世界の歴史:Part1
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2007年に立ち返ってみると、/x/1はあなたに夜更かしをさせる目新しいやり方に溢れた興味深い場所でした。今日においてはやや古臭いcreepypasta2のような雑多な話は、使い古された手法であなたを驚かせたものではなく、実に不気味でありました。その年の夏、単発のcreepypastaとして意図されたあるものが爆発的な流行になりました。SCP-173、 "The Statue"です。

全てはSCP-173から始まりました。出任せで一発ネタに過ぎないcreepypastaでしたが、それは多くの人々に影響を与えました。やがて他の投稿が現れ始めました。そしてある日、誰かがそのためのwikiを立ち上げたため、最終的にそれらが全て4043になってしまうことはありませんでした。/x/時代のSCPは未だ若く、The Holders4、Ted the Caver5、Treedog6、一昔前の/x/におけるその他の戯文もまた非常に新しく、まともなものでした。 - DrGears

SCP-173の初登場は、/x/コミュニティにとってまったく毛色の異なるものでした。人を怖がらせるオチ、怖気・生理的嫌悪感を引き起こさせる事柄への飛躍を伴う初歩的なストーリーではなく、それはあなたを不思議がらせ、そこから恐怖を引き出すべく設計されていました。初めてそのスレッドを閲覧するために画面をスクロールダウンした時の大勢のネット住民の反応が目に浮かぶようでしょう。

SCPは人気がありました。元スレッドは数日の間立ち続け、どこか別の場所に173のような存在がもっと存在している事を仄めかす記述と含みがもたらす身の毛がよだつような感覚に多くの人々が驚嘆しました。しかし、ある住民は4chan外で何ができる かを考えており、また別の住人はどうすればSCPというパイの分前を得られるのかを知りたがっていました。彼らはその後に"The SCP Series"として知られる企画への一番最初の参加者となりました。それはまた、我々がDrGears、A Fat Ghost、Kain Pathos Crow、FritzWillie、Bijhanなどといった最古参かつ最初期のコミュニティ形成者を得た時でもありました。

これら執筆者たちと共に、我々はまたThe SCP Seriesの中で最も古く、最も愛された(あるいは嫌われた)いくつかのエントリを得ました。あなたがこのカテゴリーに何が入るかを考えた時、真っ先に思いつくのはまずアベルでしょう。アベルはKainによって創作されましたが、彼が最初に創作された時は今日のような外見ではありませんでした。それどころか、彼は"巧みに戦うだけのヤツ"というような今も多くの人々が彼を非難するイメージにより近い存在でした。機動部隊Ω-7の構想はトントン拍子で進み、財団の利益のために異常なオブジェクトを使用するというコンセプトは例外ではなく、ルールになりました。

在りし日の/x/時代において、DrGearsは現在も公開されている42個もの記事を執筆しました。その中には、今は削除されたSCP-031 "Parasite's Generation" のように残存しなかったものもありました。ただし、かなりの数の珠玉記事は今に至るまで生き残っています。SCP-682は原版が作られ、可能な限りの全てを破壊し、噛み砕く用意ができました。しかし、682は非常に長い時間をかけてかなりの部分を改定されていきました。もともと、インタビューログや弱さを描写する記述は存在しませんでした。そういった変更は、EditThis wiki7の匿名執筆者によって付け加えられました。Dr. Gearsの人物像もこの時のプロトタイプ・テールに由来します。そのテールとは、2つの異なるSCPのクロステストを行い、SCP-682の作成という結果をもたらしてしまった研究員たちへの懲戒文書でした。この作品が/x/に投稿された時、それがあまりにも感情的かつ非科学的であったために批判を招きました。このような経緯があり、DrGearsは財団での非難されるべき行為によって心に深く傷を負い、感情を失ってしまった男性という人格を形成しました。

多くのユーザーがSCP Seriesを取り入れ、そのアイデアをよく利用しましたが、一部のユーザーたちはフォーラムのスレッドでただ投稿することの限界に不満を抱いていました。さらに、/b/8と/x/の多くの住人たちはスレ立ての繰り返しに疲れ始めていました。そのため、2008年の1月19日にSCP Series wikiがEditThis wikifarm上に作成されました。EditThis wikiに移動された多くの投稿は、/x/及び/b/住人のオリジナル作品でした。SCP Series wikiの作成によって、4chanのスレッドへの投稿は少なくなり始め、代わりにwikiへ直接書き込まれるようになりました。こうして、/x/と/b/がSCP作品の主要な媒体ではなくなり、スレッドもゆっくり消えていきました。

SCP wikiはwikipediaクローンであるEditThisから始まりました。そこは洗練されておらず、少しだけ杜撰で、振り返ってみるとおそらく出発点としては最高の場所ではありませんでした。投稿は大きなリスト上に表示されており、我々が現在使っている形式と似た仕様でした。我々が知るようなディスカッション・ページは存在していなかったため、コミュニティメンバー間のコミュニケーションは困難であり、意思伝達が行えるページも素朴なものでした。また、この連絡ページはBrightやEberstromといった有力なメンバーを我々が獲得した場所でもありました。EditThisのインターネット・アーカイブで、今も古いコメントの一部を閲覧することが可能です。

過去のwikiにおいて、Eberstromは間違いなく最も影響力のあるメンバーの一人でしたが、歴史の塵の中に埋もれてきました。昔のディスカッション・ページでの彼の投稿を通して見ると、彼が非常な影響力を持っていたことは明らかであり、その事実はDrGears、Kain、FritzWillieの面々にはよく知られていました。彼による001提言は当時のwikiにおける最初の記事の一つであり、EditThis時代から残存する最古の記事の一つです。(Archived SCPという形で残っています。)

EditThis上のエントリは、数ヶ月のうちに200未満の状態から何百もの数に増加しました。当初、ナンバー001は"誰かがSCP-001に値するエントリを作成するまで保留"というラベルと共に一時保留となっていたため、 SCP-001提言は存在しませんでした。最終的にはいくつかのSCP-001提言が作成されました。:Eberstromsの提言(Site-19)、Catalystの提言(同様にSite-19)、DrGearsの提言(プロトタイプ)、Jonathan Ballの提言(論文の束)、Taisaijinの提言(A Lost God)。DrGearsとボールの提言のみが今も存在し、Eberstromのものは-ARCとして残っているものの、残りは削除されました。

ジョーク記事の発祥はEditThis wiki時代に遡り、それらは主にポップカルチャーの引用等から構成されていました。我々はポータルシリーズ9を元ネタとする一連のオブジェクト群といったような、様々な書籍、映画やコミックに由来するくだらない記事を保有していました。wikiをWikiDotに移行した際、それらが通常のSCP番号枠を占有するということで、ジョーク投稿を完全に削除することに関するいくつかの議論がありました。これらは最終的に、一括編集時にポップカルチャー由来のジョークを排除した上で、現在のセクションへと移されました。

その他の影響力あるエントリも、もっぱらEditThis時代中に作成されました。半身猫のジョーシーはEditThisに投稿された初期の主要記事の一つであり、彼女の外観に基づいた最初のSCPロゴは十分に普及していました。ジョーシーのロゴはここから見ることができます!またDrGearsも、SCP Seriesメインページへの登録後、相当数の記事執筆や投稿を行いました。壊れた神の教会やMC&D作品の多くはもちろん、彼の古典的な記事10もこの時期に執筆されました。

全ての記事において科学的厳密さを保持するという方針が具体化し始めたのは、EditThis時代でのことでした。この時期以前には、多くの著者がエントリを作成するために何気なく基礎的な科学や数学を無視していました。時が経ち、多くの追加投稿がシリーズに加えられると、人々はますます多くの非科学的な記事を作るようになりました。コミュニティの人々はそのような現状に嫌気が差し、2008年3月28日、AidenというユーザーがThe SCP Seriesのディスカッションに以下の投稿を行いました。

来週か再来週までの間に投稿をよく見直した上で、過度に精密な寸法表記を省くという私の提案にまさか反対する人はいないですね?"およそ57.23545445cm"といったような記述があるSCPはかなりの数に及びます。管理要項を書く際に、ナノメートル単位まで掘り下げて書く必要はありません。そのような表記はおそらく共通の有効桁数にまで縮めることができるでしょう。全ての単位をそのように記述する訳ではありませんが、ほとんどの場合、私は10分の1か100分の1までで単位を書き表わします。また、あらゆる寸法表記はSI11に変換します。というのも、国際単位系に基づく表記こそが調査報告書に用いる単位だからです。本当に必要であるなら、マイルやポンドなどの単位を括弧内に含めても差し支えないでしょう。

その他にも、多くの報告書が「アイテム番号/オブジェクトクラス/SCP12/説明」の書式から逸脱している様子が散見されます。単純にオブジェクトクラスが欠落している(並行して、誤ったクラス表記もあるようでした。)記事もあれば、スペースの空け方がまったく雑然としている記事もありました。私はセクション(#/クラス/SCP/説明)の太字表記化、記事を読みやすくするために必要なスペースの追加を進めたいと思います。この2つの変更は物語を語る上で非常に適したものであり、議論が成されていない記事については手を付けないことにします。

また、私はやり過ぎである(私見ですが)多くのSCPとその説明にも編集を加えたいと思っています。"終了"という語句使用の削減、必要とされていない全ての大文字使用の削減、収容手順に関する不明な/過剰な記述の編集/削除(経験の積み重ねによらない手順、つまり10トンの土にオブジェクトを埋没させ、明確な理由も無しに一日おきに土を交換するようなもの、あるいは収容以前においてまず有り得なかったであろう非常に精密な温度領域を各SCPごとに要するようなもののことです。)、その他。私はここで誰かの創造性を侵害するつもりはなく、ただ本当に、改善の機会を見出しているだけなんです。

匿名ユーザーからの反応:

適切なアイデアみたいですし、良いんじゃないでしょうか。実際、SIへの変換によって科学的な品格は増すでしょう。
あなたが引用したような撞着語法的表現の削除も個人的には問題無いです。

これら記事を作成する上での基本的なフォーマットは、我々が今日使っているものとは大きくかけ離れたものでした。一例を挙げると、誰もが何時でも、またいかなる理由によっても、任意のエントリを編集することができました。ポップカルチャーの引用はありふれたもので、ディスカッション・ページの多くではそれらの話題に触れていました。現在のコメントシステムの代わりに、各記事ごとに議論掲示板がありました。記事はウィキペディアと同じスタイルで書式化されており、インターフェイス全般は旧式のものでした。しかし、それでもなおサイトの全てに魅力的な何かがありました。そこは、皆がめちゃクールだと思うものを共に創作しようとする、/x/及び/b/の匿名ユーザーたちの集まりに過ぎませんでした。古いディスカッション・ページを読むと、将来への希望が伝わってきます。

EditThis時代のコミュニティは、意思疎通の大部分が/x/上か議論掲示板で行われる贔屓目に見ても散漫なものでした。ガイドラインはほとんど無く、現行の"SCP記事作成のガイド"がウェブサイト下部にあるだけで、しかもその閲読は完全に任意でした。記事削除のプロセスは存在せず、メインリストには多くの駄作エントリが残っていました。Wikidotへの移行が決まった際、それらエントリのいくつか13は置き去りにされました。

クオリティ管理の欠如にも関わらず、最初の漠然としたカノンはこの時期に発生し始めました。保管施設群によって、財団の影響力がサイト-19を越えて及ぶものであることが示されましたし、O5評議会はThe SCP Seriesがそれらしい指導者層を擁するというアイデアをもたらしました。その当時は"D職員"という名称のバリエーションで呼ばれていたDクラスのような概念も導入されました。それらの設定はシニアスタッフ著者によって挿入された訳ではなく、Foundation Talesのようなものもありませんでした。記事についてコメントを残す際、ユーザーたちは記事の終わりにあるO5注釈という体裁でコメントを残していったものでした。このことは注釈におけるいよいよもって馬鹿馬鹿しい風潮の発生に繋がってしまい、さらに、ユーモアを認めるユーザーとそうでないユーザーの間で数件の編集合戦を引き起こすことにもなりました。

結局のところ、EditThisはThe SCP Seriesを続けていけるホームではありませんでした。このWEBホスティングサービスは資源が不足していましたし、加入者の多くに支払いとページ削除のどちらか一方を強要しました。我々は支払いのためのリソースを持っておらず、それは差し迫った削除が近づいていたことを意味しました。EditThis wikiからシリーズをどこに移転するかについて、いくつかの議論がありました。EditThisには管理者がいなかったため、我々は基本的に無秩序なネット共同体に過ぎませんでした。EditThis wikiがもはやThe SCP Seriesを続けていけるホームではない以上、新しいホストが求められました。

投稿に対する他の人からの意見を求め、サイトに参加して数週間ほど経っていましたが、私がこのサイトを見つけた時には元の作成者はその管理を放棄していました。サイトはホストネットワークから排除される危機に瀕しており、そのため私はただ全てのデータをコピー&ペーストする形で、wikidotへの移行作業を行いました。
- FritzWillie/管理者

FritzWillieはWikidotにてwikiサイトを設立することに決めました。サイト自体は2008年7月19日に作られ、そこからコンテンツと著者たちを移動させる苦しい戦いがありました。そして2008年7月25日、Wikidotのwikiサイトは正式公開の準備が整いました。以下のメッセージはwikiページを初めて開いたThe Administratorが投稿した、当wikiにおける最初のお知らせです。

フォーラムの用意が整いました。
ページの評価機能は利用可能です。
当ウェブサイトは本日より公開されます。あらゆるアクセス権限は開かれています。
ようこそ

しかしながら、彼がサイトを創設した時、彼の名前で登録された2つのアカウントが実際には存在しました。管理業務を行う際には"The Administrator/管理者"、作品執筆を行う際には"FritzWillie"というように自身を設定したのです。このことについて彼は誰にも話さず、The Administratorアカウントでほとんどの管理作業を行いながら、FritzWillieの名前で主な記事投稿を行いました。

今も言ったように、管理は管理役として、投稿活動は他の人と同じように行いたかったんでしょう。"the administrator"としてこのサイトを守ったという理由だけで、色眼鏡のかかったupvoteをもらうなんてごめんだったので、ほとんどの記事はfritzwillieによるものとして投稿されました。
- FritzWillie/The Administrator

消滅したEditThis wikiからやってきた著者たちにより、間もなく新しいサイトはにわかに活気づきました。最初期の管理権限はThe Administrator、DrGears、FritzWillie、Kain Pathos Crowに割り振られ、その間のモデレーターはLt MasipagとKraitoが務めました。彼らは可能な限り迅速なWikiの構築に尽力しました。

The Adminはいくつか素晴らしい記事を書いたけど、それ以外のこと、彼がどんな人物なのかについては[見当]もつかないよ。元のwikiで彼が誰であったのかさえ知らないんだ。彼が僕をビッグ・フォーの一人として選んだのは、僕が旧wikiにおいてずっとアクティブだったからだろうね。
- Kain Pathos Crow

誰かをえこひいきしたり、管理者であるというだけでコミュニティの皆から歓心を買いたくはありませんでした。
- FritzWillie/The Administrator

彼はWikiDotサイトの創始者として投稿することをやはり望んでいなかったので、"The Administrator"アカウントを作成しました。FritzWillieはそれが身内贔屓のupvoteに繋がるかもしれないと考えたのです。彼は一連のThe SCP Series記事といったサイトにおける初期ページを構築し、モデレーターと管理者の役割を割り振り、EditThisから皆さんを連れて来るため熱心に働きました。以上がThe SCP Series及びその他クリーピーパスタの事実上のホームとして、WikiDotサイトが開設された経緯となります。彼は袖の多いコート"生きている"居間などの今日まで賞賛され続けるいくつかの記事を投稿しました。また、彼は"管理者からの言葉"を執筆しました。

現在、人類はおよそ25万年存続し、特にここ4000年はとても重要であった。そこで我々は25万年前何をしていたか?我々は理解の外を恐れ、洞窟で小さな火の周りに群がった。岩に真に迫り描かれたのは、なぜ太陽が昇るのかという説明よりも、神秘的な人の頭を持つ巨大な鳥だった。我々はそれらを『神』と『悪魔』と呼び、彼らに救済を祈った。

時間は彼らを減らし、我々の数は増えた。世界が認識されるほど恐れるものが少なくなっていった。それでもまるで宇宙そのものが不条理と不可能を必要としてるのか、不可解なものは決して去ることはない。

人類は恐怖によって隠れる時代に戻ってはならない。誰が我々を守るのか、我々は自身のために立ち上がる必要があるのだ。

人類の大半が光に住む中、我々は戦い、阻止し、人々の目を覆い隠すため暗闇の中で立つ。人類が正常、かつまともな世界で生きる事ができるよう。

//We secure(確保). We contain(収容). We protect(保護). //
- "管理者"からの言葉

FritzWillieがWikidotサイトにおいて活動的だったのはごく短い期間でしたが、彼の貢献を軽視することはできません。メインリスト上の最も影響力のあるいくつかの記事、キャシートゥール砂漠の這い寄る飢えた砂フェルナンド第二次大戦期の分子分裂砲は彼によって創作されました。彼はまた、wikiにおける最初のガイドの共同執筆を担当し、財団の気風について説明しようとしました。

まあ、Fritzwillieは聡明な人だったよ、特に軍事系のネタに詳しかったね。その後はよく知らないなぁ、第二の財団サイトが開設されてからすぐにいなくなっちゃったし。
- Kain Pathos Crow

Kraitoは最初期における二名のモデレーターの内の一人であり、The SCP Seriesへの多くの記事投稿によって調停権限を与えられました。シリーズがWikidotに移行した後、彼はすぐ姿を消しました。年月が過ぎるにつれて、彼のエントリは低スコアになり、やがて削除されました。最終的に彼の人事ファイルは削除され、彼の存在を歴史のゴミ箱へと追いやりました。2014年の初めに彼は一時的に復帰し、新しいSCPを投稿しています。

Lt Masipag(EditThis wikiでは"Unite 3-012"として知られています)はKraitoと同時期にモデレーターを務めた、シニアスタッフとしては初の女性メンバーでした。Kraitoとは異なり、Masipagはしばらくの間活動し続け、wikiの調整に貢献しました。彼女は要注意団体ページやテレキル合金、旧wikiから移行された記事を含む、カノンに未だ大きな影響を与える重要記事の多くを投稿しました。

比較的目立たないものではありますが、SCP-001も一つの問題点でした。一体どうなるか成り行きを観察するため、SCP-001は管理者によって空座のままになっていました。Masipagはページをロックし、それに続く議論において、何らかの001提言を決めるべきだとは全く思わないと主張しました。今日、我々は10のSCP-001提言を有しており、当時の彼女の発言は正しかったと言えます。もしもただ一つの記事が001提言に定められていたなら、いくつかの珠玉記事を私達が目にすることはなかったでしょう。

Wikicotにおける最初の苦労は、シリーズエントリの転載作業でした。数百もの記事が存在しており、それらの移行作業を行えるのはごく少数の人に限られていました。しかし、それは成されなければなりませんでした。古い記事の大部分の転載を実行したユーザーは、far2、xthevilecorrupter14、Lt Masipagでした。far2とEcksが手作業で転載を行っていた一方で、Masipagは移行作業用のコンピュータープログラムを用いました。

とはいえ、誰もが変化を認識していた訳ではありません。EditThis wiki上の多くのユーザーはWikidotサイトの存在を知らないまま、そこに数週間の間留まっていました。EditThis wikiは2008年9月6日に最終的な削除を迎えるまで、小さなコミュニティと共に存在し続けました。

この時期に開設されたサイトはWikidot wikiだけではありません。FritzWillieは"The Administrator"アカウントを用い、死体石鹸製品社、懐疑論者と超常現象の会15、参加申請用のwikiを立ち上げました。これらのウェブサイトは面白いアイデアではありましたが、新興のコミュニティにはふさわしくないものでした。懐疑論者の会及び石鹸社のウェブサイトが利用されることはなく、far2によって注目に値するオリジナルアート看板が投稿されたのみでした。

"SCP管理協議会(SCP Admin Court of Council)"はO5司令部16以前の運営サイトで、管理者たちが内輪の事柄について議論できる場でした。サイトメンバーはDrGears、FritzWillie、Kain Pathos Crow、The Administratorの4名だけでした。黎明期のwikiに影響を与えた多くの問題、例えば通常のものとは異なるオブジェクトクラスの実装、ハガー・アタック、ユーザーの昇格などの事柄はここで話し合われました。2009年5月、このサイトはO5司令部へ置き換えられました。

KondrakiやClef、Fishmonger、far2らがモデレーターに昇格された最初期の昇格スレッドはここで見つけることができます。Kain Pathos CrowとDrGearsが最も活発な管理者になり、The Administrator自身は小規模な投稿を行うのみでしたが、それでもかなりの数に及びました。FritzWillieは記事投稿数わずか3件と活動が最低限になりましたが、これはおそらく彼がアカウントを主に執筆のために利用することを望んだためでしょう。

最初期のモデレーター3人の内の1人であるfar217は、新しいwikiへの大量の記事の移行を担当しており、現行の記事カウントで52の記事を移行させました。興味深いことに、彼は2008年の7月まで自身のエントリを書き始めず、SCP-235を投稿した際も、後にその記事をtale項目へと移しました。また、彼はWikidotにおける物事の体系化に多大な貢献をしており、脅威区分の基準や脅威レベルの基準についてのフォーマットを策定しました。半身猫のジョーシーや星眼児を含むいくつかの記事のために、彼は非常に多くの加工画像を作成しました。

しかしながら、最も長期に渡り、間違いなく最も重要である当wikiへの彼の貢献は、SCP"ロゴ"の制作でした。2009年10月、フォーラムの投稿においてSCP財団ロゴの制作が提案されました。いくつかの投稿が行われたものの、それらはおざなりな反応を受けるに留まりました。しかし、その流れが徐々に静まり、忘れ去られようとした時、far2がこの先何年もwikiに影響を及ぼす投稿を行ったのです。:

これは私が手がけた当初のロゴではありません。オリジナルは以下の通りで、ちょうどPhotoshopのフォトコピーフィルタをかけて処理しました。ロゴが"盾"、あるいは法執行機関で使われるバッジのように見えるようシンボルを用いており、また、内側への移動を表した矢印は ── 脅威の収容を意味しています。
- far2

この画像(今ではもう失われており、参照できません。)は、初期バージョンのSCPロゴでした。数えきれないほどの追加バージョンが作成され、長年に渡って変更されてきましたが、3つの矢印と盾という基本イメージはそのまま保たれました。私生活の事情により、far2は2008年の後半/2009年の初めに当wikiを去りました。彼の最終的な離脱は、長期の運営者不在の後に訪れました。

Fishmongerは別の初期モデレーターであり、執筆の才能とwikiのための壮大で包括的な物語を書く能力で知られていました。初期において、彼は非常に失礼なことで知られており、時にはまったく無慈悲に振る舞うモデレーター、当時知られていた物語のほとんどを書いた人物でもありました。彼が書いた記事であるSCP-808 "technopath"は、彼の人気作品であった"Wanderlust"内で用いられました。

この初期の分岐点において、Fishmongerはサイトに不可欠な人材でした。彼の物語は多くの新規ユーザーを集め、新しいコンテンツに影響を与えたのです。しかしながら、彼のモデレーターとしての権力はwikiの調整のために使用されておらず、それどころか時おり人を煽ったり、他者の作品を自分の作品に沿うような内容に編集するために行使されました。このような振る舞いは今日では許されないものでしょうが、彼の作品への高い需要のため大目に見られていました。

カノンはwikiにとっての新しい何かであり、今日我々が財団として知るものを生み出す上での大きな前進でした。The SCP Seriesが最初にWikidot上へ移転された際、The SCP Seriesを何と呼称すべきかを巡る論争が起きました。曖昧なままにしておく方が良いだろうという意見もあれば、組織の作成によるカノンの形成を望む声もありました。組織、財団、蒐集物(コレクション)18を含む様々な名前が熟考されました。そして2008年7月27日、"財団"の名称がカノン化されました。

WikidotにおけるSCP財団wikiはもともと開かれたプロジェクトであり、匿名での編集はありふれたものでした。この時期は誰もが参加可能であり、編集や記事投稿も好きなように行えました。メンバーとしての登録はまったくの任意であり、しばしば無視されました。その後間もなく起きた事件によって、匿名での編集は完全に禁止されることになりました。

HAGGARらによる攻撃(ハガー・アタック)はまったく出し抜けにwikiへと襲い掛かりました。最初の事件が起こったのは10月18日のことで、彼は数十のスパムスレッドを建てると同時に、wikiの大部分のページを削除しようとしました。彼らは記事を適切に削除するのではなく、それらのページを"削除済み"カテゴリーに送るという古典的かつ初歩的なミスを犯しました。snorlisonとfar2はこれらの攻撃に対し反撃した主要スタッフであり、その尽力を評価されて昇格されました。10月25日に起きた第二次ハガー・アタックは、新しいモデレーターと管理者の面々の精力的な対応によって、首尾よく撃退されました。HAGGARと彼の手下たちによって建てられたスレッドは排除されました。この攻撃の後に、匿名での編集は恒久的に禁止されました。

運営はwikiの安全を守るための措置として匿名編集の排除を実施したことに続き、最も注目すべき試みとして財団への参加を希望するユーザーのための参加申請サイトを設立しました。参加申請wikiではシリーズへの新規参加者をテストします。参加は必須であり、参加後は審査用の記事を2つ上手く書き上げることでWikidotサイトへの参加が正式に認められました。しかしながら、このアイデアは当時においてはあまりにも野心的に過ぎるという見方もありました。参加申請wikiは複雑過ぎたことから廃れ、一時期はサンドボックスとして利用されることもありましたが、最終的には完全に放棄されました。

SCP作成のプロセスはまた、今よりもずっとのんびりしたものでした。ユーザーはサイトにおける下書きを行うためのセクション、"練習場"であるサンドボックス・ページの作成を奨励されました。全ユーザーがサンドボックス・ページを設けることができ、実際に多くのユーザーがそうしました。wikiには未だにいくつかのサンドボックス跡地が残っており、それらは大抵"Sandbox"タグの下に見つけられます。当時のSCP発想様式は一般に、クールに見える画像を見つけ、それを題材とした記事を書くという工程に要約されるでしょう。その結果として、面白みがないもの、意外性に欠けるもの、陳腐なもの、その他ぱっとしない記事が氾濫していました。

wikiにおける初期のクオリティ管理は、今日のような厳格な基準から全くかけ離れたものでした。削除のプロセスはせいぜい略式に過ぎず、スタッフがどのようにして駄記事の削除を行うべきかというガイドラインすらない有り様でした。そういった事情があり、良作駄作どちらにもなりうる記事や単にまったくくだらない記事など、かなりの数のエントリが存在していました。これらの記事は非常に低いクオリティで、いつまでも中途半端な低評価帯で燻っていました。

仕組みをどう変えるかについての議論も色々あり、それは主にオブジェクトクラスへ焦点を当てるものでした。現在wikiで用いられる主要なオブジェクトクラスは、Safe・Euclid・Keterの3つです。オブジェクトクラスが何を意味するか、財団世界においてそれらがどのように定義されているかについて議論がありましたが、それらは別の場所で行われました。あるエッセイによって、我々はその著者の解釈である"ボックス・テスト"を基準とするようになりました。もし箱にしまってそのままじっとしているなら、それはSafeを意味します。Euclidを箱の中に閉じ込めたとしても、次に何が起きるのか予測できません。Keterは箱の中から飛び出し、あなたのグランマを喰い殺します。

しかしながら、使用できるオブジェクトクラスがこれらだけという訳ではありません。我々はコンテスト、またはもう使われることのないwikiにおける古い慣行を通して、様々な発展を経ています。Explained記事は新たなオブジェクト指定を試すためのコンテストに由来します。僅かな数の記事だけが残存できていますが、それは面白い記事として貢献しているからこそです。これを書いている時点で、8つの-EX指定記事が存在しています。

Decommission記事に関しては当エッセイの後半でより深く論じることになるので、ここでは簡単な説明に留めます。wikiではシリーズ内の不愉快な記事を粛清することが許されていたため、Decommission記事が作成されました。しばらくして、ユーザーたちはそれが逆効果であったことを悟りました。メアリー・スーSCPをことごとく処分して以来、彼らはよりスー的な研究員キャラを創作しました。そういった訳で、Decommission記事はそのまま残されており、今日において"何をすべきではないか"の見本として機能しています。

もう使用されなくなったクラス指定もいくつかあります。例えば、オリジナルである/x/SCPシリーズにおいて、基本的に"Anti-Keter"記事群を指すThaumiel指定がありました。これはロジェの提言SCP-2000で用いられるまで、長らく使われていませんでした。Safe/Euclid、Euclid/Keter、Safe/Keterといったような分割オブジェクトクラスもしばらくの間使われていました。

Wikidot wikiの草創期において、サブクラスと脅威識別子についての議論がありました。何人かのメンバーはSafe、Euclid、Keterにそれぞれ割り振られるAlpha、Beta、Gammaというサブ分類の実装を望んでいました。Alphaは最も低い危険を示すサブクラスで、Gammaが最大のものです。

例:SCP-3110 "破滅の栗" — オブジェクトクラス:Euclid | サブクラス:Alpha

脅威識別子は、基本的にはオブジェクトがどういった性質のものなのかを一目で確認するために用いられていた画像群です。それらは今日我々が用いるタグとほぼ同様の役割 - つまり、オブジェクトクラスに加えてそれがどういった特性を持つのかを判別する役割を果たしました。

新しいオブジェクトクラス指定の作成についての提案も数多くありましたが、それを実装しようとするあらゆる試みは失敗しました。

要注意団体(The Groups of Interest)の概念は、SCP Wikidotサイトにおける最初期のモデレーターの一人であるLt. Masipagによって考案されました。人々は壊れた神の教会やGOCのような、別々の記事に繰り返し登場する複数の団体を創作しました。初期GOIの大部分は、Kain Pathos Crow並びにDrGearsによって創造されました。初期19のGOIとは、███████████ ███████研究所20、カオス・インサージェンシー、壊れた神の教会、イスラム革命防衛隊21、"Foo"22、世界オカルト連合(GOC)、蛇の手、マーシャル・カーター&ダーク株式会社、そして異常事件課(UIU)です。

GOCは当時の/tg/23か/x/で散見された、ニーチェは間違っており、神は死んでいないというコピペネタに触発されたものだよ。「少なくとも彼がそう書いた時には死んでいなかった。自身をYHWHと呼称する存在は、ロシアの軍隊によって殺害される50年代の終わりまでは生きていた」みたいな内容だったね。

カオス・インサージェンシーは、財団に対する"悪漢"役っていうアイデアとしてありふれたものだったよ。

Fooは何というか"メン・イン・ブラック"っぽいキャラクターを想定した、まったく出任せのアイデアだったね。確かIceberg7だったかな、他の誰かがその人物をFooと命名したんだ。GOIとしての名称は無かったと思う。

記事やその他も含めて、僕が最初期のGOIの設定を組み上げたことになるね。想定してたよりちょっとだけBRPD24っぽくなっちゃったけど、それはヘルボーイのせいにしておこう。

talesのページも僕が立ち上げたんだけど、僕自身は長い間何も書かなかったんだよね。物語として載せた方が適切と思われる体の記事がたくさん投稿されたり、皆がGOIの物語を書きたがっていたから、talesページを設けたに過ぎないんだ。あと、インシデント・レポートや実験ログ、目撃証言といったあれこれ全ても、僕の手によるものだね。クリーピーパスタ書庫の立ち上げにも相当な時間を費やしたっけ、まあ色々な理由から最近になって削除されちゃったけど。何で消されたのか僕には皆目見当が付かないね。
- Kain Pathos Crow

また、Kainが発起人となったthe SCP CYOA25ゲームプロジェクト、Kondrakiが発起人となった.pdfプロジェクト(前者は未達成に終わる)を先駆けとして、"進行中のプロジェクト"セクションが作成されました。.pdfプロジェクトは全SCP記事の.pdfアーカイブ計画として発案され、各記事に"それらしい"体裁を与えるテンプレート26が作成されました。しかしながら、pdf化されたエントリの多くはその後にwikiから削除されてしまいました。その当時においては何も問題無かったものの、削除方針の予期せぬ変更の煽りを受けてのことでした。

大規模編集の前に行われる削除は少数に留まることが証明するように、低評価記事に対する運営上の働きかけは非常に限られたものでした。アクティブな管理者はKain Pathos CrowとDrGearsのみで、FritzWillieはSCP管理協議会の設立直後から、健康上の理由により脱退状態にありました。つまり、Wikidotへの移行から間もなく、彼はサイト運営から手を引いていました。彼は自身の物語の大半をWikidot上に投稿し終えた後は、まったく活動的ではありませんでした。運営をある程度手伝うという形式で新しい血こそ入ってきましたが、それでもなお道程は困難なものでした。

FritzWillie/The Administratorの離脱の後には、二者による権限体制が明確になりました。wikiにおける権力の大部分はKainとDrGearsが握っていましたが、両者ともプロジェクトの提案を行ったり、新たなSCP記事を書く人々への補助を通してサイトに参加しました。また、その提案にはChoose Your Own Adventureゲーム、一人称シューティングゲーム、トレーディングカードゲームの企画がありました。これらのプロジェクトはすべて、最終的に断念されました。

2009年に近づくにつれ、物事は移り変わり、雰囲気の面で大きな変化が起こりました。新たなユーザーたちがSCPという文化に参入し、新たな模範記事のシリーズ執筆に取り掛かり始めました。新たなサイト管理者たちが就任し、これまでよりも多くの物事を変更し始めました。小規模なwikiはついに本拠を得て、小さいものの熱心なコミュニティと共に進んでいきました。

wikiの継続に伴い、出来損ないのエントリが大量に作られました。このことに対する不満はKain Pathos Crowによる以下の投稿によって述べられています。

—4chanarchive.org/brchive/dspl_thread.php5?thread_id=70544932&x=Special+Containment+Procedures**27

ここが僕らの始まった場所だ。

これらこそ僕らのルーツだ。

そこにはX-メンも、陳腐な常套句も、自己挿入も、賞賛ねだりも、ドラマも無かった。

ただ一つのものだけがあった。

それは創造しようとする意志だ。

常識を越えたモノの創作は、それでも好奇心をそそられるには十分だった。信じがたい何かは、しかし自己の信念を疑わせる微かな気配をもたらし得た。この謎に満ちた組織に関わる何かは、その隠された手段と目的を説明せず、かえってその曖昧さを募らせた。

確かに、僕らはより組織化され、より活気を増し、より完全になった。だが、そのために何を失った?

財団それ自体は、もはや地平線上に浮かぶ大いなる影 ─正しく見極めるにはあまりにも遠く、巨大な存在 ─ じゃない。それはもはや自分を飼い慣らし、手入れさせることを許す何か、ペットと化している。

ここが僕らの生まれた場所だ。そこでは無秩序の内に、物知らずは追っ払われ、ガキは無視され、役立たずは見捨てられた、だけど分かってるヤツは問題になったことのために譲歩した。投稿によってだ。28

だけど、僕らはどうやってこの失われた絶頂期を取り戻せばいい?
- Kain Pathos Crow

2009年の初めに、DrGearsはレスポンスを著しました。それは来年に向けたwikiの目標を伴うものでした。一年後には、それら目標の大部分はある程度達成されました。

我々は問題を抱えています:新しきを付け加える度に、故きを破壊してしまうという難題です。日々増えるエントリは、恐怖というものをだんだんと削いでいきます。エントリの追加は、初期のエントリの格調を高めはしますが、それよりずっと多くのものを損ないます。

wikiの消滅、4chanへの回帰は滞り無く進められるでしょう。しかし、失敗の趨勢による諦め、そして4chanの原初の軟泥へと逃げ戻る行為は、私としては可能な限り先送りにしたい流れです。

新たなメンバー参加のため、新たなアイデアを受け入れるために我々は努力しており、それはこれまでの所上手くいっています。同じ世界観を共有する人々の一部は最初の展望を横目に見るでしょうが、今まで我々はまずまず良くやって来ました。

しかしながら、我々は今、より激しく流されつつあるようです。最近の新規ユーザーの流入によって、SCPの最初の展望を維持し、そのために努めることを我々は絶えず思い出し、急かされ、懸念しなければなりませんでした。SCPはゲームや動画、マンガ、その他"クール"な応用に取り入れられ、題材として据えられるようになってきています。しかし、それらはあくまでcreepypasta-読者を動揺させ、ゾッとさせるように作られたショート・フィクション-であり、その他の応用は派生的なものに過ぎません。

悪化する流入に対し、私が提示する解決策はシンプルかつ苛酷です。

1:大規模な削除 - 我々は大量のSCPアイテムを保有しており、その内の4分の1以上を何の支障もなく剪定することができます。decommissionや"修正お願いします"という嘆願は、もはや過去のものです。他の誰かのためにナンバーを解放します。

2:厳格な編集 - もし人々があなたの作品に繰り返し修正を求める場合、あなたは何もせず記事の喪失に備えてください。生産的でありたくないというのならばそれも結構、我々は他にも著者候補を抱えています。あなたが"オーケー、あんたがそこを直してよ"としか返答しないなら、編集者によってあなたの記事が失われることを覚悟して下さい。あなたが湯気立つゴミ山を作り、誰かがそれを黄金へと作り替えた時には、あなたではなく彼らが記事の著者としてクレジットされるでしょう。

3:追放 - 意地の悪い/非協力的な/愚かな/酷い書き込みを懲りずに行う場合、我々はあなたを必要としません。あなたのSCPが低評価になっていたり、削除されたのだとしたら、あなたには他にすべきことがある筈です。きりがない悪質ユーザーの尻拭いなどせず、問題の根本を取り除きます。

加えて、自分たちが何をしているのか全く分かっていないユーザーたちも大きな問題です。4chan用語の使用には嫌気が差しますが、厄介事はそれに留まりません。エントリを読み、"How To"ページを熟読し、コメントに触れ、高評価記事と低評価記事に目を通しましょう。投稿を始めようとする前に、場に慣れるため少なくとも数週間の間を取って下さい。予め作っておいたアバター、20ものSCPアイデア、財団の革命的イメージ、新たな"ストーリーライン"を抱えて飛び込んでこないように。

要するに、我々は財団 ─無常で謎深い、ミスや無能、反抗に対して不寛容な官僚的機構 ─のごとき振る舞いを始める必要があるということです。この体制は謝罪や説明無しに、早急に実施されます。
- DrGears

私たちが新たな時代を迎えつつあった時、これがwikiの新しい姿勢となりました。

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