新人職員のための講義:異常な生物との付き合い方
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ああ、どうもこんにちは。私はここの研究主任を任されている薗田そのだという者です。今日は新たに採用された方向けの講義「異常な生物との付き合い方」の初回講師を務めさせていただきます。
今後皆さんと直接関わる機会は少ないかもしれませんが、以後お見知りおきを。

さて、本日はお忙しい中ご足労いただき誠にありがとうございます。先ずは皆様が私たちと、そして数々の一風変わった生き物たちと共に働く、新たなメンバーとなったことを心より祝福いたします。

では、さっそく本題の方に参りましょう。本講義の目的は、これから皆様が相手にしなくてはならない“異常な”生物たちについての基礎知識を身につけていただくと共に、私たちが保有する数々の技術や、万が一の事があった時の対処法などを皆様に知っていただくことです。まあ、言わばオリエンテーションですね。
初回である本日はイントロダクションのようなものなので、あまり気負わずにのんびりやりましょう。

さて、本講義を始める前に先ずは皆さんに質問です。皆様にとって、“異常”な生物とは何でしょうか?

おそらく皆様はここに来てから今まで見たことのない生き物たちを多数目にしたでしょう。
巨大な蛾の幼虫、触腕を振るうチューリップ、発光する羽を持つオオミズアオ、あらゆる音を完全に模倣するクロツグミ、ペガサス、ユニコーン、翼の生えたヒト───

彼らは自然界に、断定はできませんが恐らく、存在しない生物たちです。事実、皆様の中には、ありとあらゆる部門のプロフェッショナルがいるはずですが、彼らを目にするのは初めてでしょう?ああ、もしそうでなかったら教えてください。捕まえに行かなくてはなりませんので。

失礼、話が逸れましたね。確かに彼らは風変わりで特異です。ですが彼らは“異常”なのでしょうか?

皆様はご存知の通り、この地球には様々な、そして皆様がここに来てから見た生物たちに負けないくらい特異な生物が存在しています。
極度の耐塩、耐酸、対放射線性、長寿、異なる生物種同士の共生関係。我々が作る何よりも小型で高性能な器官───
このように地球上に存在するありとあらゆる生物は非常にユニークな特性を有しています。しかし、彼らを“異常”とは言いません。それは何故でしょうか?

少し話を変えてみましょう。

生物の進化に主体性は存在しない—というのはもはや近年では常識になっていますし、研究者である皆様相手にわざわざ言うべきことではないでしょう。
え?ああ、いえ、私は新ラマルク主義ネオ・ラマルキズムを否定しようとしているわけではありませんよ。本当です。ただ、今日の講義において「進化はDNAベースの指向性の存在しない、いわば偶然によって発生した突然変異と自然淘汰によってなされる」という総合進化論ネオ・ダーウィニズムを用いたほうがより適切な論理の展開ができるというだけです。

とにかく、私たちの祖先は遥か昔、40億年前に自己複製を行う不安定な炭素化合物として誕生し、淘汰と生存を繰り返しながら無意識的に進化を続けていたのです。この進化には、総合進化論の考え方を用いれば、生物自身の主体性は存在せず、これは生命誕生以来長らく続いてきた常識でした。

今から約25万年前、我々人類が誕生するまでは。

人類の出自は他の生物と同様、偶然の産物であり、それそのものに特別な何かを見出すことは出来ません。しかし私たち人類には、他の種と比べて決定的に異なる点がありました。
ああ、いや、私は「人類が他の生物より優れた種である」と主張するわけではありません。むしろ生物は等しく価値があり、それに順位を付けること自体ナンセンスだと私は考えています。生物というのは非常に綿密に依存し合っていますからね。どちらか一方が絶対的に優位というのはあり得ません。それに、ここで働けば人類が最も優れているなんて言えなくなりますよ。

話を戻しましょう。我々人類が風変わりな点、それは「あらゆる生物の中で、唯一自分たちが進化してきた事実を見つめ直そうとした」ことです。

生物はそれまで訳も分からず自分という存在が、自分を構成する遺伝子が、他の何よりも長く生き延びられるようにと無意識的に生き続けていました。
しかし私たち人類は、といってもこれはずいぶんと最近になってからの事ですが、初めて「自分たちは何故生きているのか」問い、その答えを探そうとしたのです。言い換えれば、私たち人類は自分たちのルーツを辿り、ついには進化を発見したのです。

先ほど全ての生物は平等だと言いましたが、人類の進化とそれ以外の生物の進化を同列に語ることは出来ないでしょう。私たち賢いヒトホモサピエンスは自分たちが“生物”であり、40億年という旅路を、私たちがどのように生き延びてきたかを突き止めたのですから。

では、進化を知った私たち人類が次に出来ることは何でしょうか?

その答えは「進化に方向を、人類の意思で持たせることが出来る」です。

我々は生物の本体である遺伝子に様々なアプローチを行うことで、意図的に生物を作り上げることが出来るようになりました。皆様の中には遺伝子組み換えのプロフェッショナルがいらっしゃいます。そうでなくとも皆様は簡単な遺伝子操作くらい経験済みでしょう?遺伝子という生命の設計図を発見した私たちは、それに手を加え、進化の方向をコントロール出来るようになったのです。
さながら、今まで漠然とその命の存続を目的に行われて出来た生命の樹形図を切りそろえる庭師のように。

もうお判りでしょうか?そうです。それこそが“異常”なのです。

この施設に存在する多くの生物たちは40億年続いた「無意識下で行われる生命の連続」という常識から外れた異端者です。なぜなら、彼らには人の手が加えられ、その進化は無意識的ではなく何者かの意思によって生命を与えられた存在なのですから。

ええ、皆様が「期待はずれの答えだ」という顔をしていらっしゃる理由はわかります。そんなのごく一般的にやられていることじゃないか、そんなことを言いたげですね。
もちろんその主張は正しいです。人類による生物の意図的な改造は普遍的に行われている事です。例えば、遺伝子組み換えは近年社会でも一般的な技術として確立され始めましたし、そうでなくても現存する家畜たちは人類にその性質を意図的に変更させられてきた生物としてみることが出来るでしょう。それ故に「彼らは異常だ」と言っても皆様はご不満かと思います。そこで重視したいのは手を加えるレベルの話です。

遺伝子改変トランスジェニック 生物や家畜など、確かに彼らには人の手が加えられています。それは間違いありません。しかし、それらに施された仕事は“庭師”とは程遠い、素人のそれです。不完全な酵素の鋏、確実性を欠いた運任せの接ぎ木、思い通りの個体を作るために必要とする膨大な時間。地球という様々な生命が繁茂する庭園は、現状彼らがその全てを把握し、管理するにはあまりに広すぎる。

ですがまあ、私はそれも致し方ないと考えています。倫理的、あるいは金銭的な問題が絡む結果として、一般的な社会で生命を扱う研究をするのは非常に大変なのですから。私も昔、これらの問題で大いに悩まされたのでよく知っていますよ。

ええ、だからこそ皆様は “ここ”に来た。そうでしょう?

皆様は“ここ”の外で自分が満足いくような結果が残せなかった。もっと何かがあるはずだ。生命の持つ可能性はこの程度ではないはずだ。もっと自分は何かを創り出せるはずだ。皆様はそう考えていた。だからこそ私たちの手を取ったのです。

そうです、私たちの有する膨大な知識や技術、それは皆様が今まで不可能だった望みを実現する手助けになるでしょう。私たちは皆様が使いたい技術を、参照したい情報を、自由に提供することが出来ます。
ここには皆様を縛る倫理観、試料や金銭の枯渇は存在しません。あらゆる実験器具、あらゆる実験試薬、あらゆる実験動物が皆様には用意されています。
皆様はここで、皆様の心行くまで生命の神秘にメスを入れ、必要ならその全てを作り替えることが出来ます。

ええ、その通り。私たちは皆様と同じですよ。ここで働く職員たちは、皆さん本当に生き物が大好きなんです。彼らを切開し、彼らを暴き出し、彼らを書き換え、彼らを創り出すことが。
 
皆様も同じでしょう?

改めまして
ようこそ日本生類創研へ

私たちは貴方を歓迎します。

ずいぶんと前置きが長くなってしまいましたね。申し訳ないです。
さて、ではいよいよ実例を用いた異常生物の説明に参りましょうか。今日は、不肖私が現在開発・研究中の「社会性昆虫の神経メカニズムを応用した労働特化型人類の開発」を元に講義を進めて行きたいと思います。
スライドの準備をしますので少々お待ちください。

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