除夜の鐘
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ごおん。
百回目の鐘が鳴った。
近くの木が薙ぎ倒される様子が、はっきりと見えた。
ガタガタの高速道路を時速120kmでかっ飛ばす。車のエンジン音を差し置いて、その音は鼓膜をうるさく震わせた。とりあえずうるせえと叫んでみた。

ごおおん。
百と一回目の鐘が鳴った。
道路横の街灯がへし折れて、道路に倒れてきたので慌てて避けた。あわや大事故だ。
「除夜の鐘がうるさい」という内容の通報が全国一斉に入ってきたのは、確か六十三回目くらいの時だったか。何かの異常かもしれないと言われて、偶然近くを走っていた俺が駆り出された。大晦日なのにとんだ災難だ。

ごおおおん。
百と二回目の鐘が鳴った。
目的地の寺が、すこし明るく見えた気がした。
高速を降りて、山を登る。あと少しだ、あと少し。任務を終えたら、そのまま初日の出を拝んで、なんかうまいもん食って帰ろう。

ごおおおおん。
百と三回目の鐘が鳴った。
山道が崩落して、俺は慌てて車から脱出した。俺の車は土砂ごと山の下へ落ちていった。新車代は経費で落ちるだろうかと思いながら、山を歩いて登る。

ごおおおおおん。
百と四回目の鐘が鳴った。
『エージェント……そちらの……をほうこ……』それを最後に、通信は途絶えた。通信機は漫画みたいに煙を吹いていて、なにか嫌な予感がしたから思いっきり放り投げたら空中で爆発した。なんてこった。

ごおおおおおおん。
百と五回目の鐘が鳴った。
鐘の音が全身を震わせて、思わず立ちすくんだ。その後すごい音がしたから後ろを振り返ると……富士山が噴火していた。でも、俺は行くしかない。進むしかないんだ。

ごおおおおおおおん。
百と六回目の鐘が鳴った。
俺はなんとか頂上へたどり着いた。全てが金ピカの悪趣味な寺が俺の目に入り、そこで悪趣味な服装の坊主がこれまた悪趣味な金色の鐘を撞いていた。

ごおおおおおおおおん。
百と七回目の鐘が鳴った。
俺は悪趣味坊主を後ろから羽交い締めにして、手錠をかけた。

「てめえ、このクソ忙しい大晦日に何が目的だ」
「何って、これは除夜の鐘ではないですか」
「この轟音がか?」
「除夜の鐘は人々の煩悩を洗い流すためのものです。私は煩悩を洗い流したまで」
「こっちにとっちゃ人類の叡智なんだよ。これ以上洗い流されてたまるか」

そう言って振り返ると、撞木が勝手に引っ張られていた。嘘だろ?

「それでは最後の煩悩を吹っ飛ばしましょう。それ」

ごおおおおおおおおおん。
百と八回目の鐘が鳴って、俺は、脳がボンと爆ぜる音を聞いた。

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