"Farpoint"
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「心配か?」
ジェリコ(Jericho)は尋ねた。

「少しな。」
キャラハン(Callahan)は正直に答えた。
「何だかんだで、これは長旅になりそうだ。」

「そう不安がるなよ。」
ジェリコは言った。
「孤独で、しんどくて、イライラする仕事になると思う。だが、それでお前は世界を救うんだ。なあに、たかだか70億キロ。お隣さんと変りないさ。」

「ああ全くだ。寂しくなるな、相棒。フォート(駐屯所)を宜しくな。」

「無事にな。」

二人のPHYSICS部門の工作員は互いにハイファイブをすると、手を握り、肩を引き寄せ、抱擁をした。屈強な強面のPHYSICS部門排撃班の工作員であろうとも、一人の朋友が10年の間、太陽系の向こう側に発つというのだ、いささかの感傷は感じざるを得ない。ホモやその類ではないとしても、ジェリコはキャラハンが……このクソッタレを寂しく思うのだった。冷蔵庫の中のビールを全部盗まれたこともあったが。

「キャラハン工作員?」
白衣を着た男が言った。
「最後のミッション・ブリーフィングの用意ができた。」

「ドク、この任務に備えて去年からトレーニングを積んできたんだ。何が起こるのか分かっているつもりだったんだがな。」

「とは言っても、アポーテーション台にのる許可を与えるにゃ、規則の上で仕方なく、このブリーフィングを読んで聞かさなならんのだよ。」
ベンジャミン・フラハティ(Benjamin Flaherty)物理奇跡論博士が言った。

「分かったよ、叩き込んでくれ。」
キャラハンはため息まじりに言った。

「手っ取り早に済ますよ。」
フラハティ博士はエージェントに約束をした。

「さて行くぞ。2、3分の内に、きみはこの船から、太平洋の中央に位置する艀(はしけ)に転送されることになっている。その艀はそれから、奇跡論的作用でファーポイント前線作戦基地にアポートされるはずだ。艀には必需品とファーポイント・ステーションの交代人員を積む。この任務に志願するために、アポートの困難性、危険性、及び予言できぬプロセス、それにファーポイントに無事到着することも保証されないことを承認する。また、アポーテーションが認識災害を引き起こすことや、きみのミーム構成要素に影響を与える可能性があることを認める。最後に、ファーポイント・ステーションが危険領域に位置することを認めるとともに、任務の危険な性質のために死や、切断、負傷を被る可能性がることを認める。最後だ、きみはこれに10年間も割り当てられるということと、ファーポイント・ステーションから救出されることや避難することは半不可能だということを認める。アポーテーションを使うにしろ、距離や、目的地に居る奇跡論人員の不足から無理だ。これらの契約条項に同意するか?」

「同意する。」
キャラハンは答えた。

「ここにサインを頼めるかな。」

それからあと他に12個の契約と、さらに一件書類にサイン、最後の健康診断と、彼が戻ってこれない時に備えて地球上の資産全部の総決算をやらねばならなかった。最後にドク・フラハティは書類を全部マニラフォルダに入れて、キャラハンに携帯ハードディスクを手渡した。

「これは何だ。ドク?」

「今年出たありとあらゆる映画、それにプラスして色んなTV番組の全編、あとありったけのポルノだ。」
ドクは言った。
「ファーポイントの連中も、ちっとは気晴らしをせねばならん。」

「何だ、俺もこれが必要となるみたいな言い方だな。」
キャラハンは笑って言った。

「きみは健全な男児だ、きみが思っているよりも。グッドラック、キャル。」

キャラハンはもう一度ドクと握手をすると、振り返りLCACの傾斜路に向かって歩き始めた。

少し大きなシリンダを積んだホバークラフトが押されてくるのを、ちょっと避けた。テックは貨物室の壁にシリンダを固定して、対面の椅子に座った。数分後、ホバークラフトが巡洋艦のウェル甲板からでてきて、陽光を浴びた。向かうは、太平洋の中心に浮かぶ一組の艀だ。


「全部ピッタリか?」
技術者は尋ねた。ヘルメットのフェイスプレートを通して聞こえてくる声は、くぐもっていて耳障りだ。キャラハンは頷いて、親指を立ててやった。技術者は頷いて、キャラハンと握手を交わすと、カプセルのハッチを閉じた。キャラハンに、そっと一人で考える時間が与えられた。空気が彼の周りにゆったり渦を巻く。カプセルの中には、彼と、ただ一人の仲間であるスーツだけ。

カプセルの窓を見れば、水辺線まで伸びる瑠璃色の太平洋。遠くで浮いている二艘の小舟(艀の周りで、7艘の船が円をなしていて、その内の2つ)が奇蹟論的共鳴器をデッキに積んでいた。共鳴器はほの明るく、青っぽい紫の光を発していた。それの向こう側に、奇蹟論団が共鳴器を用いてEVEの流れを動かし、形成していた。艀の周りで実行用円陣が組まれているのであった。

「よろしい。」
無線に声がこだました。
「五分前。発射決行するか否かを決断する。ノード1?」

「決行します。」

「ノード2?」

「決行。」

「ノード3?」

「決行、行けます。」

「ノード4?」

「もう行ける。」

「ノード5?」

「決行。」

「ノード6?」

「やりましょう、行けます。」

「ノード7?」

「万事つつがなく。決行。」

「ペイロード(弾頭部員)?」

「決行。」キャラハンはマイクに言った。

「標準。」

「決行。」別の声がこだました。

「周囲状況?」

「もう行ける。」

「電算?」

「決行。」

「全部局決行可の報を受けた。再び時計を五分前にもどし、カウントを始める。」

「ノード1、励振中。」

「ノード2、励振中……」

数分間、奇蹟論学者が立て続けに行動を報告した。技術専門用語、現況報告があちらこちらに、円滑に交換されて流れていく。厄介事が起きようとも、たちまちに処理された。その全体を通して、強調された周期的な報告が聞こえていた。

「四分前……」

「三分前……」

やがてそれは……
「十秒前……九……八……」

「放電中。」

キャノピーの窓が突然暗くなった。同時に、共振装置の高さ30フィートのアンテナから、白熱状態のエネルギーアークが飛び出した。そしてキャラハンを中央に艀同士で結んで、巨大なまばゆい星形を海の中央に形作った。キャラハンの髪が逆立った。キャラハンはEVEの火花がカプセルの壁の窓、金属壁を打ち付けるのを見た。

「七……六……ノード充填100%……」

……あたりの空気が唸り、叫びを上げる。莫大な量の魔術エネルギーが注がれつつあった……

「……三……二……一、発s──」

放送の声が突然途切れ、直後世界は黒と化した。キャラハンは突如6.7光時の彼方に現れた。カプセルの中に残りの通信が反響していた。

誰かが世界の明かりを消したかのような一瞬。朗らかな太陽、煌めく太平洋は消え失せ、キャラハンは全くの闇の中。すると突然、大きな雷鳴がカプセルを揺すった。
時は戻って地球上。大きなすさまじい雷鳴が空を駆け、艀の消え去った後の空漠を撃った。大波が上がり、七隻の船は激しく揺れた。今回の奇蹟論的跳ね返りは、大分たちが悪い:良い時には海洋水が血に変わるだけ。せいぜい海洋に濃赤のシミが付く程度。今回、地球の反対側で、これまで存在しなかった火山が、ここ100年間で9度目の噴火を突然起こし、そしてたちまち現実から消え去った。

そしてここは冥王星の何処か。綿密に刻描されたアポートの動作円陣の上に二隻の艀が現れた。かつて艀を囲っていた数百立方メートルもの大気と海水は、霜と雪に成り果てて艀を覆っていた。

キャラハンの目が暗闇に順応する頃、彼が生きてきた中で最も美しい星を見た。


「……以上、転送完了。」
デイヴィス(Davis)が言った。
「我々は増援を待っている。」

「VERITASには何が見えている?」
リッチ(Ricci)が尋ねる。

「……スキャン中。囚人ベイから準脅威反応を確認……予測の範囲。見たところ、持ちこたえているようだな。」

「そんで、新顔は?」
基地の司令官は尋ねた。

「確認ははっきりとれた。鬼のように緊張して怖がっているが、まあヒッチハイカーではない。」

「分かった。リチャーズとカーターを使いに出せ。」
リッチは言った。
「さあ、サンタさんと妖精さんの奴らが何を送ってくれたのか見るとしよう。」


爛々たる夜空に耽けるキャラハンを、窓を叩く音が飛び上がらせた。振り返ってみると宇宙服を着た男(金色のコーティングがされたバイザーは上げてあって、顔を見ることが出来た)がそこに居た。陽気に手を降っている。キャラハンも手を振ると、宇宙服の男は動き出し、二隻の艀の点検を続けた。予想すらできない合併症が起きているかも知れなかった。

30分すると、男は二人目のエージェントを連れて帰って来た。片方が操作盤をいじっている傍ら、キャラハンのヘルメットの中に通信が入ってきた。
「テス、テステステス。こちらリチャーズ、カプセルの乗客へ。聞こえるか?」

「明々瞭、リチャーズ。こちらキャラハン。」

「イケてるな。ヨウっよろしく、イエーイ。ちょっとしっかり掴んどいてくれ、少しで終わる。そっから出すぜ。」

キャラハンはガチャガチャとした鈍い音を聞いた。何かがカプセルに取り付けられたらしい。辺りの景色が動き、自身も少し動いた。横窓に目をやると、ある種のフォークリフトで吊られていた。フォークリフトは断熱パネルで全体を覆われていて、カプセルを向こうの地表の、氷で覆われた岩まで運んでいた。ビークルの中には、オレンジのあごひげを蓄えた、頭の大きい男性がいて、機嫌よくキャラハンに手を降っていた。男はそれが終わると、また精密な作業を要す運転に戻り、仲間のカプセルを目的地に運んでゆくのだった。

ようやくすると、キャラハンの新しい家が見えてきた。平屋型の施設が立ち並んでいて、その殆どにシリンダーの形をしたものが側面に取り付けてあり、青白い外灯に明るく照らされていた。そして側面には、世界オカルト連合のロゴも刻まれている。さらに一方には、蓋のない木箱に、厨芥袋やその他のゴミが突っ込まれていた。

また見れば、おちょうし者が施設で最大の建物に掲げてある看板を指さしている。

『ようこそ、ファーポイント・ステーション江』

『人口12人』

宇宙服を着て立っている人の横側には数字が振ってあった。キャラハンが通った後を見下ろせば、数字の”2”、その場所の上には数字の"3"が書かれていた。


エアロックのドアが開いて、キャラハンが最初に思ったことは閉所恐怖体験といったところだった。何もかもが束縛されていて窮屈そうだ。壁、床、天井、あらゆる面が、計器、機材、必需品、ロッカーで覆われていた。

第二の発見は、微笑んで立っている女性が部屋の中央に立っていること。ゆるめのフィットセットのグレーのズボン、ジャケット、手袋、あとそれと、全面を覆うフェイスマスク。

ウェルカム、ファーポイントへ!
彼女は叫んだが、スーツのヘルメットを通すと、くぐもった耳障りな声に聞こえる。
私は、A.D.リッチ。シッカリ掴まっておいて、まず最初にカプセルの中をチェックする。

キャラハンは頷いて、数分間待った。女性がカプセルの縁を掴んで這入ってくると、とろとろと、ゆったりと作業を始めた。まるで水中に居るかのようだった。彼女がカプセルの中の壁、床、天井、あらゆる面をスキャナーで走査するのに数分かかった。塵、または有害物質は無いと確認された。それから、かさ張る旧式のVERITAS装置を取り出してきて、EVE兆候をスキャンした。準脅威のヒッチハイカーがいないことを確認しないといけない。やっと基準が満たされたことを確認して、彼女はスキャナを腰のホルスタに片付け、キャラハンのヘルメットに顔を近づけた。

もう、スーツを開けてもいいぞ!
彼女は叫んだ。

キャラハンは頷いて、ヘルメットを外すために襟に手を伸ばした。少し空気音が鳴って、新しい家での初めての呼吸を喫した。

なんだが腋の下のような匂いがする。

キャラハンの鼻にシワが寄ったのを見て、リッチは笑った。
「そうだろう。」
彼女は分かっている様子だ。
「ここじゃ、まだましだ……だって一ダース……パン屋のおまけ付きでもう一個……まあどのみち、13人が密閉された環境に居るんだ、お互いの体臭を嗅ぐことになる。そのうち降参して、慣れるさ。」

「だから、消臭剤を木箱に入れて持って行かされたんだな?」
そういって、角においてある小さな密閉箱を指さした。

「そうだ。」
リッチは認めた。
「消臭剤は長くは持たない、しばらくしたら松の木のような匂いにウンザリするようになるだろうから……でも助かる。」
彼女はキャラハンのカプセルのハーネスを外してやるのを手伝うと、キャラハンの足を引っ張った。冥王星の低重力で、2人は天井につくほど浮き上がり、それからやっと地面に着いた。

「わお。」
キャラハンは囁いた。

「イェイ。」
リッチは笑った。
「これも慣れるのに時間がかかることだ。ともかく、ようこそアイスタウンへ……GOCの最も”前線”の前線作戦基地にようこそ。」


「きみの仕事は殆どブルーカラーだ。」
リッチは説明をした。
「もってきた新しいモジュールで基地の拡張をしてもらう。システムのメンテナンスも。倉庫の管理。それと、もちろん、深淵空間警報システムの記録、分析をしてもらう。」

「探測器が何かを察知したことは?」
キャラハンは尋ねた。

「ときどき。大抵、悩ましてくるのはピッサー(Pisser)だ。」

「ピッサー?」

「PSR B0531+21……」
リッチは、しっかり整えてある茶色の髪に手を伸ばした。
「かに星雲の、この星だ……ある意味生きている。この星は私たちのことを嫌っていて、私達を殺すために向かってきている。」

「それは……警戒しなきゃならないな。」
キャラハンは言いながら、窮屈な廊下を行く彼女の後を追うのであった。

「まあ、あと五万年しなければ到着することはない。それに希望を持って、時が来れば、我々にはアノ怒れる星を対処するための計画がある。」
彼女は戸口とハンドルを握って、扉をすべらせた。
「そして、今のところ、ここがあなたの部屋。」
そう言って、真空パック入りの水で一杯の貯蔵キャビネットの中を指さした。
「寝袋は置いてあげるから。新しい居住モジュールの導入が終わるまでのことだし。あなたが建ててくれるんでしょう。そしたら、全員でイカした新しい宿舎に引っ越すつもりだ。」

「古い宿舎ではどうやって眠っていた?」

「寝室なんて持ってないよ。」
リッチは認めた。
「場所を見つけたらそこで寝ていただけだ。私は大抵、C&C(電算・通信機器)の指揮官席で寝ている。」

「それは……乱暴だ。」

「わけがわからないだろう……」
リッチはため息混じりに言った。
「私は初期導入時施設の頃にはいなかったんだが、当時の人員はスーツを着てなきゃ死ぬ世界で、かっきり一週間、コア・モジュールを組み立ていたんだ。楽しかったってことはなかろう。」

「当時の一人とトレーニングの時に出会った。」
キャラハンは答えた。
「エージェント・クーシポス(Xiphos)。」

「えっ?ソーディー(Swordy)?あのクソジジイどうしていた?ホームから左遷されてからあったこと無いんだ。」

「かなり痙攣性気味だ。まだ歩く時に杖を突いている。」

「当然の成り行きだな。頑固な野郎だから、ずっと車いすに座っているなんてしないだろう。」
リッチはしかめっ面をして、頭を振った。
「重力のビッチめ。ともかく、持ってきたガラクタはココに置いていって。バスルームと厨房を見せてあげる。」


「……それで俺達がいるのが、」
リチャーズはニッカリと笑いながら言った。
「デポ(倉庫)だ。連合が殺すことが出来ない存在、交渉することが出来ない連中への連合の解答だ。」

施設は広大だった。航空機の格納庫ほどの大きさがあった。施設の全体に、檻、木枠、その他の容器が置かれ、深淵空間の真空と凍るような寒さに晒されていた。それぞれにラベルと番号と世界オカルト連合のシールが貼られている。

「どこぞに連れて行って欲しい、リッチーよ?」
建物の中で小型のフォークリフトを操作しているカーターは尋ねた。

「そうだな……セクション・スリーを見よう。」
リチャーズは、高耐久タブレット型コンピューターを調べながら言った。
「ヒート-イーター(熱喰らい)の隣にだ。」

カーターは手際良くフォークリフトを走らせて、建物の後ろに向かわせると、シリンダーを巨大な木枠の横に置いた。木箱には、温度計が取り付けてあって、絶対零度あたりを指し示していた。

「ほら、キャラハン。」
リチャーズは尋ねた。
「ソン中には何があると思う?当てずっぽうでもいいさ。」

「コンテナー?」
キャラハンは尋ねた。

「タイプ・レッド。拡大再生能力者。火が効かない。だから地上の連中はアイスを食べさせてやったんだ。すると上手くいった。だが、また溶けてしまえば、生き返ってしまう。だから、液体窒素のなかで保留していたんだが、ここが出来上がってからは、こっち側に来た。」

「筋が通っている話だ。」
リチャーズは言った。
「ヘイ、俺らのUFO見たくねえか?」

「というとゼータス(Zetas)?」

「そうだ。」
リチャーズ笑顔を見せながら言った。
「おまけに、本当にお行儀よくしていたら、パイロットシートにも乗せたるよ。」

「取引に応じようじゃないか。」


「ほんとうのチョコレートの味をもう一度味わえたことが、どれほど嬉しいか分からないだろう。」
リッチはミルキーウェイ・バーを噛み締めながらボソリとつぶやいた。
「ああ、神様、天国の味見をしているみたい。」

「ヘイ、ボス。」
ヴァンデンバーグ(Vandenberg)は、ニヤリという。
「あんたのオレンジを俺にくれんなら、俺のキャンディー・バーをあげるぜ。」

「冗談じゃねーよ、ヴァン。」
リッチは笑っていった。
「私は、このオレンジのひと齧りも無駄にすること無く味わおうと思っているんだ。なんたって、一年ぶりに食べるオレンジだ。」

「俺はあんた方が、空中栽培の菜園を持っているもんだと思っていた。」キャラハンは尋ねた。

「オレンジは育てていない。」
リッチは説明した。
「オレンジの木みたいなものは、空中栽培するのが難しいんだ。トマトとか、タマネギならオッケーなんだが。」

「リンリンリン!」
カーターが叫んだ。カーターは、銀色の飲料パックをキャラハンに投げ渡した。キャラハンはそれを捕まえた。
「よっしゃ、みんな。新しい飲み組員に祝杯を!キャラハンへ!かもすると、氷と暗闇の中に、居場所を得られるかも知れぬことに!」

「乾杯、乾杯。」

「乾盃。」

「呑めや呑めや。」

キャラハンはカーターに有り難そうに礼をすると、ガブリ一気に飲んだ。するやいなや、吐き気と息がきれるような思い。水を呑まんとしていたのに、ほぼ純粋なエタノールか何かが彼の喉を焼いた。

周りはゲラゲラと笑って、歓声を上げ、キャラハンの背中を軽く叩くのだった。

「ジイザス・クライスト!」
キャラハンは呻いた。
「こんな薬物、一体全体どこで見っけた?」

「俺達は食い残しの炭水化物をアルコールに精製しているんだ。」
カーターはニヤリという。
「俺は蒸溜所をもっている。」

「それは最高司令部が許可しているのか。」
彼はゲーゲーと言いながら訝しげに聞いた。

「最高司令部か……」
リッチは、自分のものをがぶ飲みしながら言った。
「知っているか、こんな最果てのカナタじゃあ、骨はゆっくりとドロドロに変わっていく。そんな状態で、ヘリウムの湖と水素の雪に囲まれつつ、太陽系最大の保管書で超脅威どもが凍りづけになっているか監視している。まあ財団の保管庫については、置いておいてだけど。更には、外宇宙からの侵入者に気を配らなければならない。私達はこれをこなしている……向こう側も、楽しみは許してくれる。」

「そういう話ならよ。」
キャラハンはため息を付いた。
「めっちゃ沢山の木箱にオレンジ・ジュースの粉を詰めてもってきてよかったと思うよ。スクリュードライバー、どうだい?」


「……それから、接続。」
2つの構造物が接触する時、カーターは言った。

「ハードドッキング。」
ヴァンデンバーグの知らせだ。ラッチはしっかりとロックされた。

「ストラクチャー拡大中。」

キャラハンは、モニター越しに、4つの新しい居住モジュールが、アコーディオンのようにゆっくりと開いていくのを見た。様々な装置や金具が、スムーズに滑り、絡み合い、あるべき場所に収まっていく様子は、世界一複雑なハイテクの飛び出す本のようだった。別のモニターを覗けば、カーターがフォークリフトをゆっくりバックさせて、円筒形の流星塵シールドから出てくるのが見えた。このシールドは先週の間に、工作員皆でフラットパックから組み立てておいたものだ。流星塵シールドの展開が完了すれば、居住モジュールは硬い地殻から、およそ3インチの真空を挟んで、切り離される。

「……これで、配備は完璧だな。」
カーターは言った。
「端末キャップを付けて、新しい下宿先をチェックするとしよう。」

「基地の司令官が一番だろ!」
リッチは断言した。

「わるいな、ボス。」
カーターは笑った。
「もうくじを引くことに決まったんだ、そうだろう?」

「こんなの絶対不公平じゃないか。」
リッチは文句をたれた。

「それを提案したのは他でもないボスですよ。」
カーターは指摘する。
「仕組んだゲームに負けたからって、不平を言うなんてないさ。」

「まったく。お前らは全員クソッタレだ。」
リッチはすねた。


キャラハンがあくびをしながら、ゆっくり弾みながら厨房に向かう通路を進んでいた。”夜”勤の時間になっていた。基地の大部分の住民が決めた睡眠周期の時だった。彼は温かい飲み物を必要としていた。

厨房で、ホットチョコレートのパウチを湯で満たして、購買請求を厨房のコンピューターに残すと、とぼとぼと貯蔵倉庫の方に戻り始めた。2つ目のハブモジュールの建設が終わるまでは、まだ彼の宿舎だった。戻ってきた時、彼は柔らかい淡い光がCIC(戦闘指揮所-Combat Information Center)からこぼれてきているのに気がついた。

はしごを架けて上って、基地管区センターに這入った。辺りよりも高めに作られていいるから、基地を見渡すことが出来た。CICの上半分全ては巨大な観察ドームになっていて、3分割同心円に並ぶ窓から外を見渡すことが出来た。基地のすべては絶景であった。

リッチはそこにいた。指揮官席に座っていた。毛布を被り、夜空を一心に仰いでいた。星々は瞬かず、無涯に広がっていた。彼女はキャラハンの方を向くと、微笑み、毛布をすり寄せた。そして、また外界の宇宙を眺めた。

「今までに考えたことある?なんで、私達は地球を飛び出してここに居るのかってことを。」
リッチは穏やかに尋ねた。

「……人類種を守るためにか?」
キャラハンは答えた。排撃班の答えはそうであった。
「地球外の脅威を観察するためでもあり、デポを警護するためでも……」

「いいえ。」
リッチは、頭を振りつつ言った。
「デポなら、南極大陸に置くことも出来た。それを言うなら、月でも良かった。地球外の脅威も、地球上のレーダー施設で監視することも出来る。」

えっ。(そうなら、どうして?)キャラハンにはわからない。
「何故…こんな労力を払ってまで、冥王星のこんな所に基地を建てるようなことを?」

「……あなたがその答えを出してくれたなら……」
リッチは言った。微笑みながら、物欲しそうに。
「この13人をほんとうの意味で幸せにできるだろう……だけど、私は答えを受け取ったような気がする。」
彼女はソファーを廻し、彼と向き合った。そして、曲げた腕に顔を凭れさせた。
「どうして、あなたはこの割当に志願したのか?」
彼女は尋ねた。

キャラハンは気不味そうな面をした。だが、遅かれ早かれ、いずれ訊ねられると覚悟をしていた。
「俺は排撃班だった。」
穏やかに言った。
「……多くのモノを殺した……多くの市民を。そして、殺し続けることができなくなった。俺自身が撃たれるモノになったんだ。」
作戦センターの中、キャラハンはリッチの隣の席に座った。そして、意味もなく、左の肘掛けの擦り切れた詰め物を弄んでいた。
「この割当を聞かされた時、俺は考えた……これは、他の何かをするためのチャンスなんだと。それでGOCに貢献するとなると、もはや人殺しには関係はない。」

「……私の場合は、評価班だった。」
リッチは穏やかに言った。
「ニューアークに、学校があった。ケイティという人が、三学年の教室をすべて取り除いた。その事件について、警戒監視しなければならなかったんだ。私達は、それを記録するための資産なんて持ってなかった。排撃班が到着する時までには……」
彼女は心の奥底の記憶にガタリと揺れた。

「……そういった訳でファーポイントが存在している思っているわけだ?」
キャラハンは、冷たく尋ねた。
「つまりは、GOCというのが、壊れちまったエージェントをどこかに仕舞って置くためにあると。」

「……私はそうとも思わない。」
リッチは言った。彼女は身を起こして、時間を置いて、毛布を肩にかけた。
「もっと単純な話だと思うんだ。それは……私達は、非常用の人員なんだ。地球が破壊された時に備えての。いやそれとも、私達は一群のカナリアの扱いなのかもしれない。やってくるエイリアンに、くれてやるための。いやいや、私達は人類の証明なのかもしれない。私達がここに居るということ、そのものが証明なんだ……たとえ、世界の残りの人類に秘密にされているとしても。ひょっとしたら、私達がここにいれば、やがて人類がこんなカナタにたどり着いた時……人類は、最初から私達の姿を見ることになって……そうしたら、私達は人類の伸ばした腕を待っていて、それを引く役目なのかも。」

椅子から立ち上がった彼女から、毛布が摺り落ちていった。タンクトップとショーツの彼女をキャラハンは見た、鼓動が速まるのを感じた。低重力によるバストラインが、眼を楽しませてくれる……

「……多分、私達がこんな外に出されたのは、人で居るため。」
彼女は囁いて、滑るようにキャラハンの席の横まで行くと、彼にキスをした。


その後、何もかもがバカらしくて、彼はどっと笑った。二人は星明かりの元、毛布の下で抱き寄せあって寝ていた。

「分かったよ、新品だなこれは、それに俺のものだ。」
キャラハンは悦に入る。

「何事にもはじめがある。」
リッチはクスクスと笑う。
「もしもだけど考えてみた……世間に公言できさえすれば、宇宙でのセックスはどういったものなのか、悩んでいる多くの人々へ、答えられることが出来たんだ……」

「俺は実験続行の準備はできている、もし望むならね。」
キャラハンは、歯を見せる。

「夜勤が終わるまで、後一時間だね。」
リッチは言った。

「十分な時間だ。」

二人の頭上で、星々がゆっくりと回り続けていた。終わりのないダンスを続けていた。


「宜しいですか博士?」

「あー?」
サイトディレクター・アダムスは読書をやめ、目を上げて、机から足をおろした。
「なんだっていうの?」

「アダムス女史、私はSCP-1548からの新しい放送を読み取っていたのですが、」
若いエージェントは言った。

「予測されていたことですよ。なにしろ、今は太陽のフレア活動のシーズンですし。何を言っていたんですか?」

「今ほど私が解読したんですが、それが……以下のとおりです。『オ前ラ猿ドモハ、セックス狂イダ。』とのこと。」

「……『セックス狂』?」
アダムスは不思議に思い、頭を掻いた。
「かつてありませんね。どういう意味なんでしょう?」

「さっぱりわかりませんな。」
エンジニアが答えたが、同じように混乱しているようだ。
「例のskipが、この特定の侮辱語を用いた理由の想像はつかない。」

「どうやら、えらくケッタイな謎が出来たようだ、答えることは絶対無理だがね。」

アダムスは肩をすくめた。
「監視を続けて下さい、エージェント。」

「ハイ、博士。」

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