『ゲーデ・フィルム2』メイキング映像をついに公開。
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暖かな日の光が射し込むテラス席で、本日3杯目となるアメリカンコーヒーを嗜む。この店のコーヒーは極上との噂だったが、それは一杯目に限る話のようだ。腕時計に視線を移すと、針は午前10時30分を過ぎようとしていた。ベネディクトの奴め、昔もひどかったがルーズな性格はさらに悪化したな。隣に座るジョージは、眠気に抗うかのようにこくりこくりと頭を前後に揺らしている。やはり強引にも留守番させた方が良かったか。まあ、たまにはこんな穏やかな時間も悪くないか。



ジョージの口元についたチーズクリームを拭っていると、バタバタと騒々しく、約束時間を37分遅れてベネディクトが現れた。額も黒シャツも汗でびっしょり、小洒落たカフェの雰囲気とはあまりにも合わないその姿に、悪態をつく気はすっかり削がれた。ベネディクトは謝罪を述べ、本題を持ちかける。

「ダン、ついにね、ついに手に入ったんだよ。ほらあの、数年前にダンが頼んだやつ」

鼻息を荒げるベネディクトを冷静に制し、ひとまず続きを聞く。

「ライトが手に入ったんだ。これがオレゴン州で発生したベイビーブーム事件の凶器だよ、間違いない。コピー品のコピー品だから本物とは多少仕様は違うけど、撮影するのに問題ないはずだ」

興奮気味に差し出されたのは、やけに古臭いデザインの懐中電灯と0のたくさん並んだ請求書。仕入れたのは……"道具屋"のリョエルか、さすがの手腕。ついに、ついにか。思わず口元を押さえるが、にやけが止まらない。掌に汗が滲むのを感じる。

ベイビーブーム事件、正確には無差別妊娠事件だったか。その話題性にも関わらず、事件の詳細が明らかにならないまま関連報道はピタリと止んだ。陰謀論だの何だのと唱えた記者やシャーロック・ホームズ気取りのオタクが必死に独自調査をしたが、強制妊娠の手段を判明させることはできなかった。少なくとも、一般社会では。おぼろげに凶器の情報を掴んだ俺はすぐさまベネディクトに入手を依頼した。それから3年、グッドタイミングでこの時がやってきた。顔に熱が灯るのを感じる。

前作から早5年、新作を出す時期としては頃合いだと思わないか、ベネディクト」

「じゃあダン、いつ撮影準備に取りかかる?」

ベネディクトは目を輝かせて俺の答えを待つ。そんなの決まっているじゃないか、ベネディクト。

「今すぐさ。スタッフの召集と闇医者コンビへの約束取り付けを頼んだぞ」

ベネディクトのノリに合わせて突き立てた親指を差し出す。ベネディクトは興奮冷めやらない様子で店を出ていった。気持ちを落ち着けるため、コーヒーを一口。ふと隣を見ると、いつの間にか目を覚ましたジョージが残りのチーズムースケーキを食べていた。空気を読んで静かにしていたのか、退屈だったろうに。ペーパータオルで手を拭い、ジョージの頭を撫でる。ジョージは目を擦り、微笑む。残り半分のコーヒーを一気に飲み干し、穏やかな時間に別れを告げた。


一週間後、とある廃病院の一室に俺とベネディクト、ここに呼び出した闇医者コンビのエドモンドとリーザ、そして彼女。乾いたカビの臭いに薄暗い雰囲気、悪巧みするのにぴったりな場所で彼女の手術が行われる。5年前と何一つ姿の変わらない彼らが話を切り出す。

「また私達を指名してくれたことに感謝します、ダンさん。まずは預けられた物の確認をお願いします。滅菌加工は済んでいますので触っていただいても構いません」

エドモンドの合図を受けて、リーザがいくつかの保冷バッグを処置台の上に並べる。エドモンドがチャックを開けると、中には細かなものから大きなものまで彼女の部位がぎっちり詰まっていた。まるで時間が止まっていたかのように、腐敗状態は以前のままと変わらない。彼らに保存を頼んでおいて正解だった。彼女の前髪をかきあげ、その顔を覗く。虚ろな眼が俺に気づいたのか、剥き出しの頬の筋肉がぴくぴくと激しく痙攣する。ベネディクトは腹部を抱き上げ、頬擦りをしている。興奮のあまりベネディクトが臍にキスしようとしたので、リーザが鋭く注意する。

「本日の内容についてですが、説明は不要でしたね。手術を開始します。ご要望があれば何なりと」

エドモンドは大きなリュックサックから人体の図が描かれたシートを取り出し、台の上に敷く。彼らは、絵に合わせて彼女の部位を置いてく。いくつかの部位は欠けていたが、比較的綺麗にパズルは完成。縫合が行われ、少しずつ撮影直前の彼女の姿に戻っていく。彼女は低く短い呻き声を上げ、暗緑色の唇を小さく震わせて抵抗を示す。外見上の復元は完了。視界の端で、ベネディクトが大腿の縫合痕に舌を這わせている様子を捉える。本当に懲りない男だ、全く。そんなことを考えているうちに彼らが次の手術に移ろうとしたので、慌てて設置してあったカメラを手に取る。メインシーンの前に挿入する予定の大事なシーンだ、しっかり撮らなければ。

リーザは邪魔な彼女の髪を剃毛し、鋭いメスを入れる。花弁のように切り開かれた頭皮をピンで固定した後、露となった真っ白な頭蓋骨に電動ドリルが当てられる。徐々にトーンを上げるドリルの振動で、彼女の奥歯は断続的にかちかちと音を立てた。開けられた直径5cmの穴にズームすると、穴から溢れ出すジェル状の血と髄液、お目当てのピンク色の脳にピントが合う。穴にノズルが挿入され、青色透明な液体が注がれる。変形しても脳機能を維持できる特殊な液体、とエドモンドは説明した。二回り大きなノズルに交代され、注入から吸入へスイッチが切り替えられる。腐りかけの脳は、気持ちの良い音を立ててノズルに吸い込まれていく。最後の一片が吸い込まれたとき、彼女は一呼吸喘いだきりに静かになった。彼女の精神が一時的に身体から断絶されたのだ。タンクに溜まった脳はジューサーにかけられ、事前に作成された型へ流し込まれる。固まるまで10分の小休止。

ベネディクトが反応を示さない頬をつついて遊び出した頃、アラーム音が鳴る。リーザが型から取り出したそれは、醸し出される色気が刺激的な、子宮に生まれ変わった彼女の魂だった。型から彼女にかけて糸を引いたローション状の液体が何ともいやらしい。ベネディクトの今日一番の歓声が廃病院内に響き渡る。俺自身、その衝動に駆られそうだった。消耗しきった元のものが摘出され、入れ替えられる。神経の再配置がされ、小刻みに揺れる彼女の指先が手術の終了を知らせる。"女優"の準備はこれでOK、待ちに待った撮影まであと一息だ。


2日後。彼女の待つドアの前には、前作でも協力してくれたスタッフたち、不安げな表情を浮かべたジョージ。撮影が始まれば関係のないことだが、訳も分からないまま参加させるのも少々酷だ。屈んで、ジョージに目線を合わせながら言い聞かせるように説明する。

「聞いてくれ、ジョージ。あのドアの向こうにはとても怖い怪物がいる。怪物を倒せるのはな、ジョージ、お前だけなんだ。やってくれるか?」

ジョージは目をぱちぱちさせながら、何度も頷く。優しく頭を撫でると、ジョージが俺の手に頬擦りをした。柔らかな髪の毛が当たって少々くすぐったい。どこまでも純真で可愛いらしいジョージ、だからこそ素晴らしい撮影になるだろう。

ジョージはドアに手をかけ、軋む音に怯えつつゆっくりと開く。それを合図に、ジョージにスポットライトが当てられる。ジョージ、俺に最高を見せてくれ。



5、4、3、2、1……


ライトの眩しさに目を細めたジョージは、直後に服を脱ぎ捨て、頭をかきむしる。顔は紅潮し、下腹部の突き上げられるような痛みに苦しんでいるようだ。そのジョージの目の前には、地面を這う穴のついた奇怪な怪物。欲望に身を任せるように彼女を押さえ込み、最大の禁忌を犯す。彼女の口から発せられるものは、悲鳴というより擦れた音。単に固めただけの彼女の魂は突かれる度に崩れ、股から溢れ落ちる。ジョージは無意識に魂の欠片を踏み潰す。ダメだ、笑いが止まらない。ジョージが彼女の魂を直ファックしているんだ。無知で愚かな可愛らしいジョージ、そんな君が自身の欲望を満たすためだけに彼女を殺した、殺したんだ。最高のコメディ、最高のエンターテイメント。あらすじはこんな感じだろうか。

嬲られてなおも蠢くゾンビ。彼女を救うため、ジョージは治療薬を探すがどこにも何もない。病院の一室で、追い詰められるジョージ、迫るかつての母。ジョージは閃く。母の魂を浄化できるのは自分だけだ、と。──前作に続く、愛と愛欲のストーリー

愛しいジョージ、最高に最低な世界へようこそ。


クランクアップから二ヶ月後。ようやく落ちついたジョージと、久しぶりにレストランでのディナー。後遺症かまだ効果が継続しているのかは分からないが、ジョージは時折自身の変化に困惑した様子を見せる。あのライトがもし本物だったらと思うと、心底恐ろしい。

ベネディクトから、新作の月間売り上げを知らせるメールが届く。前作と比較して1.3倍、やはり母子ものは稼げるな。ジョージの持つグラスの縁に、俺のグラスを軽く当てる。ジョージは微笑む。俺も笑い返す。君に、そして君のママに乾杯。

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