喧騒、抗争、敗走
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前回: モルヒネ・マシン

第1話: 少数精鋭


正午、黒いポルシェがケモノミミ財閥の前に停車した。赤いラインがサイドを際立たせ、2本の排気筒からは煙が立ち上っている。しかし、それら以上に私の視線を — そして半径100ヤード以内にいる全ての人の視線を — 奪ったのは、屋根に取り付けられた黒いマシンガンだ。その重さで天井が潰れないようにするために、この車には一体どんな改造が施されているのだろうか。それは神のみぞ知るところだ。

助手席の窓が開き、運転席のアリオットが私に手を振った。

「乗って。」

私はしばらく車に見とれていたが、助手席に乗り込み、エンジンの唸りとサンルーフから差し込む光を堪能した。アリオットがギアを入れ、私たちは地区を飛び出す。彼女は目立ちたがり屋で、その性格は今の所良い方向に働いている。

アリオットは机の上に大企業のオフィスの建築図面を広げる。

「デスボール見てる?」彼女が尋ねる。

「勿論。」私はそう答える。「シティカップは今夜だ。」

「賭けもやる?」

「ええ。」

「そしてアンタはいつも負けるよね。」そこは質問じゃないのか。「じゃあ、オネイロイ株式会社について何か知ってる?」

「よく知らない。以前、夢中休暇ドリムケイションを2つ買ったことがあるくらい。」記憶消去サービスを受けた経験があることは話さない。

「まあそうだろうねえ。オネイロイ社はだいぶ変な連中だ。個人経営らしいけど、誰がやっているのかは分からない。でも、もっと重要なのは、連中はろくでなしだってことさ。奴らが頭から吸い取ったものをどうするか知ってるかい?」

「どうするの?」

「連中はそれで稼いでる。」

時速200キロで高架のアウトバーンに突入し、80キロで走る小さなスマートカーの間を縫うように走る。この加速が、コルセットの締め付けをより強く感じさせる。ある時、フライペーパーユニットがカーブで道を塞ぐように現れた — アリオットはシフトダウンし、ドリフトでこれを回避する。何が起こったのか分からないうちに、フライペーパーはバックミラー中の小さな点になっていた。

数秒後には、私たちは高速道路を降り、ユーテックの文化の中心地であるシグルンシュトラッセに入っていた。ヴェルザンディスタディオンが視界に入る。そこは、あらゆる超常都市で一番大きなスポーツアリーナだ。今夜は、高くなるほど拡大する複数の同心円で構成された、逆さ円錐のジグラットに改造されている。

「オネイロイ社にとって、商品と顧客は同じものなんだ。奴らは人間を分析して、好き嫌いとか病歴とか、見つけられる全てを競売にかける。そして、その企業戦略の要こそがデスボール賭博なんだよ。」

アリオットが図面を指で刺す。

「アイツらは予測を操作して、賭け金を釣り上げさせる方法をよく知ってるのさ。皆が賭け、皆が負ける — オネイロイ社の一人勝ち。連中は大金を手にして、ペタバイト単位のデータを収集して漁る。だけど、それも今夜までだ。」

スタジアムは満員で、ICSUTとアンダーソン・ロボティクスが優勝カップを賭けて対決するのを皆が楽しみにしている。ICSUTのバトルボットチームは、何年もかけてプレーヤーを改良してきた。より強力なデスマシンを、より小型化した外装に詰め込んできたのだ。対するアンダーソン社は、改良したウィルスデータをデスボールロボットに搭載し、対戦相手に感染させて内部から破壊することに重点を置いている。

この2つのチームは、全く対照的な戦略で決勝戦まで勝ち進んでおり、どちらが勝つかは誰にもわからない状況になっている。そんな盛り上がりを見せているのだから、自動ブックメイカーに大量の行列ができるのも当然だ。アリオットと私は、賭けをするために2時間待つことになった。もちろん、アリオットの話が少しでも正しければ、真の勝者はオネイロイ社なのだけれど。

「ユーテックにある全ての自動賭博機は、オネイロイ社のデータセンターにある中央サーバーに接続されてる。私たちはここに侵入して賭けの内容を変更するんだ。どっちに賭けてようと、オネイロイが全員に当籤金を払うように。」

アリオットが、図面の南側に触れる。

「連中のセキュリティシステムは奇妙なんだ — サーバーをハックするのに必要なものは揃えてあるんだけど、物理的にアクセスするためには、2つのスイッチを同時に引かなきゃならない — スイッチは地下1階と66階に1つずつ。管理フロアだよ。スイッチのために人員も用意してたんだけど…ソイツは具合が悪いと。」

「それで私の出番ってわけね。」私は言う。

アリオットは頷く。「午後7時30分、アタシはメンテナンス技術者に変装して正面玄関から侵入し、地下にアクセスする。アンタはここ、データセンターの南側の向かいの高層ビルにいて欲しい。アタシが位置についたら通信で指示するから、データセンターの上階にワイヤーを撃ち込んで、滑車で滑って侵入して。そこから、2つの仕事がある。1つ目は、スイッチを引くこと、2つ目は、皆を避難させること。」

彼女は設計図の中央を叩く。「スイッチはフロアの中央にある。見逃すことはないはず。スイッチを引いた後は、人質を数人とって。何人か撃ってもいい。エリスはそいつらの自業自得だと知ってるよ。それと、屋上から援護する人員を手配しておくね。私がハッキングを完了するまで人目を引きつけておいてくれればいい。それから1階までワイヤーを撃ち込んで。応援がポルシェで来るから、アンタたち2人はレールを辿って街を出てループして戻って来る。それから、ここで落ち合おう。何か質問はある?」

「2つ。」

集合地点に向かう前に腹ごしらえをする。安物のハンバーガーを食べながら、私とアリオットは、互いの不運や法との戦いについて喋った。私はユーテック銀行でフライペーパーに捕まりそうになった話を — 彼女はアンダーソンのセールスロボットの首をシャベルで落としてオラクルに改造した話をした。

彼女はマジでイカしてる。

「なぜ援護が必要なの?」私は尋ねる。

「オネイロイ社は先週、チャペル・レイス・セキュリティーズっていう民間企業に警備を委託したんだ。アタシはその会社を聞いたことがなかったんだけど、そこの警備部隊は、何かしらの超強化を受けてるって噂があるんだよね。転ばぬ先の杖ってやつだよ。」

その名前を聞いた途端に、頭の中で警鐘が鳴り響いたが、私は何も言わない。アリオットのことだ、既にその名前の意味するところを理解しているに違いない。

「援護は誰が?」

「アタシが命を預けられるって奴がいるんだ。」

夜、私とアリオットはユーテックのオフィス街をゆっくりとドライブしていた。ガラスと鉄でできた何マイルもの高さの巨大な建物が、過密なスカイラインの中で縄張り争いをしている。大量の照明の輝きで、ここは常に昼間のような雰囲気だ。毎日、何十億ドルもの資金が、想像できる限りあらゆる種類の通貨でこの街を行き来している。ここでは、企業は栄えては滅びる。ここでは、1つの決断が、何千もの人生を左右する。ここでは、お金で時間そのものを買うことだってできる。

アリオットの車に目を向ける人は少ない。屋根に機関銃がついているにもかかわらずである。彼女はオネイロイ社の向かいの高層ビル前で私を降ろし、車の隠し場所を探して走り去った。ビルに入り、屋上への階段を上ると、アリオットが待っていた。

「アリオットに双子がいたなんて知らなかった。」私は言う。

「双子じゃない 。私はアレックス。」アリオットの双子ではない女性が言う。彼女はアリオットと同じ顔をしている — 唯一の違いは、中に三角が刻まれた円の図柄の小さなタトゥーが頰に入っていることだ。アレックスは、近くの換気口に立てかけてある銛撃ち銃に向かって歩く。「これを換気口に縛り付けておいて。あと、そこにハーネスがあるから自分で結んで準備して。」

「了解。」私は答える。

滑車のハーネスを装着していると、イヤホンからアリオットの声が聞こえてきた。「アレックスには会ったかい?」

「会ったよ。」アレックスの声が、目の前から、そしてイヤホンからも聞こえてくる。

「いいね。仲良くしててよ。こっちはビルに入るところ…今入った。」

アレックスは袖をまくり上げ、腕と脚の装具を見せる。彼女は手足から様々なパーツをスライドさせ、スナイパーライフルを組み立て始める。

今回の強盗計画のため、私はヘルメットを脱ぎ捨てた。代わりに、目出し帽と、内側の男から貰ったゴーグルを装着している。ゴーグルには簡単な照準システムとブレイン・コンピュータ・インターフェイスが搭載されていて、私の手足に接続することで、簡単に狙いを定められるようにする。照準を合わせたり、反動を補正したりする必要がなくなって、ただ銃を向けて撃つだけでいい。こうして今の私の魔法火力の不足を補うことができるわけだ。

それだけじゃない。背中のリュックには内側の男が押し込んでくれたものが沢山入っている。キモオタのナチ野郎との騒動の後、彼は私を完全武装させた。でも、今はこのゴーグルだけで十分だ。

目出し帽を被り、ゴーグルを装着する。

「こっちの用意はできた。チェック?」

「チェック。」私は言う。

「チェック。」アレックスが言う。彼女は腹ばいになり、ライフルで狙いを定める。私は銛撃ち銃を構える。

「アレックス。位置について、よーい。」

私たちは同時に発砲した。

オネイロイ社の窓は防弾仕様だ。しかし、アレックスの銃から飛び出した弾には、かろうじてそれを突き抜ける力があった。.50口径対物炸裂焼夷徹甲弾 — ヘリコプターや装甲車を破壊するために設計された、ミサイルの赤ちゃんみたいな代物だ。この弾は、66階の南側中央の窓と、ついでにその上や横の窓を吹き飛ばし、ガラスの雨を降らせる。

ワイヤー付きの銛は宙を舞い、床のどこかに突き刺さったらしい。私は試しにワイヤーを引っ張って外れないことを確認し、滑車を取り付けて目を閉じ、滑り出した。風が顔にぶつかるが、再び足が地に着くのを感じるまで目を開けない。柱にぶつかる寸前で横滑りして止まり、ハーネスのクリップを外す。そして、リュックからデザート・イーグルを取り出し、天井に向けて弾丸を撃ち込む。

「よく聞け、豚ども!」私は叫ぶ。「お前らよくもこの街を無茶苦茶にしてファックしやがって。シカゴ・スペクターが天誅を下してやる!」

こういう馬鹿げたセリフを言えるってのは、この仕事の素晴らしい点の1つだ。

私は、都合のいい人質とスイッチを探すため、フロアを見渡す。オネイロイ社の役員室は、”オフィス"と題された素材写真をモデルにして作られたかのようだ。迷路のように入り組んだ個室と殺風景な蛍光灯。1000ドルくらいしそうな服を着てネクタイをした金持ちの老いぼれどもが、ビジネスセルの中でうずくまっている。

部屋の中央には白い柱があり、その上に金属製の灰色の箱が置かれている。それが問題のスイッチであることは間違いない。都合のいいことに、その横には黒い高級スーツに縞模様のネクタイをした老人が固まっている。ここからでも、彼の無愛想な富豪オーラが感じられる。

私はスイッチの方に歩いて行き、それを調べた。キーパッドでロックされている。私は幹部を見やり、彼の肩に腕を回す。

「お名前は?」私は尋ねる。

「バーナード、バーナード・サックスだ、」彼は言いよどんだ。

「ねえ教えて、バーナード。貴方の…お仕事は?」

「さ…最高技術責任者。」

「素晴らしい!バーナード、この箱のキーコードは?」

「私には権限がな…」

「ねえねえねえ、バーナード。私たちは、お友達。お友達を悲しませるなんて、良くないことだよね?」私は銃口を彼の額に押し当てる。彼は唾を飲み込む。

「あ…い、嫌だ…」

「だったら、それを開けてくれよ。」私は空いている腕を彼の肩から離し、銃の撃鉄を起こす。カチリという音が静寂の中に響く。

バーナードは唾を飲み、キーパッドにコードを打ち込む。

「ありがと、バーニー。」私は言う。「膝を付け。さもなきゃ脳みそを吹き飛ばすぞ。」

バーナードはひざまづき、 私は金属の箱を開ける。その中には"DATA SERVER ACCESS"と書かれた大きな赤いハンドルがある。

「準備できた。」と私は言う。

「了解。私の合図で引いて。」アリオットがイヤホンを通して言う。「3…2…1…今だ!」

ハンドルを引く。部屋が暗転する。

「アリオット?一体何が?」

「名前を言わないで。サーバールームに入れた。」

「照明が落ちたんだけど。」

「私じゃない。こっちは全部上手くいってるよ。」

次の瞬間、明かりが戻り、私は黒い縞模様のスーツを着た燃え盛る骸骨と対面する。

「くそっ!」私は尻餅をついて、個室の後ろに転がった。老人どもは皆憑依され、口からは緑色の炎が流れ出ている。

その緑の炎には見覚えがあった。私も同じような薬を飲んだことがある。チャペル・レイス・セキュリティーズという社名が頭に浮かぶ。そして、全て合点がいった。

「ナターシャ…このクソビッチが!」

「ルク!」遠隔操作されてる連中が同時に喋り出す。「息の根を止めたと思ってたのに!」


次回: 明かされた真実


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