ヨカナーンの首
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月を見てくれ。あの月は何て奇妙なんだ!


縦横自在に飛び回る鳥たちにいつも憧れていた。

きっとあの生き物は、仲間と一緒に戯れながら、“眼”がある場所まで飛んでいけるんだ。果てしなく続く上の世界へ。

だからあの夜、檻の隅で震えていた彼女は、彼に魅せられたのだろう。柔和な“夜の眼”から降り注ぐ朧な光のような白銀の髪。苛烈な“昼の眼”から迸る眩い炎が全身を覆っていた。自然の産物にしては不自然なほどに ― 事実そうなのだが ― 壮麗な顔には純粋な歓びだけがあった。平時の彼女なら、彼の眼に宿る感情が飢えた捕食者のそれであると気付いたかもしれない。だが、彼女にはもっと重大な関心事があった。

ああ、欲しいな。

空に輝く全てが、今、手の届く場所にある。


「だからさー、いい加減僕のパワーが役立つって認めなよ。今回の活躍で分かったでしょ?」

『君は降伏を無視して相手を甚振り、自発的協力の見込みをゼロに近づけただけだ。収容房に戻れ、これ以上の自由を許可する気はない』

「へぇ、いいの? こっからあんたの居場所まで瞬間移動なんて朝飯前だよ?」

『財団で働く以上、命の覚悟はある。上級研究員を殺せば君も只では済むまい』

「はいはい帰りますよ。これだから洒落の通じない学者さんはヤダよねー」


彼は血溜まりに足を滑らせ、彼女の檻の前にドッと倒れ込んだ。青く澄んだ目は曇り、雷雨の訪れを予感させるものに変わっていた。やはり彼は空から来たのだ、彼女はそう確信した。

触れたい。空の温もりを感じたい。

力無く、彼は虚空に腕を伸ばした。我知らず、彼女も檻の隙間から手を伸ばした。

首の傷から流れ出してゆく“力”は、喜々として彼女の求めに応じた。甚だ弱ってはいたが、それでも挿げ替えた頭と体を整合の取れる形に正すだけの力はまだ残っていた。


…Neutralized分類とはいえ、結局、我々は███-JPの能力の根源を最後まで発見できませんでした。奴は即物的な欲望の実現のみで満足していましたが、使い分けていた能力は自己申告以外で確認できなかったものを除いても██を下りません。最悪の事態に備え、019-JPを即座に終了できる装備を対応チームに配備することを要請します。


彼女は夜空を見上げていた。結局あの後、彼の首がどこへ運ばれたのか彼女は知らなかった。彼の光は消えてしまったのだろうか。彼と共に居られたなら、自分も空を飛べただろうか。

(それがのぞみか)

光が身の内を満たすのを、確かに感じた。閃光と共に腕の中に現れたのは、彼の首。蒼褪めたその肌は紛れもなく天に浮かぶ“夜の眼”のそれだ。

耳を劈く警報と八方から迫り来る足音に構わず、彼女は彼の首を抱きしめて歓喜の唄を歌う。収容室の壁は霧となって吹き散らされ、毛皮は夜空に煌く翼となる。

いっしょに行こうよ。どこまでも。


兵士たちが殺到し、ヘロディアの娘にしてユダヤの王女、サロメを盾の下へ押し潰す。

カーテン。

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