泰山鳴動
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サイト-8141第二標準人型収容室A-11定置観察装置記録抜粋

記録日: 2016/2/28 AM9:12

AM9:12 SCP-136-JPは標準的な睡眠状態にある。

AM9:14 SCP-136-JPが起床。その後6分かけて素早く、支給されている調理服へと着替えると、南南東方角の壁の方を向いて直立する。

AM9:15 SCP-136-JPが未知の音声を発話。分析から、声紋ではSCP-136-JPが発した音声であることが確かめられているが、音そのものは不自然に断片的であり、声帯によっては発生不可能なものであると結論付けられた。

SCP-136-JP: さ、今日は忙しい日になるアルヨ

AM9:17 SCP-136-JPはベッドに座り、以後、同時多発的な異常現象ま-Ehrに伴う一時移送措置まで安静にしていた。

評価: 本記録は異常現象ま-Ehrに於ける最初の異常である。SCP-136-JPに対する調査に於いて未解明の事実は得られなかったが、他オブジェクトとの関連については、一定の成果が見込まれるものである。問題は、如何にして彼らの異常が相互性を得るに至ったかであるが、その点については、全ての知的異常存在が徹底黙秘をしているため、限定的な記憶操作措置による調査の許可待ちである。


 
サイト-8141は大混乱に包まれていた。
Dクラス職員から研究員から、エージェントから機動部隊から、収容スペシャリストから売店のおばちゃんから、倫理委員からサイト管理者から、全ての人間がサイト中を駆けずり回っての大騒動のまっただ中であった。
財団日本支部サイト-8141は日本支部でも数多くのオブジェクトを擁する施設であるが、その中の多数のオブジェクトが同時多発的に異常な徴候を見せ始めたのである。
SCP-341-JPは壁に向かって遮二無二手を振り、SCP-353-JPは壁に向かって歌い始め、SCP-101-JPは一斉に枝葉を一方向に向けて揺らし、SCP-099-JPは部屋中を跳ね回り、SCP-026-JPは壁に向かってぴったりと張り付いてえづきながらも何事かを呟き、SCP-097-JPは地団駄を踏みながらのたうち回り、SCP-177-JPはガッツポーズを取りながら壁に激突した。
更には静物であるSCP-452-JPは震えながらぶつかり合い、SCP-283-JPはがちゃがちゃと飛び跳ねながら電磁波を放ちまくった。
 
唐突に起きた、それぞれ隔離されているはずのSCPオブジェクトたちの一斉の異常。
これが何を意味するのか。どう対処するべきなのか。そもそも今何が起きているのか。
無知で無力な人間たちでは、全ての道と全ての場所で忙しいフリをするのが精一杯であった。
 
前原博士も、その一人であった。
彼女は昨日から、たまたまオブジェクト移送計画の審査と評価のためにサイト-8141を訪れており、今日は報告書を提出し次第有給休暇が認可されるはずであった。
何せ、今日は彼女の誕生日なのである。その事実すら知らない者の方が多い職場ながら、ささやかながらも夫が祝いの場を設けてくれているはずなのである。
夫と二人で、一年の無事と栄えを称えながら、奮発したであろうシャンパンに舌鼓を打ち、とっておきのハードコアに頭を振りながら[編集済]一夜を明かす、質素ながらも愉快な一日となるはずであった。
 
しかし全ては音を立てて崩壊した。
そう、まさに音を立てて。
 
「前原博士! 今度はSCP-002-JPが!」
「前原博士! 第8区画を搬送中のAO-67771が!」
「前原博士! 緊急移送班がクリアランス衝突起こしました!」
「前原博士! SCP-904-JPの接近速度がおよそ3.2倍上昇しました!」
 
オブジェクトが予期せぬ挙動、もしくは異常な現象を引き起こした際、既存の特別収容プロトコルは殆ど意味を為さなくなる。そうなった場合重要となるのが、生きた人間の知識、智恵、経験、判断力、そして不断のメンタルである。
そのような能力を兼ね備えた人材は、研究員であっても、エージェントであっても、現場に必要とされるべき存在であり、そして今このサイト-8141では、異常を起こしたオブジェクトの数だけ現場があった。
必然的に、前原博士が担当するハメになった範囲は広い。人材の不足と時間の不足から、彼女は数多くをこなさねばならなかった。
 
「002は観察続行、後で報告まとめて持って来なさい! AOはいったん第9ロッカー群に隔離! 緊急移送班は最優先、サイト管理者の判子つけて機動部隊は抑えといて! ピザは冷ましとけ!」
 
まとわりつく研究助手たちをはね除けながら、彼女は人波を縫うようにして廊下を進む。
現在時刻は午後3時17分。彼女の夫は任務で「手際が良すぎたせいで失敗」をしてしまったかどで自宅謹慎中であるから、最低でも7時前には帰宅したいところである。今日という日を良いコトで締めくくるために。
ならば、帰宅までにかかる時間と、一連の騒ぎの事後処理にかかる時間を考えれば・・・かなり微妙だ!
前原博士は奥歯を噛み締めながら腕時計の針盤を見つめ、そう焦りに駆られた。
 
「SCP-026-JPの様子はどう!?」
 
彼女は目的の扉を開け放つなり、大声で訊ねた。
部屋の中にいた7名の研究員兼記録係が一斉に前原博士の方を振り向いたが、2名の保安要員はSCP-026-JPを映し出すモニターから目を逸らさなかった。
 
「前原博士! 来て頂いて助かります。状態は相変わらずでして、特性が特性だけに、強制的に移送すべきかどうかも判断しかねてまして──」
「バイタルはどう?」
 
早足でそのモニターの前に歩みを進めながら、彼女は必要なことだけを求めた。
 
「平常時と殆ど変わりません。たまに大きく呼吸と脈拍が乱れますが、基本的には奇妙なほど落ち着いています」
 
記録係が差し出したバイタルのデータグラフを奪い取り、モニターの映像と見比べるようにして視線を巡らせる。
モニターに映るのは、ぴったりと収容室の壁面に体の前面を密着させて直立している、SCP-026-JPの姿。震えも無く、血色も悪くはない。異常な行動に及んでいるにしては、とても冷静、というよりも無機質的であった。
データグラフでも、多くの数値が平常時を示しているが、ほぼランダムと思えるタイミングでグラフが大きく振れていた。しかしそれが過ぎると、また前兆も無くグラフが平常時を示している。まるで、その時間だけ別人に入れ替わっているかのように。
 
「このグラフが乱れてる時の映像はある!?」
「ええ、記録してあります」
 
複数あるモニターの一つが、記録係の操作するリモコンによって過去の映像を再生させ始める。
その映像でSCP-026-JPは他のモニターで映っているのと変わらぬ状態だったが、数秒も経つと、大きく呻き、えづくような声をあげながら体を上下に揺らし始める。
体の前面が壁に密着しているため前屈みになれないのだろう、不自然な喉鳴りと僅かな肩の上下運動が、彼女の変調のみを示していた。
 
「これ、吐いてるわね」
 
前原博士は直感的に、即座に悟った。
 
「いや、でも、えづいているだけで実際の嘔吐はまだ──」
「いえ、間違いないわよ。本当に吐いてるわ」
 
彼女にはその動作の機微が読み取れたのだ。
後輩を酔い潰して吐かせ、同僚を酔い潰して吐かせ、上司を酔い潰して吐かせ、友人を酔い潰して吐かせ、夫を酔い潰して吐かせること茶飯事な前原博士だからこそ察知できたのだ。
しかしだとすると、吐いているのに吐瀉物は放出されていない──SCP-026-JPの性質から、放出されるのは吐瀉物ではあるまいが──ということになってしまう。
前原博士は自らの直感を決して覆しはしなかったが、この矛盾点には対峙せざるを得なかった。
いくつもの考えが頭をよぎっては去っていく。その中にはノイズも混じった。焦りというノイズが。
こうしている間にも時は過ぎ、夜は迫る。考えれば考えるほど問題は増え、結論は遠のく。そんな場合ではないと言うのに!
 
「ええい、考えても仕方無いわ! とにかくSCP-026-JPは異常物を生成しない状態に陥っているってことなんだから、今のうちに移送よ! セキュリティコードMS/JO-273で移送申請しなさい! 規定量の鎮静剤と、嘔吐抑制剤も準備!」
 
とにかく、前には進まなくてはならない。前原の前は前のめりの前だ。
究明よりも対処を優先し、彼女は直ちにSCP-026-JPへの手筈を指示する。
直後に、周囲の研究員たちがバタバタと慌ただしく動き出したが、同時に、前原博士の白衣のポケットに押し込まれた携帯端末も激しいスウィングを鳴らした。
また新たな厄介ごとかと、眉間に皺を寄せて奥歯を噛み締めながら端末を手に取ると、音声メッセージが受信されていた。そのメッセージの送り主は、サイト-8181の同僚であった。
この緊急事態は伝わっているはずだと言うのに、一体何の用だ。苛つきを隠さぬまま、前原博士は端末がへし折れそうなほど強く「再生」を押した。
 
『やあ、どうも。早速だけどマズい事態だ。実はそっちで起きている事象が、他の収容施設にも波及したらしい』
 
メッセージは再生から10秒以内で、最悪の事実を叩き付けた。
 
『もう30以上のオブジェクトが同じような異常行動というか、異常現象に見舞われている。で、SCP-034-JPは確か君の担当だったよね?』
 
前原博士は目頭を押さえた。
 
『うん、まあ、そういうことなんで、人手が足りないからね。サイト-8181まで来て欲しい。それじゃ』
 
メッセージはそれで終了した。
彼女は躊躇なく、端末を床に叩き付け粉みじんにした。
 
「か、帰ってやる・・・絶対に今日は帰ってやるんだからあー!!」
 
前原博士のその咆哮は、原始の力強さを帯びていた。
 
 
 


 
 
 
 
 
「と、言うわけなんですよ」
 
サイト-8181に到着した前原博士を出迎えたのは、一人の紳士であった。
グレーのスーツと笑顔をまとった男の名は神山。前原博士が最も信頼していない人間の一人である。
だが今はそんな事よりも、彼が今さっき口走った言葉に彼女は気を奪われ、思わず「ええ?」と聞き返した。
 
「ですから、異常現象は全て収束しました。つい17分前に、全てのオブジェクトがぱたりと電池切れでも起こしたかのように、停止したのです」
 
当然、前原博士は「どうして!?」と詰め寄った。
現在の時刻は午後の5時半を回っている。後始末をして家に帰る頃には9時を過ぎるだろう。
そこまでの犠牲を払って完全な無駄足を踏んだのであれば、そう訊ねずにはいられなかった。
 
「原因は・・・一応、調査中です」
「そうじゃないわよ!」
 
何故、報せてくれなかったのか。
17分も前に収束したのなら、その時点で報告があって然るべきである。
そうすれば、支給の携帯端末は破壊したが私物の端末も持っているのであるから、17分も前に後始末のための手続きや指示ができたのだ。
 
こうしちゃいられない。今からでもすぐに取りかからねば。
 
そう思い、神山の横をすり抜けようとした前原博士の肩を、「おっとお待ちを」と神山が掴んだ。
無論、直ちにその手を引っ掴み返して投げからの当て身を喰らわせようとしたが、神山の手を掴んだ瞬間、眼前にタブレットをずいと差し出された。
それに押されるようにして彼女の重心が後方へ寄り、動作が中断される。その間隙を縫って、神山は言葉を続けた。
 
「少々、見て頂きたいものがございまして」
 
 
 
その後、両者向き直ってタブレットの画面を見つめる。
神山はそのタブレットを操作しながら、淀みなく前原への解説を始めた。
 
「今回の件では『音』が一つの鍵です。異常が確認されたオブジェクトは全て、何らかの、本来発するはずのない音を発していました。それも、明確な一音というよりは、子音や母音そのものの更に断片であるかのような音です。声に似たものでしたが、あまりに断片的であるせいで、そうであるように聞こえない程のものでした」
 
タブレットは、どうやら一つの動画を表示しようとしているようだった。
液晶に真っ暗な画面が映り、読み込み中であることを示すシンボルが浮き出す。
 
「もう一つの鍵は『向き』です。オブジェクトが異常な状態にある最中、彼らには一つの物理的な指向傾向がありました。ある方角をじっと見つめたり、その方角の壁に突進したり等々です。それらの方向の延長線上を辿ってみた所ですね、ある場所に辿り着きました。全ての延長線が交差する一点があったんですよ。そこにあったのは、サイト-8142でした」
「えっ」
 
思わず、前原博士は画面から目を離して神山の表情を見た。
その顔には変わらない分量の笑顔が詰められていた。
本来ならば取るはずのない行動であったが、ある予感が彼女に予定外の行動を取らせた。
 
サイト-8142には一つのオブジェクトが収容されている。
 
「全オブジェクトの異常停止が確認されてから34秒後に記録された映像が、こちらです」
 
SCP-337-JPである。
 
 
 
神山の指が再生のマークを押すと、動画が始まった。
そこには、カメラに向かって一人の人型が立っていた。
「M・H」と書かれた紙を顔面に貼り付けた、Yシャツの人間。体格からして、恐らく男だろう。
周囲はぼんやりと光が差した薄暗い密室のようだったが、不思議と壁以外のものは影もなく見通せた。
 
男の目の前には、豪華に飾り立てられた特大のピザ熱々の四川料理群色とりどりの作りたて洋食料理の数々飴玉が詰まった籠が並んでおり、中央には三段構造の巨大なチーズケーキが鎮座していた。
ケーキの天辺には火の灯った数本の蝋燭が立ち、その中央にはホワイトチョコの板とビターチョコクリームの文字で作られたメッセージが置かれていた。
その文字を見た瞬間、前原博士は絶句して口を覆えばいいのか、目を手で隠して項垂れればいいのかわからず、ただ硬直した。
 
「これが一体なんなのか。あれは一体なんだったのか。財団に対する宣戦なのか、あるいは挑発なのか、恣意なのか、偶然なのか」
 
動画を流しながら、神山はため息と共に呟いた。
 
「あるいは、ただの親愛の情に満ちた祝福なのか」
 
チョコ板にはこう書かれていたのだ。
 
『前原 愛 たんじょう日おめでとう』
 
と。
 
 
 
動画の男はケーキに向かって、もしくはカメラに向かってゆっくりと両手を伸ばした。
促すような、抱き締めるような、手を差し伸べているような、善意に満ちた動作であった。
 
『あい たんじょうび おめでとう』
 
そして、男はそう口走った。
その言葉は、全てが完全な継ぎはぎであった。
一文字一文字を別々の声が発音しているのではなく、十数人の声が発するパーツで一つの発音が形作られているような、機械とも人ともとれぬ声だった。
断片をジグソーパズルのように継ぎ合わせて一つの発音に整えたような、異質な慈愛の声であった。
 
前原 愛。
今日の彼女の誕生日が台無しとなったことは、確実であった。

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