何が世界を歪めたのか
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少年は暗闇で目を覚ました。頭が痛い、背中が痛い。硬くでこぼこした壁に持たれて寝ていたらしい。
しかも酷く揺れて、その度に後頭部をぶつけて痛みが走る。ここはどこだ?
少年は抗議の声をあげるが返事はない。
立ち上がろうとして振動に足をとられた。酷く狭いところに居るようだ。

いったい何がどうなっているんだ?
俺はなんでこんな事に?
何があったんだ?
だが何も思い出せなかった。最後に記憶があるのは見ていたテレビが突然カラーバーの緊急放送に切り替わったこと。あれは何の放送だったのだろうか。ミームがなんとかと言っていた気がする。

エンジン音と振動から、どうやら車の中に居るらしいことはわかった。少年は焦燥と恐怖で胸がいっぱいになっていくのを感じた。
まるで熱い鉛を胃の中いっぱいに詰め込まれたような気分だ。
誘拐されたのか?猫のアレフは?父は、弟は?学校は、学校はどうでもいい。
どこに連れて行かれるんだろうか。もしや内臓を売られてしまうのか、それとも身代金を?
気がつけば叫んでいた。恐怖で頭がおかしくなった。必死に叫び、壁をたたき、床を足で踏んだ。
だが誰も返事も返さない。
怒鳴り声も、助けの声も聞こえない。せめて自分を誘拐したのがどんなヤツかだけでも知りたい。
誰でもいい、誰か何かしゃべってくれ。
その時、大きな振動と共に床が大きく持ちあがるのを感じた。そして少年は再び意識を失った。


''紛れも無き神の救い手''«Undisputed divine lifesaver»と彼らは名乗った。少年をトラックから引きずり出した男が語るところによれば、あのまま''死刑執行トラック''に乗せられていたら何をされるか判らなかったとのことだ。
財団だとか、アーティファクトとか、娘がどうのと言っていたが、ほとんど上の空だった。とにかく、多分助かったのだ。あまりの出来事に少年は泣くことすら出来なかった。
そして男は少年を別のトラックに乗るように促した。トラックを降りたらまたトラックだ。
少年が面食らったのはそのトラックの荷台に、まるで中東の貧困地域のような出で立ちの人々が大勢押し込められていたからだ。
性別も、年齢もバラバラで、老人もいれば子供も居る。皆アジア系の顔立ちをしているが何人かまでは判らない。彼らは愛想よく、お互いに声を掛け合って少年のために場所を作ってくれた。
もしかして知った顔が居ないかと期待したが予想は外れた。
ここで少年は彼らと言葉が通じない事に気が付いた。どこの国の言葉だろうか、スパゲティが喋っているような、まったく聴いたこともない言葉だった。さっきの男はどこだろう、彼が唯一言葉が通じる人間なのに。
時折、自分に向けたと思われる声がかかるがどうしていいかわからず、しどろもどろになる。一つ救いだったのは彼らは皆、優しそうな微笑を浮かべていた事だ。
多分、彼らは「心配しなさんな、きっと大丈夫さ」とでも語りかけてくれていたのだろう。そう思うことにした。あるいは、「お前はどんな風に拷問されるのが好きなんだ?」かもしれない。
トラックは時々止まり、休憩を挟んだ。乾いたパンとりんごのジュースが配られ、用を足す時間もある。なぜか小さな女の子が1人くっついてくるが、追い払おうにも言葉が通じない。
少年は疲れ果て、もはや考えることが難しくなっていた。トラックは人家を避けるように山道を走り続ける。

数時間に一度訪れるトイレ休憩と給油の時以外はずっとこのトラックの上で過ごした。ルールのよくわからない奇妙なゲームに参加したり、調子ハズレの、やたらと陽気な歌を歌うのを聞いたり、粗末な食事を取り、懐いてきた赤ん坊を抱えたりしていた頃には少年の顔にわずかばかり笑顔が戻っていた。
それまであった孤独や不安は徐々に無くなり、やがて安堵感さえ覚えつつあった。無防備でひ弱な少年が必要とする物を彼らは与えてくれる。
トラックの上で二晩を明かした頃にようやく目的地に付いた。そこは電気も通わないような田舎の、というよりは荒野の真っ只中だ。
テレビで見た紛争地帯の難民キャンプのような光景に、少年は立ちすくみ、また恐怖感が押し寄せてきた。
「心配するな。みんな友達だ。力になってくれる。」
そう、声を掛けた男の腕の中で少年は大声をあげて泣いた。すると周りに居た人々が次々に集まり、少年と男を中心に輪を作り、少年をかわるがわる抱きしめ、声をかけた。
「君は運が良かったんだ。君は救い出されたのさ、財団からね。明日からは君もここに暮らすんだ。都会よりは不便かもしれないが、モルモットにされるよりはマシだろう。」

財団。
それは誰にも抗うことの出来ない絶対的な存在だ。
彼らはずっと昔からこの世界に居た。それがどんなものなのか、すべてを知る人間は誰も居ない。そういう話だ。
財団は自らを人類の保護者であると言う。世界を滅ぼしてしまうかもしれない危険な存在から人類を守るために存在するのだと。
だが実際に彼らが何をしているのか具体的に語られる事は無い。少なくとも、テレビやコミック雑誌で得られるような情報はひとつも無かった。
ただ、噂だけは聞いたことがある。
いわく、世界の国々のほとんど-かつてのアメリカやロシアも含めて-は財団の庇護下にある。
いわく、財団は恐ろしい軍隊を持ち、誰もそれに逆らうことは出来ない。
いわく、財団は時に人体実験のために人々を攫うことがある。
どれも根も葉もない噂に過ぎない、だが今は彼を信じるしかない。実際に自分は攫われ、家族とも引き離されてしまったのだから。

少年は彼らの事を''難民''と心の中で呼んだ。相変わらず言葉はこれっぽっちもわからないが少年はここで寝床と仕事を与えられた。寝床といってもボロボロのトレーラーハウスの中で、六人ほどの家族と一緒になった。
ほかのトレーラーには10人以上が押し込まれているようだからこれでもスイートルームなのかもしれない。
日に3度訪れる食事の時間に、長い列を作る難民達にひたすらスープを配るのが少年に与えられた役割だった。次の難民。次の難民。そしてまた次の難民。なんだか判らない野菜や魚の入ったスープ、ごくたまに、切れっ端みたいなベーコンの入ったそれをボウルで盛り続ける日々。
次第に少年は家族の事を思い出す時間が少なくなっていった。

生活に慣れてくると。ここはとてつもなく退屈である事に気付く。やることはそれなりにあったが毎日がまったく同じような繰り返し。刺激的な文明社会で、テレビゲームとコミックで育った少年には辛いものだった。空の雲まで同じ形をしているような気がするほどだ。
ある時、彼はこの集落の中央にある十字架の掛けられたトレーラーハウスに連れて行かれた。ここは特別な場所らしく、他のトレーラーハウスとは多くの点で違う。
他のものよりずっと巨大で、さらに外壁は鉄板で保護されており、天井からは大きなパラボラアンテナがいくつも空を仰ぎ、隣接された別のトレーラーからは2台の巨大な電源装置と、何に使うの良くわからない大きな機械が接続されていた。ここだけは文明の匂いの残る場所だった。
この特別ハウスには例の男が一人で暮らしている。この難民達の中で唯一、少年と言葉を交わせる人間。カウボーイのようなダスターコートを着こなす彼はジョン・ウエインと笑いながら名乗った。なるほど、「荷馬車作成人」か。
何かのジョークのつもりだったのかもしれないが少年は理解できず、ただ愛想笑いだけを返すことしかできない。

「ウエイン牧師の秘密の教会へようこそ。」男は厳かに言った。
''教会''に足を踏み入れた少年は息を呑んだ。壁にはいくつもの最新型のアサルトライフル銃が括り付けられ、さらに奥には巨大なコンピュータと四画面のモニターが備えられていた。
少年はそこでちょっとした健康診断を受けた。ウエインはペン型の機械をかざし、瞳孔をチェックし、注射器で血を採った。
「10年前・・・学生だった頃は医者を志していた。今は牧師兼シェリフ兼、人さらいさらいと言ったところかな。」
一通りの診断を終えるとしばし、ウエインはコンピュータに向かい、何事か入力し、データを取っていたようだった。
「さ、大変だったね。ここでの暮らしにはもう慣れたかな?といってもここにも何時までも居れる訳じゃないけどね。」
少年はたまりに溜まった不安と質問をぶつけた。
財団とは何なのか。ここはどこで、あの人たちは何者で、これからどうなるのか。
ウエインは一つ一つ、根気良く少年に話してくれた。

財団とはずっと昔から人々を影ながらに守っていた人々で、御伽噺やハイスクール伝説によくあるようなモンスターやら怪奇現象を調査し、それを人目につかないような場所に封じ込めているのだという。
そこまではよく知られている所だ。さらに男が続けて話すところによれば、財団は時に法的な力を飛び越え、沢山の人体実験をしているのだという。
表向きにはミーム汚染や収容違反発生時などに住民を避難させるなどの理由で人々を連れ出し、密かに彼らの実験に都合の良い人物を集めるのだと言う。
つまり、少年は選ばれたのだ。恐らく、両親は既に財団に記憶を操作されて、少年の事を忘れてしまっているだろうと語った。そんな馬鹿げたような話は実際にいくつもあり、ここに居る人々の何人かはそうやって連れてこられたのだと男は話した。
「やがて財団は今ある全ての国家を破壊し、何もかもを自分たちの思い通りの世界に作り変えるだろう。そのための準備を進めているのだ。彼らは、財団に追われて逃げてきた人々なんだよ。」
男の語る言葉は正気の沙汰とは思えない無いものだ。だが狂人のでっち上げた陰謀論と断ずるには少年はあまりに幼く、そして疲れ果てていた。

「ここも、もう嗅ぎ付けられているだろう。君は私と一緒にここを出なくてはいけない。私は財団のやりくちを良く知っている。なぜなら、私はかつて財団で働いていたからね。」
そう言うと、男は胸から一枚のカードを取り出した。円の中心に向かって三つの矢印が突き刺さったような奇妙なマーク。少年はそれに見覚えがあった。どこで見たのだろうか。
「君には言っていなかったが…。君は███に暮らしていて、テレビが緊急放送に切り替わったと言ったね?それから突然トラックに載せられていたと。その緊急放送が流されたのはもう半年も前なんだよ。」
なんだって?半年?半年もの間意識を失っていた?家族は?父さんはどうして僕を探さないんだ。
「わかるかい?彼らは人の記憶を簡単に消してしまえるんだ。君も、君の家族もおそらくは…。」
少年はそのままそこにへたり込んでしまった。何もかもがバラバラになって砂みたいに崩れてしまったような気分だ。一体どうしたらいい?
少年は顔いっぱいに困惑を浮かべ、すがるように男を見た。よく見ると父に似ている気がする。どうして今まで気が付かなかったのだろう。
突然、教会の奥のコンピュータからピーピーと警告音が鳴りだし、少年は我にかえった。
「ふむ、急ぎ移動する必要があるね。健康状態には異常はないから安心しなさい。今日は私と一緒にここで寝なさい、明日すぐに移動しよう。ところで君はPCは使えるかな?まぁそのうち私が教えてあげよう。」

ウエインは椅子に深く腰掛け、ジャック・ダニエルをグラスに注ぎ、ストレートのままちびちびと飲んだ。そういえば、父親もジャック・ダニエルをよく飲んでいたなと思い返す。しかし、その顔が上手く思い出せない。これが記憶を消された影響なのだろうか。
ウエインは中年に差し掛かった男がよくやるように、聞かれるでもなく昔話を少年にしはじめた。
13歳の時に飛び級で大学へと進学し、経済学やネットワーク開発について学ぶ傍ら、医師としての勉強をしていた。そして17歳の時に全く新しい超高速ネットワークシステムを開発し、18で学士号と博士号を同時に所得した。
最初に財団がコンタクトしてきたのはその頃だ。
圧倒的な資金と権力。優秀なスタッフたち。そして既存の科学では測れない、悪夢のごとき異常な存在の数々。
それは若き天才にとって夢の様な環境だった。豊富な知識を持った人々と心ゆくまで語り合い、望むままの機材を使い、あらゆる資料を手に入れる事ができ、何にも邪魔されずに研究と実験とを行える。生活すら保障されるのだ。
変質的なほどの機密主義のもたらす不愉快さはその圧倒的な全能感からすれば些細な事であった。
一部の大企業がそうであるように、優秀な人材に対して財団は大きな自由を与えていた。好きな事を好きなだけやればいいいのだ。結果を出しさえすれば、なんでもいい。
ある時、ウエインは先輩の研究員に連れられてとある収容施設を見学させられた。一種の通過儀礼の様なものだと斜視の小男はにやにやしながら説明した。
「思い出すのも嫌な光景だよ。誰にも、あんな事は許されるものじゃない。」
胸の前で十字と切ると、それ以上の事は語らなかった。男は百万マイル先を見るような目でアサルトライフルのぶらさらがる壁を見つめ、やがて大きな寝息を立て始めたのだった。外では毎日集落に夜を告げる、バグパイプとディジュリドゥの奇妙なアンサンブル演奏が始まっていた。

早朝、少年はトレーラーハウスを揺らすエンジン音に目を覚ました。エイリアンの宇宙船でも飛来したのかとベッドから這い出ると、ウエインと、銃を持った1ダースほどの連中とが話あっているのが見えた。
黒いフルフェイスのヘルメットに防護服。手には最新型の銃を持ち、さながら宇宙人のようだった。
男たちの背後には巨大なATVが止まっていた。まともに法律が運用されていた昔なら公道を走ることなど決して許されないだろう代物だ。エイリアンの巨大宇宙船ならぬ巨大地上バンだ。
奇妙なものはそれだけじゃない。気がつくと、あれだけ大勢居た難民達が一人もいなくなっていた。すっかりともぬけの空だったのだ。
ウエインがこちらを向くと、宇宙人達も少年の方を向いた。そして一斉に少年の方へ足早に近寄ってくる。言い知れぬ恐怖に少年は思わず後ずさったがウエインはいつも通りの笑顔をしていたので逃げ出しはしなかった。
しかし、次の瞬間銃声が響き、少年の顔が赤く染まる。
一番後ろに居た三人の宇宙人が回りの宇宙人達に向って発砲しだしたのだ。
「逃げろ!」
ウエインの怒声が響く。彼は駆け出し、あっという間に近くにあったピックアップカーに乗って行ってしまった。
少年はただ呆然とその光景を眺めることしかできないで居た。
仲間割れを始めた宇宙人の一人がこちらに小さなスプレー缶のようなものをを向けると、それきり少年の意識は途絶えたのだった。


「報告は以上の通りです。''少年''は再び収容され、彼に接触したGOCメンバーは一人を残して無力化しました。」
財団は無駄を嫌う。特に時間はとても大切だ。時は金なりと言うが、時を金で買うことはできないのだ。だから長々とした報告会などを財団は行わない。必要なデータはすべてまとめて提出すればそれでいい。
「あの男、一体何者だったのでしょうね。我々の追跡から逃げ切った上、奴はスクラントン現実錨とヒューム測定器を独自に作成していたようです。」
『さて、こういった理解不能な矛盾はたまに起きる。』
「やはり、現実改変が行われたのでしょうか?」
『わからん。わかったとしてもすでに手遅れだ。たしかな事は、これまでにない巨大なヒュームが観測された事。そして我々がこうして存在する事だけだ。』
「そうですね。それでは私はこれで…もう間もなく国家解体案がようやく実行に移されます。忙しくなりますな。」
『ああ、そうだな。』
スーツを着込んだ初老の男は革張りの椅子に深く腰掛け大きく息を吐く。ブラインドが投げかける影が顔を覆い表情は伺え知れない。
『存在・・・か。 果たして、我々は本当に今までの通りなのだろうか。いや、そもそも存在していたのか・・・』
男は手元のファイルを弄んだ。

未定義SCP ナンバー██████ 
対象は10代前半の男性の姿をしており、現実改変能力を有している可能性が…

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