救い手
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「AO-8219異常無し。AO-8226異常無し」
Anomalousアイテム専用保管庫にずらりと並ぶ低危険物品保管用ロッカーの一つ一つを覗きながら、灰色スーツの男が書類にチェックを入れていく。
今日も異常は起きていないか。今日もいつも通り人類の危機とは無縁の存在でいてくれるか。これらに要求されるのはそれのみ。

「AO-82──おっと」

中に入れた液体をメチルアルコールに変化させる壷。それが倒れていたのを見て、彼は何気なくそれを元通りに立たせた。
そして異常が無い事を確認し、頷いて書類にチェックを書き入れ、次に進む。実験に使った誰かが適当に安置した結果、何かの拍子で倒れてしまったのだろう。

しかして実際の所、彼の壷の口を横向きに倒している状態があと4分続いていたならば、彼の壷はまさに今まで飲み干してきた全てを吐き戻していた事だろう。
太古の通称を”大酒飲みの壷”としてきたこの壷は、毒に満ちていた海を飲み干し、神が下された大水の罰の許しとして虹と共に水を飲み干し、幾千万の司祭が注いできた酒や血を飲み干し、己の体液と変えてきた。
後の契約により、彼の壷は自らに飲ませた分、等量の己の体液を人類に恵む事を誓っていた。それは果たされ続けていたが、彼の壷は大きく、生きているが故に、気分を害する事になれば全てを吐かざるを得なかった。壷は常に酔い、飲み続けてきたのだから。
彼の壷が全てを吐き出す時、大地は毒と水に沈み、星はその全容を2倍程まで膨らませるだろう。箱船すら沈み、あらゆるものは水底の神に抱かれる事となっていただろう。それは未来の事かもしれなかったが、今この時の事かもしれなかった。
だが、そうはならなかった。彼の壷を忘れる事が無かった者がいたのだ。為すべき事を為す者がいたのだ。世界と彼の壷を、その片手で事も無げに救い上げた者がいたのだ。彼の壷は底に少量の体液を溢れさせ、その者を賛美した。

「異常無し」

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