或る武装警備員の狂気と正気
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俺は数年前からこのSCP財団という組織に武装警備員として務めている。初めは、何だここはと思った。まるで狂気の世界だった。しかし数年も毎日通っていれば慣れるものだ。全く慣れって奴は恐ろしい。

ここでは理屈で説明出来ないようなものが多く収容されている。その中には危険な物もある。同僚が死ぬなんてここじゃよくあることだ。この間も仲の良かった後輩の一人が死んだ。実験中の事故だそうだ。だが何も思わなかった。こんなぶっ飛んだ狂気の世界に、死が身近にある世界に、もう慣れてしまったのだ。

今日は実験の付き添いをしなければならない。最悪、そこが俺の死地となる訳だ。家族はいるが、もし俺が死んでも心配は要らないそうだ。記憶処理でもするのだろうか。そんなことある訳ない、と否定出来ない。その位きっと出来るのだろう。ここならば。

死んだ人員は恐ろしいほどの速さで補充される。財団からしても大したダメージでは無いのだろう。死に対して何も思わなくなった理由はここにもある。喪失感が無いのだ。死を悲しむ時間がないのだ。

全てに対する感情が薄れていく。いや、薄れるというより忘れるといった方がいいのかもしれない。感情を忘れていく。人間で無くなっていくようだ。しかし人間である為に、頭の中を整理する。ここには仕事で来ていて、俺は仕事に一生懸命なだけだ。そう自分に言い聞かせ、自分が人間である事を再確認する

「おはようございます!」
「あぁ……おはよう……」
「どうしたんですか先輩!元気ないですね!」

数ヶ月前に入った後輩だ。彼は好青年というような言葉がふさわしい、そんな青年だ。何故か俺を慕っているようで、よく話す。仲の良い後輩の一人だ。彼のような好青年には長く生き残って欲しいものだ。こう思ったのももう何回目だろうか。

「先輩今日実験の付き添いだそうですね!頑張って下さい!」
「あぁ、ありがとう。死なない程度に頑張るよ」

そうだ、死なないようにしなければ。死に対する恐怖心を抱かなければ。

実験は無事に終わった。死ななかったことを神に感謝する。そうして死を恐怖として捉えようとする。例えそれが無駄だとしても。忘れてしまう事だとしても。

「お疲れ様です!先輩!」
「あぁ、ありがとう」

これが日常だった。こんな場所にも日常はあったのだ。

その時までは。

爆音が響く。サイレンが鳴る。日常が非日常へと反転していく。
「襲撃です。サイト-81██内の武装した警備員は至急サイト入口に向かってください」

襲撃?そんな事が今まで一度でもあっただろうか。少なくともこんな堂々としたものは無かっただろう。

「先輩!行きましょう!」
「あ、あぁ」

入口に近づくにつれ、銃声が聞こえ始める。こんなことなら要注意団体のリストをしっかり読んでおくべきだった。銃の使い方は覚えているはずだ。ここに来てからも何度か使う事はあったし、自衛隊でも使った事はある。

入口は地獄だった。酸化の匂いや血の匂いが混ざり、強烈な異臭を放っていた。

「うっ……何ですかこの匂い……」
「酷いな…俺達も援護するぞ」
「はい!」

戦闘は始まっていた。日本とは思えない、戦争のような光景は、しかし俺には無意味だった。こんな状況になっても、死に直面しても、何も感じない。とても落ち着いている。だからこそ後輩に指示を出し、この狂気じみた状況に、事務的に対処する。

「お前は後ろから援護射撃を頼む。俺は少し前に出る」
「でも先輩が危険じゃ……」
「任せろ。こう見えて銃の訓練はピカイチだったんだ」

曲がり角から体を出し、撃つ。銃弾は何人かに命中する。しかしこれで場所がバレてしまった。他にも人が居るとはいえ、命中したならば狙われやすくなる。

「お前は逃げた方がいいかもしれん」
「……それは出来ません。これでも……ここを守るのが仕事ですから!」
「ハハッ…そうか。ならこのまま援護射撃を頼む」

戦闘は続く。敵も味方も倒れていく。人がどんどん死んでいく、そんな恐ろしい状況とは裏腹に、頭の中はとても冷静だった。どんどん感情は薄れていき、銃撃戦は最早、事務的な処理に等しい。頭を出している敵を撃ち、殺す。そんな単純な作業を繰り返す。そこに感情は不要だった。感情が入れば死ぬのはこちらだからだ。それにしても、退屈だ。昔から単純作業は嫌いだ。

「………」

最後の敵を撃ち殺す。ちょうど弾切れだ。人を殺しているにも関わらず、何も感じなかった。やっと単純作業が終わった。そんな風にしか感じない。

「………」

急いで倒れている味方の手当に向かう。あれ、どれが味方だっけ。そこで気付く、一人、まだ生きている。それが敵か味方かなんて、もう分からない。殺せば等しく死体となる訳だから。

「………」
「先輩…?何でこっちに銃口を向けるんです…?」

聞いたことのある声のような気がした。けれど気のせいだろう。あいつを殺せば終わりだ。

「先輩!俺です!わからないんですか!」

引き金に指をかける。しかし弾が出ることは無かった。

「…すいません…先輩!」

足から血が吹き出す。

「はい…。戦闘は終了しました…。生存者は僕と…味方が1名です…。生存している味方は…こちらに銃口を向けてきたため…足を撃ち…無力化しました…」

畜生。ここまで守ったのに、最後の一人にやられた。しかし、俺は一体何を守っていたのだろうか。なぜ、戦っていたのだろうか。ここは、何処なのだろうか。俺は、誰なのだろうか。

「先輩…」
「お前は……誰…だ…?」
「先輩…俺ですよ…思い出してください…」

そうだ。俺は武装警備員としてここに務めていて、ここが襲撃を受けて、それで戦っていて。こいつは後輩だったか。忘れていた何も彼もを、今思い出した。

「ハハハ…すまないな…頼りないどころか…後輩に迷惑をかけるとは…」
「こちらこそ…すいません…撃ってしまって…でも何で…何でこんなになっちゃったんですか…。先輩はこんな狂気の中で、正気でいられて、僕の憧れだったんですよ…」

だからあんなに慕われていたのか。しかし、俺は正気だったのだろうか。もしかすると、こんな狂気の世界に足を踏み入れた時点で、正気じゃなかったのではなかろうか。狂気の世界にいるならば、人は狂気の住人であり、それらは等しく、正気なんかじゃないのではなかろうか。そしてこのSCP財団こそ、まさに狂気の世界だったのではなかろうか。だとすればもう遅い。俺も、後輩も。
遠のいていく意識の中でふと思う。狂気と正気の違いとは一体何なのだろうか。
それももう、今となっては分からない。

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