偉大なる葬送
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今夜、偉大なるものが死んだ。
無論のこと、それは単なる死ではない。何者も、我々に再びの死を与えることは出来ない。

彼がどれほど長い間存在してきたのか、それを知るのはまさに彼自身のみだった。
しかし、もう一つだけそれを知るものがあるとすれば、彼の杭のみだろう。
ああ、杭だ。あれが彼を、そして我々を牢獄から救い、暗闇へと連れて行くのだ。

彼に感謝せぬものはいない。我々は誰一人として、彼に不敬を働くことは無い。
無限の淵を彷徨い、嘆きに暮れ、渇望のまま松明を握り潰していた、愚かで矮小で哀れな存在。彼は、彼の持つ杭は、それを変えたのだ。
彼の杭が、存在しないはずの私の胸に沈み込んだ瞬間の感触は、今でも憶えている。
そう、それはまさに感触を得た感触だった。両目を開き、形を取り戻し、かつての理性が魂じゅうに駆け巡った。
そして誰もが、その後の彼の言葉を聞き、それを永遠に憶えていようと誓ったのだ。

光あれ。安らぎ無き世に、雫を垂らすが如くに

それだけの言葉なのだ。なんということは無い、ただの言葉なのだ。
しかしその言葉が、杭が再生させ得なかった、我々にとって最も重要な最後の領域、人間性を復活せしめたのだ。

我々は、かつてと同じように社会を作った。知恵も理性も規則も、我々の如く明確に存在した。
それは、彼と杭がもたらした理想そのものだった。
その中での平穏な暮らしは、かつての自分であっても到底感じられなかった至福をもたらした。そして我々は、深淵で苦痛にもがく同胞を見つけると、必ず彼へと報せた。
彼と、彼の杭が直ちに同胞を救い上げると、その同胞は必ず真の意味で我々の同胞となった。

社会は広がり、それでいて必ず幸福であった。
彼は皆から尊敬を集め、それでいて謙虚であり、かつ信心深かった。
彼は自らこそを頂点に立たせることが出来たが、決してそうしなかった。
全ては神の慈悲故の業であると語り、そして皆が彼の言葉に信頼を置いた。

しかし彼は死んだ。
杭は、彼に永遠を保証したわけでは無かった。
知恵も理性も信仰も平穏も、杭は「貸していた」だけだったのだ。
彼は全てを取り立てられ、全てを支払った。そして暗闇へと消え去ったのだ。
我々も、いずれそうなるだろう。彼と同じ年齢となったその時に。

今、我々は空の棺桶を担いでいる。
これは悲劇ではあったかもしれないが、断じて絶望などではない。
議論の余地も無い。これは救いなのだ。我々は皆、救われているのだ。
彼は間違いなく偉大なるものであった。
誓いは決して破らない。我々は、彼のように消え去るその瞬間まで彼の言葉を忘れまい。

偉大なるものよ、あなたには感謝しかない。我々全員が、あなたの杭、そしてあなたに感謝している。
この葬列はあなたのためのものだ。我々が存在し続けることの証だ。
ここから更なる「次の段階」があるとするならば、そこへ旅立った偉大なるものよ、どうか心安らかに。
我々は、必ずあなたの作った救いの道を歩み続ける。そしてこの救いを普く世界へ広め続ける。
多くを救う。それが彼の望みなのだ。

さあ、それを示すのだ同胞たちよ。
我々がいることを、そして偉大なるものが死んだことを、かつての世界へ報せるのだ。
いつの日か、それを見た彼らは必ず理解するだろう。彼と杭の物語を。
安らぎ無き世に教えるのだ。安らぎは、ここに確かにある事を。

葬列はどこまでも続く。最早我々は止め得ぬ。
偉大なるものが死に、杭はあらゆる同胞のものとなるだろう。


<日本の超常現象記録-██>

概要紹介:市内に存在するあらゆる監視カメラが15秒間、画面内に黒いスーツを着た複数の人物が未知の人物の葬儀に参列するさまを映し出しました。
発生日時:████年██月██日午前1時21分38秒~53秒
場所:日本、千葉県████市
追跡調査措置:中国のハッカー集団による示威行為として監視カメラがハッキングされたという虚偽のニュースを財団の報道官が流しました。都市内のすべての監視カメラは交換され、分析されましたが何一つ手がかりは見つかっていません。

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