事実は小説より奇なり
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薄暗い部屋にて、キーボードを叩く指が小気味いいリズムを刻む。
画面には黒い背景に半角英数字の文字列が次々現れては消えてゆく。

リズムは次第に激しさを増し、そして、

軋んだドアを開く音が全てを台無しにした。


「ん、おやつ持ってきたよ、食べる?」
ドアを開けた男がそう言ったのと、キーボードを叩いていた人物がその場に突っ伏したのはほとんど同時だった。

「ぎにゃー、やっぱダメだぁ、くっそ」
「あー、ごめん、邪魔しちゃった?」

男が気まずそうにそう尋ねると、もう一人は大げさにぶんぶんと手を振りながら、それを否定した。

「いや、いいんだよ、どうせダメだったっぽいからね」
「うーん……そっか。あまり気を落とさないようにね?"ゼファー"」
「ん、分ってる。なんてったって相手はとんでもない秘密組織って話だからね」

そうしてため息交じりに、"ゼファー"は目の前のノートパソコンを閉じる。

「いやぁ、しっかし、ここまでダメだとなんか自信なくなってくるねぇ……」
「まあまあそう気を落とさないほうがいいよ、相手が相手なわけだし」
「そうなんだよねー。もうちょっとってところまで行ってる気はするんだけど」

そんな限りなく愚痴に近い報告を聞いて、話を聞いていた男は目を輝かせる。
「いや、逆にすごいよ、もうちょっとってところまで来てるの?」
「そんな気はするよ、気のせいかもしれないけど」

それを聞きさらに、おお、と男は唸る。
「そいつはすごいや、これでまた『霧の探求者』の目標に一歩近づいたわけだね!」
「あ、結局その名前で固定なのね」
「いいじゃんいいじゃん、ちょっとクサいけど。それっぽい感じが出てさ。君の『オカルト探し隊』よかマシだって」

それを聞き抗議するような目で男を見つめる"ゼファー"。
「……。まあ、名前なんてどうでもいいし。目的は同じだからね」
「そうそう、メンバーも着々と集まってるよ。えっとねえ」

と男は指を折りながら数を数え、

「今8人かな」
と言った。

「でもそれって結局私らと同じ一般人の集いだよね」
「大丈夫何とかなるなる。相手も人間なわけだし」

いやに楽観的なことを言う男に対し、"ゼファー"は懐疑的な視線を送った。
「本当にそうかなあ……」
「なんだい、今日はいつになくネガティブだね、失敗したからかな?」

ぐ、と唸る"ゼファー"。どうやら図星だったようだ。

「そう言うことは思っても言わないでほしいなぁ?」
「ごめんごめん。いやでもほら、空気が淀んでるからそう言う感じになるんだよ。君ずっとこの部屋締めきってたでしょ?」
彼の言う通り、部屋の空気は息苦しいくらいに淀んでいた。

「とりあえず換気しよう、あと、暗いよこの部屋」

男はそう言うと、荷物を一度机の上に置き、部屋の窓を開けて、シャッターを上げた。

「うおー、まっぶしいね。っていうか、もう朝じゃん」
わずかにずれた時計は、朝の9時45分28秒を指していた。

「……もしかして気づいてなかった?」
「全く」

男は呆れた顔をしながら、持ってきた品を机の上に並べなおした。

「じゃあこいつは遅めの朝ごはんだね。はい、シリアルと杏仁豆腐だけど……この食べ合わせ、どうなの?」
「おいしいよ。私にとってはね。"レンブラント"も食べてみるかい?」
「いや、遠慮しとく」
「別に食べ合わせが悪くたって死にゃあしないのに」

"ゼファー"はそうぼやくと、器の中にシリアルと杏仁豆腐、それに牛乳を注ぎ込んで、かき混ぜはじめた。

「まあ、人の好き嫌いにどうこう言うつもりは無いけどね」
「その方がありがたいかな。私も青汁サイダーとか好きだし」
「……流石にそれはないわ」
「ひどいなあ」

美味しいのに、とぼやきながら、”レンブラント”は大きくため息をついた。


「そういえばさ、"レンブラント"の仕事は人の話を聞くことなわけじゃんね」
食事が終わった後。"ゼファー"は食器を片付けようとする"レンブラント"に尋ねた。

「うーん、カウンセラーだから間違っちゃいないけどさ」
「じゃあさじゃあさ、私の話も聞いてほしいんだよね」
食器をもう一度机の上に置き直し、話に応じる"レンブラント"。

「話?いいけど、なんで?」
「憂さ晴らしだよ。夜を徹した作業が無駄に終わって傷心な私の話を聞いてほしいんだよう」
「ん、いいよ」

「やった。じゃあそうだなあ、私が今ここでこうしてるきっかけを」
そして、"ゼファー"は一息ついた後、話を始めた。


私はね、子供のころからずっとモンスターとか、妖怪とか、超常現象とか……そういう「不思議」が好きだったんだ。
ホラ、天狗とか、河童とかさ。あとはイエティとかビッグフットとか。そういうのだよ。
……いや、今は別に信じてないけどさ。あ、いやでも、案外いるかもね。
流石に中学に上がるくらいになるともう信じてなかったけどさ。でも気づいたんだよ。現実にはいなくても、作り物の中にはいくらでも居るんだってね。
まあ要するに、小説を読み漁ったわけさ。今思うと若干中二病入ってたと思う。
……まー、今やってる事の方があの頃読んでた小説よか中二っぽい気はしないでもないけどね。
でだ。いろいろ読んだわけよ。ラブクラフト、スティーブン・キング、ウェルズ……とりあえずいろいろ。
あと、自分で書いたりもしたね……笑うな。
いや、うん。まあひどいもんだったけどさ。今思うと。
実は世界は一度滅んでて、主人公は偶然前の世界の記録を発掘するって内容だったんだけどさ。まあ、うん。陳腐にも程があるよね。いくらなんでもさ。
今?もちろん捨てたよ。あとになって読み返すと誤字脱字だらけだったし、あまりにもひどかったから。
保存しておいてあとあと掘り出してアレな気分になるのは嫌だしね。

その反動かな。高校に入ってからは妙にリアリストになってさ。
プログラムとかの勉強とか始めて、それで……
元々才能が有ったんだろうね、今じゃこの通りだよ。

でもさ、いろいろあって……これは君も知ってるね?それで、またこうして「不思議」を探してるんだよねえ。しかも、今度はホントのホントにリアルの。
しかもお相手は「メン・イン・ブラック」と来たものだ。いやあ、「事実は小説より奇なり」って本当だね。


それを話している間、"ゼファー"は「Super Coco Pows」と書かれたシリアル菓子のケースをいじり続けていた。
"レンブラント"は、話が一度止まったので、適当な言葉で続きを促すことにした。

「そういえばさ、"ゼファー"は例の『超常的なもの』を見たりしたことはあるの?」

「いや、無いよ――」
と、そこまで言いかけたあと、"ゼファー"は

「多分ね」
と付け足した。

「多分?」

首をかしげる"レンブラント"に、"ゼファー"はゆっくりと言った。
「最近こうしてるとさ、たまーに思うんだ。私らはさ。毎日、起きて、食べて、トイレで用を足して、息して、働いたり学んだりして、佐って、んで寝る。大体そんな生活をしてるわけでしょ?」
「まあ、そうだね」

「でもさ、そう言う日常の中にもさ、意外と不思議ってあるものなのかもしれないじゃん、ね?」

そう言う"ゼファー"の目は、まるで子供の様で、妙に輝いて見えた。

「……なるほどね。そうかもしれない」

「例えばさ、今こうしてテレビをつけたら、あるはずの無い番組が放送されてたりしてさ」

そう言いながら"ゼファー"はテレビをつける。
案の定、そんなことは起こるはずもなく、流れるのは朝のニュース番組だ。
TVの中では、アナウンサーが「あなたはサモトラケ島で起きている事を知っていますか?」などと言っていたが、二人は気にも留めていなかった。

「……うん、ロマンがあっていいよね」
「まあ、ありえないかもしれないけどさ。でも、ありえないこともないんじゃない?」

ふむ、とつぶやいたあと、"レンブラント"は
「確かにねえ、私たちの探してる『超常的なもの』も、意外と近くにあるのかもね」
と、そう言った。

"ゼファー"は小さく笑うと、「ん、最後まで聞いてくれてありがとね」と言った。
「いやあこんな話、大真面目に話しちゃったりなんかしてさ。私らの仲間以外が聞いたら頭おかしいって思われるよね、絶対」
「ハハ、それもそうだね」

「でもすっきりしたよ。たまには息抜きも大事だね」
「そーだね、また話したいことがあったらいつでも聞くよ」
"ゼファー"はいじりすぎてぐしゃぐしゃになったシリアルの包装のボール紙を乱雑に投げ捨て、立ち上がった。

「そうするよ。とりあえず、たまには外出歩いてみるわ」
そのまま"ゼファー"は、ドアを開けて部屋を出た。


「そうだ、片付けないと……ああ、牛乳乾いちゃってる。臭いんだよなあ、すぐ洗わにゃ」
取り残された"レンブラント"はぼやきながら後片付けをして……そして何となく窓の向こうの空を見上げた。

空は不思議なくらい青かった。

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