出向
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「マナによる慈善財団、ですか。」
「ああ、略称はMCF。君も名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。」
"財団"日本支部、渉外部門の古参として知られる留柳外交官は椅子にどっしりと座り、向かいの男……字雨博士を見ていた。
「そこが僕の行く場所という事ですか?」
「まあ、そういう事だ。」
字雨介一、専門は感染症 、災害考古学、それに情報生物学。
人間関係は薄く、ましてや他の要注意団体との接点もない。
「なぜ僕がそんなところに?」
「その説明は少し長くなるのだが、まずPEJEOPAT……既存日本超常組織平和友好条約機構、にMCFが参加して今年で3年目になる。3年前のMCFアジア支部は東南アジアを中心に活動していたが、タイ支部からの圧力が強くなったのか活動範囲を拡大してきた。」
「ならばタイ支部が対応に当たればいいでしょう。日本支部職員がわざわざ首をつっこむほどの事なのですか?」
「昨年静岡で起こった異常事件にMCFが絡んでいた事が判明して理事会が腰を上げたんだ。なにやら事件の後片付けに結構手間がかかったらしい。で、MCFをどうにかしたいがMCFを表立って潰すわけには行かず、活動を抑えるための枷として職員を派遣する事が一番良いという結論になってな。」
「MCFは職員の受け入れについてはどうなんですか?」
「歓迎する、という声明を出してはいるが実際はわからない。」
「それにしてもなぜ僕が?」
「過去に君は研究論文でオブジェクトの有用性について書いただろう?」
「あれは感染系に利用可能なものがないかというもので、一般的なものでは……」
「だが、その分野で論文を書いた人は少ない。財団のモットーと反しているしな。まあ、上層部としてはそんな論文を書いた君に制裁を下すというのもあるかもしれないが。」
「なんとも陰湿な。」
「あまり大きな声で言うと気づかないうちにDクラスにされるぞ。」
「それもそうですね。」
「君には半年の休暇が認められた。これから一週間は外交官としての基礎知識を身につけてもい、同時進行で記憶処理を行う。辞令は追って来るだろう。」
「一週間でなんとかなるんですか?」
「私が担当教諭だが、何か異論はあるかね。」
「いえっ、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いします。」
  
  
   

字雨介一 殿

辞令


本日より現職の任を解き、マナによる慈善財団への転籍を命ずる。
赴任にあたり、本日より180日間の休暇を与える。
貴殿の活躍に期待する。

確保、収容、保護。

"財団" 日本支部
管理部門 部長


 
 
 
香港国際空港までの空の旅を終え、列車とバスで1時間。
字雨はとあるビルの前に着いた。
大きいが派手ではない「玛娜慈善基金会 亞洲總部」と看板に書かれたビルに入り、受付の人に財団の身分証明書とPEJEOPATからの紹介状を渡すと、奥に案内された。
「君が字雨君か。私はマナによる慈善財団アジア支部の交渉本部のチャンだ。まあゆっくりしていきたまえ。ところでコーヒーはお好きかな?」
奥の部屋に入るとスーツを着た中国系のテンションが高い男が流暢な日本語で字雨を迎えた。
「あー、はじめまし」
「いやいや、堅苦しい挨拶は抜きにしよう!日本での話なのにわざわざ香港まで来てもらってすまない。優秀な人材に無駄なことをさせてしまって。それに君は財団、混乱しそうなので通称のSCP財団と呼ぼうか、ではかなり有名な職員らしいじゃないか。」
「そんな事はありません。ですが仕事は頑張らせていただきます。」
「やる気があるのは結構結構。本来ならすぐに日本へ行ってもらいたいところだが、流石にとんぼ返りはきつかろう。一泊ぐらいゆっくりとしていくといい。美味しい飯屋もこの近くにあるし、これからの仕事に向けリフレッシュしてくれたまえ。」
「はい!」

数時間かけて軽い面接と体調検査が行われ、マナによる慈善団体の公式な雇われ職員として字雨は登録された。
この処理は大陸本部でしかできないらしく、そのためにわざわざ香港へ行ったのだ。

「それでオススメの店が天ぷら屋ですか。」
「いや、本当に美味しいんだよ。騙されたと思って食べてみてくれ。」
そう言ってチャンが字雨を連れて行ったのは路地裏にある小さな店だった。
「へいらっしゃい。おや、チャンさん。今日は2人ですか?」
「そ。日本から来たうちの新入社員だ。まあ、すぐに日本へ行くんだけどね。今日ぐらいはゆっくりして貰おうとここに来たのさ。」
「そうかいそうかい。いやあ、日本語話せる常連さんなんてチャンさんぐらいのもんだから、俺も日本語を忘れかけていてね。世間話でもしてくれないかい?」
「いやオヤジ、こいつ向こうの"財団"の人間だからさ、機密事項とかもあんだろ。」
「いえいえ、記憶処理済みですので問題ありませんよ。ところであなたもMCFの方なんですか?」
「炊き出しの時に協力する程度の人だよ。そんな偉くもない。」
「何言ってんすかオヤジ、あの事故がなければ今も現役バリバリの研究者だったくせに。」
「その話はやめてくれ。俺はもう一介の天ぷら屋なんだ」
そんな話をしつつ、チャンさんが勝手に頼んでくれた揚げ物を食べながら僕たちは話を続けた。
「美味しいですねこの衣。何を使ってるんですか?」
「普通に小麦粉。揚げる温度とかがきちんとしていれば大体揚げ物は美味しいんだ。」
「そっちのオブジェクトで使えそうなものはなんかあるのかい?」
「たぶん記憶があるので言っていいんだと思いますが、無限にピザが出るピザボックスなんてものがありますね。」
「それいいな。俺たちが貰ったらダメかい?」
「ダメですよ。僕達のものです。」
「オヤジ、ビールおかわり。」
「はいはい。」
そんなこんなで夜はふけていった。

次の日の朝早く、字雨は成田行きの飛行機のチケットを持って空港に着いた。
飛行機代は財団とMCFが出してくれるからいいが、やっぱり何か無駄を感じるなぁ、なんて事を字雨は思いながら見送りにきてくれたチャンに挨拶をし、成田に向かった。
一泊だけの香港だったが、字雨は結構楽しかった。

「って仕事は始まってすらいないよ!」
飛行機の中でそれに気付き、字雨は少し不安な気持ちになるのだった。

成田から長野までの電車に乗り約五時間、字雨はやっと勤務地に着いた。
大きな工場に見える建物は、地図が正しければMCFの施設だ。
字雨は守衛の人にPEJEOPATからの紹介状とMCFの身分証明書を渡し、彼の後ろをついていって地下へ向かうエレベータに乗った。
10秒以上の下降の後、開いた扉の向こうには長い廊下があった。
「B11-27 通常資産管理書類倉庫」と「B11-29 総合保管チャンバー」に挟まれた「B11-28 資産危険度評定室」に字雨はは案内された。
「人も知識も人材もデータも足りない!ったくこれだけの情報で安全かどうかなんて断定できるわけないし!今日来るはずの新入りも来ないしもう色々と財団は酷いね!!」
扉を開けた瞬間に飛び出してきた怒号に怯えて字雨は守衛の人の後ろに瞬間的に回った。
字雨が恐る恐る部屋を覗き見ると、般若の形相をした若い白衣を着た女性が書類の山の向こうで肩で息をしているのが見えた。
「緋宮さん、お客さんですよ。」
「やっと来た。そんな後ろにいないで入って入って。」
字雨はまだビクビクしながら緋宮の方に向かった。
「自己紹介しとくか。私は緋宮 穂。緋色の緋に宮崎の宮。スイの方は稲穂の穂。君は?」
「字雨 介一。字の雨でアザウ。一介の仕事人の一介の漢字を逆にしてカイイチ。」
「面白い名前だね。向こうの財団で何かやらかしてこっち来たんだって?腕は確か?」
「腕は自信なくはありませんが、まさかあなた1人でこの量をすべてやっていたんですか?」
大机にできた一メートル四方は優にある標高80センチくらいの書類と本と論文の山を見て字雨は言った。
「そうよ!いつもはもう何人か助手がいるのに今日に限ってみんな休暇取って。あぁ、もう一層の事楽になりたい……」
「ここで僕は何をすればいいんですか?」
「まずはこれ。」
字雨に渡されたのは「マナによる慈善財団規範」「MCF内文書:特殊資産文書形式 日本語版」「よくわかる!特殊資産の危険度評定」「配食調理で重要な30の事」「気難しい女上司との付き合い方」などの多数の本だった。
「今ちょうど6時だから…8時間あげる。まずはこの本全部読んで。読み終わったら私を起こして。それじゃ」
緋宮は一瞬で椅子の背を傾け、睡眠に入った。
「それじゃあ緋宮さん。私はこれで。」
守衛の人がそそくさと帰って行った。

「ワークグループによる封鎖、当局への連絡、特殊資産の持ち込み……」
合計で3000ページはあろうかという本の山を、字雨は緋宮の寝息をBGMに読み進めていった。
「気難しい女上司との付き合い方」には付箋が多く貼ってあり、「こまめに褒めること」に大きく丸がしてあった。
起きたら今までの苦労をねぎらってあげよう。
そう思いながら字雨は本を読み進めていった。

字雨が本を全部読み終わり一息つくと、時計は午前1時ごろを指していた。
道理でお腹がすいて眠いわけだ、と思いボキボキ鳴る背中を伸ばしつつ緋宮を起こしに向かった。
「緋宮さん、ひーみーやーさーん。起きてくーださーい。」
にゅぇーという鳴き声で目を覚ました緋宮は、寝ぼけ眼で辺りを見渡すと字雨の方を向いた。
「どう?読み終わった?」
「はい。緋宮さんは毎日こんなことをしているんですか。本当に凄いですね。」
「そうだろうそうだろう。私は凄いんだ。ところでお腹は空いていないかい?」
「もうペコペコですよ。」
「そっか。じゃあ食堂…はもう閉まっているな。適当になんか作るよ。」
そう言って緋宮は給湯室に行き、鍋にお湯を沸かしてインスタント麺(なんとMCFのロゴ入り)を茹で、冷蔵庫からハムとほうれん草と味付け煮卵を取り出した。
「アレルギーとかある?」
「特にありません。大丈夫です。」
「ならよし。」
そう言って緋宮はできた麺に具材を入れ、棚から盆と箸を取り出して元の部屋に運んだ。
「さー、私の特別ラーメンだ。食べろ!美味しいぞ。」
ラーメンはかなり美味しく、インスタント麺だとは思えなかった。
「この麺美味しいですね。」
「だろ。ウチの同期が作ったんだが、私が結構アドバイスしたんだよ。特にコクを出すために豚の血を入れるところとか…」
「だから風味があってとても美味しいのか。というかさらりと猟奇的なことアドバイスしますね。」
「いやいや、血液が豚汁の豚がここにはいるから。ほら。」
そう言って見せてくれたファイルには間違いなく「血液が豚汁」の豚の情報がのっていた。
「この豚丸焼きにすると味噌豚になって美味しいんだよ。今度フェアがあるからその時にに食べるといい。」
「うぁ、ホラーですね。」
「この程度でホラーって言ったらこの業界じゃやっていけないよ。」
「それもそうですね。おいしそうだな。」

それから字雨が仕事を始めて一ヶ月。
幾つかのかなり有用な資産と同じぐらいの数の使ってはならない資産(現在"財団"にて収容中)を文書にまとめ、食堂でご飯を食べ運動をして寝るという規則正しい生活を字雨はしてきた。
少なく見積もっても100人程度の死者を出したであろう事故を防ぐこともできたし、字雨はMCFの職員としての仕事を着々とこなしていた。

あるときにはアフリカで活動をしている人が来て、環境を安定させる何かいい呪術的措置がないかどうか聞いてきたこともあった。
緋宮と字雨は呪術には詳しくなかったが、チャンさんに連絡をしたところ他の機関に連絡を取ってくれた。

ちょうど二ヶ月で、溜まっていた仕事がなくなったことで一気に作業量が減った。
部屋を綺麗にする余裕ができ、職員総出で資産危険度評定室の掃除もした。
トントン拍子で進んでいく仕事に、字雨は全力を尽くしていった。

三ヶ月目、字雨の元に一通の手紙が届いた。
「会議、ですか?」
「そう、場所はカナダのトロント。移動中には麻酔薬で眠ってもらうけどね。」
「僕みたいな雇われ職員が出ていいような会議なんですか?」
「いや、議題が感染症なんだよ。」
緋宮が心底面倒臭そうにため息をついた。
「これを見ればいいよ。概説が載ってる。」
ぽんと投げられた書類束を字雨はキャッチし、パラパラとめくる。
「高い感染力、治療法は対処療法のみ……。これなら普通に隔離と検疫で防げません?」
「感染経路が幅広い、というか不明なんだよ。 空気感染を封じて接触せずにいても感染してる。」
「感染症の定義に喧嘩売ってますね。財団に似たようなものがないか問い合わせてみます。」
「よろしく。会議は来週だよ。」

「以上で説明は以上です。…ご質問などは?」
大きな会場、でかいスクリーン、人でいっぱいの椅子。
「あー、アジア支部の字雨です。"異常"な病原体である可能性は?」
「全く以て不明です。研究できる人員も設備も足りていません。」
「……っ、分かりました。」

「金がない。うちは小さいボランティアみたいな組織だからね……」
会議からの帰り、成田国際空港で緋宮は字雨に言った。
「僕らはただの財団職員だよ。ただのしがない研究員。」
「でも君はあの"財団"の研究員だよ。」

忘れていた。
ここに来た理由がどうあれ、自分の仕事は人を救うことだ。
自分の専門分野の知識を役立てずに何が職員だ。

「ちょっとごめん。先に帰ってて。」
「いいけど、どこに行くの?」
「財団。ちょっと準備してくる。」

サイト-8102、"財団"日本支部生物学図書館。
財団日本支部において、生物学に関する資料を漁るならここが一番だ。
端末からのセキュリティクリアランスの要求をうまくすり抜け、論文を探す。
目的のものを見つけると、字雨は携帯を取り出した。

「よう、喜納か。久しぶりだな、……察しがいいな。特殊災害対策チームの知り合い一人引っこ抜いてくれ。あそこにも"器用貧乏"いるだろ。……すみませんね。いろいろと。」
「与富教授、お久しぶりです。字雨介一です。……ええ、卒業以来お会いできていなくてすみません。……そうです、ところでお願いが。……日本対生物災害協会の移動研究室、一つ貸してもらえません?」
字雨が色々なところに連絡していると、留柳外交員からメッセージが来ていた。
「あんま派手にやるなよ。記憶処理もタダじゃないんだ。」
字雨は苦笑いすると書類で重くなったカバンを背負い、長野へと向かった。

「おかえり。財団はどうだった?あとなんかたくさん荷物着てるけど。」
久しぶりの地下室では、緋宮を始めとした何人もの職員がキーボードを叩いていた。
「ただいま。チャンさんに連絡して。準備できた。」
「まさか本当に準備してくるとはね……。わかってる。これが今の感染拡大状況。そろそろ臨界点突破しそう。」
緋宮は神妙な顔で字雨に紙を渡した。

「あー、時間がないから簡単にこれからの流れを説明するぞ。」
現場に行く飛行機の中、字雨がマイクを持って話す。
「作戦はこうだ。僕があっちにいたときに研究していたこいつを使う。」
字雨は小さなケースを持ち出した。
「こいつは結構どこにでもいる土中菌で、普通に学名もついてる。だがこいつには面白い性質があってだな、病原体を食べるんだ。」
飛行機内にざわめきが走る。
「肝臓の血管に寄生し、血中のバクテリア・ウイルス関係なく食べる。オーバーテクノロジーみたいだが、問題点もある。生存期間は12時間、投与しすぎると体内免疫が追い出し始めるが……今回みたいなパターンならなんとかなるだろう。」

隔離地域から1キロ、小さな研究施設が作られた。
実験室で培養された菌は丁寧に改造され、患者特有の物質を探し出す。
まず患者10人に実験投与が行われた。
結果はめざましいものだった。
患者が全員、著しい回復を示したのだ。

「よっしゃ!一発でいくとはラッキーだ。このまま行くぞ!」
小型の培養装置の増設と並行して隔離地域への菌の輸送を行い、患者に菌の投与を行った。

「失礼します。お知らせしたいことが。」
タオルを顔にかけ、並べた椅子に寝ていた字雨を助手の声が起こした。
「ああ、成功しただろ?」
「いえ、一件も成功例が見られませんでした。失敗です。」
「…………は?」
「もう一度言います。失敗です。」

「何だよ、話が違うじゃないか。」
「原因の洗い出しですね。あっちとこっちで違うのって人数、広さ、あと何です?」
「食品、水も。最初の10人に共通のものは?」
「年齢、性別、進行度、そういったものに偏りはなくしといたはずだし。無いはずだよ。」
「じゃあ、絞り込み行きますか。元から一発でうまくいくとは思っていませんし。」
会議室に重い空気が立ち込めた。

「異常性の可能性は消えた。菌もあれ以降効果を示してない。」
多くの実験結果が「効果無し」の判定を下される中、字雨は未だ見えない敵と戦っていた。
「発想を変えよう。何で感染症だとわかったんだっけ。」
「小さな集団内で発生、外部には漏れてない。……公害の可能性。見落としてましたね。」
「発熱、くしゃみ、うわごと、肺炎、多臓器不全。狭い範囲での発症まであって公害を疑う方がおかしいんだけどな。公害だけじゃなく環境と化学物質の分析、もう打つ手も少なくなってきたしやってみるか。」

「結果が出ましたよ。花粉です。」
「まじかよ、あれ花粉症だったのか。」
「ええ、特殊なタンパク質が出来たんでしょう。いま植物学グループが調査しています。あの地帯の土壌改良のために植えられた新種ですが、雑種になると花粉のタンパク質構造が変わるんです。」
「ありがとう。植物学は専門外だから、今から引き継ぎ準備を行いますよ。」
「字雨さん。お疲れ様でした。」
そう言われると、字雨の視界が暗転した。

字雨が目を開けると、真っ白な天井が見えた。
時計を見ると、1日ほど寝込んでいたことになる。
「起きましたか。大丈夫です?」
「あー、うん。大丈夫。調査は進んだ?」
「ええ、来週の日本行きチケット取っておきます?」
「うん。よろしくお願いします。」

長野に戻るのは一ヶ月ぶりになった。
MCFに勤めて5ヶ月目、むこうでの病気の封じ込めがひと段落したとして職員が来た。
「メカニズムがすごいことになってましてね。病状の出ない菌に感染した上で花粉を吸い、なおかつここら辺の地層に含まれている金属化合物を摂取すると発症するんです。さらに遺伝的なものもあるようで。最初に成功したのは浄水器が故障していたせいで、金属化合物を吸収する物質が漏れていたせいでした。体内で金属化合物が回収されたんでしょう。」
字雨はふふふと笑い、お茶をすすった。

最終日、字雨が起きて資産危険度評定室に行くと同僚のみんなが迎えてくれた。
お別れ会、寄せ書き、プレゼントのキーホルダー。
このキーホルダーは角度によって"財団"とMCFのロゴが変わる優れものだ。
半年の仕事だったが字雨は大きな活躍をした。
お土産を持ってまた香港へ向かい、雇われ職員の契約を解除する。
チャンさんと天ぷら屋さんの人に挨拶をし、字雨は財団に帰ってきた。

「字雨君おかえり。MCFはどうだったかい?」
留柳外交官は半年前と同じく椅子に座って字雨を見ていた。
「とても有意義でした。違う価値観を持つ人との仕事はやはり重要だと。」
「それなら良かった。ではこれから君に記憶処理を受けてもらう。」
「なんでまたそんなことを。」
「安心しろ。記憶を消すわけじゃない。」
「ならなぜ記憶処理を?」
「君は鎌倉幕府内で発生していた伝染病の研究をしていたことになっているからだよ。今から並行して記憶を植え付ける。小説「1984」のdoublethinkみたいなものだと考えて貰えば問題ない。」
「わかりました。」
字雨は頷いて留柳外交官の持つ端末の光を見つめた。

「よう介一、帰ってきていたのか。」
「鎌倉幕府関連って一体何やってたんだよ?」
「おいおい、落ち着けって。」
寄ってくる同僚に押された字雨はポケットの中のキーホルダーに触れ、財団に帰ってきたんだとしみじみ思った。

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