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Auction

「これほど若いクライアントから仕事を受けたことはありませんでしたな、フェンドレルさん。」

「今も受けてはいないね、僕達は以前に会っているよ、マーブリー。」

「いいえ、記録から確かなはずです。以前にお会いしたことはありませんよフェンドレルさん。もしかしたら別の名字のご友人かご親戚とご一緒したことはあるかもしれません。」

「数年前に、幼稚な男が持てる金全てを君の株のひとつにつぎ込んだ。彼の名はグリーン。」

「グレゴリー・グリーン、覚えています。彼と仕事なさっているのですか?それとも以前に?」

「そいつが君のオフィスに来た時、彼は自分が持つ有価証券全てを一冊のフォルダーに入れていた。その時は、君が持っているのは杖だけだったよね。グリーンはここに、まさにここに立って、恐る恐るフォルダーを差し出した。その時君は正確に、『ジーザス、正気ですか?』と言ったよ。」

「何を言いたいのです?」

「マーブリー、『アーサー・フェンドレル』は最近僕が使っているちょっとした素敵な変更だよ。ここだけの話……僕はグリーンだ。」

「言いたいことはわかりましたが、なりすますにはこれ以上悪い人はいませんよ。私達は死ぬことはないかもしれませんが、だからといって若返ることはないのですから。グリーンは私より十歳年上で──」

「──そして肺が悪く、歯はタールに染まり、肝臓はボリシェヴィキ革命の再現の真っ最中。僕は全くの健康で、見て、歯も真っ白になってる。」

「フェンドレルさん、どのような御冗談かわかりませんが、これは──」

「別の場所で話そうか。汗をかいてるよ。素敵なことをいろいろと、通りのあのコーシショップで話そうよ。君のお気に入りのクラブサンドのあるあそこだよ。以前あそこで、僕に製薬業界への投資をするよう薦めたよね。もし僕が君を連れて行って、君にとって時間の無駄だったとしても、何も起きないだけだよ。だけどもしそうでなければ……君の新年の抱負を忘れられないものにしてみせるよ。」


クレシミラ・コヴァシェヴィッチは晩秋の午後、家へと自転車を漕いでいた。雲に覆われた太陽は彼女に眠気をもたらしたが、道路の亀裂と岩のおかげで起きていることができた。彼女のリュックサックの薬の瓶は家路の間カラカラと音を立ており、蛆の袋は静かに揺れていた。

クロアチアの冬は天候が変わりやすく、みすぼらしかった。クレシミラはセーターを着て暖かかったが、その下のコンシェルジュの制服を通して風が刺した。家はコンクリート製の直方体で、窓代わりに切り取られた隙間と、あまりに急なのでまるでダストシュートを登るような屋上への階段がついていた。クレシミラには自分のアパートが見えてきた。芳香剤と、腐った肉とスクランブルエッグの臭いが、ドアの下から立ち上っていた。

アパートのあらゆるテーブルと壁際には蚊取り線香が焚かれ、明かりは消されていた。小鍋が台所の弱火の上にかかっていて、クレシミラの父が、死体のような目をして、墓を掘り起こしたような臭いをまとい、寝室から出てきた。

「どこに行ってきたのだ?わが子よ?」彼は聞いた。「飲んでいるのか?」

「違うわ父さん。嫌な日だったわ、疲れているの。」

クレシミラは荷物を置くために移動し、彼女の父はテーブルへと騒々しく歩き、木の上に手をつき、寄りかかって舐め回すように見た。

「疲れたか。母さんは共感するだろうな。この数時間ハエが母さんから飛び立っていってるぞ。補充はあるのか?」

クレシミラは抗生物質と医療用蛆を取り出し、父親に渡した。彼女の父はひったくるようにそれらを取り、再び寝室へと跳ねるように消えた。クレシミラの手には黒い胆汁のシミがついた。

冷蔵庫は卵で殆ど埋まっていた。それは安く、タンパク質に富んでいた。クレシミラは父親がコンロにかけっぱなしにしていた小鍋を洗い、卵を四つ割り入れ、続けてバター、ミルク、塩を入れた。彼女はクリーミーな黄色になるまでそれを混ぜ、ベタベタとした塊になるまで静止した。夕食だ。

「クレシミラ!」彼女の父が怒鳴り、部屋から飛び出した、「これはなんだ?」

「レシートみたいだけど、父さん、」クレシミラは言った。「随分前から、毎回薬局でもらってるわ。」

「値段を見たのか?考えたこともないのか?何でこんなに高いんだ?」

「薬局のカウンターが新しい人になったのよ、父さん。値段を交渉するわ。食べてもいいかしら?」

「食うでも寝るでも飲むでも好きにしろバカ娘が。俺はここでこの家を──」

「──この家を、どうするの、父さん?」クレシミラは椅子の上で振り向いた、「お母さんを楽にしてあげるの?お母さんの腎臓は駄目になってるし心臓も止まっているわ。枕を増やしたからどうなるっていうの?あの死体を見てただ一言言うことしかできない医者に貯金をつぎ込んで、父さんは何を納得できたの?」

「なんて言い方だ、この子は。」

「言い方に気をつけるように言ったのはよ。お母さんの体は死んでいるわ、でも父さんはただのインフルエンザみたいに扱ってる。もしもう少し待ってくれていれば、私は学校を卒業できて、給料のいい仕事に──」

クレシミラの父親は彼女から皿を取り上げ、彼女の後ろの壁に投げつけた。彼は彼女を見た。その目が、冷蔵庫に行こうとするだけでも更に何かが壊れることになるだろうと語っていた。だがフォークにすでに乗っていた卵を彼女が食べるのを止めることはできなかった。彼女はそれをゆっくりと咀嚼し、父親はストーブを消し、彼女は部屋へと向かった。

彼女は制服を寝間着に着替え、「ミラ」と書かれたネームタグを脇へ置いた。毛布を頭から被り、クレシミラはスマートフォンを見てメールをチェックした。いつものように、たくさんの不採用通知があったが、一つ違うものがあった。それは写真スタジオと美術学校からの不採用通知の間に挟まれていた。それは有償モデルのインターンシップのようなものだった。こんなものに応募するべきではない、彼女は考えた。前は落ちたじゃないの。しかし彼女がそれを開くと、それは選考への募集ではなく、選考なしの募集だった。


「そして僕達がここへ初めて来た時、ウェイトレスが僕達をあそこのブースへ座らせた──、あの角の、今は間抜け面のババアが二人座ってるところだね。」

「ええ、そうでした。」

「もしまだ信じられないなら、何を食べたかを当ててみせようか?」

「い、いいえ、結構です……しかしどうやったのです?ご自身に何をされたのです、グリーン?整形手術ですか?」

「いまそれが市場になっている。僕だったら投資を勧めなかっただろうけど。どちらかと言うとクライアントにいくばくか予想を語るのは君の仕事だろう。」

「それでどうやって……」

「それは少し後にしよう、ウェイターが来た。」

***

「テンダーロイン?今日の蛆は空腹みたいだね、マーブリー。論点を話すよ。以前の僕は自分が何をしているかわかっていなかった。僕は君のような株ブローカーは、殆どの人間が見下すようなコカインを吸ってぐうたらな生活を送っているだけなのにシャンパンボトルで気取るような、いやらしくずるい人間だと思っていた。でももし君のアドバイスを取り入れてなければ、今の君よりも悪くなっていただろう。感謝しているよ。僕らがここで乗り回してるイタリア製のスポーツカーのことを話しているのではないよ。僕は全てについて話している。このフォークを持つ指から、食物を楽しむ機能している味蕾まで。感謝して、君にお邪魔して僕が得ているものについて話しているのさ。

「それが何なのかまだ話してもらっていませんが。」

「君の真の住処、自由だよ。君が生きたいと望むだけの長きにわたる、君の新しい家。脳をまだ古くなっていない肉体に移すという話さ。親切心から君に話しているんだよ。」

「ええ、よくわかりませんが?」

「興が削がれたよ。続きはウエイターに綺麗にしてもらってからにしよう。ジーザス、ひどい汗だよ。」


クレシミラは父親に出ていくことを言わなかった。彼女が懸念する限り、ホテルはスイートルーム12番の客とのトラブルで彼女を捨て駒にするつもりだった。父親にそのことを話していないのは幸いだったと彼女は考えた。父は金を断るように騒いだだろうから。

彼女は水の容器、いくつかのゆで卵とパスポートを荷物に放り込んだ。彼女はコンシェルジュの制服も持っていった。彼女が戻らない間、父親に仕事に行っていると思わせるためだけに。家を去るのは気分が悪くなった。蚊取り線香は燃え尽きており、寝室からの臭いは涙を流させるほどに彼女の口と鼻を詰まらせた。彼女には、父親がどうやってそこで眠っているのか想像できなかった。

彼女がドゥブロヴニク国際空港についた時、ポケットの卵は潰れてベタベタしており、太陽は沈みつつあり、空を麝香のようなオレンジ色に染めていた。クレシミラの自転車を漕ぐ速度は歩くより少し速いくらいだった。彼女は旅行者に自転車を売り、コンシェルジュの制服をゴミ箱に捨て、水を買った。息は丘に上がった魚のようで、足の筋肉は折れた木の枝で神経をこすっているように感じられ、少し汗をかいていた。彼らは私をちょっと見て、そして追い出すだろう。クレシミラは考えた。そして私は父の待つ家へと仕事を得ないまま、ただの家出だったように帰るだろう。彼女はトイレの一つへと入った。そこには人はいず、彼女はシャンプー、コンディショナー、そして石鹸をリュックサックから取り出し、水を蛇口から出し、片手で排水溝を塞いで水をため、頭をそこへ突き入れた。

ターミナルの奥に、クレシミラは背の高い男がラミネート加工したインターンシップ・プログラムのロゴをあしらったサインを掲げているのを見つけた。彼の周りには他のインターンがいた。彼ら、彼女らは皆ハンサムで、美しく、殆どが旅装をしていた。クレシミラは着古した服から着替えていたが、それらに比べると全く酷いと言っていい有様だった。彼女が背の高い男に近づくと、彼は頭を傾けて彼女を真っ直ぐに見た。彼の目はアビエーターサングラスに隠されていた。

「あなたは……クレシミラ・コヴァシェヴィッチ、ですか?」彼はたどたどしいクロアチア語で訪ねた。

「ええ。」

背の高い男はサインを下げ、スーツからノートを取りだした。クレシミラからは何が書かれているのかは見えなかったが、彼の感情のない視線が彼女と書かれているものを交互に見るのがわかった。彼はノートには何も書き込まず、その間彼女は出発前にできる限り整えた格好で立ち続けた。
彼女の他にも同じ指示を受けた者たちがいた。グループに近いトイレにはほかのインターンたちがいた。そのうち何人かは彼女より少し年上で、おそらく大学院生だったが、他のものは高校すら出ていないように見えた。彼女は鏡の前に立つインターンの隣に並んだ。そのインターンはまるでおとぎ話から取り出されたように快活な少女だった。彼女は櫛だけを持って立つクレシミラを見た。

「何か忘れたの?」彼女は優しく聞いた。

「これ以外持ってきてないわ。」クレシミラは言った。

その少女は自分の道具をクレシミラに貸し、クレシミラが作業する間隣に立った。その子の名前はヴェセルカだった。招待を受け取ったのは彼女の両親だったが、両親は浮ついて、子供っぽいページェントに彼女が参加するのを許したのだった。

「私達はここで何をしているの?これから飛行機に乗るだけじゃないの?」クレシミラは質問した。

「着陸したらすぐにデザイナーたちに会うのよ。年上のモデルたちは機上に衣装類が積み込まれていて、最初の撮影を路上ですると言っていたわ。」ヴェセルカは心配そうに言った。

「年上のモデルって、あなたはいくつなの?」

「16歳よ。」

クレシミラは彼女にアイライナーを返した。彼女は自分が、学校でなんとかやっている一年生だった頃のことを、思い出せなかった。


「今ではこれが四つめだよ。最初のはすごかったけど、間違いだったね。写真では綺麗に剃られていた身体だったけど、遺伝的には、体毛が植物の種をステロイドにまいたみたいに生えてきた。二つめは良かったけど、それにもちょっと賭けたくないほどの遺伝歴があった。三つめは素晴らしかった、気に入ったよ。完全な健康と外見と遺伝子を備えていた。真に"新しい人生"を体験するために名前も変えたよ。しかし交通事故で、全く回復不可能になった。悲劇だったね。だけど、それでそれまで考えてもいなかったことに目が開いたよ。今、これが新しいものだよ。これは目を見張るようだ。」

「どこから新しい体を得るのですか?クローン槽ですか?ペトリ皿のようなものですか?」

「ああ、人道主義者ぶらないでくれよマーブリー。あそこの病棟は君のような患者でいっぱいだ。内部では感覚があるのに腐っていく肉体。死んだ肉をかじり取るために蛆を体内に植え付けている。成体のハエが飛び立つ間、スプーンが差し込まれて蛹の殻が取り除かれるのが感じられるそうだよ。」

「やめてください、食欲が失せる。」

「何年も前にあなたの胃は破裂してしまったよねモビィ・ディックさん──おっと、批判するつもりじゃないよ。僕は再出発を提案しているんだ。何十年もの、ほぼ人生全部を、もう一度始めることを。新しい趣味を始めることもできるし、新しい仕事を始めることもね。奥さんも驚くだろう──お二人がもう一度結婚の誓いを望むなら、奥さんにも同じことを提案するよ。」

「もう十分です、これ以上は。」

「君の肉体は死んでいるからねマーブリー。これがまさに君に話したいことだよ。君は驚いてシートから飛び上がるだろうと思っていたよ。僕は……僕は……」

「それは血ですか?大丈夫ですか?」

「ウェイター、ウェイター!ウェイター!来てください!」

***

「そういうものも身体を変えると起こるのですか?」

「誰でも同じだよ。薬物療法があって、とても厳格なものだよ。僕は君のようになった事は無いけれど、君ならばこれを苦痛とは感じないだろう。寝る前に、あるいは不快感があるときに飲み忘れないようにしさえすれば。」

「素晴らしいですね。」

「そうでしょう?興味を持ったかい?」

「身体はどこから得るのです?」

「話してもいいだろう。これは企業秘密だけど、僕らはクローン槽を用いている。DNAサンプルをドナーから得て、遺伝子をいじり、脳が思考できないようにプログラムした新しい身体を育てる。意味がわかるかい?そして君の脳と役立たずのそれを交換する。」

「安心しました。それならば問題はないですね。おいくらですか?」

「数百万だけど、場合により変わるよ。でも君の場合は、最初の一体は無料だよ。僕からの厚意だ。ここにURLがある。パスワードは僕のもの、"Lazarus"、最初が大文字のLで、次にアットマーク、そして7をふたつ。僕のタブレットを使ってくれ。でも他の客からは見えないように。グレーアウトした顔写真は肉体が他の人に取られたか、健康上の問題が見つかったもので、利用できない。金フレームはプレミアムだけど、今回の無料コースその他では選択できない。クリックすると遺伝及び外見のスペックが見れるよ。イマジネーションを刺激する凄い写真のギャラリーがあるのは言うまでもないだろう。」

「親切にどうも。身長七フィート?茶褐色の髪?疾患の遺伝歴なし?もう一つカタログがありますね。パスワードは何ですか?」

「それは違った──」

「見たいです。パスワードは何ですか?」

「僕はそのカタログは使ってないけど、サインアップはできる。今夜にはアクセスできるだろう。変わった人だな。」

「ありがとうございます。しかしもし私が……もしあなた方にこれらの体を遺伝的に改変できる技術があるならば、顧客にカスタマイズを可能にさせ、もっと利益になるでしょう。プリセットを売るだけではなく。」

「それも開発中だよ。」


機上には本当にあらゆる衣装があった。クレシミラはアメリカの地にアクセサリーを付け、すぐにでもランウェイに出れる状態で降り立った。スタッフは彼女の写真を撮影し、他のインターンたちとグループに入れた。クレシミラはヴェセルカが他のグループに入れられ、他のブティックに向かうバスに乗るのを見た。

クレシミラと彼女が入れられたグループは、ウエストバージニアのフェンドレル&デインズと名付けられたファッションスタジオに到着した。

そこはたしかに素晴らしかった。フェンドレル&デインズにはランウェイがあり、デザイナー、仕立て師、写真スタジオ、小道具部門、照明係、そしてネズミのように走り回る通訳たちからなる職員がいた。背の高い男は彼ら彼女らを異なった仕事に割り当てた。クレシミラはデザイナーとカメラマンのチームに入れられた。彼ら彼女らは一日中ポーズを取り、ありえる表情全てを次々と浮かべた。ランウェイを歩く練習はフィットネスの試験のようで、彼ら彼女らを手当し(不定期に)検査する看護師と医師の小さなチームすらいた。夜には近隣のホテルに宿泊し、よい給料が与えられた。

続く数週間の間、クレシミラはモデルとしてありえない量の仕事をこなし、到底インターンのものではないと感じた。連日彼女は写真撮影、衣装合わせと歩行をこなした。そして異常なほどの頻度で、定期的に視力から血液までを医師により検査された。大抵の場合、疲れ果てて、眠りを切望して一日は終わった。

一方で、彼女はほとんど学習することがなかった。ノウハウや教科の学習を授ける年上のモデルはおらず、フェンドレル&デインズが報酬を上げるほど物事はきな臭くなっていった。ホテルから、スタッフの連絡先が入力されたスマートフォンまで与えられた。彼らに渡される賃金は毎日の労働に対しては多すぎ、彼らはそれを賄賂のように感じた。

「ここは何かおかしいわ、ボヤン。」クレシミラは言った。

「ああミラ、まさか君もこれが詐欺だっていうのか?学校ではずっと"俺とクレシミラはこの雑誌の、あの雑誌の表紙になる"なんて話になってたけど、それは今じゃ怪しいかな?」

ボヤン・ノヴァクはロビーのソファーに足を投げ出していた。彼は今はハンサムな人物だったが、ずっとそうだったわけではなかった。彼女がまだ学校に行っていた頃、彼は猫背で、眼鏡を掛けていて、垢抜けない茶色の目と笑顔をしていた。今は彼は写真修正を失業させるような外見で、歯すら雪より白く漂白されていた。

「考えてみて、権威筋と言えるのはあの背の高いアメリカ人。デザイナーたちは同じドレスやスーツのバリエーションをくり返し作るだけ。そうでないときも、他から素材を持ってきている。見て、これはあのショー、何年も前のプロジェクト・ランウェイからのものよ。」

「ふーむ。」

「ふーむ?これは私が今日着たガウンよボヤン。あなたも今日これを来て写真を撮っているわ。」

「ミラ、」ボヤンは両手を上げた。「ここは商売を成り立たせるためにちゃんとしたデザインをケツから捻り出すこともできないクソブランドだ。だがこれは現実だ。これを見て──スマホを貸して。」

「自分のを使って。」

「それだって君のものとは言えないだろう、バカバカしい。いいさ、これを見て。『フェンドレル&デインズはニューヨークのファッションウィークで堅苦しくオリジナリティのない醜いタペストリーを発表した』とかなんとか……『フェンドレル&デインズはヒューゴ・ボスのスーツシリーズを剽窃して批判されている。停止命令が下された。』とかなんとか。フェンドレル&デインズはクソ会社だ。だが才能を求めていて、俺達は業界へ入る方法を求めている。こうして俺達無謀だが見た目のいい人間はお互いに助け合ってるというわけさ。現実の前では、助けを待ったり疑問を抱いたりしてちゃ前に進めないさ。」

クレシミラはそれがその通りであればいいと思った。彼らが座っているロビーのカーペットは赤く、トリムは金だった。そこは王宮であり、デザイナードレス(剽窃ではあったが)に飾られ、フルメイクをして彼らはそこに属しているように見えた。豪華な階段の側では、ホテルのスタッフが水晶のシャンデリアに届くほどのクリスマスツリーを立てようとしていた。もしそれが全て詐欺だとしたら、彼女はクロアチアへ、父の元へ帰ることになる。もしそうでなければ……

クレシミラは財布からスマートフォンを取り出した。元々の彼女のものだ。彼女は自分の銀行口座をチェックした。彼女の給料がそこにあった。それは現実だった。彼女が何か買う度に、あるいは送金する度に、それは電子の幻のように消えたりはしなかった。それは本物の金銭だった。彼女は銀行アプリを閉じ、着信ログを見た。家からの着信は百に届いていた。文字メッセージさえ開かなかった。父親は物事が悪くなっていることを見せ、彼女を罰するために母親の写真を送ってきているだろう。彼は彼女に送っている金を使うべきなのだ。ボヤンは他のインターン数名と共に彼女を飲みに──真のアメリカの体験に──誘った。彼はもはや大学から望まれるような眼鏡を掛けた秀才ではなかったかもしれないが、真の彼自身であり、あるいは最低でも抱えていた自尊心はまだ保っていたのだ。


「私だ。」

「マーブリー?もうずいぶん遅いよ。」

「手続きについて話してくれ。」

「明日の朝にしよう。コーヒーを飲みながら。」

「いや。それは外科的なものか?安全なのか?古い方の身体はどうするのか?クローンに脳がないのは確かなのか?」

「最初の二点に関してはイエスだよ。古い身体をどうするかは自分で決められる。もしどうしても望むならば剥製にもできる。あるいは埋葬しても──誰も墓参りには来ないだろうけど。クローンの脳については……『ここに脳を入れてください』と書いてある大きなゴミ箱か何かがあると思うかい?あるいはいらない脳をいらないウォルマートの袋に入れて埋立地に向かうゴミ収集車に持っていってもらうとでも?おやすみなさい。」

「私は決めたぞ。」

「それは良かった。コーヒーを飲みながらにしよう。」

「写真をメールで送ったぞ。どう思う?」

「勘弁してくださいよ、マーブリー。」

「何かおかしいか?」

「何も。ただ……いや、つまり……君には美的感覚があるね。なぜか聞いてもいいかい?」

「ああ!君が言った通りだ。これは私によく合うんじゃないかな。値段を見たが、同じものをもう一度やってどうする?全てを完全に取り替えられるときに、なぜただリセットするだけにする?考えてみろ、これに伴う完全に新しい体験、機会……快楽を。」

「僕に対してそんな興奮しても、お嬢さん。」

「すまんな、ただ……考えれば考えるほど興奮するよ。これは安全なんだろう?」

「マーブリー、近所にはっきり聞こえるとは思えないけど、お願いだからもっと静かに。コーヒーを飲んで。明日僕のところに来てくれ。そこで最終調整をしよう。執刀医を呼ぶこともできるよ。」

「すまない。只々素晴らしいよ。もう一度、心からありがとう。」

「おやすみなさい。」


クレシミラは外の空気を吸うためにバーを出た。彼女は冬用コートで身をくるみ、唇から出た白い息が道行く人の肩で裂かれるのを見ながら立っていた。彼女の左には髭のないサンタが鋳鉄の鍋の前に立ってベルを鳴らしていた。クレシミラは彼らの喋ることを何も理解できなかった。彼女は癖で俯いて髪をかき乱した。それは彼女がザグレブでの子供時代から持ち続けたものだった。

その時彼女は聞いた。人間かタイヤのものかわからなかったが、キーと引き裂くような音がした。路上の皆が振り向いた。何ダースものブレーキペダルが同時に踏まれ、焼けたゴムの臭いがクレシミラの鼻に漂った。金属が曲がり、砕け、割れる音がし、重い物が地面に落ちる音が苦難のうめき声のように続いた。固まった通行人の列の上で、ガラスと車のバンパーが宙を舞うのが見えた。そして全ては静寂となり、群衆はスマホをカメラから911発信へと切り替えた。

ボヤンと他の者達が、酔っておぼつかない足取りで、野次馬しにバーから出てきた。彼らは群衆をかき分けて進み、クレシミラは彼らの跡をついていった。それは交通事故だった。

一八ホイールの大型トラックが、スリップして交差点に突っ込んでいた。数台のSUVとセダンがその軌跡で鋤かれていたが、損傷はそれほどひどくなかった。彼女には何人かの運転手が首を揉みながら車から出て、保険会社に電話しているのが見えた。だが一台のスポーツカー──見た目からしてイタリア製のものは、十分に車高が低く、したがってそれがトラックに突っ込んだ時、その下半分はトラックに滑り込み、上半分は剥ぎ取られた。クレシミラにはその車の大部分がトラックの反対側でアイドリングしているのが見え、そしてその運転手が見えた。何人かの野次馬も気づき始め、そして悲鳴が始まるとクレシミラは目眩を感じた。その体はスーツを着ていた。だがネクタイは腰に落ち、首から上には何もなく、スーツはぬらぬらと輝く赤色だった。

トラックの後ろ、クシャクシャになったスポーツカーの屋根の側、舗装の上に額にいくらか金属片がめり込んだ頭部があった。その口は打ち上げられた魚のように開閉していた。そしてその目は半狂乱で周囲を見回していた。彼女は瞳が彼女達を、ボヤンを見るのを見て、そして彼女は彼を引っ張った。

ボヤンはまだ震えるクレシミラをホテルへと連れ帰った。ボヤンは帰り道の間じゅう、"本物のアメリカのアルコール"で酔っ払って揺れていた。彼はバッドライトを四本飲んだだけだった。

クレシミラは一人でベッドに横たわった。彼女には外のサイレンが聞こえた。首に手を当てた。彼女は眠らないまま、肺もなしに呼吸する胸と、蛆に満たされ、彼女の名を呼ぶ死体について考えた。彼女はスマートフォンを掴み、すばやくその週の給料を家へと送金し、枕へ顔を突っ込んだ。眠りが彼女を引き込んだ。


「変な女だ。」

「彼女に惑わされちゃいけないよ。デイン医師は僕らの最高の執刀医だ。始めてしまう前に、何か質問はないかい?」

「書類手続きはどうなっている?新しいパスポートが必要だと思うが。」

「新しい名前や身元を用意するよ。僕もそうだった。世界にとっては、グリーンや、他の顧客は表面的には消え去り、フェンドレルのような名前が不思議な霧から出てくるようになっている。」

「何もかも考えられているな。そういえば……薬について聞いていなかったな?」

「錠剤だよ。二錠を水に溶かして、寝る前にグイッと飲んでくれ。あるいは首に鋭い痛みを感じたときに。」

「一日飲むのを忘れたらどうなる?」

「首に鋭い痛みが生じる。つまりその、疎かにしたくなるような処方じゃないな。これらの錠剤は君の脳と身体の脊髄が解剖学的に馴染むまで、相互の連絡を行わせる。これが止まったら困るだろう?」

「オーケー、オーケー。それとあと……全部終わったらどうすればいい?」

「勿論、生活だよ!いろいろ試したり、楽しんだり、鏡を見たり、見なくてもいいし、新しい服を着たり、眠ったり、ドラッグをやったり、大学に入ったり、やりたいことは何でも。僕らは似合うだろうな。僕は君を案内して、あらゆることに慣れるよう手助けできる。試乗の間、隣りに座っている車のセールスマンみたいに。」

「しかしこれは永久だぞ。」

「気づいたかい?確かに、不安な点だろう。しかし後戻りできなくなってから、君を新しい世界にさまようままに放置したら、僕はまさに邪悪ではないか。」


クレシミラは冷蔵庫をホテルのドアの前に押してきて、シリアルを床に撒いた。真夜中だった。これは彼女の新しい習慣だ。ボヤンがいなくなった。

初の実際のショーが始まった頃に、それは始まった。クレシミラはそれが終わったあと、確かに誇りを感じた。彼らはたくさんの観客を連れてきて、彼女はそれが初めての、本当のインターンの体験だと感じた。それはクリスマスの日に開催され、その時ばかりは衣装ラック全てがオリジナルに感じられた。

そしてゲストがバックステージに来た。彼らはモデルを上から下まで眺め回し、車のセールスマンのようにモデルからモデルを飛び歩く背の高い男に質問を浴びせかけた。彼女には観客が彼女に関して何を質問したのか、背の高い男がなんと答えたのかわからなかったが、背の高い男がボヤンに関しての質問をはぐらかしたのには気づいた。まるで彼が魅力的ではないか……あるいは触れるべきではないかのように。

次の日、ボヤンはニューヨーク市のもう一つのファッションハウスに受け入れられた。しかしそれはありえないとクレシミラは考えた。ボヤンは衣装トラブルのためにランウェイを歩きすらしなかったのだ。彼がどのような才能を見せられたというのか?

ボヤンだけではなかった。一ダース近くの者が移動していき、十五人ほどが入ってきた。新しいグループはフィリピンからだった。予想したように、誰も英語を話さなかった。背の高い男は、彼ら彼女らが最初のショーでよく演じたので、来週もう一度ショーを行うということだった。

クレシミラはショーで着たドレスを付けたままホテルのドアを見た。彼女はランウェイでは一位だったのに、背の高い男は彼女が美術館の絵であるかのように観客から遠ざけた。今はクロアチアの悪臭を放つアパートが懐かしかった。彼女の父親の怒りがどれほどであろうとも、ドアの外の足音に比べるべくもなかった。

クレシミラは窓へと顔を向け、飛行機が雲を抜けていくのを見た。

彼女はまた逃げることができた。

ここはクロアチアではない。彼女は近くの空港までのタクシーを簡単に捕まえられた。彼女は電話を、彼女の古いスマートフォンを取り出し、ホテルのデータ通信回線を切った。彼女は空港のウェブサイトへ繋ぎ、チケットを買おうとした。エラーメッセージが出た。これではっきりしてきた。フェンドレル&デインズはその犠牲者がビールを買ったり家族へ金銭を送ることは咎めない、だが明らかに、逃走方法を得ることは許さないのだ。フェンドレル&デインズは現金には手を出せないはずだ。そしてATMがロビーに、タクシー乗り場から数メートルのところにある。

午前一時だった。フェンドレル&デインズは洋服一式を与えていたが、彼女は目立たないための、シンプルなセーターも何も買っていなかったことを悔やんだ。彼女はランウェイ用の服で逃亡しなくてはならなかった。空港でもっと目立たないものを買おうと考え、彼女は冷蔵庫を脇へ避け、部屋を出た。

彼女は他のインターンの部屋を通り過ぎた。彼女はそのうち何人かが、クロアチア語とフィリピン語でパーティーしているのを聞いた。同僚とファッション業界での未来について熱く語り合っていた。彼女はエレベーターにたどり着き、それが空であることを見た。彼女はロビーへのボタンを押し、ドアが閉まった。彼女は十八階にいた。

クレシミラ・コヴァシェヴィッチは、足が靴のストラップに当たったこそばゆさを感じながら、エレベーターの中に立った。エレベーターはケーブルによりビルの中を滑り降り、ハム音を立てた。

エレベーターは十六階で止まり、まだアビエーターサングラスをかけた背の高い男が入ってきた。彼は何も言わず、エレベーターは再び降下を始めた。

エレベーターは遅くなったように感じられた。

「君の名前は……クレシミラ・コヴァシェヴィッチ、だよね?」背の高い男が問いかけた。

「え──ええ。」クレシミラは言った。

「具合が悪いのかい?目にクマがある。」

「ただのストレスよ。」

「明日医者に診させよう。」

彼らが十階に着くと、酔ったインターン達が乗り込んできた。エレベータは更に下がり、速度を上げて、ロビーへと着いた。スタッフがクリスマスツリーを降ろしていた。

他のインターンが降りる間、クレシミラは背の高い男から最も遠い壁から離れ、ドアへと移動した。彼もそうした。そしてその時、彼女は肩を掴まれるのを感じた。彼女の足首は冷たい手で掴まれたかのように悴み、床へと繋ぎ止められた。ドアが感じる間もなく閉じ、その間彼女は声も出せなかった。

背の高い男は何も言わず、駐車場階を押した。

エレベーターはあまりに速く動いた。


「エキサイティングかい?」

「ここは病院のようには見えないな。」

「ここは医療サービスじゃないよマーブリー。法的にはサービスですらない。今はベータテスト段階だから。」

「つまり不具合があるかもしれないと?」

「いいえ。僕達は全プロセスが魅力的かどうかをテストしているだけだよ。それなので、お聞きしますよマーブリー。エキサイティングかい?」

「ああ。だがこれは奇妙でもある。私の古い身体はどうなった?」

「分解される予定だよ。」

「剥製にしたいのだが。」

「理解できるよ。傷つけて駄目にはしない。」

「これが全部終わったら、君は何をしたい?」

「ああ。こういう言い回しがあるだろう?新しい年に、新しいあなたを。デイン先生、僕が彼の新しい服を用意する間、彼を眠らせてくれ。」


クレシミラはホテルの部屋で汗をかいて目覚めた。彼女はぐっしょりと汗をかいた自分を見下ろした。時計を見ると、午前一時一分だった。花火はまだ外で弾けていて、照明はまだテーブルの上のアメリカのパスポートと、床に脱ぎ捨てられた服を照らしていた。横に目をやると、ボヤンアーサーがまだ寝ているのが見えた。

静かにベッドから抜け出し、バスルームへと歩いた。照明の突然の変化によりしばらく目を固く閉じたが、すぐに慣れた。鏡によりかかり、手を顔に当て、唇へ、頬骨へとそっと指を上へ這わせ、下瞼で止めた。よく眠れば違和感はなくなりますよ、と医者は彼女に言い、そして今彼女にはそれはなかった。彼女は後ろが棚になった鏡のスライドに手をかけ、棚を開け、自分の鏡像を脇へ避けて二つのオレンジ色の瓶を顕にした。彼女は満杯の瓶を一つ手に持ち、二錠の錠剤を手に出した。それらはピンク色の、チョークのような円盤で、二十五セント硬貨くらいの大きさだった。彼女は蛇口の水を入れたコップにそれを放り込み、それが泡を出して崩れていくのを見つめ、そして飲み干した。それは桃のジュースのような味がした。

彼女は瓶を鏡の後ろに戻した。彼女はより近くへ、鼻が鏡から数インチになるほどに寄りかかり、額の髪をかきあげた。傷跡はよく治癒していた。ボヤンの声がベッドからした。そしてクレシミラを着たものは唇を笑みの形に曲げ、鏡から歩き去った。


いつもしてきたように、そしてこれからもするように、朝日が登る中一台のゴミ収集車が道を重々しく通っていった。蛍光色のベストを着た労働者が、昨晩の試合について話しながら、そして時折早起きの通行人に挨拶しながら背面に立ち乗りしていた。収集車は何百もの家の前を通り過ぎ、何百ものゴミ袋、ゴミ箱を飲み込んでいった。それはウエストバージニアの奥へと進み、腐った肉の臭いのする一つのビニール製の袋を掴み上げた。白いビニールを通して、肉っぽいピンク色の塊が詰め込まれているのが見えた。だが労働者は気にしなかった。肉屋も順路にはあったし、話すべき素晴らしいタッチダウンもあった。収集車は曲がりくねった旅路を埋立地へと進み、そしてクレシミラ・コヴァシェヴィッチは夢を見ることしかできなかった。

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