ある軍隊による容喙
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サイト-81██は硝煙と血煙に満たされていた。

本来は無機質な白色だった廊下は人間由来の様々な赤色によって彩られている。

銃声が絶え間なく響き渡り怒号と爆発音がそれに挿入される。あちらでは頭部が弾け、こちらではボディアーマーの下からぬらぬらと光る生々しいソーセージを垂らしている。

2つの秘密組織、財団とカオス・インサージェンシーによるグランギニョル。互いの理念のために繰り広げられるこの地獄絵図は何も今に始まったことでは無かった。収容施設を過激な団体の武装工作員が襲撃しそれに財団が応戦する。不変のテンプレート。この日の戦闘も、そんな陳腐な残酷活劇の1幕として終わるかに思われた。

そんな退屈な脚本を消しゴムで消し去るかの如き存在はなんの前触れも無く現れた。

サイト-81██の周囲10kmに出現した彼らは、異常なまでの脚力を駆使して続々と施設に集結する。サイト-81██は山岳の内部にその膨大な設備を埋めるようにして建設されている。一般人であれば、その施設の存在に気がつくことはまずない。だが一心不乱に走る彼らはまるでその施設の位置を完全に認知しているようだった。木々の生い茂る森の中を全く速度を変えずに突き進んでいく。地面を蹴り、草木をありえない動きで躱す。

わずか10分ほどで彼らはサイト-81██へと集結した。███の陸軍のBDUを着込んだ男達。全部で9人。10kmにも及ぶ全力疾走直後にも関わらず、息のひとつも乱れていない。

ゲートはカオス・インサージェンシーの侵入によってこじ開けられ、開閉機能を失った金属扉の残骸が辺りに散乱している。

各々は静かに自らの装備に手を掛けた。

「さぁ、平和を齎そう。」






「クソが。」

臓器を床に広げて倒れる人間だったものを横目に1人の男が空になった弾倉を捨てた。投げ出された弾倉は凄まじい銃弾の集中砲火を受け、忽ち破片と化してしまった。

「おい、田中。どうだ、連絡はついたか。」

男は腰から新たな弾倉を剥ぎ取り自動小銃に弾薬を補填しながら廊下を挟んだ向こう側の物陰に潜む男に叫んだ。

「駄目だ、山根さん。応援が到着するまで最低でも15分かかる。」

無線機を手にした男が陰からひょっこりと顔を出す。若々しい男の顔はこの上なく蒼白だが、所々に血の水滴による赤色のアクセントが加えられている。

山根は視界に映る人影に指先を這わせた。

「残りは……11…いや…10人か?」

「敵の数ですか?」

田中の今にも泣き出しそうな声に山根は怒鳴りつけるようにして答えた。

「俺たちの人数だよ。」

山根は敵の数は減っていないと確信していた。無論、殺し合いの最中に攻撃してくる敵の数を数える暇などは無い。普通、敵を戦闘不能にすればその分だけ戦力は低下する。切れ目なく攻撃が与えられる銃撃戦ともなれば2、3人が欠けるだけで戦力は大幅に削られる。

だが、戦闘状態に移行してから現在まで明らかに敵の攻撃に穴が空いた様子は無い。敵の数は未だ減っていない可能性が高いのだ。

「あぁ、クソ。かれこれ20分も撃ち合ってんのに、なんで減ってねぇんだよ。」

山根の頭の中に既にその答えは用意されていた。恐らく、敵の戦力が減らないのは敵がただの人間では無いからだ。

異常な存在を求める組織は何らかの形で異常な存在を利用している事がある。カオス・インサージェンシーがそうである可能性も非常に高い。どのようにすれば異常存在を無力な人間が淘汰しうるだろうか。その答えはひとつしかない。

どうすることもできない。

財団の先例が物語るように、異常存在と真っ向から戦ったところでまず生身の人間に勝ち目は無い。

山根は最悪の考えを頭から追い払い、陰から銃口だけを覗かせて自動小銃の引き金を絞った。耳を劈く激しい銃声が骨を伝って山根の頭蓋を揺らす。

このままでは、自分達は応援の到着より前に壊滅してしまうに違いない。その果てに収容しているオブジェクトが奪われてしまったとすれば、カオス・インサージェンシーは嬉々としてそれを利用するだろう。

そんな事が許されるだろうか。

自分達は死ぬだけでなく財団の汚点として後世に伝えられるのだ。

そんな事が許されるだろうか。

山根の中で、猛烈な怒りと闘志が煮えたぎっていた。

再び弾切れとなった自動小銃を引き込め、弾倉を新しいものに取り替える。足元の屍の上に屈みこみ乱暴にスタングレネードを奪い取った。

「どうせ死ぬなら、やってやるよ。」

歯を食いしばり、鬼のような形相で壁に張り付く。

「山根さん?何してるんですか。」

向こう側に立つ田中が声を震わせていた。

山根は田中を無視してグレネードを握る。安全装置を解除し、敵の方へと転がした。

175dBの轟音と、1,000,000cd以上の閃光が辺りを包む。それと同時に自動小銃を抱えた山根が陰から飛び出した。

敵もフラッシュには対応できなかったらしく、目や耳を抑えてよろめいている。山根も頭がどうかしてしまいそうな程の耳鳴りに襲われていたが、そんな事など全く意に介せず突進する。敵はやはり何らかの異常存在の力を利用しているらしかった。よく見ると異常な発達を遂げた肉体や奇怪な装備の数々が散見される。さながら地球侵略にやってきた極悪な宇宙人のようだ。

飛びだした山根に気が付いた敵が銃口を向ける。山根も咄嗟に銃口を向けようとした。

次の瞬間、山根の体は後方へと吹き飛ばされる事となった。

唐突に左側面の壁が弾けたのだ。

コンクリートが爆裂し、粉々になって降り注ぐ。

転がりながら自動小銃の引き金を引いてしまい、弾痕が天井に線を描いた。

「な、なんだ?」

山根が顔を敵の方へ向けると、先程まで射線を交わしていた相手が力なく床に倒れていた。首筋の小さな穴から溢れている血液は見るからに爆発による出血では無い。

死体の後ろから人影がゆらりと立ち上がる。粉塵の中に見えるのは、陸軍を思わせる戦闘服。そして、右手に握られているのはボールペンだ。

「……え?」

突然の事態に唖然としていると、その人影は素早い動きで別の標的の元へと移動した。突然現れた戦闘服の男に驚く間もなく喉元にボールペンが突き立てられる。敵も異常に気がついたらしくその男に対して銃を向けた。敵の銃口が火を吹き、銃弾の嵐がボールペンの男に襲いかかる。

が、男は仕留めた獲物の体を盾にして有り得ない挙動で銃弾を回避する。絶え間なく撃ち続けているにも関わらず、敵とボールペンの男との距離はどんどん近くなっていく。

その時、突然に敵の1人が崩れた。

狙撃を受けたようだが何か様子がおかしい。よく見ると、地面に臥しているその体に銀色に輝く小さな物が沢山張り付いている。

「……なんだ……ありゃあ……」

ステープラーの針。

死体に穿つ「コ」の字の金属針は、どう見てもステープラーの針だ。

「山根さん!!」

背後から腕が伸び山根の肩を掴んだ。驚いて振り向くとそこには田中がいた。

「早く、物陰に!」

「あ、あぁ。」

山根は急いで立ち上がり田中と共に物陰へと滑り込んだ。敵に背中を向けて走っていたが、その間に2人が撃たれることは無かった。

「なぁ、田中。ありゃ増援か?」

山根の問いに田中は首を振った。

「無線によれば、まだ応援は到着していないそうです。」

山根はゆっくりと顔を覗かせた。

銃撃戦では有効な攻撃を加えることさえままならなかった連中が、ステープラーの針とボールペンの男によって次々に倒されていく。先程の爆発で空いた穴の奥を見ると内部に5人ほどの人影が認められた。瓦礫に身を隠し、銃を構えるような体勢をとっているようだがその手にはステープラーが握られている。

「なんだ、これは……なんの冗談だ……?」

山根の口から、言葉が漏れる。

「こいつらは……敵ってわけじゃないのか?」

「なぁ、田中。」

山根がすぐ隣を見ると、赤い水溜まりの中に田中が倒れていた。水溜まりのすぐ近くにもう1人の戦闘服の男が立っている。右手に握られたボールペンの先端は赤黒い液体に濡れていた。

山根は即座に銃口を向け躊躇無く発砲する。

わずか1m程の近距離の筈だが、ボールペンの男は発射された銃弾を力学に反した軌道で回避した。回避した動きを利用して体を屈めたかと思うと間髪入れずに床を蹴った。凄まじい勢いのタックルが山根に炸裂する。腹にボールペンの男が体当たりをしたと同時に、首に向かってペンが突き立てられた。

「うぐっ…!!」

山根は咄嗟に首を守った。ペンは山根の防御によって首に達する事は無かったが、左腕を貫いて右手の甲に傷をつけた。痛みを押し殺し、ペンを握ったままの男を思いっきり蹴り飛ばす。殆ど0に等しい距離での一撃は流石に回避できず、ボールペンの男の腹に山根の爪先が沈みこんだ。

男の体が宙に浮き、後方へと転がる。

男は呻くと、すぐに山根の方へと向き直った。

だが、ボールペンの男の目に映ったのは目の前に突きつけられた黒い金属の筒だった。

「死ね。」

男の顔面に無数の銃弾が叩き込まれる。男の体は制御を失い、周りの死体と同様に床に転がった。

『こちらブラボー。状況を報告せよ。』

死した田中の手の中で無線機が喚く。山根は開きっぱなしの田中の瞼を閉じ、無線機を取った。

「こちらアルファ。現在、第三勢力による武力攻撃を受けている。繰り返す。現在、第三勢力による武力攻撃を受けている。」

『こちらブラボー。既にその報告は受けている。詳細を報告せよ。』

無線機の向こう側は既に第三勢力による武力介入を把握しているらしい。恐らくは他の生き残りが報告したのか、或いは田中が報告していたのか。

「了解。報告する。」

山根は陰からそっと顔を顔を覗かせ敵の様子を伺った。少しの間考えて、無線機に口を開いた。

「敵は……………」



「文房具で武装している。」

何を言っているのか山根にもよく分からなかった。だが、それが目の前で起きている惨状の全てだった。

『………アルファ、それは……どういう……どういう状況……なんだ?』

無線機の向こうも相当困惑していると見える。当然の反応だ。

「どうもこうもない。俺達はカオス・インサージェンシーとの交戦中に文房具で武装したアホみたいな連中の武力介入を受けた。それだけだ。」

『………了解。他の隊員から同様の報告があった……こちらの理解は追いついていないが………』

「理解なんてのは後でいい、早く応援を到着させてくれ。それからありったけの武器と、ありったけの戦闘員を。」

縋りつくようにして無線機に叫ぶ。それは、殆ど神に祈りを捧げるのに近い行動だった。

『到着まであと5分だ。持ちこたえてくれ。』

山根はすぐに無線に応えようとしたが、少しの間動きを止めた。

ゆっくりと無線機を口元に近づけ、低い声で唸った。

「後でまた連絡する。」

無線機を手放し、自動小銃を手にした。

「よぉ、なんのマネだ?それは。」

廊下の奥から近づいてくる大きく透明な三角定規を持った男。右手には剣のような長定規が握られている。山根は自動小銃を構え、男に向けて1発だけ発砲した。

銃弾は直撃したが、三角定規を盾のように使う事で攻撃は防がれた。ただの樹脂にしか見えないが、三角定規には傷の一つも付いていない。

山根は自動小銃を腰だめに構え、男に向かって連射した。

打ち出された銃弾は三角定規に阻まれ、1発たりとも男の体に到達しない。

撃たれ続けているにも関わらず男の足取りは変わらない。1歩ずつ、着実に山根との間合いを詰めていく。

ガチン。

空っぽの駆動音が小銃から響く。

山根は弾倉を捨ててストックに手を伸ばした。が、すでに予備の弾倉は尽きており山根の手は虚空を掴んだ。

「あぁ……クソが。」

山根の目の前で、男は定規を大きく振りかぶった。






「この間は大変だったな。」

今井研究員は、喫煙所で出会した同僚と談笑していた。

「そうだな。まさかサイト-81██がカオス・インサージェンシーの攻撃を受けるとは…長い間勤務してるけど想像もしなかったよ。」

今井は肺に吸い込んだ煙を吐き出した。煙が渦を巻き、喫煙所の空気に溶け込んでいく。

「それにしても、機動部隊の生存者は0だったのに収容違反は発生しなかったんだろ?それに、避難済みだった託児所には児童書が寄付されてたとかさ……なんか色々とすげぇよな。」

同僚は灰皿に煙草の灰を落としながら言った。

「まぁ、それこそ異常存在の力って奴だろうさ。」

腕時計を見て、手の内のライターをポケットの中へと滑り込ませる。

「全くお節介な連中だよ。」

ペンは自動小銃より……ってか。」

今井は煙草を灰皿に押し付けた。

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