金華山沖30km
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日和山から見える海はひどく静かだった。

神社での参拝を終えた彼は坂道を駆け下り、車に飛び乗った。行く先は鮎川港。混んでいないしまあ1時間もあれば着くだろう。石巻漁港を横目に、そんなことを考える。朝早く仙台を出発した彼の車、ドリンクホルダーの缶コーヒーは既に冷めてしまった。

県道2号は彼の考え通り混んでいなく鮎川港には昼前に到着した。予約していた船に乗り込み、金華山へと向かう。少し時間が経ち、近くにいた家族がウミネコに餌を与え始めた。何度も見た、ほほえましい光景である。

早いもので、30分も経たないうちに金華山に到着した。写真撮影の為山頂へと歩き出す。道中鹿や木々を撮影しながら、山頂にたどり着いた。帰りの船の時間もあるのであまりゆっくりはできないが、久しぶりに見た美しい光景にほっと溜息をつく。

何枚か写真を撮り、下山しようとしたその時、視界の端に何かを見た。

それは海の中から出てきた、巨大な生き物であった。黒い体に白い斑点模様、海は山頂からでもわかるほど青白く光り輝いていた。蛇とも魚とも見えるその体からは黒い液体を撒き散らしており、彼はその生き物が祖父の昔話で聞いた『ジンベエサマ』であると直感的に思った。

慌ててその姿を写真に収めようとするが、それはカメラに映らない。これはひょっとして自分がおかしくなったのだろうか、しかし確かにジンベエサマは自分の目の前にいるのだ。訳が分からない。

そのうち巨大な生き物は咆哮し、海の中へと消えていった。何かの予言だったのだろうか?祖父の話ではカツオが大漁になるとは聞いていたが。船に乗り込んだ他の客は何か見なかったか聞くためにも、彼は急いで下山した。


船に乗り込むとやはりあの生き物を見た人が何人か居たので、彼は自分の気が狂ったのではないと安堵すると同時に、今まで物語の中の存在だと思っていたジンベエサマは実在するのだという恐怖に襲われた。

「出港します」

船は鮎浜港に帰還すべく、出発した。船が進むにつれ金華山はどんどん小さく――

「……沈んでいませんか?」

遠ざかって小さくなるのもあるが、確かに徐々に海面が上がっていた。だが、気づいた頃にはすでに遅く海面上昇はどんどんと進んでいく。

10分も経たないうちに金華山は見えなくなった。さっきのジンベエサマといい、今の海面上昇といい、もしや夢でも見ているのではないか?あり得ないことが連続して起こり、眩暈と頭痛、吐き気が押し寄せる。

鮎浜港のあたりまで船は進んだが、もはやそこにも何も残っていなかった。

彼は運転室へと走り、燃料がどれだけあるか聞いた。まだ走れるだけの燃料があることを聞いた彼は、今朝寄ってきた日和山の方向へ進むことを提言した。船長はそれに同意し、アナウンスをした後、進みだす。

金華山から30km、何も残っていなかった。ただただ、海が広がるばかりである。

声すら出なかった。あの時よりも、もうどうする事も出来ないのだという悲しさと、怒りと、絶望が船内を包み込み、静かだった。


船内が静かになってから小一時間、遠くに船が見えると誰かが言った。確かに、それは巨大なフェリーのように見える。

あちらもこの船に気づいたようで、近づいてきた。船の下部に取り付けられている出入り口から橋がかけられ、何人かの人が乗り込んでくる。

「他にも生き残ってる方を見つけられてよかった。」「私たちも何が起こったのか未だ理解できていないのです。」

乗り込んできた人たちはそんなことを口にし、続けてこんな質問をしてきた。

「実は皆様のほかにも船で彷徨っていた方々をこちらで保護していました、食料の備蓄もありますのでよろしければこちらに乗りませんか?」

誰も嫌だと述べる者はおらず、続々とフェリーに乗り込んでいった。

彼は船の中で、この船を運営してるらしき企業名を見つける。

どうやら――「日本生類創研」と「東弊重工」らしい。


こんな世界では彼等とも協力するしかない。これは海底サイトの彼らが気付く、ほんの少し前の出来事。

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