正義の味方
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 正義の味方になりたかった。自らの危険を顧みず、名も知らない誰かを助けるような。そんなヒーローにあこがれた。
 幼い頃、自然災害の暴力に曝された。学生の頃、異常存在の脅威に曝された。防衛軍へ従事していた頃はSCPオブジェクトの危険に曝された。助かった自分は、命をかけて正義を執行しなくてはならないと、そう思った。

 無骨な拳が民家のドアを叩いた。インターフォンの存在を無視しているのは敢えてである。2mに届かんとする体躯を少し屈め、おおよそ10秒おきにドアを叩く。半分ほどドアが開き、痩せた少年が外を窺ったのは13回目のノックの前であった。
「やあ少年。ご両親は息災かな?」わざとらしい程の笑みに、「いません」少年は細く答える。
「そうか少年、邪魔するぞ!」言うよりも早く、強引にドアを開き、土足で民家へ入り込んだ。そこには痩せた中年男性と、簡素な椅子に座る中年女性がいる。少年の両親である。見ると、父親は母親へ、隠すように覆い被さった。
「少年、キミの振り絞った勇気に敬意を示し、そのささやかな嘘は聞かなかった事にしよう」
 収容部隊の隊長は背後に控える部下に合図をし、父親を拘束するよう指示をした。
「さて」咳払いをする。「前田健二さん。あなたの奥さん、前田良子さんにはSCPオブジェクトの嫌疑がかけられている。これから施設へ同行頂き検査を受けてもらうわけだが、質問ありますかね?」
 目の前で揺らされる勧告書を見ながら、少年の父親、前田健二は小刻みに首を振った。
「そんな、そんな! そんなわけが無いんだ! そんなわけないんですよ! これは間違いなんだ!!」
 健二は拘束を振り解き、収容部隊の隊長へ掴みかかった。
 訓練された収容部隊の拘束が、素人に振り解けるはずがない。
 これは敢えてである。
「ああ、あー、これはダメですね。これはいかん」
 隊長は左手の指を大げさにゴキゴキと鳴らし、健二の首を掴んで強引に引きはがした。メリメリと、小枝が軋むような音がする。前田良子の悲鳴が聞こえた。
「我々財団の業務執行妨害に対しては、即時終了が認められているんですよ。ご存じでしょう。ああ、もう聞こえてないか」
 左手で首を捕まれたまま宙づりだった健二は、口の端から泡を吹きながらビクビクと痙攣していた。頭を抱えながらか細くすすり泣く良子へ、隊長は健二を投げつける。痩せてはいるが60kgはある中年男性の身体が、地面と平行飛行し良子へ激突する。
「見たなみんな」
 激突した肢体は、激突した部分は、消滅していた。辺りには消滅を免れた四肢と、スライスされたような頭部の残骸が散らばった。
「対象は服ごと俺たちを食うぞ。手順8821-15を遵守し速やかに確保しろ」
 了解という部下達の返答が響いた。

「さて」
 隊長は、先程より足にしがみついていた少年へと目を向けた。
「キミのその勇気には素直に驚嘆する。だが少年、それではダメだ」
 右手で襟首をつかみ、少年を引きはがす。
「キミは弱い。弱者の勇気は蛮勇だ。判るね」
 少年は頷かなかったが、隊長は満足げに笑みを浮かべた。
「よろしい。ではキミも一緒に来なさい。お母さんとは別の車だがね」
 ドアを開き、少年を促す。少年は隊長をにらみつけたが、無意味だと悟り従った。
 街宣スピーカーからは、"統治者"の定期演説が流れていた。


 幼い頃も、学生の頃も、防衛軍の頃も、危機から救ってくれたのはいつも財団の私設部隊だった。
 オブジェクトの収容に伴う保安処理だったかもしれない。だが彼にはそれで充分だった。
 正義の味方になりたかった。彼にとって財団とは、正義の味方そのものだった。

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