光景を。
      私は見た。
      真白のローブを着た存在と、一匹の動物の姿を。
      至高にして至上の存在の数ある位格の一つを。
      私は見た。
      蒸気の時代に踏み止まる技術水準を。ただ発展を求めないその様子を。
      極めて高い生活水準と物質的享受を。ただ活気を喪くしたその様子を。
      複雑な設備、絡み合う配管、精密な生命維持装置を。
      それが決して科学に齎された物ではないということを。
      私は見た。信を。愛を。
      私は見た。熱狂を。

      私は見た。敬虔を。本心が込められているかどうかは定かではない。
      最初に、ソレは白だった。そしてゆっくりと、一本の弧線が中へと滲み込む。ソレがやがて回り出し、金色へと七彩へと。
      金色が滲み込む。心を綻ばせる七彩が滲み込む。やがてソレは、至上の輝きを放った。
      光彩は眩くなりながらも、暗くなって行く。
      光彩は、極致へと至る。
      光彩は、消えた。
      暗み切ったソレに残ったのは、白だけだった。
      まるで筆のように、神はソレを用いてご意思を伝える。
      白は、生まれながらにして淡い真黒を抱くものだ。
      その淡い黒は派生ではなく、白と対となる存在である。
      白の中に、くっきりと黒の点が現れた。
      黒は、拡散していく。
      白と黒は混ざり合う。しかしそれは、決して灰色になるという意味ではない。
      ソレは曖昧な状態に留まった。
      ソレが、敬虔。

      私は見た。信仰を。真心が込められているかどうかは定かではない。
      最初に、ソレは気体だった。そしてゆっくりと凝固し、ますます濃くなっていく。
      ソレは透明で、純潔で、素朴なものだ。
      ソレは光っている。
      ソレ自体が発光しているのではなく、光を反射しているに過ぎない。
      その光は、至上から、至高から、無限から、本体の知から差し込むもの。
      その光は、至上であり、至高であり、無限であり、本体の知そのものである。
      光は、存在だ。
      至上より来たる光眩し。その光で、ソレが見えるようになり、カレラもまたソレを見ることができるようになった。それが――プラトンの太陽だ。反射される光を通じて、カレラはソレを見、ありとあらゆるモノを見た。そしてソレを通じて、光そのものを見た。
      カレラはソレを愛した。本心が込められているかどうかは定かではなかった。
      カレラは光を愛した。真心が込められているかどうかは定かではなかった。
      見ることができることに、光が見えることに、体験することに、カレラはやがて満足することができなくなった。
      故に、ソレが変わった。
      或いは変わったのではなく、ソレがソレ自身に秘められていた、生まれながらにして在るモノを抽出しただけだったかもしれない――
      ソレの反射は散乱していく。
      ソレの反射は動揺していく。
      カレラは貪欲だった。
      カレラは永世に光を浴びることを願った。
      だが、カレラはやはり敬畏を抱き、それを言うのを憚った。
      そしてそれが、ソレの散乱した反射の中で唯一、動かなかった物だ。
      ソレは依然として濃く、ただ不純物が混ざるようになった。その不純物もまた派生ではなく、純粋と対となる存在のようだった。
      ソレはもはや透明でなくなり、純粋でなくなり、不潔な斑点が散りばめられるようになった。
      斑点はますます多くなっていく。
      しかし、ソレがますます強固になった。
      ソレは回り出し、この状態に留まった。
      ソレが、信仰。

      私は見た。罪を。
      それは愚昧。それは搾取。それは集権。それは優越。
      それは四つの極罪。
      カレラは愚昧の上に立った。ヒトは集権の上に立った。不明の生物が優越の上に立った。搾取の上には……誰もいない。
      集権の上に立ったヒトは、私だった。
      ソレは、暗かったはず、黒かったはず、散乱したはず、動揺したはず、不潔だったはずだ。
      ソレは確かにそうだった。ただ、それを確認するのが難しかった。
      けれど同時に、ソレは光っていた。
      ソレの光と色は、本物の光に……限りなく近かった。
      ソレの背後には、古い本があった。
      ソレの偽物の光は、道標となった。
      カレラが敬畏する、
      無限へと。
      ソレの為に、カレラは活気を捨て、熱狂を握った。
      ソレの為に、カレラは技術を棄て、自身を技術たらしめた。
      ソレは、永世に光を浴びることを可能にした。
      ソレが、罪。



      さて、私の体験や、天命教教徒によって改ざんされた記事「聖詠神蹟・ご神恩代理人様」、及び「ソレ」の今までの発言を基にして、私は「ソレ」の文明はどのような物だったかを、以下のように推測してみたのだ。

      「ソレ」の文明は、もともと野蛮で荒涼とした物だった。知力が劣っているわけではないが、知識が開けているというほどではなかった。
      こんな文明に、神の位格の一つが、まさに神の子イエスが如く降臨したらしい。しかし、神が罪を背負うためにいらしたわけではなかった。
      神は超然とした者で、理解できる存在ではなかったはずだ。
      しかし生憎、この位格の神は、あまりにも慈悲深かった。神は、血に染まる意義の海を、屍に満ちる天国の原野を良しとしなかった。
      神は理解できる形で、神の化身として人の身体を纏い、道を説き、学問を教え、人々を啓発した。神は、辿るべき歴史を干渉したのだ。そして、「ソレ」の文明は、早くも知識の開けた文明となった。
      神は「ソレ」らによって愛され、敬われ、敬虔に信仰された。
      しかし、神はやるべきことを終えると、どこかへ行ってしまい、二度と戻らなくなった。ただ一つの誡命を残して――「善にこそなれ、我を思うな」と。そして「ソレ」らに残されたのは、その超越的な境地と超自然的な神聖のみだった。
      だが、「ソレ」らが感激に浸るのは最初だけだった。その後、「ソレ」らは信じなくなり、愛さなくなり、余計に欲深くなっていってしまった――「ソレ」らは、敬虔さに満ちる宗教的体験を求めるだけに留まらず――神と再び会いたいと思い始めたのだ。例え、神のご意思に叛いても。

      そのために、「ソレ」らは手段を選ばなかった。
      ある日、「ソレ」らは意外にも発見した。大量の信徒による信仰を、ある一つの対象に向けて収束させると、何故かは知らないが――神が去った際に残した力の残滓によるものか――その信仰はなんと全てを変化させ、支配できることを。「ソレ」らは、法則をすり替えられる。改変ではなく置換である所に留意されたい。よって、「ソレ」らの意志にもたらされたのは現実改変ではなく、現実そのものだ。これも、ヒューム値がずっと1だった原因である。現時点で見ると、「ソレ」らはまさに全能と言えよう。
      「ソレ」らは法則をある特定の対象に限定すると、特異的にある結果をもたらすことができる――ように見えるが、そうではない。「ソレ」らのしたことは、本質的には「特異化した遍在」――つまり、前述の表現を「遍在の法則を特定の対象に限定する」と修正する必要がある。そうすることによって、「ソレ」らには操れない物はない。そして、「ソレ」らが見せかけるいわゆる「全知」――例えば、面会の時に君の心を読んだのも――仕組みは同じだ。遍在した法則を特定の対象に限定し、局所的な法則を情報伝達のために再構築したのだ。
      「ソレ」らは、この法則を改変できるだけの信仰を信仰力と呼ぶ。
      とはいえ、発見当時、「ソレ」らはまだこれほどのことをやってのけるというわけではなかった。私の見込みだと、せいぜい国家の統一を宣言した時にのみ申し訳程度の改変ができるだけだ。余談だが、今の「ソレ」らがどうやってあれほど高効率に信仰を収束させることができるのかは未だに不思議に思っている。

      そして発見当時。「ソレ」らの技術水準は、人類の歴史でいう蒸気の時代に相当する物だった。しかし、力を発現させた「ソレ」らは技術の研究なんて目もくれず、ズルをするようになった。「ソレ」らは局所的な法則を改変し、生活と技術の水準を「ソレ」らの意のままにした。しかし、世界中の信仰をかき集めて何度にも渡って祈っても、「ソレ」らは果たして神を呼び戻せなかった。成す術もなくなった「ソレ」らは、やがて自身の信仰力で造った天国での生活に明け暮れるしかなかった。
      だがある時、「ソレ」らは何処からか一冊の「典籍」を発見した。これが事の発端だったのだ。
      「典籍」を開いたその時、目に飛び込んだ最初の言葉は、或いは「神降ろし」だったかもしれない。
      それが本当かどうかはどうでもよかった。「ソレ」らは、最初のような熱狂を取り戻せた。何しろ――神を呼び戻せるかもしれないのだ。

      思うに、「典籍」にはおそらく、神を呼び戻す儀式のための手順が記載されている。その中で、現時点では推察できる要素がいくつかある。
      まず一つ。儀式を執り行う過程で信仰力の使用は不可という点だ。観測から征服まで、「ソレ」らが頑なに信仰力を使用しようとしなかった理由でもある。実際の所、私の考察では、「ソレ」が地球で顕現させた全ての「神蹟」も、「服従宣言」第三条を完成させたのも、全て我々に収容されていたアノマリー、或いはその組み合わせによる物に過ぎなかった。信徒たちがまだ「不死身」という真っ赤な嘘に騙されていた頃、「ソレ」の仕掛けは既に発動済みだったという事だ――もっとも、「ソレ」は仕掛けを使ったつもりなどなかったと思うが。

      もちろん、不審な点もある。ごく一部の箇所で、「ソレ」は僅かながら信仰力を使っていたのだ。例えば、南極事変の時に要注意団体からアノマリーを奪取した時や、面会の際に君と私の考えを読んだ時に。儀式の具体的な制限条件はまだ分らない。もしかすると、場合によってはイカサマが可能だったかもしれない。

      そしてもう一つ。我々がこの不運な状況に置かれてしまった理由についてだ――儀式は、「極罪」と呼ばれる要素を含む四つの文明を必要とする。これらの文明の罪は……供物?として儀式に供されるらしい。私の知る所では、「集権」は我々のことで、「優越」は「ソレ」らによって発見された別の文明だ。なお、その文明は既に儀式の取り決めにより、「優越」を維持されることで滅亡したと思われる。「愚昧」の文明については、どうも「ソレ」ら自身らしいが、詳しい話がわかったわけじゃない。「搾取」に至ってはまだ発見されていない。我々は幸運だったかもしれない。なぜならば、人類の集権の力はあの時、私一人に集約されていたのだ。「ソレ」は私からその力を抽出しただけで事が済んだ。今の状況からして、人類は或いはまだ存続できるかもしれない。だが、「ソレ」が人類の世界にこれほどまでに手を加えているということは、目的が別にある可能性も捨てきれないだろう。

      従って、早急に対策を取るべきだと考える。



      ああ、そうだ。
      これは……こんなことは望んでいなかったが、私は向き合わなければならない。


      添付ファイル: 権力臨界症診断書.pdf9x


      はあ……伍玖君、君は……とっくに知っていただろう。君の性格はよく知っている。君のせいではない。自分を責めないでくれ。全ては、私個人の問題だったのだ。君がいなくても、別の誰かが私をここまでにしていた。既に起こった出来事は、もう誰にも変えられない。いくら記憶が失われても、いくら傷跡が癒えても、名もない場所でそれらはただ叫ぶのだ。かつてここにあった、かつてここにいた、と。
      私は……
      今思えば、過去の事は鮮明に脳裏に浮かぶ。まさかあんなことに手を染めただなんて未だに信じられないし、とても受け止められないものだ。SCP財団監督者評議会のメンバーとして、私は人類の利益のためだけに、確保、収容、保護を全うすべきはずだった。それが私の本職であり、神聖にして栄光ある勤めで誇らしい仕事のはずだった。

      しかしある意味では、権力臨界症の支配下にあった私は、ああなるのは必然だった。つまり全てが「私」のしたことである同時に、「私」のしたことではなかったとも言える。過ぎた事を悔やんでもしようがない。だが、人類がこの数百年間に蒙った苦難の原因は、間違いなく私であり、私しかいない。つまるところ、全てが私のしたことになる。私がしたことである以上、責任を持って償わなければならない。

      理性は私に語りかける。前を向け、後悔は無意味だと。後悔ばかりしていると未知なる未来に埃がかぶると。だが感性に従えば、今の私にとって実質、必ずしも背負う必要のない責任を一身に担うことになる。
      権力臨界症に罹患する前から、財団の業務で常に保つ必要があった理性に、私はずっと吐き気を覚えていたものだ。しかし今は……ハハハハッ、ようやくだ。今からやるべきことに、それを指導する原則に、そしてその目的と意義に、完全にクソッタレな理性の存在を排除することができる!

      理性とはなんぞや?それの言い分はこうだ。私は私のしたことの責任を負う必要はない、と。なぜならば、責任を負わなくても咎められない地位についているのだ。それは、時間の浪費であり、骨折り損にしかならない。

      そして、「ソレ」の圧倒的な力による圧政の下、政局が安定さえすれば、人類文明は未曾有の高度成長期へ突入するだろう。「ソレ」の助力を以って、我々は財団が全てをかけて収容してきた、人類の存続を脅かすアノマリーを完全に排除することができる。理性的に考えれば、それを支持するのが筋だろう。
      だが、権力臨界症が去った今、私は人なのだ。健常な倫理観を持つ人間なのだ。これが私、O5-9の責任だと良心が囁いている!ハハハハハッ!理性なんてクソくらえだ。私はもう自由なのだ!自分の気のままに、自分の責任を取ることができる!
      私が人であると同時に、O5の一員でもある。財団が収容を行う目的は他でもなく、人類が陽光を浴びながら自由に万物の起源を追求し、存在の意義を詰問し、内なる信仰を追い求める事を可能にすることだ。つまるところ、財団は、人類の尊厳ある生活のためにある。アノマリーの脅威が去っても、財団は存続する。なぜならば、人類の尊厳を踏みにじる者が、まだ存在しているからだ。人類は無益に生きるべきではない。人類には、自由を求める権利があるのだ。これこそ、人類の精神。そして財団は、この全てを守るべきであり、力を尽くしてでも護らなければならない。これこそ、財団の初心。

      この命を捨て去って、全てから逃げることも考えたものだ。だが、心は再び正しい方向に向かおうとしている。

      ハハハハハッ!個人の働きではなく集団の働きを考え、最善策を編み出すことこそ、私の勤めなのだ。O5として、何より一人間として――個人主義を選択するかしないかの自由を持つ人間として、責任を背負うか背負わないかを決められる人間として――私は、必ずや、全てを償う。



      随分な大言壮語を吐いたものだが、別に権力臨界症に罹った時のように自惚れているわけではない。私の自信にはれっきとした証拠が付いているのだ。まだ覚えているか?それはあくまで些細な事だった。だが、我々の運命を変えられるだけの可能性を秘めている。

      「もう8月4日です。予定日より7日超過しています。」

      「儀式ガ予定ヨリ6日モ長引イタニ過ギナカッタモノヲ。」



      私の体験における、言葉では言い表せない微妙な部分と合わせて、私ははっきりと断言できる。

      我々はあの時、「ソレ」を防げていた。アノマリーに頼ってこしらえた装置は――一日限りだったとはいえ――「ソレ」に通用して、その感知能力を一日だけ遅らせたのだ。残念ながら、その装置が実際どのようにして通用できたのかは分からない。だが、少なくともそれは希望となる――全てを償えるだけの希望に。そして、私もまた気付かされた。人類に見出された法則、その全てが必ずしも虚構ではないということを。真の意味で現実を操作するアノマリーに対しても、誇らしく存在感を示すことができるということを。

      長々と綴ってしまったが、全てを償うには、生きることが必要だ。だが約束しよう。全ての償いを終えたら、私は死を以って謝罪する。
      今はまだ、私のわがままを許してくれ。

      「ソレ」の宣言通りならば、2000年の修行期間中にこちらを顧みる余裕はないはずだ。しかし、だからといって油断をしてはならない。

      最後に、君に伝えたいことがある。この十年の間、私は色々な物を捨て去り、そしてまた色々な物を取り戻せた。これからは、なるべく達観に、温和に、楽観的に生きていくつもりだ。例え、それが不本意だとしても、達観の仮面は付けてみることにする。過去の自分と決別するためだけでなく、何より私の中には既に希望があったのだ。その希望とは――
      この後すぐに、君が見ることになるだろうファイルだ。
      これが、全てのはじまりになる。

      2294/10/28
      O5-9






      編集者による注記: この文書はファイル4のメールと同様の措置がとられている。――これが、「計画」。これが、「計画」だ!なんと素晴らしい、なんと心を踊らせることか――)

      「ベアトリス」計画実施要綱(前半期)


      O5-9による注記:
      これは、あの10年の後半の6年間に策定した物だ。これが全ての始まりになるとも言った。
      そう、我々は、新生を迎える。

      準備段階(時間順):

      1. 「ソレ」によってもたらされた信仰力を内包する道具(以下は単に「道具」と言う)について更なる研究を行う。

      2. 信仰力について研究を行う。同時に、一部のThaumielクラスオブジェクトについて更なる研究を行う。

      3. 皇帝教皇主義に最適化した形に政府の構造改革を行う。同時に、独立した宗教の最高機関の設立は禁止とする。

      4. 指定された空間における時間の流れの速さを制御可能な装置の研究・開発を行う。ただし、太陽系規模の空間に適用できることを最低限の要件とする。基準宇宙の1500年が指定空間の55~70億年となる、という理論上の極限値に極力近づけることを目安とする。同装置の名を時間分岐器とする。

      5. 真のランダム事象の傾向を恣意的に操作可能な装置の研究・開発を行う。ただし、文明におけるあらゆるランダム事象の操作ができ、かつ前記により歴史を決定できることを最低限の要件とする。同装置の名を歴史分岐器とする。同プロジェクトは伍玖氏の担当とする。

      実行段階(時間順。重要事項は赤字表記、特記事項は太字表記):

      1. 準備段階の成果物の検査を行う。

      2. 「道具」、及び一部のThaumielクラスオブジェクトを使用し、太陽系の初期状態と完全に同一な物理パラメータを有する系統を新たに構築する。同時に、歴史分岐器及び時間分岐器を設置する。以後、同系統に従属する地球を「子球」、現存する地球を「母球」とする。

      3. 歴史分岐器を使用し、上記系統の歴史を太陽系と完全に同一な物に設定する。

      4. 時間分岐器を使用し、上記系統における時間の流れを早める。「ソレ」の修行期間の開始時から1500~1800年以内に、子球における人類文明の技術水準を比較的に高度なものにしなければならない。前記の条件に達したら、子球におけるO5-7(当時、権力臨界症による影響を受けなかった数少ない一人だった)が当異常現象を発見しSCP-001としてナンバリングするよう歴史分岐器を設定する。その際、少なくとも子球の指導的地位につく者が、元文明の存在と置かれる状況について認識しなければならない。「比較的に高度なもの」についての定義は現時点では未定とする。ただし、元文明の(計画発案年度の母球西暦2294年からの計算とし)1000年先程度の技術水準を有することを最低限の要件とする。前記の誤差を200年以内とする。

      5. 子球における人類文明が恒星間航行を可能にする技術を手にする前に、歴史分岐器の歴史分岐・制御機能が損なわれないように、同系統周辺の天体の位置を偽装しなければならない。前記に掲げる天体の位置は、過去の同時期に母球から観測されたものに準ずる。子球における人類文明の技術水準が母球を超過した際に、前記の偽装を解除するものとする。同時に、天体位置の変動という異常現象が子球の財団に収容されるよう歴史分岐器を設定する。この他、所定の日時よりも前に母球が子球によって観測されないことを保障しなければならない。前記について、子球系統をその地軸方向に母球が位置するような配置が望ましい。

      6. 「ソレ」による儀式的な要求を完了し、母球のアノマリーを全て子球に移転させる。同時に、子球が過去の母球と同時期に各アノマリーと同様な接触を行うよう設定する。物理的な移転が不可能なアノマリーに対しては、「道具」によって破壊した上、子球で同様なアノマリーを制造する。「ソレ」など特殊なアノマリーに対しては特別扱いとし、状況に応じて対応を改めるとする。歴史分岐器によって制御されないアノマリーに対しては、「道具」の使用を可とする。前記に掲げる事項は50年以内に完了しなければならない。

      6*. 子球における人類文明の技術水準が比較的高度なものに達すれば、彼らは母球人類の反撃の、唯一の希望となる。それは、我々の1000年先――或いはもっと先か――を行く技術を持っているからだけではない。それはただの前提条件だ。彼らはアノマリーを保有している。そして儀式を重んじ、取り決めにより信仰力による観測を放棄して人類を蔑ろにする「ソレ」らに発見されることもない。加えて、いままでの「ソレ」のアノマリーに対する態度と、「1日分だけの勝ち」も、全てを取り戻す自信を裏付ける証拠となる。反撃への参加を拒否する事態を防ぐために、子球の文明を十分に発展させたなら、あらゆる手段を駆使して、母球との連帯性を訴えかける必要がある。

      7. 権力配分構造を徹底的に改める。教権、一部の行政権及び司法権は同一人物に集約する。立法権も暫時、同一人物に属するものとする。当該人物を世界政府「大統領」とし、宗教上(宗旨改ざん後の天命教)では「総祭司」と呼称するものとする。強調するが、大統領と総祭司はあくまで名義上の区分で、実際は同一人物が担当しなければならない。私は第一代の大統領兼総祭司を務める。しばらくの間政務を執り、計画の前半期を完了し、状況に応じて計画の後半期を策定する。その後、新たな大統領の選抜方法を確立した上で辞任する。

      8. 権力臨界症状態下に保身の策として伍玖氏に秘密裏での制造を命じた「意識復活装置」を「計画」に流用する。ただし、元の仕様では私にのみ効果を発揮するため、改造する必要がある。改造時に必要があれば「道具」の使用を可とする。追加すべき機能は下記に掲載する。一、全ての既知人物の意識を検索・召還し復活させる機能。二、意識が検索不能である場合に備え、歴史的な情報入力により意識を製造する機能。三、原材料を提供した上で意識を元に肉体を製造する機能、及びその肉体の老衰を阻止する機能。四、意識を転送し、転送先で適合した肉体を製造する機能。

      9. 子球の生成が完了次第、その内部に歴史分岐器及び時間分岐器の効果が及ぼさない安全区域を設け、所定の日時よりも前に子球における人類文明に発見されないよう歴史分岐器を設定する。母球の技術またはアノマリーを用いて、当区域内における生活環境を確保する。

      10. 「道具」を用いて、物理法則を無視し情報・物質を瞬時に転送することができる「行政解禁令」を作製する。使用回数は1回のみとし、限定的に発行し世界政府関係者に限り利用可能とする。「ソレ」の文明との内通者が政府内部に潜入する可能性を踏まえ、使用者の生命は当装置と紐付けされたほうが望ましい。

      11. 以上全ての作業が完了次第、指導者議会を成立する。初期において、同議会の議員に評価された歴史上の優秀な指導者を指定する。技術水準の落差を考えて、指導者は主に20世紀以降の人物とする。指定された指導者は意識復活装置により復活される。子球文明が相当の技術水準に達した際に議員らがすぐ関連事務に取り掛かれるよう、議会は上記9条に掲げる安全区域に設けるものとする。議会の成立後、立法権、一部の司法権及び行政権は指導者議会に移譲される。同時に、母球に議会事務局を設け、指導者議会関連事務の管理・監察を行うものとする。指導者議会と母球間の連絡・人員の移転は全て行政解禁令を通じて行うものとする。指導者議会の施設展開が完了次第、60年間の期限がまだ終了しておらず、議会が実質権力を持たない場合でも、十分の準備期間を設ける観点から、復活者議員の投入を可能とする。

      12. 以上全ての作業が完了次第、私はそれを確認し、実際の状況に応じて後半期の計画を策定する。後半期の計画内容は、前半期の実行状況および人類文明の発展状況により変動する。

      人類精神のために
      2294/10/28



      伍玖君

      (冒頭部分に同一のミームと警告文が記載されているため省略)

      有効な情報を全て受け取ったか?注意してほしい、現時点で「計画」のことを知るのは君と私しかいない。私の了承なく、他人にこの件を伝えるのは控えてもらいたい。特に、四星共栄と繋がりを持つ人間にはな。もし、私がこの件を間違った相手に伝えようとする場合でも、君から私を止めてもらいたい。喜んで脅威を取り除こう。

      O5-9
      2294/10/28





      O5-9先生

      先生、状況はますます酷くなっています。今回は大規模です。北米や中央ヨーロッパに続いて、今度は西ヨーロッパと東アジアの全ての大学が自然科学関連研究の「同盟休研」を……全ての研究プロジェクトを中止しています。意識復活装置と分岐器の開発と展開が既に完了しているのは幸いでした。しかし、現時点での進捗を見ると、残り10%の物理的移転が不可のアノマリーがリセットされるまで、予定より5年ほど遅れる見込みです。我々はもう20年しか残っていません。現状では、権力と金銭で世界政府直属の研究機関がまだ動く事を祈るしかありません。皮肉なことに、大学の元信者たちが研究を放棄したというのに、国の研究機関以外に研究を続行しているのは、天命教教徒の中のアマチュア研究者たち――純粋に自分の生活を良くするためだけに研究する人たちです。これに加えて、事態を深刻化させているのは、大学の研究者たちが希望を喪失している点です。中には天命教に帰依しようとする者も出始めています。このままだと、人類文明の大きな損失に繋がりかねません。

      ここまで話すと、衆生教の事を言及しなければなりません。衆生教……はお分かりいただけるでしょうか?元のヒト教、または人類教と呼ばれるものです。一度、改名しましたので。政策絡みのことならともかく、彼らのことには感服しています。かつての……殉道者たちのことを思い出させます。精神の面においても、行動の面においても。貴方の葛藤は重々承知しております。きっと貴方も、彼らのことは一目置いているとは存じますが、私たちの未来のために、貴方はこれから彼らを迫害することになるでしょう。彼らを野放しにすると、最悪の結果を招きかねませんから。
      しかし、先生、ご進言させて頂きます。ご躊躇にならないでください。先の事を見据え、大胆に事を運んだ方がよろしいかと存じます。彼らは、精神的支柱としてはあつらえ向きですが、反撃のための価値はありません――その価値は、私たちの行動にこそあります。彼らは、来るべき明るい未来に、天国のような未来に、英雄と讃え謳われることでしょう。

      民間の状況については……まさに、語るに堪えません。僥倖にも宗旨改ざん後の天命教に洗脳されなかった元信者を除いては、ほとんどの民間人の生活はもはや暗黒時代に逆戻りです――現代文明の恩恵がなければ。都市のライフラインと、AIによる清掃サービスと、明日の太陽がまた昇ることこそ保証されているものの、その他のあらゆる方面において、千年前の社会と同然だと言えます。しかも、昔の「人類」とは違い――この点においては、衆生教の見方が的を射ている――むしろ、精神面での判断にかけては、衆生教は漏れなく正しかったが――中世の人類は、少なくとも信仰を持っていたのに対して、洗脳された者にはあくまで虚偽の「信仰」しかありません。彼らは、もはや人とは呼べない物に成り下がっています。人類の精神はとっくに、彼ら自らの足で踏みにじられ、灰塵へと化したのです。生殖的隔離がないという点以外は、私たち元信者は、もはや彼らといかなる類似性も持ちません。

      大学の件に戻ります。思うに、それは自然科学研究者の個人の意志による選択だけではなく、四星共栄の影響も多分にあるでしょう。既にご存知かもしれませんが、貴方の「異教徒」への迫害に対する態度が「断固として反対」から日和見に転向してからというもの、四星共栄を始めとする一部の信徒は、各大学や他の宗教の教会・寺院に駐在する世界政府軍や機動部隊と数回の小競り合いを引き起こしています。規模こそ小さいものの、彼らの勢いが前の異端狩りの時より明らかに激しくなってきています。この件に関しては、早急の対応が望ましいでしょう――貴方は、一つの立場を選択しなければなりません。天命教寄りか、元信者寄りか――つまり、元信者の指導機関である衆生教と繋がりを持つか、鎮圧するかの二択です。「計画」を考慮して、私は後者をおすすめいたします。

      元信者といえば、彼らに関しては一つ朗報が入っています。軍による抑止力がまだなかった時期に、彼らは何回もの残酷で狂気じみた異端狩りを経験しましたが、長期的に見て、彼らの人数は減少どころか、増加する傾向にあります。もしかすると、神の――もし本当にいたら――ご加護が真の信者にあったのかもしれません。

      我ながら随分ときっぱりとした言い方でしたが、実際の所……衆生教の事に関しては、私も腹を決めあぐねています。正直に申し上げますと、私個人としては、衆生教の宗旨理論を信奉しているつもりです。厳密には、私も衆生教の一信者となるでしょう。しかし、我々は重大な決断に迫られています。もう、彷徨ってはいられません。

      ちなみに――今日は、「計画」発案の39周年記念日です。表立てる言い方をすると――貴方の世界政府での再就任の39周年です。今夜の宴会の主役は、貴方ですよ。

      伍玖秘書長
      2323/10/28






      編集者による注記: この文書は前記実施要綱と同様の措置が取られている。)

      「ベアトリス」計画実施要綱(後半期)


      O5-9による注記: 今の所、予想よりは十分以上に上手くいった。「計画」が全て「ソレ」に発覚された場合に備えて、予備案を十数個用意したが、どうやら杞憂だった。2344年までゆとりを持って前半期の内容を実行できたことには満足している。また、やむを得ない鎮圧を数回行ったが、衆生教と元信者の人数こそ減少したものの、増加率は相変わらず良い。誠に幸いだったと言えよう。最後に、後半期では、私は自分ですら受け入れがたい苦渋の決断を下すことになるだろう。だが、60年の期限を迎える今、それの水面上での使命はもう終わっている。政府機関と権力構造の簡略化を図り、「計画」をより効率よく遂行するためには、「ソレ」の要求を達成するためにも、私は覚悟を決めなければならない。

      追加実施事項(重要事項は赤字表記、特記事項は太字表記)

      1. 2344年5月7日(すなわち60年期限の満了日)をもって、私は大統領を辞任し指導者議会に参加する。同時に、新たな改選の仕組みを実施する。
      改選の仕組みは下記に掲載する。 (詳細は本月末、世界政府公開通告を参照のこと)

      • 世界政府大統領(兼総祭司)の任期を12年とし、連続は認めない。着任の10年後に、次期大統領の指名権を獲得するものとする。次期大統領として指名できるのは、任意の分野で学術的に大きく貢献した者でなければならない。特に、自然科学の分野において優れた研究実績を有する者を優先する。自然科学の貢献者が次期大統領として指名された場合、特別に次期候補者名録より哲学・社会科学の分野で大きく貢献した者を副大統領として指名する。前記については、政治学分野における実績がある者を優先する。
      • 当期大統領に指名された次期大統領候補者は、指導者議会の投票を経て大統領に任命される。選挙に先立って、指導者議会は候補者の資格を査定しなければならない。指導者議会の基準に満たす候補者が現れない場合、二級指名権を持つ世界政府秘書長の伍玖氏に再度の指名が行われる。
      • 伍玖秘書長による指名も指導者議会の基準に満たさなかった場合、世界政府最高参謀部のO5評議会員12名から1人選抜し、大統領として任命するものとする。
      • 指導者議会の査定基準は状況に応じて改選ごとに変動するものとする。
      • 世界政府大統領(大統領として任命されたO5含む)が自然死を迎えた際、全て意識復活装置により復活させ、指導者議会へ転送し指導者議会議員として迎えるものとする。定年休暇の放棄を希望する者に対しては行政解禁令を配布し、指導者議会へ転送させるものとする。行政解禁令が不足している場合にのみ意識復活装置の転送機能を使用するものとする。特別に、最高参謀部のO5が大統領として任命された場合、母球における生命を永らえる手段を一切放棄し、自然死を迎えなければならない。指導者議会に参加する議員は、全て意識復活装置によりその健康維持を保障するものとする。
      • 世界連邦公民で「ソレ」による統治を公然に支持する者(ただし、そうしないと不利益を蒙る場合を除く)は、その世界政府機関・国際機関(四星共栄組織・天命教傘下組織を除く)への参加資格並びに被指名権を永遠に剥奪するものとする。世界政府機関・国際機関に前記の立場をとる構成員が発覚された場合、即座に除名処分とする。指導者議会においては、復活者議員・O5・元世界政府大統領問わず、前記の立場をとる者は即座にその議員資格を剥奪、身柄を拘束し母球へ引渡した上で軟禁処分となる。前記については基準が主観によるため、判定が難しくなることから、現実性に乏しいことに注意せよ。(注記: この項目は世界政府忠誠度評価を通過した元信者職員/政府関係者のための内部判定基準であり、本月末の世界政府公開通告では発表されない)

      2. 2344年5月7日(すなわち60年期限の満了日)をもって、SCP財団を解散するものとする。同時に、「SCPCN財団」という呼び名は廃止する。その際、一般職員は自由に再就業してよい。大学もしくは政府直属の研究機関での再就業を希望する研究員は優遇するものとする。世界政府大統領に直属し警備を担当する機動部隊以外、他のセキュリティスタッフに関しては、軍への配属を希望する者は世界政府地球防衛部の協調により人類近衛軍・太陽系防衛軍へ配属される。事務系職員に関しては、政府部門への配属を希望する者は、技能に関連する部門へ優先的に配属され、優遇される。その他、財団に所属する全てのDクラス職員に関しては、最寄りの刑務所で懲役に服すものとし、元の罪状に応じて量刑を決定する。ただし、量刑は20年を超えてはならない。

      3. 指導者議会成立後、正式に政府事務に関与していなかったにもかかわらず、復活者らが子球創設の目的に薄々察し始めている。そのため、意見の相違により党派が乱立しており、小競り合いが続いている。そこで、何らかの手段で、「『ソレ』に反撃するため子球の助力を乞う」ことに反対する立場の党派を保守派に、支持する立場の党派を急進派に、その他の中立者を中立派に併合することで、指導者議会内部の分裂を抑制する。注目すべき点として、信用できる報告によると、現在、議員らに「『ソレ』には反撃しなければならない」ということはまだ共通の認識として存在している。この他、私は辞任後、指導者議会へ参加し、急進派の指導者として急進派中央委員会を成立する。

      4. 「計画」告知制限令: 護神運動中に元信者として殺害され、「ソレ」により復活させられたO5-13の最近の行動を鑑みて、本日より、O5-13に対する「ベアトリス」計画内容の告知は一切禁止とする。しかし、側近として潜入させた元信者諜報員の報告、及び世界政府忠誠度評価の結果により、同氏は依然として「ソレ」に徹底抗戦の立場をとっていることが判断されたため、大統領への就任並びに指導者議会への参加は認めるものとする。ただし、保守派として扱わなければならない。(注記: O5-13が重要人物のため、同氏に対する告知制限令は「計画」要綱に記入しているが、その他の告知制限令については別途通達するものとする。)

      5. 指導者議会の内部において、「計画」を通達されていない議員が子球創設の目的や「計画」関連の内容についてむやみに推測し、その推測が事実に合致していても、不必要な猜疑を避けるようにあえて放置するものとする。

      6. 子球の位置座標については、これを断固として漏洩しない。指定された議員でない者が子球・母球間移動のために行政解禁令を使用した際に、相応の記憶処理を行うものとする。

      7. 指導者議会においては、「『ソレ』に対しては徹底抗戦」という立場を断固として維持せよ。

      人類精神のために
      2340/10/28





      指導者議会・保守派規程 本文(3411年7月12日、O5-13主宰改訂版)(機密指定)抜粋

      保守派メンバーにのみアクセス可能です。この文書を閲覧した急進派メンバーは特定・処分されます。
      侵入完了、特定の急進派メンバーに閲覧可能


      一、最高目標

      「ソレ」による、人類の尊厳を踏みにじり、精神の自由を剥奪する統治を転覆させること。

      二、基本路線

      1. 人類文明の共同の努力を通じて、元信者の人口数を増加させる。
      2. 現在、急進派が保有する「ソレ」にもたらされた信仰力含有の「道具」の制御権を奪取する。
      3. 文明の発展が不十分で、機が熟していない時期には、「ソレ」及び四星共栄に対しては譲歩する。
      4. 機が熟していない時期には、国庫金を使用して天命教関連人員への優待や天命教の保有する寺院・書籍・器物への保護を行うことで、「ソレ」・四星共栄の指導者議会への、特に保守派への信頼を得る。
      5. アノマリー複製プロジェクトの通常運転を維持する。「ソレ」・四星共栄の信頼を得るために、プロジェクトの内容は漏洩してはならない。機密情報が漏洩した場合に備えて、複製品の機能は元となるアノマリーの5%を超えてはならない。
      6. 人類文明の発展がある程度に達し、かつ元信者の比率がある程度に達した際に、「ソレ」と交渉を行い、その弱点である信仰に訴えかけることで、人類の精神的自由を勝ち取る。
      7. 上記6条が失敗した場合、機が熟した際に再度「ソレ」に交渉を持ちかける。
      8. 上記7条が失敗した場合、歴史分岐器・時間分岐器を操作し、四極罪の一つ「搾取」の文明を人工的に創造し、交渉条件として人類の精神的自由を勝ち取る。
      9. 上記全てが失敗した場合にのみ、暴力革命を試みる。この際、急進派と協力関係を結ぶことも可能とする。その際、保守派が議席の大多数を占めなかった場合、協力中には最高意思決定権と実行権が保守派側にあることを保証しなければならない。それができない場合、協力を拒否し、「ソレ」・四星共栄に機密情報を漏洩することで母球の安全を保障する。
      10. 母球の安全、自身の安全、母球政局の安定と平和を確保するために、最終目標の達成まで1000年単位の時間を要すると思われる。原則、保守派支持者の比率低下を抑えるため、死亡は禁止とするが、計画実行の長期化に伴う作業内容の空洞化による精神疾患に罹患するなど極端な場合に限り、意識復活装置の生命維持を停止し安楽死を行うことは可能とする。


      三、基本政治的主張

      1. 母球の安全を確保するために、子球と協力することは、これを断固として禁止する。
      2. 元信者の人権は保障するが、機が熟していない時期に「ソレ」・四星共栄の信頼を得るために、やむを得ず迫害することも可能とする。
      3. 母球の政局の安定を優先的に考慮する。
      4. 四星共栄との協力関係を維持する。
      5. 保守派の最も実践的かつ最終的な反抗手法である李然の闘争経験を参考とする。ただし、その盲信的な態度に対しては戒めとする。
      6. 李然的な暴力革命はあくまで最終手段とする。
      7. 「徹底抗戦」のスタンスが露見した場合、抵抗を放棄することで母球の安全を保障する。


      四、基本的要求

      1. 保守派実行委員会主席の管理に従うこと。現在、主席は3410年1月1日付に当選されたO5-13である。
      2. 母球の安全、個人の安全、情勢の安定化を優先する。
      3. 「ソレ」・四星共栄に対しては公然と反対しない。
      4. 子球創設の目的など、保守派に明かされていない情報に関する推測を指導者議会外に流布しない。


      五、人員構成

      保守派実行委員会主席: O5-13

      創立メンバー代表: O5-13,O5-5,O5-12,フランクリンFranklinデラノDelanoルーズベルトRoosevelt(復活者)ムスタファMustafaケマルKemalアタテュルクAtatürk(復活者)鎌井かまい綾雄あやお(元大統領)フランシスコFranciscoアリアスAriasyロペスLopez(元大統領)

      信頼できる加入者代表: ウラジーミルВлади́мирイリイチИльи́чウリヤノフУлья́нов(復活者)モーハンダースमोहनदासカラムチャンドकरमचांगदेガーンティーगांधी(復活者)チョウ致虔シケン(元大統領)パク秀珍スジン수진(元大統領)

      部分的に信頼できる加入者代表: O5-2、O5-8、カールKarlリープクネヒトLiebknecht(復活者)ヴャチェスラフВячеславアンドレーエヴィチАндреевичワシーリエフВасильев(元大統領)ソフィーSophieウィトゲンシュタインWittgenstein(元大統領)ジョウ諸行ショギョウ(元大統領)バベンドラBhabendraバルーアーBaruah(元大統領)

      現状信頼できない加入者代表: O5-1、O5-3、O5-4、O5-6、O5-10、O5-11、トーマスThomasクルールKrull(元大統領)クレールClaireスミスSmith(元大統領)コンスタンティノスΚωνσταντίνοςタニオカΤανίοκα(元大統領)

      人員の詳細は付録を参照のこと。



      指導者議会・急進派規程 本文(3484年1月1日第十八回改訂版)(機密指定)抜粋

      急進派メンバーにのみアクセス可能です。無許可の人員はベリーマン=ラングフォード・ミーム殺害エージェントにより即座に処分されます。


      一、最高目標

      「ソレ」による、人類の尊厳を踏みにじり、精神の自由を剥奪する統治を転覆させること。

      二、急進派を急進派たらしめる不動の基本路線

      1. 特別な事情がない限り、O5-9の急進派中央委員会主席の身分並びに急進派に対する指導的地位は確保されなければならない。不可抗力により確保できない場合、急進派中央委員会副主席ウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ(レーニン)が代理を務める。
      2. 「計画」に従い子球の協力を要請し、「大いなる人類連合」を達成することこそ、反撃の必要条件であるとし、この主張は保守派の主張との根本的な相違であるとする。
      3. 母球四星共栄組織の注意を引かないように、議会内における行動は穏便に済まさなければならない。
      4. 保守派との共通認識を維持しなければならない。指導者議会外に議員らの「ソレ」に対する立場を漏洩してはならない。


      三、長期的取り組み

      1. 議会における派閥構造が安定化してから50年(即ち議会発足の539年後)より、付録に記載される急進派議員は、「急進派の主張は自ら滅亡を招く」或いは「急進派は人類を深淵へと導く。反抗など達成されるはずがない」などの理由で、見かけ上、保守派の立場を支持する態度へ転向し、最後に保守派側へ完全に「寝返る」。(急進派主張の放棄を偽装する議員: 437/514、急進派主張を実際に放棄する議員: 2/516、第717回全体会議更新)
      2. なるべく保守派中央委員会主席の信頼を得る。
      3. 信頼を得た後、「徹底抗戦」スタンスの機密保持が露見しないよう、保守派の対外交流及び四星共栄組織との連絡をなるべく阻害すること。機密保持の強度は、李然の「栄光ある行動」オペレーション・グロリアスにより「ソレ」が修行を一時中止した際の機密保持強度に準ずる。
      4. 保守派に存在する可能性のある四星共栄・「ソレ」の支持者/内通者を監視する。
      5. 「母球に対して子球の位置座標を開示する」提案に対しては全て反対票を投じる。
      6. 「計画」を告知されていない議員を監視し、子球創設の目的など「計画」関連事項についての推測、特に事実と合致する部分を議会外へ流布しないようにする。


      四、指導者議会議員、急進派議員に対する基本的要求

      1. 「ソレ」には徹底抗戦の立場で臨むこと。
      2. 内部の矛盾より外部の圧迫に対抗することを優先すること。
      3. 急進派中央委員会主席の管理に従うこと。
      4. 急進派の基本路線を堅持すること。
      5. 保守派との意見の相違により議会の安定を脅かさないこと。
      6. 急進派の基本路線の放棄を希望する者は、その後の作業内容の空洞化による精神疾患を防止するため、なるべく安楽死を実施すること。
      7. 急進派に留まる議員は、保守派との熾烈な闘争が続行していると見せかけ、議会外の注意を議会の内紛へ引き付け、議会の脅威を低く評価させること。
      8. 「ベアトリス」計画の全内容を熟知すること。(非表示: 議会全568議席の中で急進派議員514名のうち、「計画」を告知された449名にのみ閲覧可能。第717回全体会議更新)
      9. O5-9または「計画」総参謀の許可がない限り、「ベアトリス」計画の内容を無関係者に漏洩してはならない。「計画」を告知された者はトリガー式ミーム殺害エージェントを接種され、許可無く「計画」の内容を漏洩した場合、即座に処分される。(非表示: 議会全568議席の中で急進派議員514名のうち、「計画」を告知された449名にのみ閲覧可能。第717回全体会議更新)


      五、人員構成22

      急進派中央委員会主席: O5-9

      保守派潜入メンバー代表: O5-1、O5-2、O5-3、O5-4、O5-6、O5-8、O5-10、O5-11、ウラジーミルВлади́мирイリイチИльи́чウリヤノフУлья́нов(復活者)カールKarlリープクネヒトLiebknecht(復活者)モーハンダースमोहनदासカラムチャンドकरमचांगदेガーンティーगांधी(復活者)トーマスThomasクルールKrull(元大統領)チョウ致虔シケン(元大統領)イダIdaバグースBagusラカRakaソブラットSobrat(元大統領)ジョウ諸行ショギョウ(元大統領)ヴャチェスラフВячеславアンドレーエヴィチАндреевичワシーリエフВасильев(元大統領)

      急進派残留メンバー代表: 李然(元大統領)(栄誉議員)、O5-9 、ヨシップJosipブロズBrozチトーTito(復活者)エイブラハムAbrahamリンカーンLincoln(復活者)フィデルFidelカストロCastro(復活者)イブラヒム・イブン・イスハーク・イブン・ムハンマド・アズィーズ
      إبراهيم بن اسحاق بن محمد عزيز
      (元大統領)モシェ・アゾレイמשה אזולאי(元大統領)

      実際に保守派へ転向するメンバー:
      クレールClaireスミスSmith(元大統領)コンスタンティノスΚωνσταντίνοςタニオカΤανίοκα(元大統領)

      議会外急進派支持者: 「信者」(偽名)(栄誉議員)

      人員の詳細は付録を参照のこと。







      • _

      張致虔による第六次報告・抜粋

      敬虔なる元信者――商工業者、学者、神職者、公職者、軍人、母球分議会議員各位

      こんにちは、現在、大統領を務めさせていただく、張致虔と申します。おそらく、ここにいる皆様は私のことをよくご存知かと思います。この極秘の元信者ホールは外界と隔絶され、意外がない限り情報の漏洩はありえませんが、この際、機密保持はもう重要ではありません。

      情勢はもはや歯止めが効かなくなっています。偽りの信仰から天命教教徒を助けだす計画は、全て中止を宣告されました。奇跡でも起こらないと、彼らのことはもう助けることができません。これは、人類の運命のターニングポイントになるでしょう――完全なる堕落への分岐点という意味で。私には、もう挽回することはできず、大統領失格と言われても――言い返すことができません。今は……事件のまとめと、元信者以外の人類の運命について分析することしか、できないのです。我々が、最後の元信者です。我々が、全力を尽くさないと。……では、本題に入らせていただきます。

      事の発端は、一ヶ月前、「ソレ」による突然の活動でした。厳密に言うと、それ「活動」とは呼べません。なぜなら、「ソレ」は確かにまだ修行中です。おそらく、事前に信仰力で時計仕掛けの類を設定したのでしょう。「道具」をもたらす時と同じように。今回、「ソレ」がもたらしたのは「道具」ではなく……信仰力に似た能力を、全ての天命教教徒に授けたのです。我々は、それを「有効的祈祷」と呼んでいます。その効果としては、お分かりの通り、天命教教徒が「ソレ」に対して、何かしらを手に入れたい、または何かしらの目的を達成したいと祈ると、即座にその物が手に入れ、または目的が達成されます。ただし、その能力に制限があり、どんな物も手に入れられるというわけではなく、どんな願いも叶えられるとは限りません。つまり、適度の願いなら叶えるということです。それに加え、我々元信者に関連する祈りも有効化されません。なお、天命教の聖職者が受ける制限は小さいとのことです。しかし現時点では、制限が具体的にどれほどのものなのか、まだ詳しく分かっていません。

      それに続くように、第二の事件が発生しました。「有効的祈祷」が制限を設けたせいで、最初こそ感激に浸る天命教教徒たちでしたが、自分の願いがなんでも叶えられるわけではないことに気づくと、即座に「ご神恩代理人様は得るはずもなきものを授ける至善者である」という標語を破棄し、貪欲が天命教の信仰とやらに勝って表に出るようになりました。敬虔そうに見える天命教ですが、本質が腐っていては、人の無限の欲望を抑えるはずもありません。「ソレ」の本意は、おそらく信仰の強化を図り、同時に我々元信者を動揺させることでしょうが、本当に読みが甘かったと言わざるを得ません。信仰を強制され、人類を人類たらしめる全ての高尚な精神を放棄させられ、人ならざる者に成り下がってしまった堕落者たちの天命教への信仰の下に、あれほど完全に展開された醜悪な本質があるなんて想像だにしなかったでしょう。

      次に起こることは、皆様もよくご存知でしょう。人類の無限の欲望が完全にさらけ出され――3週間前の暴動に繋がりました。天命教教徒は、まるで狂ったように世界各地の天命教寺院、教会と四星共栄拠点を包囲攻撃しました。なぜ全能なるご神恩代理人様が自分の合理的な不合理的な需要を全て満たさない、と言い張って。つまり、彼らにもともと手にするはずもなかったものを授ける――我々からすれば彼らの「ご神恩代理人様」からの恩賜とも言えるこの行為は、彼らの貪欲の前では「ご神恩代理人様は人類を愛さない」「真神は至悪」などといったレッテルを貼られる行為となったというわけです。もちろん、このような反逆行為は別に初めてというわけではありません。かつて、「ソレ」の言いつけを無視して異端狩りを行った前科があります。彼らはただ心の不安を無くそうと、無意識に自分の信仰を証明しようとしているだけなのです。

      事がここまで及ぶに当たり、天命教が何かの対策を取らないと、教徒たちが天命教に害を及ぼす内容を「有効的祈祷」で発現できないとしても、遠くない未来に天命教の教会組織と四星共栄組織が地球上から抹消されることが目に見えています。そして、一週間後、元信者を除くほとんどの人間が理知の放棄を選択したことを示す書物――「幸福論」が、天命教の保身の策として、急ピッチで編集・出版されました。明らかに、彼らはズルをしています。文字だけではどうにもならないため、彼らは書物にミームを追加し、天命教の聖職者が保有するより高レベルの有効的祈祷をも使用し、書物内容の成就を願いました。やがて出版された書物には、体系的な理論だけでなく、天命教教徒の価値観を僅かなから歪めるミーム的・有効的祈祷的効果も含まれ、教徒たちの欲望の上限は、有効的祈祷が発効できる程度に制限されることとなりました。

      ここで、事件の幕はようやく落とされます。残念ながら……幕を落としたのは、私ではありませんでした。私は何もできず、みすみす我々の退路がまた一つ消える光景をただ見ていました――天命教教徒を虚偽の信仰から救う機会は、もう二度と来ないのです。勢い良く、幕は切り落とされ、境界線上に揺らいでいた人類は、真の堕落へと誘われます。それは、我々が予見していなかった、必然的な偶然の繋がりでした。「ソレ」が信徒をさらに制御するために有効的祈祷を授ける→有効的祈祷により信徒たちがパンドラの箱を開ける→有効的祈祷が信徒たちを満足することができなくなる→信徒たちが天命教へ報復攻撃を始める→天命教が保身ほしさに信徒たちの価値観を有効的祈祷の能力以下に制限する、という流れが出来上がったのです。そして数週間以内に、このいかにも合理的で、誰に操られているわけでもない流れがもたらしたのは、なんと人類が夢にまで見たような、それでいて蜃気楼のように儚い、天国でした。その後に、我々が直面している未曾有の危機が訪れます――実在する人類は、実在する天国にたどり着く時、堕落は不可避なのです。全てが合理的であったのに、その結果が壊滅的でした――人類文明の精神にとっては。

      事の重大性に、未だお気づきでない方もいらっしゃると思います。天命教の組織が大打撃を受けたのでいいではありませんか、という人もいらっしゃるかもしれません。しかし、天命教への信仰を強制された人々にとっては、そう簡単ではありません。漠然とした信仰しか持っていなかった彼らは、心の内に秘められている真の思想を認めたくないが故に信仰をこじらせていただけであり、真の意味で堕落しているわけではありませんでした。しかし今では、そもそも天命教教徒の中でも少数だった研究者がここ数週間、完全に姿を見せなくなっていることや、元信者を憤らせた民間組織による自発的な研究成果破棄キャンペーン「過去との決別~楽園を迎え入れよ~」の件もあり、彼らが真の意味で堕落しきっていることが完全に確証されてしまったのです。

      人類が前進するのに頼りにする大敵にして親友――人類の本性の一つである欲望は、そう遠くないうちに――数日以内にか、数ヶ月以内にか――完全に満たされることによって、消滅することになります。偽りの楽園が訪れれば、ほとんどの人類は、追求と情熱を掛けることのやりがいを完全に喪失するでしょう。この件以降、教徒たちの内心に元々あった天命教への不安と動揺は、全て消されてしまいました。元信者以外の人類の奮闘史、言わば彼ら自身の歴史は終焉を告げようとしています。

      この結果は、必然的なものです――幸福を追求するための理知が、理知自身が目的から乖離していることを、疎外してしまったことを分かってしまったのです。そこで、理知が下した最後の決断は、理知自身を諦めることだったわけです。なにしろ、もはや理知の存在が、目標を達成する妨げになってしまったのですから。「現神」への信仰、虚構された幸福論と「全能」な有効的祈祷は、既に「人類が今、幸福の至極に至った」という虚偽を、「乳と蜜の流れる土地にたどり着いた」という信念を仕立てあげてしまい、理知が不必要になってしまったのです。はては、最も堅牢で、科学の終焉の日に不朽の文化財として残されると思われた形而上学も、やはり壊滅から逃れられませんでした。人類は、意義の追求すら諦め、先験的な物を探索する激情の炎は、消えてしまったのです。そんな彼らは、まだ思考を続け、思弁を立てることができるのでしょうか?まだ探索を継続し、科学を研究することができるのでしょうか?例え、単に信仰の便利さを図るためだけに研究することが?否、この全ては、もう起こるはずもありません。理性は理性として追い求めるべき物を棄却し、形而上学は崩壊し、科学は人類の生活から抹消されてしまったのです。完全なる現世に、精神は「敬虔」なる「信仰」に満たされ、空虚を覚えることすらなくなっていきました。例え、その内核にあるのは空虚でしかないとしても。なぜなら、物質と精神両方の虚偽の満足によって、人々は疑う能力を、自分の思想で自分を認識する能力を、内核に秘めたる真の空虚に気づく能力を失ってしまうのです。

      なぜ、これが真の堕落の境地だと言えるのか。なぜ、彼らを救うために信仰への疑念を抱かせる全ての計画が失敗の運命にあると言えるのか、皆様はもうお分かりでしょう――彼らは、前人未踏の、内部に完全な安定性を持つ段階に至ってしまったのです。例え偽りの完全だとしても、一切の満足感を与えることで、不完全への疑念や気付きを押し殺すことができます。「自分を認識する」ことは、もう彼らの脳に現れません。不意に思いつくことすら不可能になります――全ての懐疑と思弁は、地平線の向こう側へ投げ出され、一切の思想から排除されてしまいます。奇跡でも起こらない限り、元に戻ることはないでしょう。そして懐疑と思弁を棄却した思考は、自我を殺したも同然です。彼らの人間としての歴史は終わります。彼らはもはやヒトではなく、動物ですらなくなっています。なぜなら、ヒトとして、動物として根本的な物――思想と欲望を、喪失してしまったのですから。

      今、全ての重荷は、我々元信者の双肩にかかっています。我々は、全てを挽回しなければなりません。我々にしかできないことなのです。既に堕落してしまった人類――天命教教徒たちは、もう信用するに足りません。これは、大部分の人間を救えないという意味になりますが、私はせめて元信者を存続させようと考えています。私に力はありませんが、我々が一致団結すれば、反撃の機会はいずれ訪れるでしょう。現状に対して、最も意気消沈しているのは研究者たちであることは認識しています。自然法則が操られ、奇跡が法則になり法則もまた奇跡になるこの時代に、法則の探求を生涯の仕事にするのはとてもできないことは重々承知しております。しかし、分かっていただきたいのです。その奇跡が「諦めろ」ではなく、「立ち上がれ」と我々に囁きかけているということを。今回の事件で、「ソレ」が全能でもなんでもないということを、我々は再び気付かされました。地球への関心が薄いのか、儀式に夢中になっているのか――少なくとも、信仰力を用いれば全知全能、というわけではありません。その信仰力により改変された法則も、漏れなく個体に限定した物であり、遍在の美的感覚を全く持ち合わせていません。これは、かつて財団に収容されていた、「あくまで個体の異常である」アノマリーと現象的に何が違うのでしょうか?それで、我々の探求の歩みを止めることは到底可能なのでしょうか?否、なぜならば――

      我々元信者は、人類の希望なのですから。我々は、決して諦めません。

      2956/04/02





      無限の民、神の民、第一原因の民、万物の民、不動にして動かされざる自然の民、未だ現世の迷霧に惑わされし梵我、知恵を愛す者、宇宙統一法則の追及者、超越の崇拝者、芸術的美の探求者、美しき未来に憧れる者、完全なる政治的理想の追随者――神の存在を信じるか信じないかに関係なく、敬畏と愛と信仰を胸に意義を追い求める全ての人類知恵ある生命へ

      セキュリティ施設はもう長く持たない。四星共栄と、我が愛した偉大なる世界に蔓延る堕落者たちは、まもなく門を破って入ってくるだろう――これは、私の絶筆だ。私の生涯の思想や創作のまとめだと思ってくれても構わない。日頃から言っているが、最後にここで改めて強調する――衆生教は、宗教ではない。故に、我が兄弟姉妹である君たち――元信者たちに再度言わせていただく。闘争は君たちの物だ。信仰は君たちの物だ。体験は君たちの物だ。理性も思想も、君たちの物だ。私は教主ではない。なぜなら、これは決して宗教ではない。私はあくまで、理論の体系を構築した者にすぎない。歩み始めたばかりの君たちが心配で、盗んできたアノマリーの複製品で命を長らえて数百年間君たちのことを導いてきたが、どうやら終わりが来たようだ。私の存在を、君たちの存在意義と頼みの綱にすることだけはやめてほしい――これでは、悪魔の代弁者たる「ソレ」と、四星共栄と、この両者によって人ならざる者にされてしまった人間と、なんらの違いもないからだ。私がいなくても、君たちには歩み続けてほしい。無限へと、信仰の向こう側へと。

      信ぜよ。愛せよ。敬畏せよ。心の内に秘めた、君たちだけの超越を追い求めよ。

      一、衆生教について

      元信者が衆生教について何も知らない、ということはまずないと思う。しかし、衆生教のことを詳しく知らない元信者にとって、「衆生教は宗教ではない」という言葉の意味と衆生教の本質に関しては、おそらくピンと来ないだろう。簡単に言うと、衆生教は二つの概念を指している。まず、それはある思想を指している。それは、信仰体系に対する信仰体系、信仰規範に対する規範。信念、及びその狭義である宗教の思想理論体系にして、信仰の規準。つまり、それは信仰の扱い方そのものであり、その信仰の扱い方自体に対する信仰でもある。各宗教の信者たちがもとの信仰を保持したまま、「衆生教を信仰する」ことができる理由である――衆生教はあくまで「信仰に関する理論」への信仰だ。つまり、信仰の対象は理論であり、神聖にして超越的な何かというわけではない。神学に関する理論が現行の理論とは多少異なる所がある以外、各宗教とはほとんど矛盾しない。次に、それはまたある集団の総称として使われている。それは、この理論体系を信仰する者の集団。その者たちが構成する社会組織。世界政府に承認されなかった、元信者の中央機関。無論、この中央機関は政治的な管理は行わず、思想の指導だけを役割としている。衆生教の具体的な主張については、後の各節で詳細な説明を行う。

      二、信仰の内包と特徴、及び衆生教の選択について

      過去において、信仰という包括的な概念を研究対象とし、信仰を信仰たらしめる規範の特徴と本質について議論する例は少ない。既存の研究は、あくまで信仰の一部である宗教的信仰を切り取り、宗教学上の規範について討議する物だった。私の研究対象は、信仰という概念の全体である。宗教的信仰は信仰の一部という扱いだが、以下の検討では宗教の内容を使用して、信仰という概念全体に押し広めるとしている。

      まず、宗教の特徴を包括的に言うと、以下のようになる。

      その対象から見ると、宗教の対象は、超自然的で、経験の域の内部と外部に同時に存在する(注記: SCP財団およびその収容物が公衆の目に触れる前は、宗教の対象は先験的だと思われていた。この部分については後文で説明する。)、超越的で神聖な存在である。

      その主体から見ると、宗教の信者は特殊な生活様式を持ち、ある種の究極的関心アルティメット・コンサーンを持っている。さらに、敬虔な信者は通常、人それぞれの宗教的体験を有し、宗教の対象への追求心も持ち合わせている。

      その社会的機能から見ると、宗教は生活における根本的な問題に対して闘争を起こす行動の体系である。この体系は、常に満足のいく必然的な結果を追求させ、苦痛から至高の善を見出させる。その結果、副次的な社会的影響として、人を善に向かわせる効果がある。無論、この定義はあまり厳密ではない。宗教だけでなく、これから論述する多種多様な信仰が構築する全体に対しても、この定義は適用されるからだ。むしろ、この点は信仰そのものの社会的機能における特徴と言えよう。

      第九の門が破られた。

      以上の内容をまとめて見ると、宗教の真の内包に気づくことも難しいことではなかろう。宗教というのは、超自然的な神聖に対する精神的な敬虔、憧憬と追求だけでは事足りない。そこには、宗教の思想だけを研究している者にしばしば無視される、もう一つの側面が存在する。あまりにも規模が大きい側面――宗教は、一つの完全な社会的体系を内包しているということだ。その体系は、宗教の信仰から由来する物でありながら、逆に宗教の信仰を強化することもできる。活動の場所、行動の様式、組織の形など諸々の事柄を含めて――世俗の社会において、教徒の在り方を規定している。

      しかし、衆生教で言う信仰全体を対象とすると、前二点の特徴は、あまりにも局限的だ。思うに、信仰全体の特徴は類似しているものの、より簡潔であるべきだ。

      対象から見ると、信仰の対象は必ず超越的で、現時点の主体より上位の存在でなければならない。例えば宇宙原初の統一法則(つまり、悪魔の代弁者たる「ソレ」に改ざんされなかったもの)への信仰、単純に神への信仰、自然への信仰、ある未完の最高政治的理想への信仰など、様々である。ここで断りを入れるが、「神への信仰」は必ずしも「神を対象とする宗教の信仰」となるわけではない。後者は前者の従属概念である。神への信仰は、単に全能にして絶対的な至高、宇宙を創造した何かしらの存在に対する信仰であることもありえるし、信者の行動規範も必ずしも何かしらの宗教のものに準じるわけではない。つまり、何かの宗教の構築する社会的体系に身を置いているとは限らないのだ。

      主体から見ると、信者は対象に敬虔な信仰を持ち、自ら全ての愛を捧げている。宗教的体験に類似して、ほとんどの信者は自分なりの信仰的体験を有している。それは、宗教的体験ほど神秘的な物ではない。自然の壮麗さに対する驚嘆。あらゆる物に適用される道徳規準への憧れ。頭上の星空とその運動の法則に対する敬畏と讃美。澄み渡る広大な知恵の海の深邃がもたらす慕情、魅了と熱狂。偶然に耳元へ届くありとあらゆる物の調和の取れた息吹。それらは全て、信仰的体験になりうる。こればかりは、人ぞれぞれなのである。元信者の兄弟姉妹たちよ、「自分はこんな体験ができるはずがない」などと決めつけないでくれ。君たちは人類最後の誇りとして、その能力を持ち合わせているはずだ。信仰的体験はある意味、特殊な奢侈品である。ある領域で精神が豊かな人にしか消費されない物だ。しかし、「この形」の奢侈品を「消費」できないということは、別に「あの形」の奢侈品も「消費」できないという意味にならない。ましてや、本当に手を出せないとしても、本物の人間として、富を求める権利は常にある。そうではなかろうか?

      社会的機能から見ると、ほとんどの信仰は宗教に類似する社会的機能を有しているが、必ずしも全ての信仰に社会的機能がついてくるというわけではない。

      類似的に、以上をまとめて見ると、信仰の内包とは何かを窺い知れる。信仰は宗教の上位概念として、それに対応する内包はより簡潔になる。まず、最も重要なのは、信仰は包括的な概念として、その内包に「信仰」――信仰する対象への敬虔な信念と大いなる憧憬が存在する。信仰とは、信じて仰ぐことだ。「信じる」とは信念、「仰ぐ」とは求めることである。つまり、信仰するには、対象に対するある種の信念と、対象を追求する目的を同時に持ち合わせなければならない。その目的は、或いは自分の敬虔と愛で対象に近づけること、或いは対象の姿をその目で拝むこと、或いは真の自分こそその対象だったと気づくこと、或いは自分の努力で対象を見出すこと、或いは対象に永遠に耽溺すること、或いは対象の表す一種の境地ヘと至ること……だがいずれにしても、信者たちの目標はいつも様々な手段で信仰する対象へ接近することだ。宗教の信仰とその他の信仰との区別の一つとして、宗教的追求は、達成が極めて難しい場合が多い。それに対して、例えば最高の政治的理想への追求など、他の種の信仰には達成が可能なものの方が多い。こういった信仰の信仰者は、すなわち衆生教の受け入れる信者であり、こういった信仰の定義もまた、衆生教の信仰に対する定義である。

      ここまで来ると、実に様々な物が、衆生教の定義する信仰の範疇に入る。全ての自然・社会科学――法則への追求、哲学――知恵への愛好、自然への崇拝、神への崇拝、改ざんされた前の天命教も含む人類の宗教全て、政治的理想への憧れ、などなど。これらは全て、信仰と言えるのだ。

      第八の門が破られた。

      しかし、宗教の一部分である社会的体系は、必ずしも信仰に含まれているとは限らない。これもまた、宗教の特殊な点の一つである――宗教は社会的体系を用いて、本来得も言われぬ神聖で超然とした先験的対象を、神話や聖句などの形で具体的に描写し、なぞらえることで、感性的な物にしたのだ。内面的な内容こそ多少喪失しているものの、本来悟りを開いた者にしか理解できない体験を、理解できる形で広められるようになる。これにより、元々悟りを開く機会すらなかった者は、自分の悟りへと至ることが可能なのだ。一方、社会的体系が弱い、もしくはそもそも社会的体系を持たない信仰の信者は、自分の信仰を広めにくい傾向にある。こういった信仰に信者が現れるかは、体験を得る難易度による。例えば、「宗教を信仰しないが、突如天啓を受けて何かしらの信仰を得る者」に比べて、「宇宙の統一法則を探求することを生涯の目標にする学者」や「知恵を求めるのに熱狂的な哲学者」の現れる可能性は遥かに高い。後者のような信者が多いのも、これが理由だ。

      三、「ソレ」の属する文明における宗教(以下、プロト-天命教)、及び天命教の疎外現象に対する反論

      まず断らなければならないのは、現に「ソレ」の属する文明が信仰する「宗教」の正式名称について知る者は一人としていないことだ。ただ、元々異常性のなかった天命教の宗旨がその「宗教」の信徒によって改ざんされたことで、天命教は当の「宗教」とは高い類似性を示した――その本質も、それによる影響もだ。従って、便宜上、その「宗教」を「プロト-天命教」と呼ぶことにする。次に、後文でしばしば現れることになる「疎外」エントフレムドゥングという概念だが、哲学で一般的に使われる意味ではなく、それよりも以前の意味に私個人の解釈を加えたものになる――元々同一だった物が、異なる物へ改変させられる過程を言う。この意味で、疎外の対象はよく使われる「人」や「自我」だけでなく、あらゆる事柄を代入することができる。本稿では、その対象は主に宗教である。

      さて、プロト-天命教の疎外について話そう。

      真の宗教とは?

      真の宗教は、神を与え、全ての始まりを与え、それに付随するように価値観の体系を与え、人間に存在意義を与える――勿論、随分と長い間、それは疑わしいものだと思われてきた。アノマリーがまだ公衆の視野に現れていなかった頃、神は幾度もなく挑戦され、反論され、果ては殺害されてきた。そしてヴェールが切り落とされた後は、形而上学の神こそまだ上位に存在しているものの、一部の宗教における神はその限りではなくなった。一方、人に対しては、宗教を打算的な目的に利用するだけ(金銭・権力の入手や、「精神的日和見主義者」による「来世の幸福」の追求など)の信者モドキ(おそらく一定数以上居る)を除いては、宗教は人々に超越的な神聖の為に奮闘させ、人々の目的となり、人生の根本的目的と究極的関心に目を向かわせ、精神の豊かさと自身の解脱を求めさせてきた。理性を制約するときもあれば、理性の成長の助力となることもある。確かに、宗教が果てのない戦争と破壊を招いたのは紛れも無い事実だ。だが、精神面にかけては、前述の部分はより価値がある。

      ならば、プロト-天命教に何が起こったのか?

      初期のプロト-天命教に関する具体的な資料はないが、確実に言えるのは、初期のアブラハム系宗教に類似しているということだ。両者とも、神が(厳密に言うとキリスト教とイスラム教はそうではないが、前者の創始者は完全なる神にして完全なる人間と、後者の創始者は神の使徒とされている)当時の文明になんらかの影響を及ぼしたことが発端だ。しかし、なぜこの両者は異なる道をたどったのか?

      最初の原因は簡単だった――歴史が空っぽでは、独立した体系の構築は到底成し得ないし、それ以前の伝統的な価値体系から完全に切り離すこともできない――なぜなら、そもそも伝統が存在しなかったのだ。神の捨て子として、「ソレ」らはただ神のご慈悲を賜っただけであり、もしかするとそれなりに堅牢な価値体系も作られていたかもしれないが、メサイアも原罪も最後の使徒も、こういったまとまった内容がなければ、宗教の理論は破綻する一途だ。歴史として、それこそ物語としても失格なエピソードである――神が現れた→神で知識が開けた、生活も良くなった→神が行ってしまった、と、あまりにも起伏に乏しい。ただそれだけである。

      あの時に現れたその位格の神が遺したのは、ある種の手抜き工事――不完全な宗教だったのだ。体系にならない秩序と、見出しにくい意義、価値と目的が乱雑に混ざり合う。その上、「ソレ」らの全ては神によって構築された物だった。神が居なくなると、「ソレ」らは困惑し始めた――ただでさえ無理矢理に成長させられた「ソレ」らは、自らの経験を積む機会は勿論無く、加えて神に賜った物質的基盤のおかげで、信仰を敬虔に実践すること以外の宗教的事柄にも目を向ける余裕が生じた。言い換えれば、「ソレ」らは驚異と余暇を持て余していたのだ。その結果、「ソレ」らは日頃からくだらない思考に耽けるようになってしまった。

      第七の門が破られた。

      新しい思想は、どこもかしこも存在する宗教的な雰囲気に影響され、哲学的思考にはならず、もともと不完全だった宗教と教義に基づく神学へ変化した。下の如く、上も然り、構築された理論がまともな物になるはずもなかった。穴だらけの神学に「ソレ」らはやがて、堅持して間もない神に対する信仰と敬愛を諦め、「ただ神の輝きを浴びているだけでは堪えない。なぜなら神の輝きを浴びることは何の意味も為さないから」という結論に至った。それもそのはず、「ソレ」らの宗教がもたらしたのは不完全で粗末な価値体系であり、意義と目的は霧のように掴みどころがなく、ややもすると崩壊してしまう代物だった。神に全身全霊を傾けることの素晴らしさは、「ソレ」らは到底理解できなかった。

      時が過ぎ、一切の体系は風化していく。人類のような太古の時より一歩、一歩としっかりと闘ってきた歴史を持たない「ソレ」らは、自身に適した価値を見つけることができず、自らそれを構築することも能わなかった。やがて、「ソレ」らは生物を生物たらしめる原初の支配者にして、最も顕在化している導き手――欲望に頼ることにした。

      ここまでくると、天命教の衛道士ウィンディケーターが「信仰する神に再び会いたい願望こそ敬虔な信仰の極致であり、醜悪な欲望とはなんら関係もない」と擁護するだろう。しかし、全くもって見当違いだ。これも、プロト-天命教の体系に最も紛らわしい点である。本質を見失うのも無理もない。本質的に、プロト-天命教の信徒が神に会いたがる起因は、純然たる宗教的追求ではない。「ソレ」らが熱狂的に神降ろしを行うのは、結局の所、自分の私利私欲を満足させるためでしかない。実際、よく観察すれば分る。「ソレ」らの行動には、欲望の域を超えた動機などどこにもないのだ。

      道徳の観点から、「ソレ」らの追求は文明全体のためではなく、あくまで自らの私欲を満たすためであるが故に、文明全体が団結して神降ろしを行うことができたのも、個体の利益が互いに合致していたからに過ぎない。天命教の衛道士が反論するために見出した例――衆生教の定義する信仰における政治的理想に対する追求は、果たして同じであろうか?否である。共産主義を例としてあげよう。プロト-天命教とは欲望の満足という点で類似しているものの、共産主義により高尚な特徴がある。それは、共産主義の真の信仰者は全人類の利益を考慮しているところだ。彼らは、全人類の解放のために闘争することを厭わない。それは単に個人の私利私欲による物ではないのは明らかだ。これも、一部の共産主義者が天命教に囚われず元信者になった所以である。

      神に対する信仰という観点から、神が去ったのには必ず理由があり、「ソレ」らに信仰があるとすれば、せめて神の選択へ尊重の意を示したはずだ。しかし、神が「我を思うな」という言葉を残して自ら去ることを選んだにもかかわらず、「ソレ」らは依然として執拗に神に会いたがっている。これは、神のご意志に叛く行為ではなかろうか?神は言う。「我を思うな」と。そして神は言う。「善にこそなれ」と。しかし、「ソレ」らは誡命を蔑ろにしていた。神のしもべである「ソレ」らは、神のご意志を受け入れるばかりか、それを裏切った上、悔いも知らずに自身の文明の誇りとした――信仰の上着がいかに華麗で彩り豊かだろうと、所詮は自身の欲望による物であり、その行為は、富と権力と快楽を求めるのとなんらの差異もない。

      要約すると、「ソレ」らにとって、神は信仰の対象などではなく、都合のいい使用人でしかない。ある日、使用人が勝手に家を出たことで、生活が成り立たなくなってしまっただけの話だ――「ソレ」らはその使用人を手厚く扱ったつもりでいたが、我々にとっては、その「使用人」は至高にして信仰すべきお方だ。

      これこそ、プロト-天命教が宗教として疎外した部分であり、最も紛らわしい部分でもある――「ソレ」らが欲しがるのは物質的な豊かさでも、現実的な成果でもなく、「神が再び目の前に現れること」である。それを露知らず、あまつさえ自分たちが敬虔だと思い込んだ。不適切な比喩だが、キェルケゴールの概念を借りると、文明がまだ美的な段階に停滞しているというのに、「ソレ」らは文明が既に宗教的な段階に到達したと勘違いし、あたかも勝ち誇っているようにしているのだ。

      天命教の衛道士が元信者の反論に言葉を詰まらせていると、ある者は「プロト-天命教が宗教として疎外している」という論点を、稚拙なやり方で「我々にも疎外した宗教があるため、批判する資格はない」という虚偽にすり替えようとした。そしてある者は、概念そのものをすり替えようとした。

      まず、一番目の反論を見てみよう。

      彼らの言い分は、「ご神恩代理人様の文明のやり方は、人類の一部の初期宗教と同じく、手段を尽くして乳と蜜を求めるだけだというのに、なぜ前者だけが疎外した宗教だと言い切れるのか」という物だ。しかし、彼らには知らない。前者は、「此岸から彼岸へ渡り、そして彼岸からまた此岸へと戻る」というプロセスを経験したということを。このプロセスは、決して「1+1=2」や「2-1=1」といった簡単な物ではない。これは否定の否定であり、自らの信仰に従って自らの信仰を放棄するを選ぶことである。まさにこの時に、プロト-天命教が疎外しているのだ。「此岸」は「此岸」でなくなり、今の「此岸」はもはや「神への愛」に根付く物でなく、逆に「神への愛」に根付かれた物となってしまった。「此岸」は「神への愛」の原因となる――これはすなわち、プロト-天命教にも天命教にも成り立つ「現神の救済」という物である。「現神」が「現」である所が重要だ。この「現神」とは、我々元信者が信ずる至上の存在ではなく、悪魔たる「神恩代理人」の代名詞でしかない。これこそ、彼らに認識できない、彼らの宗教と信仰に存在する根本的矛盾による疎外現象だ。我々より敬虔そうに見える天命教のいわゆる「信仰」は、あくまで神への愛を目標達成の手段としか扱っていないのだ。敬虔な信仰は、打算的な「信仰」に成り下がる。彼らの言う人類の宗教に比べれば――例えば、真の愛情は物質的な支え合い、分かち合いと与え合いを必要とするが、それは本質的な物ではない。逆に、プロト-天命教と天命教のやり方は、金銭で愛情を汚す、欲望で精神を支配することと同然である。

      第六の門が破られた。

      では、二番目の反論――一番目より多少は巧妙になった――について議論しよう。

      ある者は反論する。我々が信仰の対象としている神は、「ソレ」らの信仰する神は、本質的には違う物である。前者は先験的な物だが、後者は確かに「ソレ」らの文明と接触した。討論の対象が異なる以上、「ソレ」らの信仰の疎外に対する批判は成立しない、という意見だ――彼らの意見の最大の問題点は、哲学上の神と宗教上の神を混同していることだ。両者は共通点があるものの、この命題でははっきりとした違いがある。彼らは、人類の信仰する神を哲学上の神とし、それを先験的だという。そして「ソレ」らの神を宗教上の神だと言い、神が「ソレ」らの生活に入り込んだと主張した。まず、定義をはっきりさせていただこう。「ソレ」らの文明にはそもそも、哲学が実質的に存在しないため、哲学上の神に対する分析は割愛する。では、宗教上の神、或いは神聖にして超然的な境地について分析したらどうだ。

      現時点で確実に言えるのは、各宗教の発足初期とその後の安定期において、神といった超越的な神聖の実在は、信者たちに篤く信じられていたということだ。それは、財団およびその収容物(特に宗教関連のアノマリー)の存在が明るみに出た時と同じである。この時、人々にとって宗教上の神はもはや先験的な物でも、事実の外側にある存在でも、得も言われぬ物でもない。神、或いは神のある位格の実在は、経験の域の内部にあるのだ。世界が事実の積み重ねであろうがなかろうが、神の存在は許される――これが、「ソレ」らの文明の神に対する観念に類似している。本節の冒頭部の「とされている」に下線を引いたのも、こういうわけだ。対象の本質が異なるという意見は、全くの誤謬である。

      いわば、「ソレ」らはただ「敬虔」という名の台本に踊らされて「欲望」を演じ、最初の信仰を以って信仰を信仰ならざる物にしているにすぎない。

      四、プロト-天命教および天命教の主張による「幻像主義」ファンタズミズムに対する反論

      プロト-天命教も天命教も、疎外と幻像主義の要素を併せ持つ。要素同士が絡み合い、複雑な様相を呈している。しかし、全体的に見ると。疎外現象の源泉はプロト-天命教であり、人類を堕落させる幻像主義は天命教から由来している。「幻像主義」とはなんぞや?と疑問に思う読者は、どうか引き続き読んでいただきたい。

      敢えて、プロト-天命教と天命教の差異を指摘するなら、そのほとんどは量に集中しており、唯一、質における差異は主体の違いだろう。前者の主体は「ソレ」の文明であり、後者の主体は人類である。そして、まさに主体――人類と「ソレ」の文明との大きな差異によって、両宗教はまるで違う物になり、前者は「完全に疎外している」とされ、後者は「幻像主義をもたらす」と考えられた。

      実際の所、完全なる疎外と幻像主義は、同じプロセスの違う段階と考えてよい。前者は最終段階、後者は初期段階という風に。前文に述べた通り、段階の違いは主体の違いによるものである――プロト-天命教の主体はあらゆる意味で完全に同宗教によって束縛されている一方、天命教の主体については、蘊蓄のある人類の伝統があまりにも深く社会に根ざしているため、地上の森を燃やし尽くしても、地下の根系を全て破壊するのは難しい。

      そして、天命教はその発展の過程にあった、意識的にか無意識的にか繰り返されてきた「異端狩り」や「思想粛清」、統治の強化を図るためだけだった「幸福論」による価値観の変異、そして最も重要な事件――李然の先代、つまり張致虔の任期中に、「ソレ」の仕掛けがもたらした天命教教徒の乞食能力(即ち有効的祈祷)――これら全ての共同作用で、図らずも「幻像主義」という結果が引き起こされたのだ。

      幻像主義の内面的構造は、実にプロト-天命教の物に類似している。

      幻像主義とは、すなわち次のような思想・行動の体系である。「幸福論」により、天命教教徒の価値観は僅かながら歪められ、有効的祈祷がもたらす微々たる利益が絶対多数の理想を満足させてしまうため、皆がまるでユートピアに生きているように、それ以上を求めない。前文に述べたプロト-天命教の疎外現象における「此岸-彼岸-此岸」というプロセスがここでも発生し、最終的に偽りの「幻像」をもたらす。人類は、このあたかも実在する地上の天国で暮らす「幻像」に囚われ、その偽りの蜃気楼によって歴史の後の時代ポスト・ヒストリーへと、知恵の終焉へと、追求の喪失へと運ばれる。やがて、人々は「ソレ」らと同じく卑劣な者になるだろう――意義と目的を見つけられなかった「ソレ」らは、人類の意義と目的をも破壊しようとするのだ。

      もっと恐ろしいことに、こういった「幻像」は揺るがぬ内在的な安定性を有している(それが李然の「栄光ある行動」によってヒビが入ったことはともかく)。偽りの「幻像」にもたらされた幸福に、人類は思考を放棄し、思考を以って「幻像」の非実在性に気づくことも不可能になる。あくまで自然的な流れで、なんと緻密な体系が構築されてしまったことか。生憎、その緻密さは人類の堕落に成り立っている。

      以上の説明を見て、「幻像主義」とは何かを理解することで、それの悪辣さと陰険さを認識できるだろう――例え、偶然の連続による体系だったとしても、それは人類の尊厳を取り戻すことを使命とする元信者にとって、天命教による人類の精神と知恵と伝統への最も卑劣で致命的な打撃である。

      第五の門が破られた。

      ここまでくると、天命教の幻像主義を擁護するのは、おそらくもう破落戸ごろつきか馬鹿しかいないだろう。実際にはこんなろくでなしはいくらでもいるし、「人類の伝統と価値は破壊されたのではない」と、「人類の最終目標は達成され、新たな体系が構築された」とほざき続けている。ならば聞こうではないか――彼らは何を構築したというのか?人類の性根を腐らせる偽りの天国か?疎外し続け変貌してしまった信仰か?

      最高統治権がまだ人間の手にあった頃、人類の信念、意義と価値は確かに混迷を極めていた。批判する者も居れば、破壊する者も居た。だがその裏に、構築を続ける人も多く居た。未来は不明瞭だが、道があると信じて、人々は彷徨ってきた。しかし、悪魔の代弁者が現れた途端、文化の結晶となるはずだった天命教の宗旨が改ざんされてしまった時から、全ては変わってしまった。「ソレ」は「信仰力」なる得体の知れない力を振りかざして、全てを白紙にし、有効的祈祷とやらを施して人類の価値観を改変した――「幻像主義」という儚い蜃気楼だけを残して。この行為の本質は?所詮は人類を未開の時代から別の未開の時代に移しただけだ。違うのは、後者は人類が欺かれて苦い果実を呑まされた結果だ。「豪華」な住居、「美味」な食事、無際限の性的な快楽、全ては悪魔の代弁者に「お願い」すれば手に入るという時代だ。

      もっと語るに堪えないのは、今の「未開」の人類がかつての祖先よりも見劣っていることだ。かつての祖先たちは少なくとも向上心があり、その手で輝かしい時代を作り上げたのだ。一方で、元信者を除く今の「人類」は、ユートピアの中にいながらにして、人類の精神を、真理と信仰への追求を喪失し、言葉を操れるだけの獣に退化した。ある者は、実証主義と唯物主義を表層とする実在論は虚無主義とみなすことができると主張した。なぜならば、それは絶対的な真理を捨て、万物を物質に基づく構造としたからだ。しかし、それ自体はまだ理性を有していた人類に構築された体系である。その反対、今の天命教が指し示した道に真理と価値の存在は無く、堕落者たちもまた完全にそれらの意味を分からない。宗教として、価値のウロを埋めるどころか、虚の存在を忘却させ、或いは虚の存在を理解できない時代に逆戻りさせることにしている。欲望だけを補強材にしては、価値の堤防は決壊するばかりだ。やがて人々は、虫の息で生きる、それなりに生きる、まあまあに生きる、幸せに生きる、富を握りしめて生きる、権力を手に生きる、天国のように生きることだけが望みだ。欲望の形はそれぞれだが、人々はもはや物質的な世界以外に目を向けない。そしてさらに恐ろしいのは、彼らは「信仰」という虚偽を隠れ蓑にしていることだ。あたかも人類の精神的生活が豊かであるように見せかけることで、堅牢な内在的安定性が築き上げられる。この点においては、まさにプロト-天命教と同じだ。「神」が構築した全てを、人々は今やいかなる形式の破壊も再構築もしようとしない。彼らに偽りの神ができたのだ。これが昔だったら、とうに誰かが異常に気付いただろう――しかし今となっては、思考を放棄した人々はただ「あゝ、神が見ている」と言い、心配事など考えずに……

      五、衆生教の主張、そして来るべき人類の精神的勝利

      元信者たちは人類の贈り物である。護神運動の勃発後、物質的な遺産が破壊され、ほとんどの人類が人ならざる者となった状況で、人類の精神的財産がまだ残存できたのは、全て元信者のおかげであった。なぜならば、元信者の脳には人類のほぼ全部の知識が集約されているのだ。彼らによって生まれた衆生教にも、各分野のエリートが集まっている。そして、彼らの助力で構築された理論体系のおかげで、我々の主張と目標がますます明確になった。

      まず、最も矛盾が深刻で、争点の多い命題に焦点を当てよう――神、について。

      目がまだ覚めている人々にとって、最も懸念されるべき事項にして、闘争のモチベーションにも関わる問題は――すなわち、「ソレ」が果たして神であるかどうか、である。

      長年にわたり、「ソレ」が財団のほとんどの収容物よりも脅威が大きいからか、或いはスクラントン現実錨を鉄クズに変え、カント計数機の計測値をも1に固定させてしまう「現実改変ならぬ現実置換」の信仰力の存在からか、はたまたその信仰力に虚飾された「全能」によるものか、「ソレ」に歯向かう意思を持つ人間ですら、堪え難い畏怖の念を胸に抱いてしまう。果ては「ソレ」を全知全能たる神(無論、断じて善神ではない)の一柱として扱い、自らのことを神に叛く者と断じ、自信を喪失していくのだ。

      それに対して、他の観点ならいざ知らず、少なくとも衆生教の主張では、「ソレ」は決して神などではなく、そもそもその能力からして「神」という呼称が相応しくないのだ。なにより、「ソレ」は未来永劫、神になることができない。それどころか、我々の反撃が成功する可能性は必ず存在する。

      それを証明するための論拠はいくらでもあるが、最も重要な一側面だけ取り上げるとしよう――「ソレ」の神ごっこを可能にした得体の知れない力――信仰力による「エセ全能」について。

      なぜ、あえてそれを「エセ全能」と呼ぶのか。私が思うに、いわゆる「現実改変ならぬ現実置換」というのはあくまで現実改変の一種であり、それが表象を持たないだけである。その理由を、以下に述べよう。

      「ソレ」による信仰力行使をざっと観察すると、「ソレ」は確かに全てを意のままに操作することができるように見える。だがより注意深く、より視野広く分析すれば、「ソレ」は我々と同じく、判断は論理の範疇にあり、認識もまた論理的法則の内にあることに気づくのもさほど難しくないだろう。だからこそ、「ソレ」の行動と思考も必然的に時空間と諸範疇の内部に存在する。それは、知的生命体としての限界でもある――感覚器官を有し、理知のある生物である限り、漏れなくその制限を受ける。

      従って、「ソレ」らにとっては、信仰力による法則改変も全て時間の内部に存在しなければならない。例え、「ソレ」らは時間の変更、或いは時間を逆流させることができても、「時間そのものを消す」ことなんて到底できるはずがない。「ソレ」ら自体が時間の中に生きる生き物だからだ。そして、全てが時間の内部に起こっているからこそ、「ソレ」らによる「現実改変」に必ず前後関係がある。前後関係がある以上、「前の」現実に遡ることは必然的に可能であり、最初の現実に遡及すれば、大自然に賜った原初の宇宙へと至ることができよう。我々がそれを遡及できないのは、あくまで法則改変が通常の現実改変とは違い、我々にとっては不可逆的であり、そのメカニズムが我々に難しすぎたに過ぎない。我々の手によって作られたカント計数機も、無論それを捉えようがない。だが、能力不足の我々からすれば不可能だったことでも、神は勿論のこと、信仰力を扱える個体からすれば「前の状態に戻れ」と念じれば全てが元通りになることだ。存在した事実さえある限り、時間の外側からそれを取り戻すことができる。まさに、O5-9師の言う通り――

      「いくら記憶が失われても、いくら傷跡が癒えても、名もない場所でそれらはただ叫ぶのだ。かつてここにあった、かつてここにいた、と。」

      この言葉は、衆生教にとって別の意味を持つのだが、それはさておき。

      「ソレ」が神ではないことが分かった以上、我々が愛すべき対象、信仰すべき対象、追求すべき対象、辿り着くべき終着点――真の神とは何なのか?その答えは、すでに前述に仄めかされている。

      この点に関して、衆生教が提唱した真の神の本質についての理論は、実はここ数百年間、各宗教に現れた神秘主義の思潮に基づく物である。

      第四の門が破られた。

      「ソレ」による人類との接触後、最初の数十年間、衆生教の理論がまだ十全に発達しておらず、元信者たちの思考も極めて単純だった。人々は相変わらず、万物の霊長としての理性を用いて「ソレ」という悪魔を分析しようとしていた。だが「ソレ」の本質について探る途中で、彼らは図らずも自信を喪失してしまった――あまりにも慌ただしい一瞥で、「ソレ」の見かけ上の全能を見てしまったからだ。一部の元信者は畏怖を抱き始め、離反し、天命教側へつくことを選択した。一方、残りの元信者たちは、「ソレ」を神と認めることを頑なに拒みながら、振り返って自らの神を追体験しようとした――やがて、彼らは最終的に成功した。なぜ「最終的に」という表現を使ったというと、真の賢明さを持つ彼らは、早くも財団の存在が大衆に認知された時点から神の本質について察していたからだ――嵐の前夜に、有識者はとうに正しい道を思い描いていたのだ。当時、異常の存在が明るみに出たことで、世俗の科学界に動揺が走っただけでなく、宗教の信者もまたその信仰をより一層深めた。同時に、彼らは信仰の指針をかつて幾度も辿った道――神秘主義へ向けようとした。その後、「ソレ」の到来により、客観的にそれに拮抗するように、神学上における神秘主義の思潮はますます勢いを増すことになる。各宗教がようやくこの道を完走し、神の理性より神の意志が重視されるという主意主義の神へと帰還した時、宗教はぴたりとそこで止まり、続くように衆生教はそれらの理論をさらに発展させ、やがて昇華されたただひとつの答えへと至る――神は、全能である、と。

      それはナンセンスだ、神はそもそも全能ではないか?という読者もいるだろう。だが、ここで言う全能は、通常の意味で言う全能ではない。通常の意味での神の全能と言えば、無より時間と空間を創造することを除いて、言葉を発するだけで世界万物を創造するなど、信仰力を用いれば「ソレ」にだってできることだ。だからこそか、天命教の教徒たちが「『ソレ』は自分にも持ち上げられない石を作ることができるか」なんてことも討議しているものだ。

      だが、衆生教の主張する我々が信仰する対象の「全能」は、これら全能の逆説に類する問題を容易く解決することができる。

      前文では、「ソレ」の「エセ全能」の制限について述べたが――その制限を超えた先、無限にして至高なる所にこそ、神は存在しているのだ。

      そして、この定義上に「全能」である神は、たった一言だけで説明がつく――それが、「超論理」パタロジックだ。

      なぜ、この方向で道を見出したというのか。それは、かつて信仰至上を唱える神秘主義的な神学学派のほぼ全てに、ある共通の問題を抱えていたことに気付いたからだ――その問題とは、神が全能であると強調する一方、全能の逆説にも葛藤していることだ。彼らは、我々の世界が自己原因カウサ・スイの神の有する無数の観念のうちの一つであると主張しながら、その場で歩みを止め、全能の最高体現をそれだと断じたのだ。

      彼らは全能の逆説を認識したが、なぜその逆説が存在するのかは意にも留めなかった。彼らは彼らの思う全能の最高体現を見出した――世界は神の有する無数の観念のうちの一つであると。だが彼らは気づかなかった。神について具体的に描写すること自体が、神に対する規定と制限であることに。

      逆説がなぜ神を制限してしまうのか?逆説が神よりも上位にあるからか?人類が限りある知恵で神の全能を規定するのは、人が神よりも偉大であるということなのか?

      否。それはただ、人類が無知であっただけだ。

      全ての原因は、人類の思惟と言語の桎梏にして、あらゆる行動の根源――論理にある。我々は、非論理的な事柄について思惟することができない。なぜならば、それは非論理的に思惟することになるからだ。だが、さも当然のように神を人の思考に、或いは知的生命体の認識構造に囚えるのは、馬鹿でもなければ、身の程知らずもいいところだ。

      ならば、超論理とは?

      神は何者にも持ち上げられない石を作ることができ、そして何者にも持ち上げられない石を持ち上げることができる。
      神は完全に全知全能であり完全に善良である。
      神は精神であり精神ではない。
      神は物質であり物質ではない。
      神は精神であると同時に精神にあらず、物質であると同時に物質ではない。
      神は一切であり一切ではない、そして一切でありまたは一切ではない。
      神は存在し存在しない、そして存在しまたは存在しない。
      神は人格化しており人格化していない。
      神は神であり、そして神ではない。
      神は完全に規定され、そして完全に規定されない。
      神は対象であり、そして対象ではない。
      神は一であり、複数であり、無である。
      神はイエスであり、そして神はノーであり、そしてイエスにしてノーである。
      神はイエスとノーの他に第三の状態を有する。
      神は第一原因であり第一原因ではない。
      神は創造し、創造される。
      神は言葉で説明することができ、言葉で説明することができない。
      神は無数の状態を有し、または一つのみの状態を有し、そして状態を有さない。
      神は自己言及を考慮しない(そして/または考慮する)、なぜならば神は論理を必要としない(そして/または必要とする)。
      神は純粋な感性的対象であり、純粋な感性的対象ではない。
      神は有り、そして神は無し、または神は不可知である。


      虚無



      是神






      存在



      ……
      ……
      神は論理に合致し、論理に合致しない。そして論理を超越し、論理を超越しない。そして論理を必要とし、論理を必要としない。神は存在し、そして存在しない、そして虚無であり、そして存在しながら存在せずに虚無でありながら………………

      故に、むしろ「全能」も「超論理」という言葉ですら、人類の数多な語彙から見出した、神の本質に最も近似的な表現に過ぎない――なぜなら神は全能であり全能ではない、そして全能でありまたは全能ではない……神は論理を越えており論理の内側にいて、そして論理に合致しており合致していない……

      ここまでの論述を踏まえて、以下の論述でもある確定的な概念(超論理など)を用いて神を描写しなければならないことを理解して頂きたい。私とて、論理による文章で神の超論理的な無限を表現し得ないし、真にその無限を理解することもできないのだ。

      全ての手段を駆使して、神についてより多く理解しようとする我々でも、思想を用いて神を把握するのに際して論理を使用する。これはやむを得ないことであり、どうにもならないことでもある。人間である限り、それは避けられない。私の思想でも同じだ――この様な神に関しては一切、把握することができず、その内の理解できる部分のみを窺い知ることができる。従って我々にとっては、前述の神についての論述は全く無意味であり、互いに結合することのできない矛盾だらけの怪文書に過ぎない。人間には「イエスでありノーである、そしてイエスであると同時にノーである」などという「論理の外側」を想像することなんて、到底できないのだ。論理は思惟の背景であり、知性の形式でもある。人間は、論理の中を生きる動物だ。

      しかし、神が神たる所以は、まさに人類の理解を逸脱する所にある。ここまでくると、もう歴史書を紐解くような感覚であろう。改めて言うまでもなく、この理論は歴史上にあったいくつかの思想と共通点があることは認識している。むしろ、思想の辿る道に沿って過去に遡及すればするほど、共通点が多くなってくるのだ。ある意味では、衆生教の主張はそれらの思想の上位互換――テルトゥリアヌス曰く、「不条理なるが故に我信ず」。彼の言う不条理さは神秘主義的で、何が不条理なのか、どこが不可解なのかを論述しておらず、ただ曖昧に神の知恵と理性が人類より遥かに高いことだけを示唆した。だが今、不条理と不可解の原因が明らかになった――人類の認識構造をも凌駕する、窺い知れぬ無限性と超越性だ。かつて奇跡とだけ思われた不可解が、今や「可解にして不可解、そして可解でありながら不可解」という不可解となる。そのため、我々はかつてのように、神について論ずることができない。我々がまだこの宇宙に知的生命体として存在している限り、「存在すること」と「神が不可解であること」は同義である。

      ならば神に比べて、「ソレ」の全能性は、なんと歯牙にかけるに及ばぬことか。

      故に、自信を鼓舞するためにも、真に全能なる神を見出すためにも、元信者の中の有神論者にとって、前述のような神を追い求める道こそ、歩むのに値する道なのかもしれない。さすれば、いかなる宗教もただ一つの目標を達成するための手段となり、元信者たちも互いに争うことはせず、外敵に目を向けることができよう。

      長々と語ってきたが、私はただ全ての元信者と、一つの思いを共有したい。「ソレ」は人類を圧迫し、人類の信仰を破壊し、人類の精神を動物同然に退化させようとした――だが、「ソレ」の企みは決して成功しない。なぜならば、人類としての身分と尊厳を保持する者は常にいるからである。理性がかつての輝きを失せたこの時、その敗者だった信仰が人類の最後の避難所になっているのだ。

      実際の所、全ての流れはあくまで自然的だ――理性的な思考が全能のように見える悪魔に気づいた途端、人々は神学でおのずと神秘主義の道を辿る。新しい思潮が消極的に現実を変えた途端、伝統は再び姿を現す。なにしろ、論理を超えるほど全能である神こそ、悪魔をも凌駕する最高神だ。全知全能にして至善でない悪魔が未だに理性の足枷に束縛され、限りある認識の泥沼に深く陥っている。同一律と矛盾律と排中律の奴隷として、悪魔は決して時空間と諸範疇から逃れることができまい。「ソレ」の最大の失敗は、認識様式があいにく、我々と同じであるところだ。「ソレ」のいわゆる全能は、雑多な存在物への掌握に過ぎない。「ソレ」の全知も、繁雑些細な諸現象に対する認知であり、本質への明察はなく、悟りを開いた者の洞見に遠く及ばない。これは理性的神学の失敗だが、哲学的思弁の勝利にして、悪魔代弁者の疎外宗教に対する人類信仰の圧勝だ。今この時、悪魔が永遠に破壊できず改竄することも能わない偉大なる思想を以って、人類は初めてこうべを上げるだろう。その悪魔よりも高く!

      自身の理性が人間並みに貧弱だというのに、悪魔「ソレ」は我々の理性を毀そうとした。だが、その行為によって、生き延びた人間が別の意味で「ソレ」との闘いで圧倒的な勝利を収めたことになる。「ソレ」は大多数の人間の思想と精神を変えてしまうが、全ての人間を平伏させることは決してできない。人類の精神を築き上げた偉大なる導師を追求する者達が、原初の世界の有り難さと美しさを理解できる者達が、常に存在するのだ!

      だからこそ、決して諦めることなかれ、賢明なる人々よ。「ソレ」らがこの宇宙に存在する限り、宇宙の枠組を超越することは到底不可能である。なぜならば、論理の内部と外部との距離は、世界一個分なのだから。


      だがしかし、真の神が超論理的であるならば、神は至善にして至悪、全知にして無知、全能にして無能、ということになる。なぜ、我々がわざわざ理解できない神を信仰し続けるというのだろうか?ここで、衆生教の主張する、信仰に関する原則を言及しなければならない。と言っても、たった二言で事足りる。

      信者は自証のみを必要とする。

      愛し方によって、神は姿形を変える。

      私自身の例を言うと、私にとって、私の信ずる神は具現化しない。なぜならば、私にとって、私の信ずる神は私の認識構造を超越しているからだ。私が体験する神は、言葉では言い表せない崇高なる無限である。その中には万物への愛、世界への敬仰と自然への賛嘆があり、ありとあらゆる物を凌駕するものへの崇拝が含まれている。そして私の内心にあるこの純粋な信仰は、歴史の中に永遠に存在するだろう。

      そう。例え私が死んでも、例え私の信仰が生きているうちに「ソレ」の卑劣な信仰力によって(私自身を含めて)誰にも認識できないほどにこの世から抹消されても、それで天命教に帰依してしまっても、「かつて信じていた」という記憶が削除されても、例え私が自身の意志で元信者を裏切っても、例え堕落を選び信仰を自ら放棄しても、「かつて信じていた」という事実自体は消えない。時空間の外側にある、その記録は決して消えることはない。神が見守った全ては決して消えることはない。

      まさしく、あの言葉通り――

      「いくら記憶が失われても、いくら傷跡が癒えても、名もない場所でそれらはただ叫ぶのだ。かつてここにあった、かつてここにいた、と。」

      ――O5-9

      つまり、第一の原則「信者は自証のみを必要とする」。目に見える神は必ずしも一致するわけではないし、信仰する対象も必ずしも同じとは限らない。観念の迎合は必要ないし、無神論者だって――かつてある崇高な物事を愛したならば、ある崇高な対象を敬ったならば、ある崇高な目標を追い求めたならば――衆生教の意味での信仰を持っていたならば、自身が本当に信じた事実を認める限り、第二者による証明など必要ないのだ。信仰は個人の物であり、篤く信ずれば、他人に評価によって決して干渉されない。立会人は自らとせよ。なぜならば、自らが自らを証明すると同時に、信仰の対象も証明してくれていると信じているからだ。自証こそ、信仰の証である。真に信じた者ならば、前に述べたとおり、例え記憶を喪失しても、洗脳されて天命教に入れさせられ、かつての全てを忘れさせられても、存在そのものが世界から抹消されても、「ソレ」に屈して悪事に加担しても、自ら信仰を棄て堕落に甘んじても、信じていた事実は消えない。この意味では、君たちがどんな人間になろうとも、かつての体験はすなわち信仰の全てでもある。例え、君たちがやがて被害者か離反者になり、元信者でなくなったとしても、我々は祝福しつづけるだろう。なぜならば、君たちもかつては人類精神の担い手だったのである――

      「闘争は君たちの物だ。信仰は君たちの物だ。体験は君たちの物だ。理性も思想も、君たちの物だ」

      信じ、愛し、追い求めよ。

      空と大地と、己を証明として。

      謳え、自我の歌ソング・オブ・マイセルフを高らかに。

      第三の門が破られた。

      そして第二の原則は、通常、衆生教の有神論者に適用する。それ自体も、第一の原則から派生した物だ。

      個々人の体験が唯一無二であり、言葉では言い表せない物だからこそ、自証のみを必要とする。言語で信仰体験を描写することは無粋だ。なぜならば、いかに精確な語彙でも、自身の受けた感銘を他人に伝えることは不可能だからだ。更に言えば、言葉を使用する事自体はやむを得ない行動であり、私がここで理論を書き綴っても、大まかな方向しか差し示せない。言語は、存在の事実と内心の体験の真の姿を再現できず、認識の隔たりを埋めることもできない。曰く、自然界には完全に同じ物はふたつとしてない。個人の体験はあくまで個人の体験であり、それを共有する者は一人としていない。だからこそ、衆生教は主張する。神は論理を超越し、一切でありながら一切にあらず。だが、人に理解可能な部分だけ、理解された姿で神が居るのだ。簡単な言葉でいうと、それは「神が無数の位格を有する」とみなすことができる。個人の愛する唯一無二の信仰対象の個人にとっての姿は、すなわち神の姿である。現在、元信者同士の意見の相違もあるが――最終的な目標は同じ神であり、彼らの神へと至る道が異なるというだけだ。

      以上は、衆生教の核心的な主張である。

      無論、これで全ての懸念を払拭できるわけではない――最も注目されるのは、おそらく衆生教改名事件だろう。その原因を問う者は多くいる。ならば、生涯を振り返る我が人生の最期に、それをはっきりと説明しよう。

      かつて、その理論体系には利己主義と誇大妄想が蔓延っていた。人類にとって、人類と人類の価値はこの宇宙において唯一無二の物であり、神と宇宙の誇りであると、我々は思っていた。だが、我々の一員が不意に「カーテンを引いた」とき、窓の反射には我々自身の尊大な態度が見え、ガラス越しには青空に輝ける灼熱な太陽が見えた――

      そう、人類の宇宙における立ち位置が、ついに明らかになったのだ。

      人類は所詮、宇宙に遍く存在する知的生命体の一種にすぎない。信仰を持つことも、これといって特別なことではない。「ソレ」の文明の疎外現象もまた例外であり、人類が宇宙において唯一無二であるという意味にはならない。自己原因の神、無限、第一原因、自然……知的生命体の信仰権を剥奪する権利は何者にもない。信仰の自由とは、より高次的に見ると思想の自由、精神の自由でもある。知的生命体は自由の個体として、その精神の自由は神聖にして何者にも侵されることはない。だがもし超然者がその権利を剥奪し、決定論の桎梏に我々を陥れているのならば、この論述も無意味になるだろう。その可能性は断じて排除できないが、我々には信じる理由がある――我々が信ずる至善なる神の統御の元には、我々は自由であると。それを一切の思想の前提とすると、全ての知的生命体には精神の自由があると言える。ならば、「信仰は人類の特権」などと、誰が言えるのだろうか?こうして見ると、いわゆる「ヒト教」や「人類教」という名前は、人類の高慢でしかないだろう。

      だからこそ、我々は呼びかける――立ち上がれ、自由のあるありとあらゆる者よ!人類でも、「ソレ」らでも、自由に信仰する権利を有する。これぞ観念の解放、すなわちヒト教・人類教から衆生教へ至る解放。信仰は、一切の知的生命体に開放され、遍くあるのだ。覚えておくれ――どんな境遇でも、太陽の光は常に自由の窓を越えて全てを照らすことを。例え、光が見えなくとも、それは太陽が雲に覆われているからかもしれない。この時は、必ず時計を見るのだ――

      そう、今は昼間である。

      これぞ衆生教、我が生涯をかけたもの。

      やつらは間もなく突入してくるだろう。最後の準備をせねばなるまい。だが、最後にここで君たちに、我が兄弟姉妹たちに、今一度呼びかけることを許していただきたい――

      「ソレ」に比べての我々の優勢を述べたが、今の所、衆生教の内部には矛盾と衝突が発生しない日はない。あえて忠告させていただく――いつまでもそうしていると、勝利の日は永遠に来ないだろう。

      確かに、信仰の各部分同士の矛盾は、根深い物が多い。宗教同士の相違、宗教と自然科学の相違、或いは自然崇拝や科学研究を隠れ蓑にする虚無主義による伝統価値の喪失など、簡単に解決できる問題ではない。だが、はっきりさせてほしいのは、今の主要矛盾は伝統価値と虚無主義の対立ではなく、人類精神と幻像主義の対立だ。これも、理論の構築時に宗教ではなく信仰を主体とした理由でもある――この際、内部の矛盾はもはや重要ではなく――科学、哲学、真の超越者の存在に対する信念、自然への崇拝、政治的理想への憧憬、はたまたは真の宗教、それらは人類精神の皮膚、筋肉、骨格と血液なのだ。そして人類精神の上に、その皮膚を剥がし、血を飲み、肉を喰らいつくそうとする何かがいる。我々がすべきことは、人類としての目的を、価値を、秩序を、少しでも取り戻すことだ。この宇宙に、人類が生きる尊厳のために。例え現実に失敗があっても、抑圧されても、その場しのぎで屈してしまっても、精神は永遠に征服されることがないことを、真の人類に知らしめるために。現実的な闘争を行う者はまだいるだろう。だが精神的な闘争は、理論無しでは成し得ない。そして現状では、我々は現実に嘆き喘いでいるが、精神的にはもう勝利を収めている――「ソレ」らは、ずっと破壊しようとした人類の思想と精神に敗れたのだ。そう、これは文字通り、精神的勝利である。おそらく、ここ1000年間に人類が収めた数少ない勝利の中で、「栄光ある行動」に比類する勝利となるだろう(李然の「栄光ある行動」は現実的な打撃をあまり与えられなかったが、人類が屈しないという最終宣告である)。本節の見出しに、「人類の精神的勝利」と書かれたわけである。

      精神的勝利無くば、現実的勝利は永遠に訪れない。なぜならば、それが無いと現実的な闘争者は光が見えないのだ。

      第二の門が破られた。やつらはすぐ壁の向こう側にいる。

      そろそろだ。

      この内容をアップロードしたら、端末を破壊する。そして随分と昔にO5-9師から借りた「道具」の「信仰力」とやらを使って、隠蔽措置を施す。この行為に対して懺悔するつもりはない。なぜならば、これは敵の武器を利用して身を守っているにすぎない。四星共栄と堕落者たちが(個人的に、乞食と呼ぶのが相応しい)有効的祈祷を使って、この手紙の内容について詮索しないことを祈る。



      私は、まだこの世界を深く愛している。死を以って、その愛を最大限に表現するとしよう。死があるこそ、世界への愛は完全となるのだ。

      我が兄弟姉妹たちよ、覚えておくれ。首を上げよ。かつて信じていれば、かつて愛していれば、かつて情熱を持っていれば――

      我は人の子なり。我信じ、我愛す。これまでは。我悟り、我超越せん。いつまでも。

      宗教に功利あり、超越に沈淪あり。現神に救済あり、人類に精神あり……功利か信仰か?沈淪か虚無か?救済か同化か?精神か権力か?疎外の宗教を信ずることたるや、哀れ哉!自我の理性を棄つることたるや、哀れ哉!

      全てへの愛を引き連れて、私はいまこそ旅立つ。あまりにも早すぎた離別を、どうか許してくれ。後は、君たちに任せた。

      我が兄弟姉妹たちよ。

      さらばだ。

      「信者」
      3218/08/25




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