彼女の六分儀と次代の神話の為に
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 ある日とうとう、世界は死を迎えた。終わりの嵐が吹き荒れた時、白い衣のを閉じ込める大きな建物も、例に漏れず崩れ落ちた。
 ぼんやりとしたまま瓦礫の下から這い出し、崩れた壁の隙間を抜けて、敷地の外に出た彼女の頭上に広がるのは、随分久しぶりに見る星空。
 ただ、そこに煌く星たちはそれぞれに別の方向へと動こうとし、あるいは流れ落ちていた。世界の終わりは地上のみならず空にまで訪れて、天体の規則正しい運行は、全く失われていた。
 白衣の人間たちに閉じ込められる前の彼女は、漠然とながら北を目指していたはずだった。しかし今、地軸はそっぽを向き星は乱れて、方角というものもまた消滅している。行き先がわからない彼女は、ただぼんやり立っていた。頭上遥か彼方から、彼女を導く声が聞こえるまでは。

(ポラリスはもうその役割を追われた。新しい中心が必要だ)

 それは遠い昔、彼女が歩みを始めた頃に出会った男の声。最初に彼女を導く為の星と、道標となってくれた人。
 振り仰げば混乱の只中にある夜空の中、じっと動かず力強く輝く光があった。彼女は確かにそれを観測し、そしてその星が導く方へと歩き出した。
 彼女の六分儀に道を教える為、かつて彼女と出会った星々が次から次へと現れる。彼女を呼び寄せ、急き立てる。

(結局のところ、俺たちが君に恋い焦がれてしまうのは、君が次代の新たな法則そのものだからだ)

(僕たちは次の世界を導くマイルストーンになるんだ。それってたまらないじゃないか)

 かつて彼女を愛した人々が、空の彼方から彼女を招く。
 強い風が四方八方から無茶苦茶に吹く中を、壊れた法則に揺るがされてひび割れては出鱈目に閉じていく大地の上を、苦しみ呻くばかりの生き物たちの間を、彼女は真っ直ぐに真っ直ぐに歩く。
 何もかも乱れた世界にあって、彼女の六分儀は確かに進むべき道を捉えている。星は優しく瞬いて、愛する彼女に位置を知らせる。

(そう、私たちは次の女王を導くの。その即位の瞬間を待ちわびているの)

 新世界を夢見る心を忘れぬ星たちは、ひたすらに憧れと期待を込めて彼女の旅路を形作る。

 いつしか死んだ大地は彼女の足元から去り、今彼女が踏みしめるのは、遥か遥か虚無の一点へと続く硝子の階段。彼女を取り巻くのは荒れた風でも淀んだ雲でもなく、しんと静まった暗黒の世界。
 階段を昇るにつれて、彼女の星々が励ますように近づき、その手足に恭しくキスをしていった。

 そうしてついに旅の果て、階段の終点に、彼女は美しく透き通る硝子の玉座を見出した。
 その上に彼女は躊躇いなく腰掛け、そこから暗黒の世界を静かに眺め回した。
 此処に今、新たな天の中央が生まれた。新たな女王の純白の衣は清かに輝き、暗黒の宇宙を照らす恒星となった。
 彼女を導いてきた星々が歓喜の声をあげながら、彼女を中心にして広がり、それぞれに新時代を祝ってくるりくるりと舞い始めた。女王の六分儀は確かに、それを観測した。彼女は彼らを新たな法則の基準となした。彼女を愛し導いた者たちは、新たな宇宙の礎となる栄誉を得た。
 涼やかな玉座の上、星辰の娘は彼女を讃える星々の巡りの中心にあり、静かに静かに世界の運行を見つめていた。いつか、彼女を道標として六分儀を携え、歩き始める誰かが生まれるだろう。

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