"Miss"ters
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夜明け近いサイト-8120に警報が鳴り響く。シャッターが閉ざされ、収容ユニットとそれ以外の区画が切り離された。

「何が起こりましたか?」

サイト管理官である湯川は尋ねる。厳めしいその肩書とは対照に、細身のセキュリティ長が外部カメラを指し示した。
ノイズが混じる映像。そこに映るのは降りそぼる雨の中、怒号を上げる群衆。目は血走り、既に正気の色は見えない。

「これは、何ですか?」
「デモ行進のようにも見えますが、暴徒、というべきでしょうか」

おおよそ千程だろうか、その一部は内部で小競り合いをしているものの、サイト-8120への侵入を試みようとしていることは明白だ。
その様子に湯川は眉をしかめ、問い直す。

「…このビルを、正確にはサイトを狙っているのが、ですか?」
「いえ、訂正します。おそらくはこの老婆の影響下におかれているのでしょう」

セキュリティ長が指すそこ、群衆の先頭には薄汚い衣服をまとった、山姥のような老婆が立っていた。
老婆は腰を丸めながらもその目を炎のようにぎらぎらと光らせている。しわ塗れのその唇が何かを呟いたと思う間もなく、暴徒の群れが数を増す。

「…野次馬が参加しています」

セキュリティ長の冷静な言葉に湯川は頷いた。

「断定は避けますがおそらく声を媒介にする異常性。機動部隊には防音装備を徹底してください。…相手が一般人であることが厳しいですね、銃火器等々の使用は禁止します」
「了解。…はい、はい。…管理官、老婆、暫定的にそう呼びますが、老婆の声が録れたようです。既に処理済みで」
「いいでしょう、聞かせていただけますか」

セキュリティ長が傍らの部下へ指示を出す。操作され、マイクからしわがれた魔女のような声が響く。

『…敵は』
「敵?」

湯川が脳内にいくつかの要注意団体、あるいは要注意人物の名前を思い浮かべた。だが、続く言葉はその予想を超えていた。

『敵は、本能寺にあり…!』
「…?」

直後、内部機能の不備を示すアラートが同時に数か所で鳴り響いた。


サイト-8120内を速足で歩く擦り切れた制服と汚れたスカート。女というにはまだ幼いその顔には、小さな眼鏡と共に深いクマが刻み付けられている。
制服と同様に擦り切れたカバンと水筒をその手にぶら下げ、ガシャガシャと音を鳴らしながら少女は歩く。その上からは常に水が降り注いでいた。
少女はおもむろにカバンから携帯電話を取り出し耳に当てる。ぶら下がったキャラクターのストラップも心なしかすすけて見えた。

「こちらミズ、ミセス、場所はどう?」
『敵は…、ああ、ミセスかい。上手く潜入できたようで何より』
「ミスターが上手くやってくれたのと、変装眼鏡スペシャルがあったからね。ミスターにはちょっと我慢してもらってるけどさ」
『そうかい、あとでまた、ミスターには礼を言わなくっちゃね。場所に関しては近いよ。その先だ。時間が勝負だよ、アンタが起こしてる混乱の先頭を見つけられないようにね』
「了解」

手短に電源を切り、ミズと呼ばれた少女は収容房を潜り抜けた。
入り口には「人型生物収容室」の文字。少女は頷いて、先へ進む。彼女の足元は濡れそぼり、あちこちでショートが発生している。
外からの水害ではなく、内部で人為的に起こされる、いや、起こされてしまう水害の前に、多くの機能は沈黙していた。

それでも非常時のセキュリティは作動しており、最後の障害が彼女を阻む。虹彩認証とカードキー、その双方を必要とする厳重な壁。
だが、少女は気にする様子もなくカバンの中から一本の鍵を取り出した。

「万能鍵ハリガネEX、ただし、使用回数に制限アリ、っと」

その鍵をそれぞれの認証機へと滑り込ませる。おおよそあり得ないその動きで、扉が開いた。途端に内部のスプリンクラーが作動した。
シンプルな調度、こじんまりとしながらも過ごしやすそうなその部屋に、少女は一人の男を見つける。
四十代がらみで少々肥満体のその男、笑顔を浮かべていれば陽気な父親といったその顔は、影と憂鬱さに満ち満ちている。

全身から滴を滴らせつつ現われた少女に、男は沈んだ声で問うた。

「誰だ」
「初めまして、ミスター・とりっくあんどとりーと。私はミズ・つゆ。そして私たちは」

「"ミス"ターズ」


湯川は暴徒を抑えるよう指示を行い、内部の調査に取り掛かる。外部の暴徒と内部の異常。偶然とは言い難い。

「全体的に起こっているのは配管の破損、あるいはスプリンクラーの不調」
『それも数十分前から起こっているようですが、こちらはまったく感知していませんでした』

混乱を隠せないといった様子で行われる管理担当からの報告。湯川は滑らせるように異常発生個所を確認し、さらに各ユニットの収容状況を確認する。
サイト-8120は主に移動できないオブジェクトの管理権を持つサイトであり、収容しているオブジェクト数は少なく、特殊な行動を取らない限り危険性が存在しないものが多い。
それ故の監視体制の甘さがあったかと湯川は自問自答し、否と答えを出した。ならば何故か。

異常発生個所の法則性に湯川は気づく。

「…場所自体は様々ですが、明らかに一本の筋を引いています。管理室、B-3ユニット担当の警備員、ならびに人型生物収容室の確認を行ってください」

異常発生時、全てのユニットは隔離されるが、半ば水没状態にある現在、機能していない部分も多いだろう。
だが、収容室においては異常が発生した場合のことを考え、独立した経路が存在する。それはこのサイト一つの権限でどうにかなるものではない。

『確認取れました。B-3ユニット警備員は無事でしたが、沢口博士が気絶した状態で発見されています』
「関係性は」
『沢口博士はまだ混乱状態の為、確認は取れていませんが、B-3ユニット他いくつかのユニットにおいて沢口博士のセキュリティカードが使用されています』
「監視カメラは」
『処理を行った画像と、行う以前の画像をそちらに送ります。確認してください』

映し出された映像には、湯川の知る沢口の姿があった。しかし、次の画像に湯川は目を細め。

「…明らかな侵入者ですね」
『はい、おそらくは彼女のかけている眼鏡が原因かと推測されています。また、このメガネですがSCP-033-JPとの関連性が』
「その部分は後日確認しましょう。収容室の状況は」
『確認取れました、SCP-345-JPの収容房に侵入者です。入室データはそれぞれ別の人物の物です』
「警備員…、いや、機動部隊を向かわせてください。耐水装備と認識災害およびミーム災害に対する装備の徹底を」


少女、ミズの言葉にミスター・とりっくあんどとりーと、SCP-345-JPは一瞬体を震わせた。

「ミスターズ? …聞いたことがあるような、だけど、その」
「急いでるから、手短に聞くよ。ミスター・とりっくあんどとりーと、仕返しをしたくない?」
「誰に? ここの連中にか?」
「違う、『博士』に」

『博士』、その言葉を聞いたとたんSCP-345-JPが頭を抱え、呻く。突然の頭痛と共にその脳内に高笑いと。

『ハロウィンパーティーを派手に盛り上げようね! 楽しもうね!

そんな言葉が響き、SCP-345-JPは嘔吐する。吐き出した吐瀉物が流されていく。

「…な、え?」
「ああ、うん。私もミセスに教えられたときはそうなったよ。で、どうしたい?」
「どうしたい…」
「そんな風に自分を作り替えた奴に仕返しはしたくない?」

ミズの質問、SCP-345-JPは混乱した様子で黙り込む。遠くから足音が聞こえてくるも、ミズはその言葉を待った。
そして、震えるようにふり絞られた声と、機動部隊が辿り着く音が交錯する。

「そう、分かった」

うんとミズは頷き、自分へ向けられた銃口へ振り向いた。

「動くな!」

装填されているのは非殺傷性のゴム弾。ミズに言葉を言わせる間もなく、機動隊長が指示を飛ばす。

「撃て」

その短い指示の直前、バツン、という音と共に停電が発生した。直後、発射されたはずの銃声は聞こえず、代わりに殴打するような音が。

「偶然だけど、ラッキーだね。ミスター」

突然の暗闇で一瞬パニックになる頭を機動隊長は切り替える。
だが、既にそれは遅く、暗闇に目を慣らしたそのときに。暗闇そのものが彼を殴り飛ばしていた。意識が遠のくその中、彼は。

「ミズ、光を頼む」
「うん、水筒の中きついでしょ。ミスター・くらやみ」
「永遠に拡散するよりはましだ」

そんなやり取りと、部屋全体を照らす光を見た。


謎の襲撃から一夜が明け、機動隊員は全員気絶し、SCP-345-JPの収容室に倒れていたのが発見された。
外の暴徒も夜明けとともにその全員が沈静化され、「行き過ぎたデモ活動」のカバーストーリーが流された。

暴徒だった人間は全員が声を揃えて老婆の背中を見るまでの記憶が無いと証言し、機動隊員は暗闇が襲ってきたと証言した。

サイト-8120はその約四分の一が配管、スプリンクラーの故障による水没で機能停止、さらに暴徒の行動から移転を余儀なくされた。
たった一夜の襲撃。それも具体的に確認されたのは二人だというのに。その目的も正体も不明、湯川は嫌な汗を拭き取った。

一つ救いといえば、SCP-345-JPが収容違反を拒んだことだろうか。湯川は収容室内のSCP-345-JPを画面越しに観察する。
その表情は以前にまして虚ろで、もはや一切の気力が感じられなかった。湯川は収容室に繋がったマイクへ声を飛ばした。

「SCP-345-JP、質問を行いたいのだが」
「…ああ、何でも聞けばいい。俺はやっぱダメだった。本当なら復讐するべきだったんだ、本当なら仕返しすべきだった」
「復讐? 何を言っている?」
「…"ミス"ターズ。アイツらはそう言っていた。もう、俺は駄目だ、心が折れちまってた。羨ましい、立ち向かおうと思えるアイツらが羨ましい。俺は、俺のせいで、俺は」

叫び、もはや言葉にならない涙を流すSCP-345-JPの様子に湯川は首を振る。だからか、その手に握られた一枚の紙に気づくことはできなかった。

ビックリ!博士はかせのミスターズはじつあく改造人間かいぞうにんげんなんだ! でも、そのなかには正義せいぎこころをわすれないミスターズだっているぞ! そんなみんながあつまった「"ミス"ターズ」はみんなでミスター・ほんものと、ミス・にせものをさがして、もと人間にんげんにもどしてもらおうとがんばってるんだ! よいこのみんな! そんな「"ミス"ターズ」のメンバーを
応援おうえんしてね!

01. ミセス・てきはほんのうじにあり
02. ミスター・くらやみ
03. ミズ・つゆ

いまあたらしいメンバーをさがちゅう! これからもどんどん「"ミス"ターズ」のメンバーはふえていくよ! みんなもおたのしみに!

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