これは1本のシャープペンシルです
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博士と呼ばれるその男は、今日も新しいおもちゃの開発に取り掛かっていた。
「クソ…来月までにこれを仕上げないといけないってのに…」
彼は完全に行き詰まっていた。「ふわふわする」「スパイごっこ」「楽しい布団」様々なおもちゃを生み出した彼にとって、それは初めての出来事だっただろう。脳内にはいつもたくさんのおもちゃのアイデアがあったはずなのに、今日だけはどうしても出ない。俗に言うスランプというやつだ。目覚ましのために飲んでいたコーヒーは、もうすでに尽きていた。ボツにした企画の原稿がゴミ箱の上にうず高く積もっている。もう眠気も限界に近くなった。しかし次の瞬間、彼の脳裏にあるひらめきがよぎった。新しいおもちゃのアイデアではなかったが、今の彼にとってはそれと同じくらい素晴らしいものだった。
彼は机の引き出しから1本のシャープペンシルを取り出し、それを持って書類に向かい合った。そのシャープペンシルは、彼が昔に作ったもので、なんとなく彼のお気に入りでもあったのだ。
「おもちゃを作るなら、やっぱりおもちゃを使わないとね!さて、これで企画書を…」
そう言って、シャープペンシルの先っぽを押した瞬間に、それは彼に直撃した。
「ヴォッ」
今まで発したことのないような低くくぐもった声を上げながら、彼はシャープペンシルを放り投げた。
「あ゛あ゛あ゛っ!くっせ!くっせえ!」
彼の持っていたシャープペンシルからは、とてつもない悪臭を放つ気体が発生していた。卵が腐ったような臭いが辺りに立ち込める。彼はすぐに換気扇のスイッチを入れ、家の外に退避した。嗚咽を漏らし、玄関の前でひざまずく。いくらもがいてもその臭いはなかなか離れなかった。ようやく臭いから逃れて部屋に戻った時、もう臭いは消えていた。ははっ、ざまあみろ、と思いつつ、彼はシャープペンシルを持ち直した。さすがにもう臭いは発生しないだろう。これを書いた子供もすぐに参ったに違いない。ざまあみやがれ。そう言って彼は、机に座って、シャープペンシルをカチッと・・・
「ヴォッ」
シャープペンシルからは先ほどと同じ臭いが発生した。先ほどと同じ声を上げ、換気扇をつけて、外に出て、ひざまずく。なぜだ、なぜこんな事に。彼はのたうち回りながら、そう自問した。クソが。なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
その日、彼は結局シャープペンシルを握れなかった。「三度目の正直」という言葉もあるが、あいにく彼はそのことわざを信じていなかったようだ。彼は鼻をつまみながら、金属製の箱にクソッタレなシャープペンシルをしまい、普通のシャープペンシルで仕事をした。まったく、どこの悪ガキがこんなことをしでかしやがったんだ、とつぶやきながら。


しばらく時が経った。彼は、あれからなんとかスランプを脱却して企画書を進めていた。そして今日、ようやく最後の一、二文のところまで終えることができたのだ。しかし彼は、運の悪いことに愛用していたシャープペンシルをなくしてしまった。ようやくこの辛い仕事から解放されて、そのあとはビールでも飲みながらくだらないテレビ番組を見つつゲラゲラ笑ったりしよう、と思ったのだが。机の裏や引き出しの奥を探しても、やはり見つからない。あと少しで仕事が終わるっていうのに。彼は次第にイライラし始めた。
「仕方ないか…」
彼はそう言って、机の引き出しから金属製の小さな箱を取り出した。中に入っていたのは、あの忌々しいシャープペンシルだった。本当は今すぐにでも折りたいのだが、今はそんな事をしている場合じゃない。
彼は手の先を企画書に向け、最後の一文を書くために、


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