料理長、天ぷらです!
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鬼食は急いでいた。これからサイト-81██竣工三周年記念立食会で饗する宇喜田博士の天ぷらを作らなければならないのだ。宇喜田博士は鮮度が命、今朝獲れた編み篭いっぱいの宇喜田博士を抱え鬼食はサイト-81██の廊下を走る。厨房のドアを開けた途端彼女は目を見開いた。ドアの先に待っていたのは普段使用している調理台でもコンロでもシンクでもなく時空間異常だったのだ!驚きのあまり鬼食はうっかり編み篭を持つ手を滑らせてしまい、中から零れ出た宇喜田博士は床でワンバウンドしたあと調理室内で大口を開くワームホールへ吸い込まれていく!
「ま、まままま待つんじゃーーーーーーーーー!!!」
叫ぶ鬼食が宇喜田博士へと手を伸ばそうとした刹那、彼女もまたワームホールへと吸い込まれていった……。


「見つけたのじゃ!誰にも渡さんのじゃ!これで天ぷら作るんじゃ!」
「料理長……く、苦しい……!」
鬼食は胸に強く抱いた宇喜田博士の声に気付き腕の力を弱める。宇喜田博士は再び落ちてバウンドすると思いきや撒かれた細かい石に衝撃を吸収される。
鬼食と宇喜田博士が目の当りにしたのはなだらかに広がる絢爛な平屋建てであった。空は澄み渡るように晴れ、その青さはまるで目に焼き付くようである。耳をすませば小鳥の囀りさえ聞こえてきそうな静逸な日本式庭園に鬼食は茫然と立ち、宇喜田博士は転がっていた。
「なっ、何事でおじゃるか!」
突如背後から甲高い声が聞こえる。二人が振り向くと、背後には毬を小脇に抱えた朝服姿の麻呂男が立っていた。男は白塗りの顔を引き攣らせ、丸く書いた眉を寄せながら二人の姿に狼狽している。勿論鬼食と宇喜田博士も狼狽している。うろたえ見つめ合う3人であったが、やがて鬼食が口を開く。
「だ、誰なんじゃよ!?」
「その方こそ何者でおじゃるか!たれか、たれか来てぇ~~!」
「いけない!」
助けを求める麻呂男に宇喜田博士が咄嗟に飛びつく。しかし麻呂男は宇喜田博士渾身のタックルを足で受け止め、爪先で空中へと跳ね上げた。
「ほっほう、その方は麻呂と蹴鞠で競おうという算段でおじゃるか?しかしこの毬、やけに跳ねるのう」
「まっ、毬っ、毬違うっ、まっ、待てっ、わたっ、私はっ、一見っ、球体っ、だがっ、にっ、人間だっ!」
「喋るとはなんとも珍奇な毬じゃのう!」
毬である事を必死に否定する宇喜田博士を軽やかなリフティングでいなす麻呂男。鬼食は感じた。この男只の麻呂ではない……さてはキング麻呂じゃな?
「キング麻呂よ、お主の名は何なんじゃよ?」
「キング麻呂が何かは知らぬが聞いて驚かんでたもれ。麻呂こそは室町幕府第十三代征夷大将軍が弟、足利義秋でおじゃる」
「むっ、室町っ、足利ぁ!?」
宙高く舞い上がった宇喜田博士は再び地面へと落ち鬼食の足元へと転がった。小柄な料理長はひょいと宇喜田博士を抱え上げる。大事な食材である、キング麻呂には渡さんのじゃ。
「何て事だ……鬼食さん、私達どうやら戦国時代にタイムスリップしてしまったみたいですよ」
「ふむう、このキング麻呂は合戦で無双するようには見えないんじゃがのう」
「しませんよ!彼の言う事が正しければ後の室町幕府最後の将軍・足利義昭ですよ!織田信長に対し包囲網を敷き武力ではなく謀略を用いて追い詰めた人です!」
「成程。やはり只の麻呂でなくキング麻呂じゃったのか」
「さっきから何ですかそのキング麻呂って!」
「織田の信長と申したでおじゃるか?」
突如二人のひそひそ話に入り込んで来た麻呂男に鬼食は驚き、再び宇喜田博士を取り落としてしまう。粒の小さい小石に身体の下部を埋めながら宇喜田博士は思った。今日私はあと何回落ちるんだろう……。
一方の麻呂男はやけに上機嫌であり、鬼食に向かって微笑み黒く塗った歯を見せた。鬼食はどうしたらよいものか分からず弱弱しい笑いを麻呂男に返す。
「そうかそうか、その方らは信長が麻呂に遣わした南蛮の調理人であろう!舶来物を食す事を求める麻呂の願いを叶えてくれるとは……信長も憎からぬ男でおじゃるのう!」
麻呂男の素っ頓狂な発言に鬼食は思わず宇喜田博士と顔を見合わせた。何言ってんじゃこのキング麻呂……あっ、宇喜田博士の顔ってその空気穴みたいな所だったんじゃな。
「……何だか勘違いされちゃいましたね」
「こういうドラマ見た事あるんじゃよ……しかし調理人として求められたからには血が騒ぎ肉躍るんじゃよ!」
「え?」
「会食に出そうと思っていたけど仕方ないんじゃよ。宇喜田博士、観念せい」
「え?え?ちょっと、鬼食さん、ちょっ……!」
鬼食の動きは素早かった。懐から取り出した包丁を操る手は宇喜田博士が反応するよりも早かった。
そう、早かった。
早かったのだ……。


「宇喜田博士の天ぷら、完成なんじゃよー!」
「ほほう!油で揚げた毬がこれほどまでに美味いとは!日の本に二つと無い珍味でおじゃる!」
薄黄色の衣を纏った宇喜田博士を口に運びながら麻呂男は歓喜の声を上げる。おいしそうに食べる麻呂男の姿を眺め、鬼食もまた喜びに満ちた笑顔を見せた。やはり料理って楽しいんじゃよ!自分で調理した物で他人に喜んで貰えるというのは嬉しい事なんじゃよ!
麻呂男は10分程で皿いっぱいの宇喜田博士を平らげ、満足気に腹をさすりながら鬼食へと向き直った。
「いやはや、大変な馳走であった。褒めて遣わそう!」
「別にええよー」
「礼に褒美を取らせようぞ、これを受け取るのでおじゃる」
麻呂男が朝服の裾から取り出したのは目覚まし時計だった。あれ?おかしいのじゃ。何でキング麻呂が目覚まし時計を持っているんじゃよ?あれ、これってもしかして……。


鳴り響く目覚まし時計の音に気付き鬼食は勢いよく起き上がった。今彼女がいるのは戦国時代ではなく自室のベッドの上であり、近くに置かれた時計の針は午前4時半を指していた。鬼食は呟きながら目をこする。
「夢か……。そうか、これは悪い夢……いや、変な夢だったんじゃよ……キング麻呂が出てきて……この手で宇喜田博士を天ぷらにするなんて……」
もやもやとした晴れない気持ちを抱えたまま洗面台へと向かう。今日も早朝から仕事をする財団職員のために朝食の準備に取り掛からねばならない。歯を磨き顔を洗い、髪の毛に櫛を通しながら彼女は考えた。

宇喜田博士を天ぷらにするなんてあり得ない、宇喜田博士は煮っ転がしが一番おいしいんじゃよ。

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