泡沫の流星群
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ここ最近、嫌な夢を見る。

5缶目のビールを開けて一気に中身を流し込めば、ぬるくなった液体が俺の喉をごくりと鳴らした。その、なんとも言えない不快感に溜息をつきながら俺はぐしゃりと髪を掻き乱す。
最近の俺はなにかがおかしかった。どうやら最近、悪夢を見るようになったらしい。目覚め時にはそれの内容は全く覚えていない。でも、変に高まる鼓動とじっとりと汗で濡れた手がそれの恐ろしさを俺に教えてくれた。おかげで俺は寝るのが怖くなった。目の下の隈は日を置くごとに酷く黒くなり、体は鉛のようにずしりと重く沈んでいる。

それでも「またあの夢を見るんじゃないか」と考えてしまえば、眠ることなんて出来なかった。

寝室の電球が切れた。ここ最近、こいつを酷使しすぎた。だから、そろそろ寿命かなと内心思っていたが、実際に切れると部屋の暗さと静けさに思わず動揺してしまう。はたして換えの電球があったか、俺は少し焦りながらも部屋のクローゼットの扉を開けた。
薄暗くて整理整頓がされていないそこに、運良く一つの電球が存在していた。

手に取るとそれが普通の電球と少し形が違っているのに気がついた。電球自体にスイッチがついている。押してみたけど特に何を起こらない。
ふと、電球があった場所を見てみれば、小さな紙が置かれていることに気が付く。紙の内容は随分と簡潔なものだった。

「金平糖を入れてお使いください…?」

きゅっと電球の頭をひねれば、なるほど、確かにガラス部分は外すことができる。中には金平糖に限らず小物だったら沢山入りそうではあった。
俺は頭を押さえて、ここ最近の記憶を辿ろうとする。しかし、酒で満ちただけの脳みそは悲鳴をあげるばかりで全く役に立ってくれなかった。幸運のツボやら宝石やらを土産に訪ねてくる美女とは何度か玄関で顔を合わせたことがある。でも、俺は、いつこのヘンテコな電球を買わされたのか。

俺は電球を持って寝室を出た。酒の匂いの広がった部屋に再び入って、テーブルに置かれた小さな茶色い箱の小さな扉を開けた。中には小さな瓶が6個並んでいる。中身たちは部屋の明かりに反射して一斉に瞬く。

まるで星を捕まえたみたい。小さい頃にはそんなことも言っていた。星の形をしたそれは星を食べてみたいという小さな俺の夢を、両親が叶えるために与えてくれたものだった。それでも今では、その星たちはただの糖分摂取に過ぎなくなった。小さくて口に入れやすい。そして程よく甘い。ただそれだけの存在になっていた。

箱の隣に置かれた電球をもう1度眺める。
損はない。そう思った。どうせ酒にでも酔って騙されて買わされた1つの電球。だったら、いっそ最後まで騙されてやってもいいかもしれない。もし、光ることがなかったら。なんにも変化がなかったら。そのまま外に飛び出して線路に身を投げるのもいいかもしれない。電気がつけば俺はいつも通りの夜を過ごすだけ。電気がつかなければあの悪夢から逃げることができるだけ。損はなかった。

電球と金平糖の瓶を1つ持って寝室に戻ると、俺は白い金平糖だけを1つも残さず取り出した。とりあえず電気として使いたいだけだったから色鮮やかである必要は無い。白い星たちを電球に入れると、不思議とぴったりそれらは収まった。まるで元々電球というのはこういうものだと言うように。

電球のスイッチを押せば、

世界は回転した。

何が起こったのかすぐには理解できなかった。壁についている時計を見てようやく、自分が熟睡していたことに気がついた。胸に手をやれば普段通りの鼓動を感じる。胸に置かれた手は特に問題なく乾いていた。体は軽くなっていて、明らかに今までの疲れは抜けている。しかし、寝ていた事実があるのに俺はおかしくなかった。むしろ、自分でも驚くぐらい、心が落ち着いていた。

瞬時に俺はあの電球のおかげだと分かった。根拠はなかった。証明もなかった。それでも、俺はそれを理解した。

俺は半ば興奮した状態で電球のガラス部分を外す。白い星たちは流星群になって勢いよく床に散らばって音を立てた。近くに置いていた金平糖の瓶を手にとり、中身を一気に電球の中に流し込む。カランカランと、心地よい音を奏でながら星たちは全てがそこに収まった。カーテンを開けて太陽の光に照らして見れば、それは昨日よりも完成していた。これが本来の電球であると俺は悟った。それぞれの星たちが個々の色を主張する。それが完璧で非常に美しかった。

赤は苺。青はソーダ。黄は檸檬。緑はメロン。ピンクは桃。オレンジは蜜柑。紫は葡萄。

キラキラ光る電球見つめていたら小さい時に体験した星の味を思い出した。自然と自分が笑顔になっているのが分かった。同時に、昨日の自分を馬鹿だと思った。これは俺の鮮やかな過去を思い出させるための素晴らしい贈り物だったのだ。過去からずっと変わらない、俺の願いを叶えてくれる流星だったのだ。

俺は心の中で流星たちに願いと感謝を込めながら、その、カラフルな電球のスイッチに手を伸ばして、押した。

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