SCP-████-JP - 草原のヤギ私に眠る
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アイテム番号: SCP-████-JP
 
オブジェクトクラス: Euclid Neutralized
 
特別収容プロトコル: SCP-████-JPに対する効果的な封じ込め手段は確立されていません。SCP-████-JP保持者は特定のDクラス職員へと定め、SCP-████-JPが保持者の意識領域下より他者の意識へ移動した場合、再び保持者の意識領域下へと戻るよう"追い込み"を実行してください。
実践的な"追い込み"の手順については、保持者の証言と実験をもとに作成されたマニュアルが担当研究チームによって管理されています。マニュアルの閲覧・視聴はメインデータベースの『SCP-████-JP付属資料』の項より行ってください。
 
SCP-████-JPは無力化されました。
 
説明: SCP-████-JPは人間の意識領域下にのみ存在しうる、移動能力を持った特定の精神的な具象体群です。SCP-████-JP保持者は「晴れた草原と一匹の雌山羊(証言からザーネン種のものと推測)」という非常に具体的なイメージを、その意識領域下の一部に抱き続けます。このイメージは保持者の意識、無意識に関わらず独自に変化、もしくは動作します。
保持者はそのイメージ中に自身を登場させることが可能であり、それをコントロールすることで雌山羊のイメージとコミュニケーションをとることが可能です。
しかしながら、雌山羊の反応そのものに異常な点はこれまで見つかっておらず、生態も現実のザーネン種の雌である山羊とほぼ同一であると結論づけられています。
SCP-████-JPは保持者の知覚や認知に影響を及ぼすことはなく、意識的に無視することも可能ですが、その場合でも「山羊がいる」等の帰結的な実感は持ち続けます。
 
SCP-████-JPは他者の意識領域下への移動が可能です。その場合、元保持者は「山羊がいなくなった」等の証言を行うことから、雌山羊の存在を主体とした異常性であると推測されています。
SCP-████-JPが移動を行った際の移動先は、元保持者から現実に於ける距離の近い者が選ばれる傾向が強いものの、決定的な要因は確認されていません。
 
保持者がイメージ中に自身を登場させ、雌山羊に影響を与えることで、SCP-████-JP全体に特定の行動や現象を誘発させることが可能です。これまで確認された中では"雌山羊に対する暴力によってSCP-████-JPの移動を誘発"が収容に於いては効果的であると考えられています。
しかし、SCP-████-JPは保持者の精神活動からは独立した活動と移動を行うため、保持者を介しての収容は実質的に困難です。また、イメージに対してはあくまで保持者自身しか持ち込めない事実から、収容違反による一般社会への曝露とそれに伴う機密違反が危惧されています。
 
補遺1: SCP-████-JP実験記録抜粋
 
実験記録████-03

対象: D-5535529 男性 SCP-████-JP保持者

実施方法: 雌山羊との通常のコミュニケーション。D-5535529は精神的に安定しており、SCP-████-JPに対する十分な説明も受けていたため、コミュニケーションの手段については一任されていた。

結果: 頭を撫でる、草をむしって食餌として与える、胴体を撫でる等の接触に対し問題なく反応を示したと証言を得られた。しかし実験開始から8分後、対象の「山羊が遠くに歩いていった」「山羊が出ていった」という証言の後に、観察を行なっていた担当硏究員の一人の意識領域下に移動した。

分析: 移動ではなく伝染の可能性を追及するため、D-5535529の監視レベルを引き上げ、観察を続行したい。

 
実験記録████-07

対象1: D-5535529 男性 SCP-████-JP保持者
対象2: D-5117899 男性

実施方法: SCP-████-JPが対象1の意識領域下にある状態で、対象1を薬剤にて昏倒させることでSCP-████-JPの変化を観察する。対象2はSCP-████-JPが移動を行った場合の移動先として、対象1と同室内で待機させる。

結果: 対象1が昏倒してより3分後、SCP-████-JPが対象2の意識領域下へと移動。対象1を覚醒させると、再び対象1の意識領域下へと移動した。

分析: SCP-████-JPは保持者の精神状態に影響を受けないと思われる。以前より計画されていた、保持者を介した収容が事実上破綻した可能性が高い。

 
実験記録████-08

対象: D-5535529 男性 SCP-████-JP保持者

実施方法: 薬剤により対象を常時覚醒状態に置いて、長時間のSCP-████-JPに対する観察を行う。

結果: 63時間観察し、SCP-████-JPの決定的な変化や未確認の現象は発見されなかった。

分析: 常に活動し続ける移動性の非実体存在であるとの結論から、安定的な収容は不可能であると判断せざるを得ない。

 
実験記録████-09

対象: エージェント・保井 男性 SCP-████-JP保持者

実施方法: イメージ中での雌山羊に対する暴力の実行。その反応からの結果予測。

結果: SCP-████-JPの一時的な拘束に成功。雌山羊がイメージ中に於いても負傷し、移動能力が鈍化した。

分析: 雌山羊をイメージ中でも不活性にすることで、SCP-████-JPの移動を抑止可能であるとの知見が得られた。無力化に際しての看過不能なリスクも認められない。

 
SCP-████-JPは、当オブジェクトに対する収容と研究による利点が無く、その上で収容違反のリスクと頻度が鑑みられ無力化の対象と定められました。
 
補遺2: SCP-████-JPは無力化されました。SCP-████-JPは現在エージェント・保井の意識領域下に残留しています。







































薄暗く、無機質な鼠色の壁に囲まれ、オレンジのツナギを着た男が一人座っていた。
簡素なパイプ椅子は男の呼吸にすら合わせて微かに軋み、壁と同じ色のデスクは視界を押し潰さんとばかりに迫ってくるようだ。
しかし男は、冷静だった。彼のような者を威圧し、怯えさせるためにある部屋。世界を丸ごと買える組織が、あえて安普請のまま残している意図の染み付いた部屋であっても、男は竦んでいなかった。
 
やがて、部屋のドアが開かれ、スーツを着たもう一人の男が入ってきた。右手にはいかにもなファイルを携え、わざとらしい程の整った靴音を響かせ、男の対面に座した。
デスクの上のライトがツナギの男の顔に当てられる。スーツの男の顔が見られないように、だ。
そして、尋問は始まった。
 
「D-5535529、まずは動機から聞かせてもらいましょう」
 
スーツの男の声も、冷静だった。D-5535529は、手錠をかけられた手で眩しそうに光を遮ろうとしながらも、やはり怯んではいなかった。
 
「どうなるかは、もう大体わかってるよ。最初の実験を生き延びた時に、あんたらに騙されたって分かったからな」
「質問に適切な回答をお願いします」
 
眩しさに少し目が慣れても、スーツ男の顔はやはり見えなかった。
だが、焦らしすかしは効かない相手だろう。声色には少しの揺らぎもなかった。
 
「実験で・・・生き延びた時、ああ、俺は死ぬんだと思った。助かった、なんて思わなかったよ。こんな酷い場所で惨めに死ぬって、なんとなく、それを受け入れちまった。だから、暫くは正気なつもりだったよ。精神鑑定の先生も問題ないって言ったしな」
「当該オブジェクトに関連する話をお願いします」
「だからしてるだろうが。あの子の実験に割り当てられて、危険の少ない任務だって説明されても、その気持ちは消えてなかったよ。今生き延びたってどうせすぐ死ぬってな。でも、あの子は・・・」
 
数秒間目を閉じる。意識領域下にあるものではなく、純然たる記憶そのものに意識を向ける。一頭のヤギと晴れ渡る草原に。
 
「あの子は、人懐こい子だった。頭をなでれば鼻先を寄せてきて、餌をやればもぐもぐと食べてた。近づいたり、手を振ったりしたら、近寄ってくるんだよ。抱き上げても大人しいもんで、顔を舐めたり髪の毛を咥えたりしてた。頭の中にいるヤギだってのに・・・体温を感じたんだよ。そして、それから、あの子は俺の頭の中が気に入ったんだ」
「当該オブジェクトがあなたを常宿としたのは異常性によるものだと思いますか?」
「いや、違う。あの子は色んなところにも行った。走り回って、跳ね回って、色んな頭の中を散歩して冒険して、それでも必ず俺の所に戻ってきた。完全に居着いてて・・・不思議な共同生活だった。メシ食ってても、檻の中にいても、嫌な気分になっても、眠ってても、あの子がいる時はそうだと気付いたもんだ」
 
「動機は愛着によるものでしょうか?」
 
スーツ男の問いには、沈黙が貫かれた。
しかし、態度が揺らぐような様子はなく、ファイルに何事かが書き加えられただけであった。
 
「では、どうやって当該オブジェクトを奪取したのですか?」
 
続いた質問には、ツナギ男のため息が返された。
呆れや嘲るような音ではなく、悲劇をただただ嘆くような色だった。
 
「あの子が帰ってこなくなって、何かあったと思った。あんたらに訊いても適当にあしらったりはぐらかされるだけで・・・情報が必要だと思った。俺は運良く鶏肉を食い続ける仕事に回されたから、大食堂であんたらにバレないよう、こっそり他のツナギ連中から情報を集めた。そうして、どうやら監禁状態のエージェントが一人いるらしいって、わかった」
「当該オブジェクトに関係している情報だ、とどうやって判断したのですか?」
「そんなもんわかる訳ないだろ。やっと手に入った情報がドンピシャなのを祈るだけだよ。でも、とにかく俺は運が良かったんだろうな、その4日後に大騒ぎがあったんだよ。なんかものすごい怪獣が出て、俺たちの宿舎房を半分ぶっ飛ばしたんで、チャンスだと思ったんだ。どさくさに紛れて、その監禁されてるっていうエージェントを探してみたら、なんと見つけちまった」
 
「そのエージェントから、どうやって当該オブジェクトを奪取したのですか? そのような異常性は、これまで確認されていませんでした」
 
追及の言葉に、これまで何の力も込められていなかった声色に、初めて意思が見え隠れした。
杓子定規的な繰り返しではなく、純然たる、この人物も心の底から抱いている疑問。それを感じた。
だが当のツナギ男も、同じであった。
 
「わかんねえ。ぶっ壊されてる扉に入ったら、拘束着の男がいた。そいつは一瞬ギョッとしたように、こう・・・左右の目を歪ませてたよ。俺が誰なのかを知ってたんだろうな。それで、俺も確信したんだ。こいつがあの子を、って。それで、あとは無我夢中だった。掴みかかって、ぶっ倒して、しこたま殴りつけてやった。とにかく何がなんだかもう自分でもわからなかった」
「何か印象に残ったことはありましたか?」
「いや・・・拘束されてるのに、すげえ抵抗されたって程度だった。取っ組み合って、ボロボロんなって、そしたらふと・・・あの子を感じた。あの子の、死体が・・・」
 
言い淀む。
無理からぬことだった。
 
「首の折れた、あの子の死体が・・・草原の真ん中で転がってた。俺は、自分が何をしようと思ってここに来たのかわかった。手で、草原を掘り返して、あの子を埋めてやったんだ。誰かの頭の中で、あの子が野ざらしになったままっていうのが、たまらなく憎かったんだよな」
 
D-5535529の意識下に草原が思い描かれる。
その中にある、小さな隆起。最近作られたような、質素な土塚。
太陽に照らされ、風に優しくなでられ、土に抱かれ、眠っているもの。
それがあるとわかる。葬られたものが、確かにここにあるのを感じ続けられる。
 
「今でもあの子はここにいる。草原がある。太陽がある。風がある。俺の、頭の中にな。それでいい」
 
たん、とファイルがデスクに突き立てられる乾いた音が響いた。
全てを打ち切り、断ち切るような、無情の音だった。
 
「以上です。ご協力ありがとうございました」
 
スーツ男が席から立つ。
この部屋に入った時と全く同じ足取りと振る舞いで、何の感慨も無さげに部屋から出た。
退出してから数秒後には、デスクの上のライトも消える。
 
より薄暗くなった部屋に、ため息が響いた。とても微かな、独り言も。
 
 
「あんたら、異常だよ。あの子はただのヤギだったのに・・・」
 
 
部屋のドアが再び開く。
機動服に身を包み、銃を携えた男たちが、今日も生贄を運ぶのだ。
Dクラス職員の僅かな寿命が尽きた時、その意思も焼かれ、後には何も残らないだろう。
 
ヤギは死んだ。
ヤギは死に続ける。
ヤギはここに眠る。
ヤギはいずれ消える。
 
何者も、ここに残り続けることはない。

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