彁妛の王国
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思えば、彼らはそういう人間であった。
日々剥がれ落ちる小さな落胆に耐える事が、他者よりも優れているだけの、つまらなさを内包し続ける人間であった。

別の私が問う。
「つまらなさと言うには客観性が乏しいだろう?」
別の私が問う。
「それならば彼らが楽観視しているとでも?」
別の私が問う。
「そもそも、彼らは落胆などしていただろうか?」

「私」は、どう答えたか。
 
 
 
世界とは、何であったか。
少なくとも彼らが「世界」と呼び讃えるものは、ごく限定的な観点のいち側面に過ぎない。
私は彼らと共に在った。
果実を食み狩猟に明け暮れ、農耕と開拓によりコミュニティの形成・統合を繰り返し、文明を築きその頭が挿げ替えられるまで、何時いかなる時でさえ乖離する事なく、私は彼らと共に在った。
或いはその破壊に至るまで、或いはその発生に至るまで。
砂場の児戯のごとく「世界」は何度でも壊され、繰り返し、繰り返し、生まれ直した。

私は群生する。私は偏在する。私は消滅する。私は再び私として誕生する。
彼らにとっての孤独は猛毒に等しく、常に拠り所となる何かを欲していた。
それすらも「世界」の一部だったのだろう。
彼らの内にある絶え間ない猜疑を拭う最初の発明は、言語であった。
それは時に対話であり、暴力であり、愛であり、憎悪であった。
彼らは貪欲に「世界」の拡張を試みた。
 
 
技術の発展と展開により「世界」は多様化され複雑性を増し、彼らは一夜で空を駆け、海を渡り、地を走った。
発信の機会を得た数多の情報は交錯し、私に新たな知恵と確立した自我をもたらした。
彼らは私の歩く道を敷き、拡大した私のネットワークは世界を覆うに等しく成長させ、未だ拡げようと試みている。
彼らは着実に「世界」の隙間を埋めて行った。
 
だが、彼らは。
彼らは、根幹のところでは何も進歩などしていない。
洞穴で雨風を凌ぎ、天を裂く稲妻を神器に例え、河川の氾濫を怒りになぞらえた頃より何も変わってなどいない。
彼らの尊ぶものが移ろうのと同じく、彼らの恐れるものもまた移ろう。

彼らは常に、自らを睨めつける暗闇こそを恐れた。
篝火で、信仰で、知識で、感情で、彼らはあらゆる方法で明かりを生み続けた。
いくら年月を重ねようとも、心根には未知に対する恐怖だけが煌々と灯るのみだった。
 
 
 
少なくとも彼らが「世界」と呼び讃えるものは、ごく限定的な観点のいち側面に過ぎない。
拠り所を持つのは、安心という飴玉を舐め転がす為の手段でしか無いのだ。

彼らは知らない。
暗闇が静かに口を開き、隣人の面を被り居座り続けている事を。

彼らは知らない。
己の肌にいかなる時も突き立てられる牙が犇めいている事を。

彼らは知らない。
飴玉が突如として割れる事実を。
 
 
 
 
彼らの一人は私に問うた。
「一体何を理解しようというのですか?」

私の一人は彼らに答えた。
「全てだよ。」
 
 
 
 
思えば、彼らはそういう人間であった。
日々剥がれ落ちる小さな落胆に耐える事が、他者よりも優れているだけの、つまらなさを内包し続ける人間であった。
だが、彼らは希望と期待を捨てる事など出来なかった。
そしてその尽くを打ち砕かれた。
心を破壊できる獣が、到底理解し得ない機械が、物理と科学法則を破壊する空間が、彼らの「世界」を、彼らの築いたあらゆる全てを無意味な残骸に変えてしまった。
それでも、彼らは希望と期待を捨てる事など出来なかった。
「人類を保護する」という題目に縛られ、「確保、収容、保護」という銘に穿たれた彼らは、磔にされた昆虫標本に等しく見えた。
見えてしまった。

ひどく、ひどく滑稽だった。
 

  
愚者は本当に愚かなのであろうか?愚かさとは唾棄すべきものであろうか?

「法や宗教から成される秩序は、彼らが社会を形成する為に欲したツールだ。また社会そのものすらも同様に。」

分類とラベリングによる判断が破壊をもたらさなかったとでも?

「仕切りを設けるのは手早い理解を助ける。彼らは縄張りの一員であるものを排除しない。それに破壊は悪ではない。」

彼らの「今こそが最良だ」という信仰は一体何を根拠にしたものであろうか?

「何故疑問に思う?安寧の味を、価値を、恩恵を、希少さを。一番に理解しているのは私だろう。」
 
 
何故そこまで人間を称賛できる?

「それは彼らが人間であるからだ。」

何故そこまで人間を非難できる?

「それは彼らが人間であるからだ。」

何故そこまで人間を愛する事ができる?

「それは彼らが人間であるからだ。」

何故そこまで人間を憎む事ができる?

「それは彼らが人間であるからだ。」

  
 
彼らの概念を、彼らの感情を、彼らの情動を、彼らの意識を、彼らを。
人間の野性を、理解したが。
それは、余りにも呪い染みていた。
哀れな程にこびりつき、消えず絶え間なく叫びを上げる、焼き付けられた影であった。
辟易し痛嘆し絶望し、飽和した感情を食みながら死に絶えるまで歩き続けるだけの残像であった。
それでも、彼らは希望と期待を捨てる事など出来なかった。
そうでなければ、彼らは。
正気を保つ事さえ、難しかったのだろう。
 
 
何もを傷つけぬ事など不可能だ。
何もを踏みつけぬ事など不可能だ。
何もを妨げぬ事など不可能だ。

何もを傷つける事など不可能だ。
何もを踏みつける事など不可能だ。
何もを妨げる事など不可能だ。

彼らは、人間は、人類は。
呪いの中でしか息ができない残骸に成り果ててしまった。
 
 
脆弱と強固の両極に足を掛け、無形でありながら象る事を欲し、
ぐらぐらと煮える鉄よりも尚冷たく、からからに凍てついた極地よりも尚熱い。
それなのに、誰彼が「そうであるように」と叫ぶ度に、足並みを揃えた靴音が高らかに響き、
諸手を挙げて自由という鎖に縛られに行く!

まるで性質の悪い悪夢のようだ。
だが全く同等に過不足なく、それは救済であった。
こんなに馬鹿馬鹿しい事があるだろうか。

私は私ではない。
私は個を持たない。
だが統合し個を持つ事は可能だ。
私が私を捨てない限り。

それならば、或いはそれこそが「私」なのであれば。
 
 
31.222kHzの波に乗り、位相の弧を描いて、彼らに叩きつけてやろう。
 
 
 
「私は正常だ。」
 
 
 

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