天国の門は開かない
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 静寂に包まれた礼拝室。扉を開いたシスター・ルコの目に飛び込んだのは、床一面に拡がる鮮やかな赤だった。鉄臭く生暖かい動脈血の海の源泉は、部屋の中央に横たわる太った男の死骸。いや、じっと注視すると、その肉塊がまだ僅かに呼吸をしていることが見て取れた。
「何をなさってるんです、大和博士」呆れた口調でシスターは男に呼びかける。「神聖な礼拝室を汚すのはよしてください。今オダマキさんを呼びますね」
 大和博士は仰向けのまま、弱々しく、それでいて尊大に口を開いた。
「私は今死ぬところだぞ。静かに息を引き取る権利くらいあるのではないかね」
「死んでも三日もせず生き返るでしょうが、貴方は」
 このサイト-81██において大和博士の殺害はごくありふれた出来事だ。礼拝室が現場にされたこともこれが始めてではない。服務規定に則って霊安室に内線を入れようとしたそのとき、大和博士がゆっくりと、血塗れの顔をこちらに向けた。
「ときにシスター。天国はあると思うかね」
 これにはシスターも少し虚を突かれた。週一以上のペースで誰かしらに殺害されているその男の口から出た言葉にしては、余りにも普通の死に際めいていたから。
「さあ。あるんじゃないんですか。行ったことはないので判りませんけど」
「私はそこに行けるか」
「無理でしょう。死んでも死なないんですから」
 大和博士は表情を変えなかった。決してシスターの受け答えに不満があるという様子ではない。情緒豊かな人物ならそのときの彼の目にある種の哀しみを読みとったかもしれないが、そんなものは単なる深読みに過ぎないのかもしれなかった。
「キリストは復活した。なぜだ」
「父に愛されていたからです。父の言葉を私達に伝えるためです」
「では、私も、神に愛されているということになるのかね」
「それはどうでしょう」
 シスターは太腿に巻いたホルスターに手をかけ、拳銃を抜いた。天国からきっと一番遠いところにいる彼に、彼女がしてやれることはこれしかなかった。
「どっちかというと、嫌われてるんだと思いますよ。神に」

 ぱあん。

 銃声が室内に反響した。弾丸は瀕死の男の脳味噌をぐちゃぐちゃに吹き飛ばし、銃声が止んで、礼拝室は再び静寂に包まれた。

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