I. B█████研究員の手記の断片
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手記中唯一無事だった挿画。破り捨てられたページの大部分には、「ムートゥス・リーベル」計画に関係するその他の素描や図解が含まれていたことが、財団の歴史家たちにより広く認められている。

1677年から1684年の間にサイト-M████が組織していた粛清を免れた、サイトA████のアーカイブの一画で発見されたI. B█████研究員の手記の断片。

研究者注: 以下のテクストは、我々の保有する「ムートゥス・リーベル("白紙の本")計画」に関する情報源の中でも、とりわけ優れたものの一つである。この計画の起源は15██年まで遡ると推定されているが、SCP-001-FRの偶発的な創造によって、1677年に思いがけず終わりを迎えた。残念ながらこのテクストは、極めて不備の多いものである。I. B█████研究員はプロジェクト内部において、支配的な役割を果たしてはいなかったらしく、本計画の技術的な側面についてはごく曖昧にしか描写していない。しかし同時に、この研究員の本計画への疎隔な関わり方のお陰で、彼の手記はサイト-M████の管理官たちが組織していた粛清を免れ、その証言が我々のもとへ届いたという現実もあるのだ。
- ブルアン博士, 歴史家・アーキビスト

今日、あの破壊的なムートゥス・リーベル計画に関して、私たちの有している情報の40%近くが、この手記に由来するものである。
- ヨハネス博士

(以下に示す転記は現代語に直したもの。最初のパラグラフ以前のページは破り捨てられている。この最初のパラグラフは、1677年の1月末に、サイト-M████の彼の同僚の進捗を持ち帰ってきたI. B█████研究員によって書かれたものだと推測されている。テクストはある一文の途中から始まっている。)

(…) 確かに「レンズ1」は、例のイギリス人数学者2が構築したあの素晴らしい装置を用いても、余りに遠くて看破できない天球の動きを見えるようにするものであり、以来これは適切に組み立て作業に組み込まれている。「だが必要なのは」と、H█████は私に言ったのだった、「決して操縦者が幻惑されないようにレンズを改良することである」。この欠点のせいで、彼は既に二人の助手を失っていた。彼らはあたかも救いに向かって歩を進めているかのように、まっすぐ歩いて坩堝の中に入ったのだった。

その日は近い。だが彼らには、やるべきことが山のように残っている。「レンズ」によって予測された現象に、組み立て作業が間に合わないことを私は恐れる。そしてそうはならないとしても、こうした機会は遥か先まで二度と巡ってはこないだろう。だが一方で、「レンズ」に関するH█████の研究の進展は、希望を抱くに足るものである。操縦者を犠牲にせずにそれを使うことができようとは、私たちは一度として考えたことがなかった。天球の頂点への「業」の伝達は、より純粋なものになるだろう。Quod est inferius est sicut quod est superius ; et quod est superius est sicut quod est inferius, ad perpetranda miracula rei unius.3

2月5日

「大いなる業」に参加している同僚から手紙を受け取ったという時に、別の研究に集中するのは、私にはどうにも難しい。少なくとも三羽の鳥が、今日私のもとへ到着した。それと他にも、日中ずっと軽々しくわれわれの国旗を身に付けている、馬に乗った配達人も。しかしT███████が公表したあの奇妙な機械のせいで、私は次の書簡を受け取るのが恐ろしい。伝令の到着を告げて鳴り響く銅製の鈴が、ゆうべあのとんでもない騒音を絶えず響かせていたのである。私はこれらの書簡の質が、日に日に上がってゆくことに気づかないではいられなかった。しかしながら私は、彼がこの驚くべき装置の考案者だと主張した時から、T███████は札付きの詐欺師であると考え続けている。彼はこの構想を、自身が管理をしているサイトの地下4階に幽閉されている人物からゆすり取ったに違いない。この人物は、寝ているあいだに囁きかけられた、未来からの知識を有していると主張しており、またそれを書きつけずにはいられないのだ。4

いずれにしても、これら全ての書簡が、喜びと気懸かりとを同時に私に呼び起こす。喜びとは、私の同僚たちがどれほど熱心なのかを知ることができたこと。気懸かりというのは、他の任務に十分に集中できるだろうか、ということだ。

2月9日

T███████、この粗野なコソ泥は、彼の手になる忌々しい機械を鳴らし、朝方私を無遠慮に目覚めさせたのだった。しかも「大いなる業」に関連したこの計画の名前に、文句をつけるためだけに。こんな碌でもない男には、この象徴は理解できやしないのだ。それにしても、かくも深い意味合いを帯びたこのプロジェクトの役職を、彼に与えるような発想には私は嘆息してしまう。T███████によれば、「ムートゥス・リーベル」というのは良い名前ではないという。「坩堝」の組み立て作業は少しも本には似ていないし、その未解明部分と複雑さのゆえに、完全に言語化することは絶対に不可能であるからと。私は彼に答えてこう言った。この名が明証しているのは、「坩堝」ではなく、「大いなる業」それ自体の方である、と。ただ私がしばしば好んで口にする言い回しに倣えば、こうだ──「識字能力のない人間にとって、全ての書物は白紙である」。そしてT███████、彼が文盲でないのなら、この象徴的な詩行も彼には無縁であるのだが。

H█████の助手が、致死性の金属体を操作するアームの、三本目を作る精錬所で作業をしていたのだが、その彼がH█████に語ったところでは、何人もの操作技師が発熱し、奇妙な傷に覆われていたという。あたかも彼らがここ最近、自分からロベール5に近づこうとしていたかのように。あの陰気な鉛張りの部屋に入って、自分の目で物体を見に来いという誘いを断ったこと、私は実に幸運であった。金属が、単にそれを目にしただけで人を殺したなどという話を、耳にしたことがあるだろうか?6

いずれにしても、この手に負えない物質に毒を盛られた上に、殺されてしまった操作技師たちを回復させる7つもりは、H█████にはさらさらないのだ。それに彼は (…)

(2ページ分破り捨てられているようである。)

(…) 多くの予防措置を講じている。やはり5番目の反射装置は、あの時取り替えていなければならなかったのだ。S. T██████████が坩堝5番目のセクションにエネルギーを供給するため利用していた、金属から成る実体8がひとりでに活動し、見た目を変えたあとで反射装置を握りしめ、熱心にそこに自身の姿を投影していたあの時に。拘留用プロトコルを書いた連中は、水と同様、鏡面も実体を映し出すということを明記し忘れていたらしい。私はS. T██████████に宛て、このように書き送った。水というのは反射面だけれども、真に実体が反応しているのは水そのものではなくて、自らの反映なのですよ、と。遥か昔にナルシス呼ばわりされた人々の方が、私の上司たちが分かっていると言い張っていた以上に、よほどそのことをちゃんと理解していたというものだ。

2月23日

今朝は素晴らしいニュースがある。ムートゥス・リーベルの「太陽」部分に携わっていたチームが遂に、「光の鳥」9の、一見予測不可能な動きの全体像を確定するに至ったのである。新人のC████████が主要研究室で、小さく見積もっても、東方の複雑きわまる絨毯のそれに遜色ない意匠で覆われた、豪奢なタピスリーほどの大きさがあるに違いない経巻を、私の前に広げてみせた。このやたら大きなパリンプセストに描かれた図の全体は、彼自身の同僚には解読できないということらしいが、確かにこの仕事の裏側に知性が全く欠けていたなら、私ならこれは陰気な蜘蛛か、頭のおかしい芸術家の作であると考えていたことだろう。

いずれにしても、「光の鳥」とその軌道は、これより解読すること、予測することが可能となった。チーム全体ではないにせよ、少なくとも新人のC████████によるものである。移動の際の乾いた物音の出処については、誰ひとりとして説明できなかったが、どのような点でも作戦の成功に影響を与えるものではあるまい。これ以後こいつは、ヨタカの巨大な嘴にどことなく似通った、奇妙に膨らんだガラス構造の中に隔離されることになる。助手たちはそれに取り急ぎ「ラングール」という異名を与えた。「鳥」が発生させるパチパチという物音が、その中を絶えず駆け巡っている。この「鳥」はその後、3番目の反射装置によって、坩堝の中に集められることになる。私の不安は謂われのないものであったようだ。ともかくもこの夏、「レンズ」によって予測された結合の直前には、プロジェクトは成果を挙げられるに違いない。

3月8日

私はA████に帰ったら、もう一つの研究を脇に置こうかと本気で考えている。ムートゥス・リーベルが昼も夜も私の頭を占領しているためだ。実験時に「四号室の男」10を閉じ込めるため考え出された巧みな構造 (…)

(1ページ分破り捨てられているようである。手記の破れ目に残っている紙屑は、インクで引かれた線影で覆われているように見える。破り捨てられたページには、ムートゥス・リーベル計画における装置の一部を描写する、解説図が含まれていたとする仮説もある。)

(…) これが本当に必要であるとはどうしても思えない。管理官の邪魔をしようなどという考えは少しもないし、私の査定を全く上げもしない分野に関わることとなればなおさらだが、それでもこれは、いささかぞんざいであるように思われる。とりわけプロジェクト達成のため、あれだけの数のアノマリーと実体が、あらゆる手管をもって利用されているともなれば。おお神よ、私たちに慈悲を与えたまえ。J. D██が私に説明するのを拒絶しており、また注文通り仕上げられた例の奇妙な金庫の中に、彼がこっそりと保管しているあの事物が、この軽率さゆえに解き放たれてしまったような場合には11。この金庫はそれより12倍も大きな実体をすっかり封じてしまっていると、彼の助手たちは噂している。要するに、バルブを回すと途方もないエネルギーがほとばしり出てくるのだろう。

3月30日

私は今、間違いなく体液にまで影響しているほどの憤怒のさなかにある。私がサイト-M████を発ってからの向こう数時間、ある助手が「ヤヌスの顔」12を移動したら有用であろうと判断したらしいのである。細心の注意を払って配置するのに、私たちが膨大な時間を費やしたあの顔をだ。薄暗いほうの顔面が、あの巨大な半透明の電線環の「太陽」部分を覆い隠すことで、「月」部分の動作を決して阻害しないようにするところを、この助手は愚かにも、薄暗いほうの顔面は「月」部分を注視する筈だと考えて、完全に「顔」を逆転させてしまったのである。彼が安全用の鏡を着けるのを忘れていたら、「顔」は既に自らの流儀で罰を下していることだろうが、とにかくこの無駄な時間は、私を怒りの発作に追いやる。

4月11日

管理官は、ムートゥス・リーベル計画のために、私が携わっている別のプロジェクトの一時的な休止を布告した。嬉しいのは彼が、A████に勤める学識豊かな人々の大多数よりも、物質の様態の宇宙規模での浄化について、よほど真剣に捉えているのが分かったことだ。

L████女史の二度と戻らぬ出立のことを了解するには、大変な苦痛を要したものだった。彼女の研究は、私がそれを読み解くようにということで、こちらに投げ渡されたのである - その暗号の手順ときたら、往時のドイツ人神父13のそれを思い起こさせるものであったが、こちらは特別慎重に、私の理解を逃れるために力を振り絞っている。あの「結合」に先立って、これを片付けてしまえるものかと不安を覚える。別にこれは少しも難しいことではない筈なのだ。彼女が最初の反射装置にあらかじめ施しておいた調整を、彼女の助手たちがそのまま維持しているのだから。だがそれでも私は、彼女がステンドグラスを注文したガラス職人の仕事ぶりを、もう一度見てみないではいられなかった。このステンドグラスは製造中の物品にはめ込まなければならないものだそうだ。「星の泉」14の影響を大幅に軽減するのである。

4月19日

耐え難い待機 (…)

(1ページ分破り捨てられているようである。それに続くページによれば、このページには複雑な機構の図解が含まれていたらしい。このテクストは欠落が多く、それがSCPなのか、1677年にムートゥス・リーベル計画に参加していた研究者たちの製造した「坩堝」の構成要素なのか、あるいはまた別の何かであるのかについては、判然としない。)

(…) あの場所で目にしたモザイク模様の精緻さを思い出さずにはいられない。その工場は企みに満ちており、到底人の手になるものではない、あたかも神に手引きされているかの如しだ。不可思議で仄かな光が、人体を経巡る体液さながら、彫り刻まれた導管を駆け巡っている。この光は闇に沈むと、風変わりな色合いに染まる。父親がブリュージュで時計屋をしているF███助手が、とりわけこの装置に魅了されてしまっていて、先のページに載せた通りの図面を、引き写そうと試みている。

5月11日

昨日戻ってきた、友人にして同僚のW██████を信頼するならば、サイト-M████は準備に追われており、大勢の助手や研究者たちがそこでせわしなく働いていて、きりきり舞いをしているらしい。誰かが見れば、本当はここは、果てしもなく回り続ける壮大なパレードの舞台なのだと思い違いをせんばかりに。そうだ、こんなイメージが相応しい - 人間たちの渦が、旋回しながら世界を照らす天穹を取り巻いて、慌ただしく立ち働いているのだ。

A████における平穏の全てはただの欺瞞にしか過ぎない。本質的には、研究者や助手、その他警備員たちの大半が、予定されている変容を知らないがために保たれているものである。だが秘密は決してコートの中の怒り狂った猫のように、秘匿されていることに対して敏感ではありえなかったはずなのだ - ただし、何かしら計画されているのではないかと、疑念を抱いている者もいるようだが。

新人のH█████が今日の午後、以前の同僚たちから噂が回ってきたと知らせてくれた。██████████伯爵が自邸の部屋の一つを塞いでしまう予定だという - この部屋で眠っていた人々が皆、日の出前に蒸発してしまったということだそうだ。おそらくは「実体」が仕事をしたということだろう。そうなると、「大いなる業」が仕上げられた暁には、私はきっと管理下に置かれたこの場所を、詳しく視察することになるだろう。

5月23日

信じ難いことではある、だが配達人が持ってきたばかりのこの書簡を、さらにはT███████のあの、忌々しくてやかましい銅製の機械が夜通し書きつけていたメッセージを信じるならば、「大いなる業」の支度が整ったというのだ! 何年も前に「レンズ」によって予測された「結合」に、わずか数日だけ先行する形となった。ああ! もう一度寝入ることなど到底できるものか。どれほど驚天動地の出来事が起ころうとしているのか、大部分の人間たちが知っていたなら、誰もがみんな私たちを褒めそやしたことだろうが - それでも私たちの成功こそが、数々の報酬の中で最も甘美なものとなろう。

Et sicut omnes res fuerunt ab uno, mediatione unius, sic omnes res natae fuerunt ab hac una re, adaptatione… Ascendit a terra in caelum, iterumque descendit in terram, et recipit vim superiorum et inferiorum. Sic habebis gloriam totius mundi. Ideo fugiet a te omnis obscuritas.15

(この一節には雨天の線描画が添えられている。太陽と月が描かれており、様式化された6本の光耀の一群を両側から挟んでいる。この光耀は、黒雲のようなものを追い払っている。)

6月1日

その日は近い。人間が、事物の定めと秩序とに戦いを挑む時が来た。われわれの「大いなる業」の達成を目にするために、M████に赴くことは私にはできないが、屋根の上にでも登っていれば、その結果をすぐに見ることができるはずだ。そして「業」が拡散して行くそのさなか、目を開けば私は、光にあふれた場所が出現するのを見るだろう。Haec est totius fortitudinis fortitudo fortis; quia vincet omnem rem subtilem, omnemque solidam penetrabit. Sic mundus creatus est. Hinc erunt (…)16

(6ページ分破り捨てられているようである。)

(…) は、M████の上層部によって行われた。彼らがサイト-A████と私の研究とを始末するよう決断するのは時間の問題でしかない。それが唯一正しいことではあるのだろうが、しかしそれでは余りに勿体無いではないか。この研究の意図は - すなわち、私の意図は - 気高いものであったのだから。私たちは、光を蘇らせることをしか望んでいなかった。ただ私たちには、そのための準備が全面的に欠けていたのだ。

11月16日

主よ、私に勇気をお与え下さい。主よ、私に力をお与え下さい。生きている者は皆死を迎え、死んでしまった者は皆、二度と帰って来ることはない。世界は破滅へ突き進むだけの一本の道になってしまった。そしてこの破滅とは、全ての終わりにほかならない。主よ、彼らをお許し下さい。彼らは己が何をしているのか全く知らなかったのです。主よ、私をお許し下さい。彼らをして貴方に挑みかからせてしまった私を。

11月21日

私はもはやこのようにして生きて行くことはできない。この過ちは、私たちの犯したそれに比べれば全く取るに足りないものだろう。全ての終わりを早めた者が、自分自身の身を抛つのは当然のことだ。

主よ、盾となる勇気を私にお与え下さい。名乗りを上げるための希望を私にお与え下さい。私を貴方の御光のうちに留まらせて下さい。それが私たちに残された全てなのだから。

Oculatus abis.17

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