旅立ち
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「ハハ、初々しいね。まあ大体分かったありがとう。あと少々検査をしたら、お友達ともども帰宅の許可がでるよ」

何でかよく分からないけど目の前のおっさんがすっげぇむかつく。

「っておい、おっさん最初の質問答えてねえぞ」

自分の声がする。
自分がしゃべっているんだけど、頭の深い場所から他人事のように見つめているみたいな不思議な感覚がする。

「ここなんなんだよ、なんかの研究所なんだろ、まさかあの子みたいなのもあんたらがここで作ったんじゃな……」

問い詰めようとしたらやりとりを見ていた黒服の男たちに取り押さえられる。
振り払えない。暴れていると一人の男が何かを取り出し────


「……んー」
目が覚める。夢を見ていた気がして思い出そうとするが、ふと見た時計でその考えは吹っ飛んだ。

「……余裕ねぇな」
学祭の準備に間に合うかギリギリだった。
授業は無いのに早起きしなければならんとは忌々しい。
そんなことを思いながらあわて気味で準備を始めた。


休憩時間になり、部活の出店を他のメンバーに任せお祭り騒ぎの構内をふらふらと歩いていた。

「おー、いろいろあんな。さて、どこ行く?」
通りにはおいしそうな音やにおい、変なオブジェなど普段とは違う光景が広がっていた。
「あれとかどう?」
███が指した先には『催眠術体験』と書かれた看板があった。

「お前、そういうの好きだっけ?」
「こういう時だからね!普段ではできないことをしたいんだよ!」
「……そうか。いいんじゃない?」
たまの非日常だし、と胸の奥ではわくわくしながら努めてそっけなく言った。███みたいにはしゃぎすぎるのはちょっと恥ずかしい。

「じゃあそういうことで!」
そういうと███はテントの中に入って行った。

テントの中はろうそくを模した電灯が配置されていた。

「こんにちは、ようこそ心理学研究会の催眠術体験へ」
それっぽいローブを着た男が言った。月を模した変なお面を付けている。

「おぉ、すっごいそれっぽい」
「ありがとうございます。済みませんが最初に催眠に必要なアンケートを行っているのでお願いします……ちなみにお二人はウチの学生ですか?」
「はい」
███が答えた。

「なるほど、ではこちらにお願いします」
渡されたクリップボードには所属している学部学科、性別、生年月日、血液型などについての質問があった。
さっさと書いて男に渡すと男は鎖のついた懐中時計を取り出した。
「では早速、はじめたいと思います」
催眠術なのに時計?と思っていると、どうやら顔に出ていたのか男が言った。

「あぁ、5円玉の方がなじみがあると思いますが。今回はこれでやります」
男は懐中時計を垂らす。

「えっと、催眠術ってどんなことをやるんですか?」
気になって聞いてみた。

「そうですね、セラピーのようなものでしょうか。終わるころには気分がすっきりしていると思いますよ」
「はぁ、なるほど」
横で███が期待外れといった顔をした。そんなに露骨な顔をするなよ……と思ったが、男は気にしなかったみたいだった。

「では始めましょう、時計を良く見ていてくださいね」
男は懐中時計をゆっくりと左右に振り出した。
「────」
何か言っているがよく聞こえない。ただ時計が一往復するたびに急激に眠気が襲ってくる。学祭の準備で最近寝不足だったからだろうか。頭の芯がほんのり熱くなってきていた。


「……██?おい██」
体が揺さぶられて目が覚める。███が起こしてくれたようだ

「おまえ、寝ちまったのかよ……」
「あぁ、ごめん。どのくらい寝てた?」
「いやそんなに、5分とかだと思う」
「そうか……すみません、催眠術の途中に寝ちゃうなんて」
男に謝る。

「いえ、大丈夫です。催眠術とはそういうものですから」
どうです?すっきりしていただけました?と男は聞いてきた。
「まぁまぁです」
正直寝ていたからで催眠術は関係ない気がするがそう答えた。

「そうですか、それは良かった。またいらしてください」
男は何かを手元のクリップボードに書き留めながら言った。

テントを出ると███が言った。
「思ったより面白くなかったな、何にもなかったし」
「そうだね」
操るとかでもなくセラピーだもんな。確かに期待外れだった。

「あー、くそ時間無駄にした。もっと面白いと思ったんだけどなぁ」
期待がそこそこあったんだろうか?俺も少し期待してただけあって残念だ。

「さて次どこ行く?」
███はすぐに切り替えた。まぁ、たかだか学生の祭りだしいちいち出来の悪さに落ち込むのも変な話だ。

「交代まで、まだ時間あるしな。食い倒れ?」
「いいんじゃない?俺もおなかすいたし。あそことか」
「よしきた」
俺たちは食欲を満たすために歩き始めた。


「次のイベントは試験かぁ…だるいなぁ」
学祭が終わり撤収をしていると███がぼやいた。

「急に現実に戻ってきたな」
「なぁ、試験の後休みだろ?どっか遊びに行こうぜ」
「現実逃避か」
「うっせ!いいだろ、試験のご褒美ってことで!ついでに学祭の打ち上げも兼ちゃおう。アッキも誘って」
「いいけど、どこ行くんだよ。」
███は視線を上に向け考えるそぶりをした。

「キャンプは夏行ったばっかだしなー」
「冬の天体観察キャンプってのも良いと思うけどな……。キャンプ?」
「ん?どうしたんだ」
なにかが引っ掛かった。大事なことを放置しているような。そんな感覚。

「キャンプ……?あぁ!なんで忘れてたんだ?」
「?どうしたんだよ」
███は覚えていないのだろうか。

「ほらなんか怪しいおっさんたちとカーチェイスしたじゃねーか?女の子車に乗っけてさ。覚えてない?」
「カーチェイス?女の子?何のことだよ」
クエスチョンマークが頭の上にたくさん並んでいそうな顔でこちらを見ていた。いやいや……おまえ当事者、っていうか一番頑張ってたじゃん。

「お前が運転してたんじゃん!なんか腕から翼みたいなのが生えた女の子助けてさ」
███は全く心当たりがないという顔をしている。

「えっと、マジで覚えてない?」
「マジで覚えてない」
「……」
心配と不安が入り混じる表情をしている。ここまで話が合わないと、こっちの記憶を疑ってしまう。夢か何かだったのだろうか?夢ならこんなこと今の今まで思い出せなかったことも納得できる。でも、それにしてもリアルだ。リアルすぎる。あの震えた手や重さを幻覚や思い込み、夢とは思えなかった。
ただ、███とこれ以上この話をしても何にもならないだろう。

「ごめん、最近学祭の準備で寝不足気味になってて……。夢とごっちゃになってるのかも」
「本当か?ならいいんだけどよ……。一瞬さっきの催眠術で頭でもおかしくなったのかと思ったぞ?」
「催眠術……。まぁ、あの時寝たしその時に夢でも見たのかもな」
俺は話を切り上げ夢のことだと自分に言い聞かせることにした。でも、もやもやとした感じは晴れなかった。


学祭から一か月が経ち、試験が間近に近づいた昼。珍しく一人で飯を食っていると急に話しかけられた。
「こんにちは」
同い年くらいの男だった。
誰だこいつ?見覚えないぞ。
「あぁ、すみません。随分と間が空きましたからね。覚えていないのも無理がないです。」
勧誘には慎重でして、と男は苦笑いをした。
……意味が分からない。何の話だ?宗教の勧誘だろうか?思わず顔をしかめる。だが男は構わず続けた。

「私は学祭で催眠術をしていた者です。覚えていますか?」
催眠術?……そういえばそんなの受けたな。
「思い出していただけたようですね。どうです?その後は、何か不思議な事はありませんでしたか?」
「は?」
こいつ、マジで意味が分からない。

「具体的には、そうですねぇ……忘れられようもないはずなのに忘れていた事とか。中でも特に周りは忘れている、とかだと完璧ですね」
……これには心当たりがある。
学祭の後、ずっと気になって試験そっちのけで調べていたからだ。山のこと、同じ時期に起こった事件事故、翼の生えた女の子の目撃談など……。成果はなかったが。

「あんたは……なんなんだ?」
自分でも何が聞きたいのか分からなかったが聞かずにはいられなかった。
「……まぁ、そうですよね、うーん、困りましたね、私もこういうのは初めてなので。ええっと、私はソレイユ、あだ名だと思ってください。私はあなたの味方です。少なくともそのつもりです」
どこから話しましょうか、とソレイユは悩み始めた。

「とりあえず、なにか思い出したことがあるなら話がしやすいのですが」
「……」
「困りましたね……。あぁ、こういうのはどうでしょう。あなたが思い出した記憶の中には何者かに捉えられたり取り調べのような事を受けたことがありますね?どうです、彼らの正体。知りたくありませんか?」
こいつらは、あいつらとどういう関係なんだ?少し興味を惹かれた。

「あなたがもし思い出したことがあり、それを教えて頂けるのならこちらも知る限りのすべてを教えましょう」
どうです?とソレイユは笑いかけた。
「なんで俺なんだ?」
頭の整理が付き始めた。
「あなたが催眠術にかかったからです」
ソレイユは簡潔に言った。続けて質問をぶつける。

「催眠術にかかると何があるんだ?」
「あなたが忘れていた、忘れさせられていたことを思い出せるようにできます」
「なんでそんなことをしてんだ?」
「あなたのような人が持っている、忘れていた記憶の中にある"情報"が欲しいからです。勧誘の為でもありますが」
「情報って……あんたはいったいなんなんだ?」
最初の質問に戻ってきた。

「それは、あなたが思い出した内容を語ってくれたら教えてあげますが……どうしますか?」
怪しさは拭えなかった。
でもこの数か月調べてきたことに進展があるかもしれないと思うと飛びつかずにはいられなかった。
……念のため注意はしておこう。

「……わかった」
「では、場所を変えましょう。」


通いなれた部活棟ではなく、倉庫のような建物に案内された。鍵が三つついた扉には登山同好会と書かれている。大学の敷地内だが人気の少ない場所のせいか不安が増す。
「……なぁ、記憶違いなら悪いんだけど、学祭のとき心理学研究会って言ってなかったか?勝手に入っていいのか?」
「あぁ、これ偽装工作ってやつです。ちなみに私はどの部活にも所属していませんし、ウチの大学に心理学研究会も登山同好会もありません。」
「……ならいいけどさ。随分と遠回りしたな、普通に近道あっただろ?」
「遠回りは……まぁ保険です。追跡者がいないと限りませんし。どちらも初歩的ですし、通用しているのかもよくわかりませんが」
ソレイユは二つ鍵を取り出すと一番上と下、それぞれの鍵穴に差し込んだ。
「真ん中の鍵はいいのか?」
「あぁ、これは最初から開いてるんです。一つだけ開けておけばピッキングされた時二つ開いても、一つ閉まるので突破に時間がかかります。まぁ、侵入者対策です。……よし。中へどうぞ」
「……あぁ」
用心しすぎじゃねえのか?

差し出された椅子に座ると、ソレイユは向かい合うように座り、温かいココアの入った紙コップを手渡してきた。
ココアを一口飲むと俺は記憶の中身を話し始めた。
キャンプに行った時のこと、翼の生えた女の子のこと、カーチェイスをしたこと……。
ソレイユはその内容を携帯に録音していた。

「そこまで不思議に接近したのですね!これはすごいです!」
「おい、こっちは話したんだから約束通りそっちも話せよ」
すごい勢いで喜び、約束を忘れそうになっているソレイユに言った。

「あぁ、すみません。そうですね。まず、私たちについて説明しましょうか」
ソレイユはコホンと咳をすると話し始めた。
「私たちは『霧の探求者』という組織です。まぁ、少し実践的なオカルト研究会だと思ってください。」
「は?オカルト研究会?」
ソレイユは続けた。
「はい。ただ、普通のオカルト研究会と違い『霧の探求者』は不思議な存在……オカルトと呼ばれるものですね、それが実在することを知った人間の集まりです。構成員も学生だけではありません。社会人もいます」
「社会人?」
「えぇ、たとえばそうですね、あなたを"調査"したブロッケン……。あぁ、先程言った偽装工作の一環で身内のことはコードネームで呼ぶことになっているのです。私の『ソレイユ』と同じで『ブロッケン』もコードネーム、あだ名です。それはともかく、ブロッケンは社会人です」
ちなみにあなたと話をするのに一か月も時間がかかったのは彼の"調査"のせいです、とソレイユは言った。
「調査って?」
「身辺調査です。申し訳ありませんが勧誘にあたってあなたが安全な人間かどうか判断するために行いました」
彼は興信所に努めていた経験があるそうでして、とソレイユは笑った。

「話を戻しますね。世の中には不思議を隠そうとする秘密組織があります。あなたもその被害に遭っているので、そこに疑いはないでしょう?」
「……」
「私たちの目的は秘密組織が隠している不思議を公表することにあります。先程も言いましたが、あなたに施した催眠術……私たちは記憶再生術と呼んでいますが、これはそのための情報収集と勧誘の為に行っています」
ソレイユはココアを口に含み、部屋は一瞬静かになった。

「話は変わりますが、秘密組織の目的は何だと思いますか?」
「……そんなの急に言われてもわかんねぇよ」
「私も詳しくは分かりません。でも何か後ろ暗いことをしているのではないかと考えています。そしてそれはあなたの話を聞いて確信に近づきました」
俺の話?
「彼らが後ろ暗いことをしていないというのなら、たとえばあなたが見た女の子を守ろうとしているのなら彼女を助け、保護したあなたの記憶を奪ったのはなぜでしょう?」
「……」

ずっと気になって、考えていた。あいつらがなんで俺や███から記憶を消したのか。
ソレイユに言われて初めてあいつらはあの子にひどいことをしようとしているのかもしれないと思った。
言われてみればそれを問い詰めようとした時に取り押さえられてあのへんな機械で俺たちの記憶を奪った。あれは都合が悪かったからだと考えればとりあえずつじつまが合う。

「あなたが見つけた女の子に危険が迫っているのではないですか?少なくともあなたの記憶を奪う程度には」
ソレイユは真面目な表情をして言葉をつづけた。
「あなたは話を聞く限りやさしく、正義感の強い人の様だ。私のようなオカルト好きならともかく、そんなのとは無縁であるあなたが人間離れした姿のモノを助けるなど普通出来ることではないでしょう。不思議に触れた経験があり、やさしく正義感あふれるあなただからいいます」
一拍空け、続けた。
「私たちの仲間になりませんか?」
「……」

普段なら断っていた。間違いなく。でも今は断れなかった。
理由の一つはあの子を放っておけなかったからだ。ソレイユの話を聞き納得した今では少なくともすぐに断ることはできなかった。
もう一つの理由は退屈な日常の外への案内に見えたからだった。

だが、こいつらは怪しすぎる。信用できない。というより危険な感じしかしない。第一なんで俺なんだ?
それに……
「警察に頼った方が良いんじゃないか?」
こういうのは警察の管轄だろう?
しかしソレイユは即答した。
「警察は既にやつら、秘密組織の支配下です。いろいろなものを隠すのですから当然といえるでしょう。仲間のなかには警察こそ『秘密組織』だと考えている人もいます」

再び口を閉じ悩んでいるとソレイユは再び口を開き始めた。
「あなたが見つけた女の子は今のままでは危ないのではないでしょうか?少なくともあなたの記憶を奪う程度には……。しかし彼らの存在を公表することで彼らは動きにくくなるはずです。そうすれば助け出すことができるかもしれません」
ソレイユは口調こそ丁寧だが強引に誘っている、そう感じた。
「あなたが一人で行動するよりはるかに多くの有意な情報が『霧の探求者』にいることで得られると思います」
『記憶回復術』とかでね、とソレイユは言った。

███はこの件であてにはできないだろう。アッキも確認を取ったわけではないがあの感じではやはり忘れているだろう。
あの子を放っては置けない。しかしこいつらは信用できない。それにこの強引さ、きっと何度でも勧誘しに来るだろう。第一こいつらの手を借りる以外にあの子に近づく術はないだろう……なら。

利用させてもらおう。あの子を見つけるまでは。あの子を助けるまでは。
油断してはいけない。落ち着ける場所は無い、たどり着くまで。
非日常への誘いに期待と興奮、不安と疑心を抱きながら決意は固まる。

俺は"旅人"になる。

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