大事なお仕事
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やらかした。強くなる雨の中、エージェント・桜井千穂は池に沈むファイルを見つめながら絶望していた。

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2時間前。千穂はエージェント・マオの部屋に呼び出された。
失礼します、と扉を開けると、マオが机に突っ伏していた。エナジードリンクの空缶が床に幾つも転がっている。どうやら徹夜したらしい。マオはその突っ伏した姿勢のまま、震える右手で机の上のA4サイズの封筒とメモを指差すと、そのまま崩れ落ち、物言わぬ屍と化した。メモには「書き上げた書類を虎屋博士に届けてくれ」と書いてあった。
千穂は思った。このインターネット時代に、手渡し。しかもあのマオさんが徹夜してまで書き上げる程だ、重要性はそれなりに高い。それを新人の私に任せてくれるとは。
先輩からの信頼を感じ気合の入った千穂は、遺志は必ず果たしますとマオの亡骸に言い残して、意気揚々と廊下に飛び出していった。

20分前。千穂は任された仕事が思うように進まず、情けなさに唇を噛んだ。サイト中を1時間半も探し回っても虎屋博士が見つからない。研究室にもいない。まさかとは思いながらも、今はサイト前の広場に傘を差して出てきていた。
昼下がりの広場はちょっとした憩いの場となっていて、職員達が広場で談笑したりベンチでお弁当を食べて居たりする。しかしそれは天気のいい日の話で、今日は朝からどしゃ降りだった。当たり前だが誰も居なかった。念のため一回り確認してから戻ろうと決めて、千穂は池を回る道を進んでいった。

そしてさっき。水たまりだと思って歩みを進めた先がまさか池だったとは。エントランスに戻っていた全身ずぶ濡れの千穂は、水でベショベショにふやけた封筒を見て、もう泣きそうになっていた。そして一先ず服を乾かそうと上着を脱ぎ、水の滴る様子を見た。

そこで思い出した。

そういえば常に水が滴ってる人が居た。
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過去書類保管庫、そこにずぶ濡れのまま飛び込んできた千穂に驚いたのは水野だ。いきなり部屋に駆け込んできたぐしょぬれの女の子が、泣きながら抱き着いてきたらそれは誰でも驚くと思う。
水野は、寒さに震える千穂にタオルと着替え、それとちょうど淹れたばかりだったコーヒーも渡した。暫くして、ようやく落ち着いてきた千穂から事情を聞いた。
「その……という事がありまして……水野さんならと……」
「なるほどね、うん、大丈夫。それなら読めますよ」
「ほっほほ本当ですか!?良かった……良かった……」
湯気の立つ暖かなコーヒーを握りしめながら、安心して気の緩んだ千穂はまた泣き出してしまった。
「わ、あ、大丈夫、大丈夫だから……えっと、ちょっと待っててくださいね、今読んで書き写してきますから」
濡れた書類の解読は水野の得意分野だ。
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冷え切った身体に暖かさが戻ってきた頃、水野が奥の部屋から戻ってきた。
「お待たせしました!書類書き写し終わりましたよ!」
「うわぁあ、ありがとうございます!ありがとうございます!」
渡された新品の封筒が暖かく感じる。濡れた手でどうやって書いてるんだろう、と少し千穂は思った。なんにせよ、これでマオさんから頼まれた大事なお仕事、いや重要任務が果たせる。そう思った千穂に消えかかった使命感と情熱が蘇り、再び燃え上がり始めた。
「千穂ちゃん、これ虎屋さんに渡すんですよね?さっき連絡したら、研究室に居るよ、とおっしゃってましたよ」
「ありがとうございます、本当に何から何まですみません!……今度何かお礼させてください!します!」
「いえいえ、そんな大したことは……
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……それにしても、きゃとる&みゅーって打切りですよね?新作ってどういう事なんでしょう」
「えっ」

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