空が落ちるとき戦うものたちへ──
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あなた、そしてわたし。いいおもちゃを探しているの。
あなたといっしょに、あそびたくて。

「調査班、現場に到着した。初期報告通りに状況は推移している。これより現場検証を開始」
『了解。こちらは当該車両への異常目撃者の割り出しと記憶処理にかかる。10分毎に定期報告をされたし』
「了解」

エージェント保井は、すとんと落とし込むように無線機を腰のホルダーに引っ掛けた。
彼がつくため息は細く、排気ガスに容易くかき消される。

「何かは知らんが、面倒なところで起こしてくれやがる・・・」

その呟きも、掻き消えたことだろう。懸命に現場の確保に励む実行部隊の面々が発する言葉によって。

午後7時08分00秒、高速道路の上で大型トラックが突如消え去った。
凄まじい速度で、あたかも掃除機に吸い込まれる埃のように暗い空へと吸い込まれた。
だから彼らはここにいる。この異常の原因を突きとめるために。
だが交通量の多い高速道路上で発生した現象であったため、現場確保のためには高速道路の一部通行止めが必要となる。そうなれば必然として、一般人の通行を一時的に阻害することとなる。
だからこそ、ここにはエージェント保井以外に20人近い職員が派遣された。工事中の事故による封鎖という嘘に信憑性を持たせ、大々的な封鎖を可能にするためだ。
しかし、異常の原因が明らかではない以上、一部通行止めではなく、将来的に高速道路全体を封鎖する必要が出てくるかもしれない。

「さて、始めるかな」

が、それはそれと言うものだ。今はあくまで初動段階である。
エージェント保井の仕事は異常の原因を調べる事。そしてこの異常現象が、財団の能力をどれほど注力するに値するものなのかを調べる事。
彼はパトカーに偽装した車両のトランクから磁気計測装置を取り出し、地面にかざした。


手と手をとる必要はないの。
わたしのことばをうけとって。わたしのおもちゃをうけとって。


調査開始からおよそ2時間が経過。異常発生後20分で調査が開始されたため、異常発生からは大体2時間半経過したこととなる。
異常や危機に対する財団の対応の早さというものは、大変なものだ。
今回だけでも、異常を直ちに感知し、すぐさま各政治機構、官僚機関、警察組織、各司法団体、報道機関の活動を抑制。警察に偽装した部隊を送り込み高速道路を封鎖。ウェブ上での検閲と記憶処理の実行。異常現象の直接の目撃者は、人工衛星による映像から住居と身元を割り出し記憶処理を行う。
これらの事を20分で完了させてしまう。
だがそんな組織が追うものとは、その組織の強大な実行力と技術力の頭上を遥かに飛び越えるものなのだ。
様々な失敗、様々な敗北、様々な不可能が、歴史の内に埋もれている。
エージェント保井の調査結果は、そんな財団の負の歴史、遺産の山にまた一つのガラクタを投じるかもしれないものだった。
確保された現場の範囲内では、異常は発見されず。
彼が行った報告は、おおよそそのようなものだった。

「道路にも、空間にも、各種建材にも異常なし。エネルギーまたは力学的な異常も現観測機器では検知できず。そっちはどうですか?」
『トラックの経歴、運転手の経歴に異常は無し。貨物リストにも、運転手の肉親や知己の証言にも異常は見られない』
「トラックは見つかってますか?」
『未だ発見されず。現在、発見済みの異次元空間への調査が進行している』
「良くないですなぁ」
『調査範囲の拡大と装備・人員の規模拡大が現在検討中だ。第一次調査は終了命令が先程下された。現場確保要員を残し撤収せよ。なに、いつかは分かるさ』
「次は高速道路まるごと封鎖しろって言っといてくださいよ。うるさくてたまらん!」

エージェント保井はそう悪態をつくと、乱暴に無線機のスイッチを切った。
初動調査の成果はまるで無し。それでも彼は、調査班に対して撤収を命じなければならなかった。
だが、珍しいことではない。不可解な現象の解明に時間がかかることは、日常の内である。
成果無しとは「そういうこともあるさ」という日常なのだ。
エージェント保井は今度は大きくため息をついて、偽装車に乗り込んだ。


わたしとあそぼう。わたしと、あなた。絆をもっと深めあおう。
だいじょうぶ。あなたなら、わたしが知ってるあなたなら。


朝。時刻はだいたい8時半か、とエージェント保井は豪快なあくびを放ちながら車体にもたれかかった。
そして直後に、うんざりしたように唾をコンクリートに吐き捨てる。
翌日の朝に、第二次調査が行われる事になった。しかし調査の範囲は広げず、装備と人員を増強した状態での再調査だ。
高速道路の封鎖は一般人の生活に及ぼす影響が大きいため、封鎖範囲の拡大は多大な労力を要する。そのため、まずは現状の調査範囲内を徹底的に調査することが優先されることとなったのだ。
それ故にエージェント保井は不機嫌である。現場を取り囲むものは、通勤車両が立てる轟音だ。昨日、そして今日と続いて交通量の多い時間帯に送り込まれるとは。それは一刻も早い封鎖解除のために可能な限りの効率化を図った結果の偶然なのだろう。
しかし、彼は許されるのであれば耳栓で聴覚を閉じ、修験者の如き静寂の世界を己の中に造り上げてしまいたかった。

そして結果として、彼はそうすべきであった。
もしそうしていたならば、彼の注意力と感覚はより研ぎ澄まされていただろう。
この惨劇を、より素早く回避出来たであろう。

彼のもたれかかっていた車両が、恐るべき破壊音と共に一瞬にして鉄くずに置き換わった。


ああ、空が落ちる。世界は、たやすく崩れおちる。
胸をはって、最期のときにたちむかおう。


悲鳴、怒号、金属音、全ては拉げる。あらゆるものは、発されたその時に崩れ落ちる。
空から降り注ぐ大量の立方体が、悪夢のように人々の心と体を押し潰す。

「一体どうなってる! 何が起きてる! 確認出来るか!?」

鉄くずとコンクリートの瓦礫、拉げた肉片、そして立方体を縫うようにして走り抜けながらエージェント保井は無線機に向かって怒鳴り散らす。
彼の頭上からは今も立方体が降り注ぐ。しかし彼が足を止める事は許されない。同僚の脳髄で足が滑っても、助けを求める幼子の声が響いても、彼には何一つの猶予もない。

『確認中。落下中の物質を確認。発生源は特定出来ず』
「くそ、畜生! ヤバいヤバいヤバいぞ畜生! あといくつある!」
『現在11──10だ』
「くそったれ! くそったれが!」

彼を掠めて、立方体が落ちる。
飛び散る破片が彼の皮膚を裂き、腿を穿とうとも、彼は走った。
決して止まらず、左腕で抱えられる限りの、観測装置の残骸をすれ違い様に拾い上げていった。


ああ、空が落ちる。わたしのおもちゃは、あなたのもの。
あなたはわたしにたちむかう。世界のおわりに、たちむかう。


空全ての如く、立方体は降り注いだ。
まるで贈り物のように大胆で、愛のように野放図だった。
エージェント保井は瓦礫と肉と炎の中を走り、その速度以上に視線を巡らせ続けた。
彼の仕事は一つ。可能な限り調査の成果が上がるよう努力すること。
調査の終了は宣言されていない。調査は今もって尚進行中だ。この異常は彼にとって破滅であったが、同時に唯一の機会であった。何かを見つけられるチャンスかもしれないのだ。

最後の滅びの時も、彼はそうするであろう。走り、拾い、保つであろう。そしてそれを実行するのは彼だけでは無いだろう。
彼にとっての日常がもう一つある。「いつ死んでも不思議はない」だ。そしてそれは彼のみに言える事では無いだろう。
たとえ全てが消え去るとしても、彼らは決してやめはしない。


ああ、空が落ちる。すべての滅びにたちむかおう。
あなたのすがたが、わたしの愛をかきむしる。


エージェント保井が一つの装置を見つけ出した。記録装置付き電磁波受信装置だ。
それは殆ど破壊されており、確実に機能が失われる程の損壊を受けていたが、何故か機能していた。
記録を続行する動作が、立方体に半分潰されたままの状態で行われていた。

直感的に、彼はそれを目指して軌道を曲げた。
あれが最大の手がかりだ。あれは何かによって動作し、何かを記録している。
あれこそは、自らの身命に値するもののはずだ。

彼は右手に持つ無線機を投げ捨て、即座に銃を引き抜いた。
そして全力で駆けながらも姿勢を整え、ぴたりと狙いを定める。
熱気、そして衝撃にかき消される程の細いため息が微かに空気を揺らした。

放たれた銃弾は装置と立方体の接触部に命中し、立方体に押し潰されている装置の余分な部分を切り離す。
これで装置回収時に、装置の一部が立方体に挟まれて手間取る事は無い。
彼は右手の銃すら投げうった。


ああ、空が落ちる。わたしは、あなたに愛されたい。
わたしを見つけて。わたしは、わたしのおもちゃをあなたに贈る。


空いた右手が、がっしりと装置を掴む。
そして彼は跳んだ。頭から滑り込むようにして、全ての装置を抱えて跳んだ。
その瞬間、彼の後方と右方の道路を立方体が押し潰した。
コンクリート片、金属の破片が彼に容赦なく降り注ぐ。
血も、肉も、石も、鉄も、彼の体は歯を食いしばって耐えてくれた。
苦痛。そしてコンクリートに体を擦り付けられる熱さが彼の脳を苛んだ。
全身から吹き出る汗は、熱くもあり、冷たくもあった。

立方体の落下が止む。全ての破壊が停止する。
しかし、悲鳴と苦痛が止む事は無い。
死と熱と破壊が、この空間には充満している。
だがその中を、彼は生き延びた。

「ぐへっ」

なんとか体をずり動かして仰向けに転がるエージェント保井。
息を大きく三度つき、抱えている装置をちらりと見て「くそ」と呟く。
彼が最後に拾った電磁波受信装置の記録装置は、金属片によって完全に破壊されていた。
最後の立方体がはね飛ばした破片の一部が、彼の腕の隙間をすり抜け、記録装置に突き刺さったのだ。
周囲の熱気と立方体衝突時の摩擦で加熱された金属片だ。記録は完全に消滅しただろう。

エージェント保井はぐったりと四肢から力を抜いた。
無線機も銃も無い。携帯電話も破壊されている。負傷と出血でもう立つ事もままならない。
彼は、特大のため息を一つつき、呟いた。

「第二次調査終了・・・成果、無し。そういうことも・・・あるさ」


あなたが見つけてくれるまで、わたしはおもちゃを贈りつづける。
わたしを見つけて。わたしを捕まえて。わたしを守って。
ああ、すべてが落ちる。


<日本の超常現象記録-██>

概要紹介:大量の金属部品を積んで高速道路を走っていた大型トラックが突然轟音を発しながら300km/sを超えるスピードで真上へと浮かび上がり、そのまま行方不明になりました。13時間47分後、空から音速に近い速度で貨物の金属部品、トラック、人間の組織を融合させ、きっかり100㎤の大きさの立方体に成形した物質が同じ場所に降り注ぎ、財団職員18人を含む48人を殺害し、113人に重軽傷を負わせました。
発生日時:████年██月██日午後7時08分00秒
場所:神奈川県横浜市東名高速道路███サービスエリア付近
追跡調査措置:全ての目撃者にはAクラス記憶処置を施しました。財団の所有する人工衛星にはいかなる異常な存在も記録されていませんでした。トラックの運転手の経歴やトラックそのものの経歴には異常が一切見られませんでした。成形された物質はサイト-8134の危険物質保管庫に保存されています。現在のところ物質がいかなる手段によって作成されたのかは不明です。

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