刑務官の憂鬱
評価: +23+x

「…了解しました。」

こうは言ったものの、正直本気で嫌だ。
とはいえ所詮は宮仕えの身、拒絶などできようはずもない。
いくつか形式的な受け答えをした後、部屋から退出する。

「俺らかよ…」
「ああ…」

同僚の大宮も俺と似たような心境のようだ。唯一梅田だけはいつもどおりだ。
やばい、足が震えてきた。だがどうしようもない、腹を括らなければ。
そもそもこうなる事は覚悟していたはずだ。

俺は刑務官。
そして今日、俺は特別な職務を初めて遂行する。
死刑囚の死刑執行だ。


今日この拘置所で死刑が執行される男の罪状は、強盗殺人だった。
夜中、就寝中の一家3人…会社で課長への昇進を控えていた父親、近所の人々全員に好かれていた母親、そして来年小学生になるはずだった息子の3人を斧で殺害し、金品を奪った凶悪犯。

このような男は死刑が妥当だと思うし、事実この男には死刑が宣告され、今日執行される。
ただ、問題はその執行する役割を担うのが俺だ、ということだ。
別に俺は死刑反対論者じゃない。
でも自分でやるとなると…ということだ。笑うなら笑え。

「おい、お前顔色が少し悪いぞ。大丈夫なのか?」
「大丈夫だっての…てかお前もたぶん似たりよったりだと思うぞ。」

俺と大宮、梅田は既に死刑執行のボタンの前に立っていた。
目の前にはボタンが3つ。1つは本物、残りはダミー。同時に押せばどれが本物かはわからない。
つまり、実際に死刑を執行したのは自分じゃない、と互いに思い込めるという寸法だ。

…ああくそ、わかっていても足が震えて仕方ない。

梅田は今朝と同じくいつもどおりだ。
どうしてこうも落ち着いてられるのか…

「…ん?」

何やら死刑囚がいる方が騒がしい。
「何だ君らは」「ちょっと失礼」などという声も聞こえる。
様子がおかしいぞ。

「おい、大宮、梅田、なんかおかしい…って、あれ?梅田は?」

さっきまで隣にいたはずの梅田がいつの間にか消えている。

「なあ、大宮、高崎、ちょっといいか?」
「え?」

振り向くと、そこに梅田はいた。
梅田の手には化粧品か何かみたいなものを入れるためのスプレー容器が


「おい、お前らどうしたんだ?ぼーっとしてさ…」
「へえ!?」
「というかそれ、さっさとしまえよな。」

気が付くと、俺と大宮、そして梅田は拘置所から少し離れた辺りの繁華街を歩いていた。
俺と大宮の手にはいつの間にか封筒が握られている。
おそらく、死刑執行担当者への2万円の手当だろう。

「ああ、悪い悪い。」

大宮と共に懐に封筒をしまう。
我ながら信じられない事だが、ぼんやりしたまま執行やら事後処理やらをしていたらしい。
あれ?俺、なんでこんなとこにいるんだっけ?

「おいおい、忘れたのかよ。お前の行きつけの居酒屋でみんなで酒飲んで帰って今日はさっさと寝る、って言ったのは高崎だろ。」

そうだっけ。まあいいか…
それにしてもなんとかなってしまうもんだ。
しかし我が同僚ながら梅田が恐ろしい。最初から最後まで臆する様子を見せなかったな…

「そういえば梅田…お前、恐ろしさとか、そういうの感じなかったのか?」
「感じない、というと嘘になるさ。でも俺は…」
「俺は?」
「為すべきことを為す。それだけ、さ。すまん、ちょっとメールが…」

梅田はスマホを取り出し、画面を見る。彼の表情が曇った。

「すまん、家内がさっさと帰ってこいだと。俺もう行かなきゃ。」
「そうか、残念だな。じゃあな。」
「ああ、また明日。」


「…こちらエージェント梅田。刑務官2名の意識がはっきり戻りました。どうぞ。」
「回収部隊アルファ了解。こちらもサイトへのD-67885の送致終了。エージェント梅田もサイトへ帰還せよ。どうぞ。」
「了解。これより帰還します。オーバー。」

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。