エージェント・餅つき
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「差前さーん。居ませんかー」
「はーい。居ませんよー」

どうやら差前は居ないようだ。ぼくは間違えて対人催涙手榴弾1を物置の中に落としてしまうと、そのまま手を滑らせて扉にかんぬきをかけてしまい、魔が差してダクトテープで目張りをしてしまった。そのまま前もって封鎖したもう一つの入口へ回る。

「本当に居ないのー?」
「居ませんよー」

本当に誰も居ないらしい。誰も居ないらしいので扉を開放して閃光手榴弾2を放り込み、熱赤外線スコープとガスマスクを装備して物置に入る。

「居るんだろ」
「居ないよー」

声の元である物置の一角に手近なレンガを投げ込み、コンテナに登って近づく。

「居ーませーん」

声の元を覗き込む。

「居ませんよー居ません聡明な研究者、お忙しいエージェントには買い物の時間もありません!それが希少な品を探しているなら尚の事!エージェント差前の仕入れ代行は物見高い皆様に代わって世界中から価値ある一品をお探しします!安全!!確実!!価格はお手」

その装置を回収する。九ボルト電池を外すと、先ほどから差前の声を発しているその装置、緑の基板にスピーカーと音センサーとその他細かい素子がゴチャゴチャとくっついたそれは機能を失う。留守番装置の一種か?

「誰かにあげよう」

サンタっぽい袋に入れ、換気扇を起動した後、物置を後にする。ふと外に目をやると、中庭を走る大きな柴犬3の姿が見えた。あの犬は美味い食べ物を探す能力に長けていることに定評がある。この前も職員が取り出し忘れた焼き芋にぼくと同時に気が付き、タッチの差で先を越されてしまった。どうしよう……。

どうせ差前はすぐには捕まらないだろう。先を越される心配をする必要はない。それよりあの犬だ。犬を追うと、徐々に蒸した餅米の匂いを感じるようになった。つきたての餅の「食べて、食べて」という声が聞こえてこんばかりの匂いを感じ、更に足を早めた。


こいつら、何をしにきやがった。最大限不愉快さが伝わるように柴犬とサンタの格好をしたガキを睨みつける。餅を奪いにガキに飛びかかる犬と、それを巧みに交わし餅を大根おろしポン酢に漬けながら喰い続けるガキ。既に半臼分の餅が失われてしまった。

「食ってないで、お前も何か手伝えよ」
「あんたも座ってるだけじゃん」

オレは蒸し器の番をしてるんだよ。食ってるだけのお前といっしょにするな。

「別にいいじゃないか。なんか賑やかだしこういうの三人だけじゃ寂しいだろ」
「熊井くんの言うとおりですよ」

同僚の二人がなだめにかかるのでとりあえず鉾を収めた。

「このザル物置に持ってくから、ここ頼むぞ」

熊井が丸餅でいっぱいになったザルを持っていった。すれ違いざまにそのザルからガキが餅を奪う。遅れて犬が奪いに行くが、これはガキの足払いで退けられた。

「そのせいろ、そろそろいいんじゃないの?新しいのつこうよ~」

お前がもっと喰いたいだけだろう。三段ある蒸し器の上2段を外し、最下段を取り出す。中身を電動餅つき機に放り込み、スイッチを入れる。モーターの駆動音と共にすり鉢の中の餅米が捏ねられ始め、回転しながら徐々にひと塊になっていく。この様子はいつ見ても何度見ても飽きない。

しばらく眺めていると、大きな塊から外れた塊が現れ、大きな塊の回転に合わせて側で一緒に回り始める。オレはこれを『衛星』と呼んでいる。

……今回生じたこの『衛星』はなかなか消えない。一方で大きな塊、『惑星』の方は順調になめらかな形を成しはじめ、大餅になりつつある。このままだと『衛星』が捏ねられず粒が残ったままになるため、外から押さえつけて『衛星』と『惑星』を合体させなくてはならない。

杓子を手に取り再びすり鉢を覗くと、大餅に奇妙な凹凸が現れていた。『惑星』の方には、世界地図や地球儀に描かれた大陸のような凹凸。

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『衛星』の方には、人間か何かの生き物の眼のような凹凸。『衛星』の一部が粘って惑星と繋がると『衛星』は更に十数本の”足”を生やして『惑星』の陸をえぐり取り、さらにその瞳を尖らせ

「歩」

名前を呼ばれて我に返る。

「ちゃんと見てないとダメでしょう。もうちょっとで転げ落ちるところじゃないですか。ほら早くしゃもじで抑えて。こういうのをきちんと見張っておくのが、あなた達の仕事なんですよ」

いつの間にか先ほどの奇妙な凹凸は消え失せ、なめらかな表面をした大餅が出来上がっていた。餅を持ち上げ、ビニールシートの上に粉の敷かれた板へと運ぶ。

「戻ったぞ」
「あっ、食事券!逃すか」

熊井が戻り、入れ替わりでガキが施設の外壁に張り付いたサンタのような男を追うべく建物へと消えていった。

「いい夜だな、歩」

騒がしいのが二匹やってきたが、居なくなってくれて良かった。やはり熊井と二人きりでやる餅つきはいい。足下にくすぐったい感触を覚えて覗いてみると、あの柴犬がよだれをたらしてこっちを見ていた。しばらくこっちの顔を見つめた後、急にどこかへ走りだして消えていった。今度こそ二人きりだ。何か忘れているような気がしたが、もうどうでもいいことだ。

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