波戸崎研究員の夏祭り廻り
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サイト-81██の中庭はたくさんの職員でにぎわっていた。皆、とても楽しそうな表情を浮かべている。
それもそうだ。いつも休む暇など与えられず、常にオブジェクトだなんだと働かされていたのが、日本支部3周年という節目を祝い、一旦業務を凍結し‘夏祭り‘を開催する許可が上から降りたのだ。日本支部職員のみんなも、ここぞとばかりに楽しんでいる。
たくさんの屋台だってある。これはいい休暇になりそうだ。
 
「いやぁ、僕の金魚すくいを楽しんでくれて嬉しいよ、御先管理員。」
「ははは、子供の頃に戻れたみたいで楽しいですよ。ありがとうございます、茅野博士。」
「そりゃ良かった。ところで、この金魚すくいの容器は僕がデザインして作ったんだが、良い物だろう?」
「えっ・・・今、何て言いました?」
 
「チーター君、チーター君。僕にこの射的をやらせてくれないか?」
「え!?マジすか!?オレってチーターにみえるんすか!?野良博士!」
「え・・・うん、そうだけど・・・。なんだいその食い付き様は・・・。」
「当たり前じゃないすか!世界最速の動物ですよ!?そんなん、このオレ『GOD SPEED』にピッタリな動物じゃないすか!!よっしゃー!!」
「あの・・・射的・・・」
 
「おや、三国技師ではありませんか。」
「あなたは・・・堀田博士ですか?クレープ屋をやっておられたのですねぇ。」
「私のことをご存知でしたとは、光栄です。良ければ、ここのクレープをお1ついかがです?」
「ええ、ありがとうございます。ふふ、甘い物は大の好物なんですよ。」
「それは良かった。・・・味のほうはどうです?自信作なんですよ。」
「・・・。ええ、悪くはありませんが、クレープの中に金平糖はちょっと・・・。」
 
『こんにちは、朝比奈博士。その手に持っているそれはなんです?』
「おや、ロロさん。これは鬼食料理長さんの屋台で買った焼きそばです。1パック余ってしまったのですが、如何ですか?」
『おお、良いですね!ありがとうございます!給油口にお願いします。』
「わかりました。・・・入れましたよ、どうです?」
『ふむふむ、なるほど・・・これはおいしギャアァァァァァァ!!!』
「どうしました、ロロさん!?」
『致命的な不具合により、著しい損傷を受けました。繰り返しま・・・ピー・・ガガガ・・・』
「ロロさーん!?」
 
皆、人それぞれの楽しみ方をしている。
「それじゃあ僕も楽しもうかな・・・って、ん?」
屋台の列を外れた先に『お化け屋敷』と怖いフォントで書かれた看板が掲げられている建物が見える。
(これは・・・お化け屋敷か・・・。怖いのはちょっと苦手だけど、入ってみるかな。どこかの職員のお手製だ。どうせそこまで怖くはないよな。)
受付みたいなものはなく、そのまますぐに入れるみたいだ。
 
足を踏み入れようとした途端、二つの大きな音が聞こえた。
 
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
『ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリー』
 
「・・・。」
もう叫び声の主とお化け屋敷の作者が解ってしまった。
暗い室内の奥から誰かが走ってきた。
「あ、波戸崎君!?助けてくれ!」
息を切らしているエージェント・育良さんが、僕の肩を乱暴に掴んで叫んだ。
「育良さん・・・このお化け屋敷って・・・。」
「もうやだよここ!!暗闇からいきなり蝉が鳴き出したり、飛びついてきたりするんだよ!?」
「・・・。」
「なんだよその目は!?悪かったな、怖いの苦手で!!てかこんなくだらないことで怖がって!!でも怖いんだもん!!」
自分の顔は見られないから詳しくはわからないが、おそらく尊敬と信用が幾らか落ちた様な目をしていた気がする。
(肩や髪に謎の液体が飛び散っているが、それが何なのかは聞かないことにしよう。)
 
そんなやり取りをしていると、奥からまた足音が聞こえる。
「はっはっは。良い反応を見ることができましたよ、育良さん。ありがとうございます。」
割と人でなしな理由で満面の笑みを浮かべた鳴蝉博士が歩いてきた。
「ひっ・・・。」
育良さんはすっかり怯え切ってしゃがみこんでいる。
「ここはもうお化け屋敷の外ですよ、育良さん。もう大丈夫です。だから腰の拳銃に手を添えるのやめてくれません?」
いつ打つかわかったもんじゃない。
「もう脅かすのはやめましょう?そのうち、育良さんが銃使いだしますよ、鳴蝉博士・・・。」
「うちの子を撃たれちゃ困りますね、これくらいでやめておきます。いやぁ、でも見ていてとても楽しかったですよ、育良さん?ありがとうございます。」
「それは・・・どうもね・・・!」
(うわぁ・・・育良さん、凄い形相で睨んでる・・・。鳴蝉博士はなぜあんなに笑っていられるんだろ・・・。)
2人のやり取りに若干引き気味の感想を抱いていると、鳴蝉博士が急に育良さんに顔を近づけて、
「お詫びと言ってはなんですが・・・んべ。」
口から蝉を吐き出した。
「え・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
育良さんは走り去って行った。
流石エージェント、速い。
「はっはっはー!あの人は面白いですねぇ!」
僕の引き具合が若干から相当に変わった時、ふとある事に気がついた。
(あれ、鳴蝉博士ってこんなに笑う人だっけ・・・。)
そこまで考えて・・・今が祭りであることを思い出す。
「鳴蝉博士・・・祭り、楽しいですか?」
「ん?まぁ、お陰様で。いつもはこんな息抜き出来る機会なんてないですし、研究漬けの毎日ですから。空き時間も蝉の研究で研究室に篭りきりだったところを、祭りくらい遊びましょうって朝夕さんに引っ張り出されてきたんですよ。」
照れくさそうな笑顔を向けながら、そう言った。
「そう・・・ですね・・・。たまにはこうやって楽しむのも、いいですよね・・・。」
視界全体に広がる喧噪を眺めながら呟いた。
 
ある所では折れ曲がった指をさすって涙目の泥云隊員と、それを心配する串間さん。ある所では楽しそうに本を読みながら口を動かしている真家さん・・・いや、あれは神宮寺博士と喋っているのか・・・。ある所では半分一方的になっているが、殺気のこもった睨み合いをしているヤマトモとイトクリさん・・・オダマギさんだっけ・・・?
 
みんな、人それぞれの楽しみ方、休み方をしている。
たまには、こういうのも必要かもしれない。さっきの鳴蝉博士や育良さんみたいな、意外な一面を見れるのもなかなか面白い。
 
「でも・・・流石に蝉を千二百匹用意したのは張り切りすぎましたかね?」
「・・・は?」
鳴蝉博士がとんでもない事を口走った。
お化け屋敷(?)は大体オフィスの一室くらいの大きさをしている。
そこまで大きくない様な室内、完全な暗闇、曲がりくねった道・・・。
「そんな空間に・・・千二百匹の、蝉・・・」
そんな空間、想像するだけで・・・
「ところで・・・」
鳴蝉博士の言葉で絶望的な空想から現実へ思考が戻った。
と、同時に鳴蝉博士の無垢な笑顔に嫌な予感と悪寒が走った。
「な、なんです・・・?」
「あなたもお化け屋敷、入ってみませんか?きっと楽しめると思いますよ。」
鳴蝉博士は口からアブラゼミを出し、笑顔でそう言った。
「あ、すみません!今日まだ回らなきゃいけないとこあるんで!それでは!」
咄嗟に走ろうとして、肩を掴まれた。
「まあまあ、そう忙ずに。どうぞ、入って行ってください。」
「ひっ・・・!」
振りほどこうにもほどけない。とてつもなく強い力で中へ強引に連れ込まれた。
「うわぁぁ!やめてください!」

育良さん・・・。バカにして、すみませんでした。
 
 
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『ミンミンミンミンミンミンミン・・・』
 
 
青い、青い夏の空に   2つの音が再び、響いた。
 
 

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