袋小路にて終焉を待つ
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 新規のバックアップ依頼が来なくなって久しい。
 財団による異常の収容が恙無く行われ、新たな脅威の発見も減少傾向にあるのかと言えば、そうではない。職員全体に漂う濃い疲労と緊張感が、それを如実に教えていた。
 にもかかわらず、カインのもとには新たなSCPオブジェクトの研究レポートも、既存オブジェクトの経過観察結果も持ち込まれなくなった。

 サイト内の研究棟を自ら訪ね歩いても、誰もが貴方に頼むことは無いと答えた。映像記憶能力を持つ視線から逃げるようでもあった。
 彼らは人型スキップを信用するのを止めたのだ、とカインは判断した。異能を疎む目を向けられるのも、随分久しぶりだった。

 医療チームに呼ばれる事が無くなったベスが、カフェテリアで暇そうに頬杖をついていた。
「みんな、俺のそばに近づくのも止めちまった。みんな、あんなに疲れてるのに、俺を頼るのを怖がるようになっちまった」
 ぼやく彼も自分も、この調子では間もなくサイト内の自由行動も許されなくなるだろう。

 刻々と旗色が悪くなっていくのが感じられる。人類は異常の数と規模に、太刀打ちできなくなりつつある。
 機密の保管を任されることが無くなっては、ここにいる意味が無い。
 ここで人類の為に働くのは、遥か昔にを殺し、殺戮の地獄に渡してしまった大罪を贖う為の献身の意味もあった。万の歳月をさすらい歩いた自分すら知らぬ神秘の情報が集積されるのを、自分たちの為に盗み見る腹積もりもあった。

 そのどちらもかなわず、狭い部屋の中で飼い殺しにされるだけとなるならば、再び流浪の身になる方がいいだろう。古い魔法を知っている。出て行こうと思えば、出て行ける。
 それに長年ここにいても、とうとう呪われた自分と悪鬼に堕ちた弟のどちらも自由にすることができなかった。その手がかりすら得られなかった。

 思えば財団登録のスキップとなってからの年月は、罪人にあるまじき安穏に満たされていた。衣食住があり、信用と仕事があり、そして過度な恐れと迫害は無かった。
 虐殺に酔っては殺され、冷たい棺から蘇っては同じ事を繰り返す弟を、その犠牲となる人々をよそに安定した生活を続けているなど、実に図々しいことだ。
 ここを出て、自ら異常を訪ね歩き、財団や連合から逃げ続けて、古い時代に負った苦役から兄弟共に解放される方法を探し続けるべきなのではないか。

 だが、分厚くも障害にはならないはずのサイトの壁を越える決心は、ついにつかなかった。
 決してか弱くはない財団を打ちのめすまで異常がひしめくようになった世界に、自分が何かを成す余地はあるのか。
 余裕を失うばかりの今の財団の中に、弟を置き去りにしてどうなるのか。この壁の外に、どうして希望があると言えるのか。
 あるいは怪奇の群れへのあまりに無謀な戦いに挑んでいるこんな組織に身を寄せた、その時点で先が無い道に入り込んでしまったのではないか。
 後悔が心を掠めたのは、実に実に久しぶりのことだった。

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