悪い冗談
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彼は、本国に所属していたエリート職員だ。今年は日本で忘年会に参加できるというので楽しみにしていた。
だが、パーティが始まる少し前にある博士から携帯端末へ連絡が入ってきた。
『6105の部屋の様子を見てきてくれないか?』
その博士は今は外に出ているらしく、他に頼める人もいないのでと言ってきた。
彼は渋々承諾し、サイト-8181の6105の番号が振られた部屋へ向かった。
節電のために明かりが絞られているため、廊下は薄暗い。少し肌寒いのが、何やら嫌なものを予感させた。
……まあ、考え過ぎだろう。
思いながら、彼は6105に着いた。簡単な倉庫として用いられている部屋だ。
電子キーでロックを解除。扉を開く。
そして彼は見た。
そこには無機質な像が立っていた。彼が良く知っている像が。

「173!」

思わず叫ぶ。
なぜSCP-173がここにいるのかわからない。ただ何か異常事態が起こっているということだけは確かだ。
よりにもよってこんな日に、悪い冗談じゃないか。
とにかく、このことを他の者にも伝えなければいけない。彼は像から視線を外さないようにしながら、胸元の携帯端末に手を伸ばす。
ああ、だが彼は動揺から、それを落としてしまった!
さらに悪いことに、彼は一瞬それに目を遣ってしまったのだ。
視線を戻すと、173は目前に立っていた。
息がかかるほど近く、その腕が彼の首をほとんど締め上げようとしているところだった。

「あ……ああ……」

彼は己の不運を呪う。
目蓋に力を入れ、極力瞬きしないように努めたが、長くは持たない。
やがて彼は瞬き……自分の意識を手放した。

 

……

 

「……か。大丈夫ですか」

彼は声を聞いた。
目を開く。
すると、着ぐるみが自分を覗き込んでいるのが見えた。

「あ、あなたは?」
「私は桑名博士です。たまたまここを通りがかって、倒れているあなたを見つけました」

身体を起こす。見れば、そこは6105の前だ。
次になぜ自分がここにいるのかを思い出した。何があったのかも。

「173は!?」
「はあ……何のことですか」

相手はわからないという風な口ぶりだった。
彼は確かに173を見たはずだった。けれども、相手の様子から何も異常なことは起こっていないように思われた。
本当に収容違反が発生しているのなら、もっと慌しくなっていてもいいはずだ。

「もうすぐ忘年会が始まる時間ですよ。あなたも行くのでしょう?」
「ええ、まあ、はい」

自分は寝ぼけていたのだろうか? 不思議に思いながらも、彼は6105の中を確認する。
部屋の中は荷物が置かれているだけで、何の異変がなかった。

「大丈夫なようです。それでは、これで」
「ああ、そうだ。あなたにこれをあげよう。……食堂の利用券2500円分」

着ぐるみは5枚つづりのそれを手渡してきた。

「私は使わないので、せっかくなのであなたに」
「そうですか? では、ありがたく頂戴します」

何やらわからないが、得したのはようだ。
しかし、あの173を見たのは気のせいだったのだろうか……?
妙な気持ちを抱えて、彼は忘年会会場へと戻っていった。


桑名博士は携帯端末を取り出し、電話をかけた。

「もしもし、白子博士」
『やあ、最高だったよ。彼の気苦労は2500円分なのかな?』
「あれしか持ってなかったんですよ」
『いやしかし……実物を知っている職員でさえ、君の仮装は見抜けなかった。本番前にいい結果が得られたじゃないか』

忘年会には余興がある。それに桑名博士は仮装で参加するのだ。
しかし。

「173はやっぱりやめます」
『どうして?』
「SCPをネタにするなんて不謹慎だというのです。彼の反応ではっきりわかりました」
『完成度が高いと思うんだがね。動きの練習だってしたんだろう?』
「そりゃあしましたが」
『今年の仮装、他に案は?』
「常に予備のプランは備えておくものですよ」
『なら、好きにするといい』
「そうしますとも」

博士は電話を切り、6105に入った。
部屋の片隅には、今日のために用意した衣装タンスがある。あの職員はそれと気付かなかったようだが。
開けば、そこにはいくつかの衣装が入っている。
SCP-173の着ぐるみも。
……これはお蔵入りですね。
そう思いながら、博士は別の着ぐるみを取り出した。
赤と青の服を着た、デフォルメされたヒゲの男のキャラクター。追加でタヌキの耳と尻尾が付いている。
博士は手早くそれに着替え、元着ていたものをタンスに収めた。

「さて、私も会場へ行きましょうか」

桑名博士は衣装タンスを持つと、廊下をダッシュしてから飛び上がり、画面外へ消えていった。

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