辞表
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「……そんな訳でして、こちら、先ほど人事課で判を頂いて来ました。こちらがその他の書類と、IDカードです。……すみません」
「いやいや、結婚御目出度う。……さみしくなりますね」
「すみません、博士」
阿藤博士のデスクに、一束の書類が置かれた。
「嫁の体のことも考えると、やはり……このままここに属しているのは危険すぎますから」
「うん……ウン。書類に不備はないようですから、これで大丈夫でしょう。判子を押しましたので、このままもう一度人事課に持って行きなさい」
「では……また。」
研究員は一礼すると、書類の束を抱えて部屋を出て行った。
「……9回目」
空白
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9回。彼がここに辞表を持って来た数。
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彼はこれから人事課に向かうだろう。人事課の職員は、慣れた手つきで、目つきで、“では、機密保持のため財団に関わる記憶だけ消させて頂きますね”とか何とか言い、彼を記憶処理課に案内するだろう。そして……。
空白
財団は折角の人材を手放しなどしない。きっと彼は、また何日かしたら私に辞表を持ってくるだろう。
空白

ふと、阿藤博士は思った。彼は、そこまで分かっているはずでは無いか、と。彼は上司の視点から見ても聡明な男だ。財団のやり方からしてみれば、自分の記憶がどこまで消されてしまうのかなど、思い至らないはずがないのではないか、と。そこまで分かっていて、彼は。

「妻がそんなに大事かい。……大事なのか」
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では……また。彼の最後の言葉が思い出された。

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