大怪獣決戦テイル 第四部
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日本国滋賀県高島市・京都府南丹市 旧サイト-816 巨大脅威存在合同対策本部
「オペレーション・ルーム」
20█年8月12日 午後10時5分24秒 (UTC+9)

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「どういうことだ、空自のF-151が勝手に出撃した?」
 オペレーション・ルームの"篳篥"から呼び出しを受けた阿形は、幹部会議を切り上げざるを得なかった。エレベーターのボタンを押しながら、秘書官は受信しているテキストを素早く読み上げる。
「5分前、岐阜基地の飛行開発実験団2から通報がありました。同基地の誘導武器開発実験隊で実験中だった新型誘導弾を装備したF-15Jと思われる機体が離陸。パイロットは不明。空自の第22警戒隊3が現在追跡中です。東京都心へ向けて巡航速度で飛行中。現実性低減区域への接触までは、7分半」
 戻ってきたオペレーション・ルームは、数時間前と同じ狂騒に陥っていた。メイン・スクリーンには日本列島中部の地図が映し出され、いくつかの基地と航路がカラフルにマーキングされている。
「"フォールアウト"、HQ。状況を報告せよ」
「HQ、こちらフォールアウト。現場保全作業完了。死傷者なし。敵影確認できず。航空管制塔とハンガーの要員のほとんどが昏倒しており、現在衛生部隊を手配中。VERITASによる調査の結果、空間中にアスペクト放射および現実歪曲と思われる痕跡を発見。データを送る。オーバー」
 岐阜基地の現場保全へ派遣された共同任務部隊フォールアウトはすでに現着して、オペレーション・ルームに報告を届けていた。基地は何らかの襲撃を受け、戦闘機を奪われた可能性がある。阿形と秘書官は人が行き交う中をすり抜け、中央の情報共有班デスクに目的の人物を見つける。
「最新の状況は」
「シュラ師団隷下の部隊がまだ御殿場駐屯地にいます。いまそこの高射部隊に迎撃命令を下しました。小松基地からもF-15が邀撃インターセプトに上がっています。会敵予想時刻は22時13分。7分後です」
 GOCの物理部門総監は、冷静沈着な様子でそう答えた。最新の状況を問うた対策本部長は、しばしの沈黙を挟んで、秘書官たちに「しばらく2人にしてくれ」と言いつける。中央に位置する幹部席は、共同代表者と事務局長たちのために複数の椅子とデスクが配されていた。デスクに肘をついた"篳篥"は、眼前の官僚が何を言わんとしているのか予想がついていた。
「空自の条約違反という可能性は」
「ゼロではありません。が、タイプ・グリーンかタイプ・ブルーの関与が確実な以上、国家権力の絡むクーデターのような騒ぎとは思えませんな」
 用意していた回答を寄越し、"篳篥"の脳裏で隠蔽された推測が線を結ぶ。対策本部幹部の失踪から、不自然な評価班の失敗に加えて、空自戦闘機の不可解な出撃。そのすべてに関連があるとは言えないまでも、財団がこれらの事象のいずれかに対して、少なからず関与を持っている可能性は極めて高い。
 巨大脅威存在は共通の──人類の脅威であるということについて、両者は12時間前に合意を交わしている。ゆえに、前代未聞の統合指揮が成ったのだ。財団は巨大脅威存在の粛清に際して、今もなお主導的地位にあった。そしてそれを理由に対策本部は絶大な権力を得て、公然と国政への介入を始めている。何らかの謀略が入り込む余地は、腐るほどあった。
「極東部門はこの件について、対策本部とは別に捜査を行います。よろしいですな」
「財団はこれも事案対処の一環として、対策本部として動くことを提案します」
 GOCが露骨に徐々に不信感を募らせていることには、阿形も気が付いていた。この事案が終わるまでの同盟関係は、今まさに終わりを目前にして崩れ始めている。
不明機UFOの詳細判明。コールサイン・リザード01。専属パイロットをフォールアウトが現在捜索中」
「御前崎SS4の通信を中継します」
「──Lizard 01, this isこちら YARD ARM御前崎SS. 貴機は命令に違反している。ただちに速度を落とし、こちらが指示する空港に着陸せよ。繰り返す……」
「応答なし。無線封止中と思われる」
「応える気はないようですな」
 不明機──リザード01は赤い三角形で表示され、その予想針路の直線上には皇居が控えている。だがその途中、山梨県大月市・滝子山上空で緑色の直線──邀撃機の進路と交わっていた。邀撃機を表す緑の三角は直進を続けて長野県伊那市を超え、御前崎SSの管轄区域に進入する。
「YARD ARM, this is Wyvern. Now maintain angel three-two(ヤード・アーム、こちらワイバーン。現在、高度32000を維持).」
「Wyvern, this is YARD ARM. You are under my control. Target position 110, range 54 nautical miles, altitude three-two. Intercept, next one-three(ワイバーン、こちらヤード・アーム。誘導を開始します。目標方位、110度。距離、54ノーティカル・マイル。高度32000。会敵予想時刻22時13分).」
 そこから120秒の間、御前崎SSの警戒管制官はリザード01に対して帰属を呼びかけ続けた。リザード01は全く速度を落とすことなく、翼を振ることもない。人語を理解していない者が乗り込んでいる。そんな恐怖を呼び起こさせる光景だった。
「ワイバーン、もう一度無線で投降を呼びかけろ。武器使用はそれからだ」
「Roger、投降を呼びかける……。Warning! Warning! Warning! Lizard 01, this is Wyvern, Japanese Air Self-Defense Force. You are in violation of the order. Follow my guidance. Reduce speed, steer 211, land to Shizuhama Airbase(警告! 警告! 警告! こちらワイバーン。日本国航空自衛隊である。貴機は命令に反している。われの誘導に従え。減速し、方位211へ変針、静浜基地5へ着陸せよ).」
 友軍機へのスクランブル発進という前代未聞の事態によって、パイロットにも少なからず動揺と戸惑いがあった。リザード01に対して「航空自衛隊」と名乗ったさまは、この機体を空自機ではなく敵と見なした対策本部の意思表示のようでもある。ワイバーンの2機は交互に日本語と英語の警告を繰り返していたが、リザード01は依然として反応しない。まもなく山梨県内笛吹市上空に差し掛かり、低減区域境界まで20キロを切ろうとする。
「武器の使用を許可すべきです。幸い、すでに山梨県東部からの住民避難は完了しています。低減区域内に入れば、追撃は困難です」
「待ってください。現時点でまだ奴の目的さえ判明していない。パイロットが搭乗している可能性もある」
 共同本部長の間で、初めて明確に意見が割れた瞬間だった。真相究明よりも先に破壊を優先すべしとした"篳篥"は、対峙する阿形の考えを危険だとただした。
「これはタイプ・グリーンやタイプ・ブルーのかかわる案件だ。それは財団でも粛清対象とするのではないのですか。このまま座視して奴の目的が分かったとして、その時には手遅れかもしれない」
「この場で対処する必要があることはわかる。だがあれが積むものが何かすらわからないままで、破壊措置を取ればそれこそ何が起こるかわからないでしょう」
「ワイバーンが目標を目視確認。写真撮影実施。コクピット内にパイロットの姿を確認」
 パイロットに持たされていたのは、財団の夜間撮影用望遠カメラだった。スクリーンにF-15Jのコクピットへズームした写真が映り、黒いヘルメットの形がくっきりと現れる。
「YARD ARM, request order……Target, FOX ONE!(ヤード・アーム、指示を乞う……目標、ミサイル発射!)」
「なに」
「ワイバーンは撃墜されたのか」
「リザード01がアクティブ・レーザー方式空対空誘導弾AAM6を発射。ヘディングHDG82。現在識別中」
「リザード01は進行方向にミサイルを撃った……。ワイバーンは健在のようだ」
 スクリーン上の状況図に新たな点が一つ現れたが、すぐにロストした。電子妨害手段ECMによってレーダーがジャミングされた、とオペレーターが報告する。次の瞬間、リザード01は急速に速度を落とし始めた。
「Wyvern, how about situation(ワイバーン、状況はどうか)」
「ヤード・アーム、こちらワイバーン。目標は変針した。これより静浜基地へ誘導する」
「ミサイルは、撃ち落とせないのか」
「不可能ですな。AAMは巡航ミサイルとは違う……」
「AAMの目標はなんだ、どこに着弾させる気だ」
「不明です。しかし誘導武器開発実験隊によると、使用されたのは長射程AAMである可能性大。東京都心・ノットホール結界にも到達可能とのことです」
「現地CTFに連絡は」
「それも無理でしょう。10分前に有線通信が遮断された。現実性低減区域に入れば、AAMも無事では済まないはずだ」
 じゃあ、どうするんだ──阿形は椅子にへたり込んだ。何者かによる戦闘機奪取、そして誘導弾の発射。巨大脅威存在とは別のなんらかの脅威が、目の前に現れている。ワイバーンとリザード01が編隊飛行する様子が、メイン・スクリーンに映し出されていた。今残されている手がかりは、それだけだった。
「ただちに共同任務部隊を静浜基地へ派遣し、周辺のサイトおよびベースで事情聴取を行う。よろしいですな、阿形本部長」
「……ええ」
 AAMは依然として飛行を続けている。時空の断裂部がむき出しとなった夜を抜けて、デミウルゴスのもとへ。

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日本国東京都千代田区 仮設サイト
「ノットホール作戦(最終期着上陸侵攻対処 高度現実性による結界構築オペレーション)」
20█年8月12日 午後10時13分10秒 (UTC+9)

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「──レーダー・コンタクト。首都高新宿4号線・下高井戸周辺のSRAが飛翔物体を検知」
「飛翔物体。なんだ、それは」
「速度2000ノット。誘導弾です。10秒以内に皇居へ到達」
 上空100メートルのところで滞空していたWanzava'rは、高速接近する物体をレーダーよりも早く捉えていた。全身が黄色味がかった陽光のような光を発する中、胸部にチェレンコフ光のごとく青白い輝きが現れる。数秒と経たぬうちにWanzava'rの頭部に光の塊は上昇し、外骨格が展開して口が裂けた。
 爆発的な閃光。続いて、月光を何万倍にも濃縮したかのような光の流れが撃ち放たれる。
「目標、粒子ビーム発射。誘導弾迎撃が目的と思われる」
 報告が終わらないうちに、ビームはAAMのもとに到達している。だが、予定された誘導弾の反応消失は見られない。スクリーンに映った結界外部の映像は、指揮所内部のすべての人員を驚嘆させた。AAMに直進したビームが、直撃すると同時に斜め上に反射されている。本来蒸発してもよいはずのビーム出力だったが、それをものともせずAAMは直進していた。ビームが途切れると同時にAAMは超高高度現実空間に衝突し、侵入を物理的に阻まれる。
「誘導弾内部に高度現実性を確認。ノットホール結界、突破されます」
 燃料の残余がもうほとんどない中、AAMは光の防壁の中に潜り込んでくる。先端部のレーダーが潰れ、慣性航法装置だけを頼りに怪獣のもとへ飛ぶ。Wanzava'rは右手を突き出し、現実歪曲によって突然の訪問者を叩き落さんとする。
「誘導弾の爆発を確認……あれは……」
 AAMにはほとんど爆薬は封入されていなかった。弾体が紙のように破れ、とてつもない高速で拡散するが、それだけでWanzava'rの体組織にダメージを与えることはできない。
 ──巨大な腕が、怪獣の出した右手を掴んでいる。
 腕は、もちろん胴体に繋がっている。掴んだ5指と腕に力がこめられ、自らの落下と道連れにしようとする。突然の事態に、反応よりまず困惑が先だったWanzava'rは、されるがまま地上へと落下していく。だが地表の直前で翼が引力を打ち消し、Wanzava'rともう1つの巨体が浮かぶ。
「EVE固有波検出、Wanzava'rと同一個体との結果です」
「2体……なぜ」
 有沢の空虚なつぶやきをよそに、"検校"はVERITASデバイスが弾き出した結果に目を通している。数基の固有波検出システムが同様の結果を吐き出しており、確実性は担保されるだろう。システム群がこの狂濤渦巻く現実性の坩堝るつぼで、まだ正気を保っているのであればの話だが。
 爆炎は晴れていた。あの誘導弾には、どう折りたたんでも入りそうにない巨体。半人半獣の形状を取った、巨大な異常存在がそこにいる。これまで変異を続けてきた疑似神格──Wanzava'rが、よりヒトに近い形象を採るように変化していたのに対して、新たな怪獣は爬虫類的な特徴をよく残していた。体色はニホンカナヘビ7に近い茶色を基調とし、腹部にかけて白い鱗でおおわれている。
「以降はWanzava'rを目標甲、新たに出現した巨大脅威存在を目標乙と呼称する」
「あれは明らかに人為的な事象が関連して出現した存在でしょう。あなた方の最終兵器か何かなんですか」
 "検校"の瞳は猜疑と混乱を宿して、有沢の姿をその中に落とし込んでいた。まるで裏切りを受けたとでも言わんばかりの様子で、肩を怒らせている。
「少なくとも、わたしは知りませんでした。そもそも、ありえない……」
「われわれがその言葉を信じるに足る証拠が、あるんですか」
「財団に、あのような怪獣を運用する能力はありません。例えあったとしても、使うなら水爆攻撃後でしょう。あんなもの、オブジェクトでないはずがない……」
 排撃班班長は納得すると決めかねていたが、眼前の状況はそれを待ってくれているほど生易しいものではなかった。すでに東御苑では、怪獣同士の肉弾戦と現実改変合戦が始まりつつある。
「目標乙、ヒューム47.9/49.0。現在目標甲の影響下にあるSRAが、無差別に現実性供給を行っている模様」
「明らかにあの怪獣の内部にも神性の兆候が見られます。でなければ、低減区域の中で影響を受けることなく飛翔することはできなかったはずだ」
「そもそも、どうやってあの誘導弾は低減区域外を飛んで来たというのです」
「知り得ないことについて議論するのは無意味でしょう」
 怪獣は、皮肉にもWanzava'rの手駒たちの手によって急速に成長を遂げていた。少なくとも体長はこの数秒で1割ほど伸びていたし、膂力は数倍に達している。今や巨神となったWanzava'rの力を以てしても、SRA群の手を借りなければ、ノットホール結界の完全支配は不可能である。妨害者のためとはいえ、そう簡単に壊すという選択肢は採ることができない。
 怪獣の左腕が急激に巨大化し、鋭い爪がWanzava'rの頭部を襲う。それをすんでのところで仰け反り、巨神は無作法な乱入者に粒子ビームの洗礼を浴びせる。怪獣は右肩が融解することを承知の上で受け止め、後方に倒れながら長い尻尾で突き上げた。
「衝撃、来ます」
 皇居全体を仮設サイト化する際に、重要施設に対しては耐爆化を進めていた。だが大地震のような揺れを連発されれば、その内部が無事では済まなかった。天地が引っ繰り返るかと思われるほどの縦揺れの度に、戦闘指揮所の何かが落下する。
「なぜ殺し合っているんだ」
「とにかく、この状況を利用しましょう。共倒れを狙えば」
 焦げ茶色の腕に切り裂かれた大気が、つんざく悲鳴を上げる。Wanzava'rの胸に突き立った3本の鉤爪は、外骨格を粉砕してあらん限りの狼藉を働き、血管をずたずたに引き裂いた。鮮血が飛び、たちどころにシャープとフラットのせめぎ合いに晒され、虹色に発光しながら存在を極小化していく。しかしなおも、Wanzava'rの両腕は獲物を握ったまま離さない。胸の傷にも構わず怪獣の腕をかいな雑巾のように絞り、ミキサーにかけられたように血が螺旋を描く。
 だがそれを黙って受け入れる怪獣ではなかった。粉砕された腕を自ら千切ると、頭を勢いよく地面へ打ち付け──その反動で巨大な尻尾がハンマーのように振りあがり、Wanzava'rの脳天へ直撃する。強烈な一撃に意識を飛ばしかけたWanzava'rは、千切られた腕を投げ捨てると、胸部器官を発光させる。粒子ビームの兆候を嗅ぎ取った怪獣は尾を振り戻そうとしたが、その目論見を阻もうとWanzava'rの腕が取り付く。
 叫ぶ怪獣を嘲笑うかのように疑似神格デミウルゴスの頭部外骨格が展開し、その深奥に死の光が覗く。腕は尻尾を絶対に離すまいと体組織の癒着を始め、ついに振り回される肩が脱臼した。ほとんど同じ組成と見られる両者の組織は親和性が高く、ヘイフリックの限界を持たないWanzava'rの細胞が着実に侵蝕していく。
 ビームが射出される、その瞬間。怪獣の尻尾が根元から自発的に千切れ、瞬時に身を沈めて距離を詰める。鉤爪を鋭利に薄く伸ばして、ダガーナイフ状にした指がWanzava'rの両肘を切断する。フラットな現実で補強された切断面が虹色の血を流し、結果的に腕は戻らなかった。尻尾は数万倍に加速された細胞分裂によって、すでに往時の3割の長さを取り戻している。
 怪獣は地に這いつくばるWanzava'rを見下ろしていた。かれを天上に連れて行こうとした虹色の翼は、もう消えている。傲慢にも神になろうと試みた怪物は、それでも引き返すつもりはない。進化は一方通行のものであり、停止は死を意味する。両腕を喪ったWanzava'rは、捨て身とも取れる無鉄砲さで突進を図った。怪獣は受け止めるそぶりを見せながらも、衝突の直前で右にステップを踏む。回転しつつ突進をかわした直後、尻尾による痛烈なラリアットが待っている。
 まだ半分ほどしか回復していない尻尾は、外骨格と運動エネルギーの犠牲となって再び千切れ飛ぶ。だが、それでも十分すぎるほどに効果を持っていた。胸部を強打したWanzava'rは、くの字に身体を折って崩れ落ちる。しかし素直に落下していくのを怪獣は待たなかった。硬い外骨格で覆われた頭部を鷲掴みにし、胴体から切り離そうと捻じり始める。
 が、それはWanzava'rが打った芝居の一部だった。狡猾な疑似神格は両腕よりも尻尾に再生リソースを割いており、さきほど腕ごと飛ばされた尻尾を取り込むことに成功していた。長大になって分裂した尾は、格闘戦の最中にも地中へ潜り、怪獣の付近に忍び寄っていたのだ。
 とどめの一撃を加えようと怪獣が腕を振り上げた途端、地表が割れて数本の尾が絡みつく。五体の動きを掣肘し、胴体や尻尾に至るまでもが縛り上げられる。同時に融合がそこかしこで始まり、怪獣は逃げ場を失う。
「目標甲、粒子ビーム発射器官を多数造成」
「これで決着をつける気か」
 疑似神格はその限定的な現実再構築能力によって、尻尾の各部や再生した掌など、さまざまな箇所に発射管を作り出す。怪獣の邪魔が減り、Wanzava'rは一斉に周囲の現実を再構築した。数割のSRAがここまでの"格闘戦"で破壊されていたが、Wanzava'rは忠実な手駒を少しでも増やすべく修復をすることを選んだ。すでに皇居内配備SRAの半数が疑似神格の手に落ちており、ノットホール結界は衰弱していた。
 暴れていた怪獣は、融合した体組織を自殺させ切り離す戦略に切り替えた。だがその程度の企みはWanzava'rも知るところであり、切り離されるよりも先に細胞分裂を加速させて拘束を強めていく。
「粒子ビーム発射まで5秒──4──3……」
 頭部外骨格が展開し、加速された粒子を撃ち出そうとする──その時だった。金切声とともに、巻き付いていた尻尾が突然切断される。その刹那に粒子ビームが撃ち込まれ、怪獣は辛うじて頭部へのビーム直撃を回避することに成功する。
「何が起きた」
「レーダー・コンタクト。これは」
「CP、聞こえるか」オペレーターの報告に割り込むように、通信が入った。「こちら8199排撃班タンジェリンズ

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日本国岐阜県 乗鞍岳・摩利支天岳 サイト-815
「北閉鎖棟第81施設 中央第975号室」
20█年8月12日 午後10時30分27秒 (UTC+9)

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「カナヘビと、奴は同じEVE固有波を持っていた」
「ええ、わたしも見ました」
 それなら話は早い、と結城はうなずいた。
「──推測では、Wanzava'rとカナヘビは複数次元における同一の存在と見られていた。こちらの世界でのカナヘビが、あちらの世界でのWanzava'rということ」
「なぜそうわかったんです。わたしたちがそれを知ったのは、つい先ほどのことだ」
 鉄格子で塞がれた窓に向かっていた視線が、結城の左目に向かう。包帯だらけの女は、肘から先のない右手を挙げ、「わたしの義手は、なくなったの」と尋ねた。
 すぐに工学技術部門から義手の残骸が手配された。非破壊検査によって爆発等の危険は確認されていなかったが、工具等の存在や人体への悪影響の懸念から取り外されていたものだった。
「これで、よろしいですか」
 黒こげになった30センチほどの塊が、結城の目の前に差し出された。人工皮膚は完全に剥落し、内部の合金も融解して配線のいくつかは溶けていた。五指はすっかり飛んでしまっていて、義手というよりは自動車部品と言われた方がまだ信じられる。
「手伝ってちょうだい。ここの手首を外して」
「はい」
 関節部を覆っていた樹脂製の被膜が融けて一体化してしまい、素手でこれを取り外すのは困難を極めた。八家は指先を赤くしながら、ドライバーを借りて抉じ開ける。樹脂が破けて手首が外れると、酸化防止剤の嫌な匂いがあたりに立ち込める。"生焼け"だった電子基板たちの死臭の中に、目的のパーツがある。砕けた人工骨格の内部には、小さな金属片が入っていた。
「パソコンは」
「ここに」
 メモリーカードには、平文のメールが大量に保存されていた。その中の一つをクリックしろと言われ、八家は目をつぶってそれを開く。ミームエージェントが発動すれば、数秒のうちにRAISAの監視下にあるラップトップが警報を発するはずだ。
「何も仕込んだりしてないわ。あの手のギアスは重すぎるもの。通信が必要だし」
「そのようですね」
 メールの差出人は、トミー・レイク上席研究員というI5群の男だった。急いで打鍵されたのか誤字がかなりみられるものだった。EVE固有波スペクトラムがそこに添付され、Wanzava'rとカナヘビのものが並べられている。比較グラフを作る余裕はなかったらしく、「検証は任せる」と結びに書かれていた。
「それで、あなたは何をしたんです」
「長野県にWanzava'rの幹細胞が保存されていることを知って、カナヘビとの適合手術をやった」
「何故、そのような真似を」
「ノットホール作戦は失敗する可能性が高かった。メールの音声ログを聞く限り、Wanzava'rはSRAとAICを取り込み、その力を制御下に置いていたわ。それに対してSRAを使った戦術がどこまで効果を持つのか、わたしには疑問だった。もちろん、成功させるためにあらゆる手は打ったわ」
 八家はよほど混乱した様子で、目の前の容疑者に問いかける。
「ちょっと待ってください。それが、なぜエージェント・カナヘビに怪獣の細胞を投与することにつながるんです」
「やつにWanzava'rと同じ怪獣になってもらうつもりだった。目には目を、よ」
 監察官は、この数秒間呼吸を忘れていた。狂人と話すのは、これが初めてではなかった。八家は職務上、同僚殺しや虐待の容疑者などを何人も見てきている。だが目の前に存在するのは、数百数十の職務規定を破って、なお平然としている女の姿だった。
「では、なぜ、このメールを対策本部にまず上げなかったんです」
「この情報があったとしても、対策本部にできたのはせいぜいカナヘビを拘束することぐらいよ」
「だとしても──」
「それに、やつらがカナヘビを怪獣にしてくれるわけないじゃない」

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日本国東京都千代田区 仮設サイト
「ノットホール作戦(最終期着上陸侵攻対処 高度現実性による結界構築オペレーション)」
20█年8月12日 午後10時38分54秒 (UTC+9)

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「RAY、ENCORE、こちら"検校"。よく戻った」
 つとめて冷静であろうとしていた"検校"は、しかし歓喜を抑えきることに難儀していた。
 2機のU-HECマークIII J型は機関不調によって墜落を余儀なくされたが、中枢部の破壊はまぬがれていた。RAYとENCOREはそこから自力で修理と再始動に成功し、ふたたび戦場へ舞い戻ってきたのである。ノットホール結界の弱体化は皮肉にも有利に働き、2機による侵入を容易く許していた。
「CP、こちらRAY。状況は通信傍受により把握している。これより蜜柑タンジェリンズは目標乙の支援に入る」
「CP了解」
 凄惨な殴り合いを演じる2体を見下ろしていたオレンジ・スーツが、急降下してWanzava'rの背後に出た。回り込まれまいと延髄にビーム発射器官を作り出した疑似神格は、身体をひねって死の光を振り回す。RAYとENCOREはさらに降下してビームの射程外に逃れ、左右に展開して機銃掃射を開始した。オレンジ・スーツの攻撃では、疑似神格に有効打を与えることはできない。だが注意を惹き続けるには十分すぎるほどで、カナヘビの戦いを少しばかり有利に変えた。
 疑似神格は怪獣の徒手格闘を学習して、同様の手管で応戦している。正対する怪獣の腕から、痛烈な右のストレートが繰り出された。Wanzava'rも同時に右拳を突き出しており、クロスカウンターの姿勢が出来あがる。だが両者ともに素直に攻撃を受け容れようとはせず、お互いの肩から第3腕が現れて攻撃を受け止め、2撃目も同様に防御された。
 第3撃を繰り出そうとしたWanzava'rの第4腕が、ワイヤーに絡めとられて一瞬鈍る。現実を再構築してワイヤーを消し飛ばしたが、すでに目前の拳は防げない。因果を曲げて攻撃を無力化しようとするが、高いヒューム値を持つ怪獣の攻撃はそれ自体が高度現実攻撃となり、事後的改変は通用しなかった。
 顔面を、重い一撃が捉える。外骨格を砕き割る衝撃によって、Wanzava'rの顔が露わになった。人間のような瞳に、空洞となった鼻。筋層が露わとなっていたが、それは確かに人間の顔だった。
「顔まで人間か」
「気色悪いな」
 ワイヤーを巻き取ったENCOREは、倒れこんだ疑似神格の直上に出る。天守台を枕にして、巨神は死んだように横たわっていた。血が石垣の間から浸透して、めくれ上がったアスファルトに広がっていく。
「……なにを企んでいる」
 静まり返った戦闘指揮所内で、有沢はただスクリーンを睨み付けていた。サイドのVERITASビューの状況図は、明らかにまだ疑似神格存在が生存していることを示している。
「各SRAの状態を注視しろ。先ほどと同じ状況だ」
 皇居内に配備されたスクラントン現実錨を示す図は、半分が制御不能を示す赤色で覆われていた。断続的に行われる数メガキャスパーの現実改変に対して、御柱たちはただ形象を維持することだけに全力を注いでいる。
「目標甲内部にEVE放射検知。背部の制御翼状器官が再び顕現しています」
 デミウルゴスは再び目を開く。操り人形のように立ち上がり、四肢はだらりと垂れさがる。虹色の翼がはばたくと、両脚が地表から離れた。まるで翼が、疑似神格の意思とは別に上昇しようとしているかのように。
 怪獣は警戒感を露わにして、戦闘指揮所のある宮内庁まで後退する。その様子は、あたかも怪獣が戦闘指揮所をかばうための準備のように見えた。
「有沢中将、やはりこの脅威存在は……」
「都合がよい、ということ以上は何も言えませんね」
 数度、Wanzava'rの身体がひきつけを起こす。それをきっかけに身体中から血が噴き出し、自壊していく。その内部で何かが暴れまわっているかのように、四肢が猛り狂った。脈打つ疑似神格の身体を突き破らんという勢いで、腹部に丸いシルエットが現れる。
「状況は」
「目標甲の内部に3.6メガキャスパー:エボニー:ダブル・シャープ:ロックドの現実再構築を確認。多数の、SRAと思しき反応が──」
 直後、Wanzava'rの腹がいくつもの円柱によって突き破られる。粘液と血液に包まれた子供たち──生体SRA器官たちが、宙に放り出される。その表面にはいくつもの眼球が生じており、一様に天上を睥睨していた。オーロラ。虹。母胎が、裂け目へと手を伸ばす。
 そこにいた人間たちは、叫び声を聞く。
 そして、井戸の底は抜けた。

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空白
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 カナヘビは目を覚ます。
 旧東京市域に存在する多重次元閉鎖時間溝。またの名を首都レイライン。一時的であれ、疑似神格存在となったWanzava'rとカナヘビは、そこへのアクセスを果たしていた。だが、周囲を知覚できるほどの余力は、彼には残されていない。ただ生暖かさを感じながら、恍惚とした浮遊感の中にたゆたっている。
 そこに水を差すように、魔術師が言う。
「おい、きみ」
 懐かしさを覚える声は、しかし誰のものだったか思い出せない。Wanzava'rの細胞を受け容れたとき、かれの持つ底なしの憎悪はこの男に向けられていたはずだ。
「ここを壊してもらっちゃ困る。一緒に消えてくれ
「なに……」
「となりを見ろ」
 言われて、初めて首の感覚を思い出す。右を向けば、そこにはカナヘビと全く同じ姿かたちをした青年がいた。凄絶な怨嗟の表情を浮かべながら、むなしくもがいている。
「よくこんなものを連れてきたな」
 見上げると、そこには虹色の円環スター・ボウがあった。視界が重力に引き伸ばされて小さくなり、意識が急速に遠のいていく。余剰次元を通過してきたカナヘビのたましいが、の次元へと引き戻されようとしていた。
「じゃあな、████──そうか、今はカナヘビだったな」

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空白

日本国東京都千代田区 仮設サイト
20█年8月12日 午後11時43分59秒 (UTC+9)

空白
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「通信状態回復。仮設サイトの現在座標、基底次元に固定されました。基底時間流に復帰します。観測時間、誤差修正」
「一刻も早く状況を把握したい。外部観測システムとの再接続急げ」
 Wanzava'rの自爆的な現実再構築を観測した後、皇居は基底次元から切り離され、一時完全な孤立状態に陥った。EVE余剰次元と基底次元の中間に存在する、多重次元閉鎖時間溝──時空の特異点。その内部では、時間流が通常の速度で進むことはない。観測効果がすべてを支配する中で、主観時間と時間流は相互に影響しあい、誰にも予想できない結果をもたらした。
 すべての通信機器がブラックアウトし、窓外には通常の感覚器官では知覚できない暗闇が広がっている。有沢と"検校"は指揮所に配備されたSRAを利用して基底次元へのアクセスを図ったが、うまくいかないまま3時間以上が経過していた。有沢は腕時計で時間の誤差を確認する。すでに時針は4時を指していたが、基底次元の時間では午後11時43分。約数倍に引き伸ばされた時間が、戦闘指揮所の内部では流れていたことになる。
「メイン・スクリーン回復します」
 オペレーターの報告と同時に、十数メートル四方のメイン・スクリーンに電源が入る。観測システムからの受信待ちという表示が映り、数秒後に「受信中」というウィンドウが開いた。
「オペレーション管理システムが不明な信号を受信」
「──なんだ、これは」
 その場の視線が、メイン・スクリーンに注がれた。受信中ウィンドウが突如として切り替わり、何かの指示書のようなものが映る。幾何学模様とラテン語で書かれた文の羅列、それから皇居と思しき地図。
 ミーメティック兵器を疑った有沢は、直ちにスクリーンの電源を落とすよう指示した。だがスクリーンは電源供給を断たれたにもかかわらず、なおも輝き続ける。
「現実歪曲か……いつの間に」
「ミーメティック・ハザードおよび認識災害検疫プロトコル完了。いずれも危険性は確認できません」
「巨大な、アポーテーション術式でしょうか」
 "検校"は腕を組み、コードの内容を読み取ろうと目を細めている。だが一刻も早く状況を知らねばならない有沢は、悠長に解読をする気は毛頭なかった。オペレーターに向かって、あらん限りの声で問う。
「発信元はわかるか」
「照会中──出ました、サイト-8181管理官、エージェント・カナヘビです。発信位置は皇居周辺」
「なに」
 その瞬間、戦闘指揮所全体が巨大な縦揺れに襲われた。同時にメイン・スクリーンの電源が落ち、ふたたび回復するのに数秒を要した。術式図は消えて、皇居内の観測システムから送信される中継映像が流れ始める。
「カナヘビ、やはりあれはエージェント・カナヘビなのか」
 巨大な背中が、宮内庁の庁舎に立ちはだかるようにして立っていた。正面にはWanzava'rが立ち、我を失ったように荒れ狂っている。胸部が発光し、一瞬の閃光の後に粒子ビームが撃たれる。もはや目的も何もなく、凶暴なトートロジーがビームとなってカナヘビを襲う。
 カナヘビは両腕で受け止める姿勢を作ると、軌道を湾曲させて上空へ弾く。ビームはすぐに途切れたが、掌は爛れて白骨が露出している。だが止まっている暇はない。魔術師から受け取ったコードを完成させるには、"クライマックス"の協力が不可欠だった。
「CP、こちらENCORE。無事か」
「ENCORE、CP。被害状況を報告せよ」
「CP、RAYも健在。被害なし」
 オレンジ・スーツが三殿の方角から姿を現し、指揮所内は安堵の息に包まれた。Wanzava'rは動くものある限りビームを放つと決めたらしく、それはオレンジ・スーツも例外ではない。断続的に2射目が放たれる。急速な回避機動を取らざるを得なくなった2機と指揮所の通信はそのまま途切れ、指揮所にはオペレーターが状況報告をする声だけが残る。
「ノットホール結界はどうか」
「現存SRA、6柱。66柱が戦闘によって破壊、もしくは無力化され、こちらの制御を離れています」
戦闘指揮所ここと三殿、それから半蔵門側のSRAが数柱ですか」
 作戦がこのままでは続行不可能だ、と"検校"は含みのある言い方をした。有沢はこの排撃班班長の言わんとしていることを、理解していた。そしてそれ以外に、選択肢がなくなろうとしていることも理解していた。
「何かお考えが」
「カナヘビの案に乗りましょう。皇居自体を巨大な術式としたアポーテーションです」
 粒子ビームと生体誘導弾による弾幕で、カナヘビは得意の体術を封じられている。オレンジ・スーツは意図をよく汲んで援護してくれていたが、それでもカナヘビの望むコミュニケーションには程遠い。
 怪獣と化したカナヘビの持てる手段では、人類と直接意思疎通を図るのは極めて難しい。発声による意思疎通は、自身の巨大さを考えると現実的ではない。
 日本人の美徳は察する心だ、とカナヘビは結論付けた。ノットホール作戦が失敗した以上、"クライマックス"には選択肢がない。博打となるが、人間たちがこれに乗ることを信じるほかはないのだ。
 魔術師がカナヘビに授けた作戦は、Wanzava'rを事象の地平に沈めるというものである。正確な表現をするならば、超大規模術式による大質量・超長距離アポーテーションによって、疑似神格存在をはるか銀河の中心部まで跳躍させ、ブラックホールの内部へ突き落とし──2度と出てこれぬよう閉じ込める。
「──出力など、われわれには予想も付きませんが」
 有沢はまだ踏ん切りがつかず、重ねて"検校"に質問を浴びせている。
「いえ、あの図にすべて書いてあります。古めかしい書き方ですが、教本通りの設計図です」
 もう一度あれを出せるか、と有沢がオペレーターに問うと、数秒のうちにサイド・スクリーンにあの図が現れる。皇居の周りを巡る深紅に塗られた線が、ひときわ目を引いた。
「あれがもし擬似的な神格存在であるとして、なぜこのような大規模な術式を必要とするんです」
「おそらくカナヘビの内部ヒュームだけでは、Wanzava'rを超長距離跳躍させるには不足なのでしょう。場のEVEを利用するならアスペクト放射のコードを使うのが最も合理的です」
 現況では当初計画に大幅な変更が必要なことは、有沢もよく承知するところだった。使用可能なSRAが6柱という状態では、戦闘指揮所のある宮内庁や三殿の設備を維持することさえままならない。当初予定されていたように、防御型SRAを利用して現実性低減区域に穴を開け、外部と連絡を取ることなど不可能に等しい。総司令部や対策本部を頼ることは、もはや望めない状況だった。
 肚を決めた有沢は、目の前に立つGOCの軍人に問う。
「……わかりました。わたしたちは、なにをすれば」
「濠に根源を巡らすべし、とあります。Wanzava'rの血を濠に投入する必要があります。おそらくカナヘビはこれからWanzava’rの血を手に入れようとするでしょう」
「魔術に必要な根源は血の一滴と聞きますが……この図を見る限りそんな程度ではないでしょうね。濠を満たすほどの血量ですか」
 いずれにせよ、と"検校"はメイン・スクリーン上で繰り広げられている壮絶な死闘に眼をやる。
「われわれにできることは少ない。とにかくカナヘビの援護に徹しつつ、バックラッシュに備えましょう。SRAの配置自体が、術式におけるバックラッシュ制御構文の役割を果たせるはずです。現状では半蔵門側に偏っている数柱を、万遍なく再配置しましょう」

空白

 焦げ茶色の体躯はその丈に見合わず、身軽な所作をこなしている。ビームの途切れ目を狙って、地上数百メートルまで跳び上がったカナヘビは、迎え撃つ生体誘導弾を薙ぎ払いながら急降下する。数十の波状に繰り出される黒い鳥の群れは、カミソリのような鋭利さを持った鉤爪と尻尾の前に、次々と両断されては誘爆し続ける。光球がカナヘビの軌道の一直線に並び現れ、風船が割れるような容易さで破られていく。
 Wanzava'rの動脈を引きずり出して濠に血を注ぐ、いまカナヘビがすべきことはそれだけだった。彼の持つ内部ヒュームであれば、一度体外に出た血を消滅しないよう維持することは十分可能である。とにかく外傷を与え、その血を搾り取ることだけを考える。
 Wanzava'rは向かってくる怪獣に向けて、再びビームを放とうとする。だがその前後から急接近したオレンジ・スーツが機銃を掃射し、大気の状態を不安定化させて照準を妨害する。疑似神格は上を向いたまま、両腕を迫りくる機械の巨人に向けた。その掌にも瞳が出現しており、強烈な現実再構築を行使する門となる。2機はほとんど同じタイミングでデコイを撃ち、直線軌道から離れて能力から逃れた。デコイはブードゥー・タイプと呼ばれる魔術の織り込まれた身代わりとして、その場で銀のチャフを撒きながら四散する。オレンジ・スーツの姿を見失ったWanzava'rは一瞬地上に意識を向けたが、それが致命的となった。
 巨大な一つの鉈となった尻尾が、伸びたWanzava'rの腕を叩き斬る。赤い血が空間中に舞い上がり、シャープとフラットのEVEが虹色の爆発を引き起こす。すかさずカナヘビはそれを凝集させ、自らの口に運ぶ。次いで千切れた腕を掴み、そこから搾り取ろうと爪を立てた──のだが。
 Wanzava'rは本能的に、カナヘビの狙いが血液そのものにあると理解した。超エナメル質が腕に穴を穿った途端、体組織が崩れて掌から零れ落ちていく。カナヘビは再生しようと手を伸ばすが、バラバラになった組織片たちは、独立した意識を持ったかのように逃げていった。
「RAY、CP。状況は」
「CP、RAY。腕が、小さな蜥蜴トカゲの大群に変わった」
 どういうことだ──と問う前に、オペレーターの絶叫が割り込んだ。
「Wanzava'rが身体の一部を形象崩壊させ、1メートル級形態に変化。総数100体以上──半数がこちらに向かってきます」
 四肢を振るって小さな蜥蜴を叩き潰したカナヘビは、片っ端からそれらを口に放り込んでいく。だが、あまりにも数が多過ぎた。カナヘビの手を逃れたWanzava'rの幼体たちは、一斉に宮内庁と宮中三殿を目指して走っていく。
「蜜柑、CP。こちらは独力で対応可能。オレンジ・スーツ各機はただちに半蔵門側の残存SRAを回収・防衛し、再配置せよ」
「蜜柑了解」
 "検校"は自動拳銃を受け取り、そのスライドを引く。敵主力は北西側入り口に殺到してくると予測され、強化戦闘服ホワイト・スーツ30余機は北西側中心に庁舎の各入口に展開している。
「目標アルファ群、庁舎まで距離350。内部ヒューム40.7/33.0。群生することで存在を維持しているようです」
 単独での戦闘能力はそこまで高くないと判断し、守備隊を陣頭指揮する"検校"は、打って出る意思を明確にした。装甲化されている宮内庁にも、SRAが1柱配備されている。このおかげで、これまで戦闘指揮所は滅茶苦茶な現実改変戦に耐えてきたのだ。これが破壊されれば、ここにいる人間たちを守る盾は喪われる。
「ここを絶対に死守する。1匹たりとも通すな」
 すぐ後方に庁舎を控えている以上、彼らが戦線を維持できなくなれば間もなく室内で白兵戦が始まる。そうなれば最悪戦闘指揮所は全滅の危機に瀕する。
「目標、距離200。真っ直ぐ向かってきます」
「目標正面、敵アルファ群。HICE。発射用意、指名」
 蜜柑色に塗られたホワイト・スーツたちが1列になって、HICE8弾の装填された対戦車ロケットランチャーを向ける。
 幼体の密集した群れはもはや奔流と形容するほうが正確なほどで、その攻勢正面はほんの30メートルに過ぎないながら、恐るべき破壊力を秘めていた。
「──撃て」
 破壊的指向フラットのEVEを封入された榴弾が、光を曳きながら奔流に吸い込まれていく。数秒で銀色の爆轟が炸裂し、守備隊のもとにまで黒い死骸の破片が飛来してくる。背中に背負っていた発射筒を投棄したホワイト・スーツたちは、素早く背部ハードポイントから次弾を取り外し、爆風を抜けてきた黒の群れに向ける。第1列の仲間を盾に、死呪の帳を裂いたWanzava'rたちは、より凶暴さを増したようにすら見える。
 "検校"は宮内庁の2階に陣取り、その様子を窓から注視している。榴弾内部の金属片が幼生体の皮膚を突破しているという報告を受け、指揮官は見立てが正しかったことを知った。
「各機、こちらDCP。ロケット攻撃が完了次第、順次ミニガンに換装。爾後は各自の判断で応戦せよ」
 再び爆発。だが幼生体の群れに被害の様子はない。最前列の幼生たちが自らの上半身を肥大化させ、空間装甲として利用しているのだ。たとえ分裂しても学習能力は健在らしく、猛烈な速度を保ったまま迫ってくる。
「来るぞ……」

空白

 口から血をしたたらせながら、カナヘビは人類が自らの策に乗ったことに安堵していた。だが魔術師の言では、血は最低でも672キロリットル確保しなければならない。雑魚をひたすら潰し続けても、まず足りるということはない。
 6本になった腕をフル稼働させて、三殿へ向かう幼生体を叩きつぶしていく。Wanzava'rは天守台跡に陣取り、身体の修復と幼生の増産に努めている。幼生自体に独立した自意識はなく、体性感覚はすべて本体に直結されている。ゆえに現実歪曲能力も本体の意識が向かなければ行使されず、カナヘビはオレンジ・スーツと協働してほとんどの雑魚を屠っていた。
「カナヘビ、こちらRAY。幼生の掃討はもういい。本体から血を抜き取れ」
 オレンジ・スーツたちはスピーカーをアスペクト放射で造り出し、それをこの怪獣との意思疎通に利用していた。カナヘビはうなずき返し、天守台に向けて跳び上がった。すでに30匹以上の幼生を捕食しており、動くたびに腹の中でうごめいた。
 RAYとENCOREはお互いを援護できる距離を維持しつつ、地面すれすれへダイブする。カナヘビが取り逃がした12匹は、もう三殿まで数十メートルのところまで迫っている。RAYとENCOREの左腕ウェポンラックが開き、黒鋼の鉄隗が姿を現す。耳をふさぎたくなるような高周波音がうなり、地を這う小蜥蜴を両断した。
 地に降り立ったオレンジ・スーツのもとに、黒い群れが殺到する。RAYとENCOREはそれぞれに背中を預け、ヴィブロ・ブレードを閃かせる。飛びかかる子蜥蜴の口に刃を突っ込んで横に裂き、その勢いで地表を走る個体に斬りかかる。背後から現れた個体にアラートが鳴ると、機体腰部がその場で回転し、次の瞬間にはヴィブロ・ブレードが蜥蜴を串刺しにしている。
「CP、こちら蜜柑。掃討を終了し、これよりSRA回収に向かう」

空白

 手近にあった樹木を引き抜き、手を伝わせて余計な枝を落とす。即席の武器を仕立てたカナヘビは、群がる子供を薙ぎ払った。Wanzava'rは徹底的にカナヘビとの直接対決を避け、分身を遣って逃げ続けている。
 だがもはや時間の問題だった。血に濡れた槍がWanzava'rの鼻先をかすめたとき、疑似神格は一か八かの賭けに出た。振り下ろされる槍を3本目の腕で受け止め、カナヘビの胴体へ手を伸ばす。槍を受けた腕は裂け、脇腹には痛烈な廻し蹴りが入ったが、それでもWanzava'rには勝算があった。
 カナヘビの口から滴っていた血の量が、急激に増える。外骨格に包まれた疑似神格の顔が、酷悪な形に歪む。目論見は成った。カナヘビの腹部がもぞもぞとうごめき、やがて表皮を破って無数の腕が突き出てくる。Wanzava'rはそれらと手をつなぐと、そのまま融合を果たす。カナヘビが腕を切り離そうと後ずさったが、電撃的な痺れを感じて動けなくなる。
「カナヘビの内部に無数のEVE放射を検知。内部から、食い破られていきます」
「まずい……オレンジ・スーツは何をしている」
「現在SRAの再配置作業中。最後の2柱を竹橋方面に輸送しています」
 打てる手はすべて打った有沢に、もう残されている策は何一つとしてない。オレンジ・スーツの武装もほぼ尽きている。
「CP、こちら守備隊。防衛線を玄関前から後退させる。戦闘指揮所の通路に繋がる隔壁をすべて閉鎖せよ」
 ノイズ混じりの無線が、戦闘指揮所に底流していた絶望感を一気に顕現させた。青ざめた様子のオペレーターが司令官の方へ向き、指示を待っている。有沢はマイクに向かって「……総員、準備を」と告げ、瞳を閉じた。
 無線越しでも、戦闘指揮所がいまどんな状況下は十分伝わってきた。"検校"は窓外を見下ろす。すでに半数にまで討ち減らされたホワイト・スーツが、まだ数十体残った蜥蜴たちと死闘を演じている。カナヘビが同時に危機的状況に陥ったことで、アポーテーション術式完成を優先する戦闘指揮所はオレンジ・スーツをこちらには寄越さないだろう。
「各機、DCP。サーモバリック爆薬による爆撃を敢行する。各機直ちに屋上へ退避。以後は地上1階にて遊撃戦に移行する」
 まだ息がある仲間が、地上に取り残されていることは誰もが承知していた。だが、誰も反対の弁を述べない。ドアの前に設置された爆薬に、スイッチが入る。彼らの機体と同じオレンジ色の爆炎が上がり、数体の幼生が即座に絶命した。数十メートル上がった黒煙の向こうに、"検校"は怪獣の眼光を見つける。だが2体いたはずの影が、今は1つしかない。
 Wanzava'rはカナヘビの細胞を侵蝕し、その自由を奪っていく。両腕から肩口までを腹の中に突っ込んだ疑似神格は、たとえ同一性を喪失してでも、まだ生き長らえようとしていた。カナヘビは抗おうとするが、物理的抵抗はもはや意味をなさなかった。現実改変能力はわずかに向こうが上回っている。液体のように己と他者の境界面が曖昧になり、笑うWanzava'rの顔が腹の中に沈んだ。
 視界がゆがむ。他の何十という存在が、自意識の内部に走った亀裂に、入り込んでくる感覚。どこかの建物の中にいる。叫ぶ男がいた──銃を乱射している。軍服を着た人間の胸に、ワッペンが付いている──世界オカルト連合。
 蜜柑色をしたホワイト・スーツの腕が飛んだ。両手の鉄爪で白兵戦を挑む守備隊は、その数をさらに減らしている。庁舎の内部に入ったことで自爆的な攻撃手段は利用できず、"検校"以下11名まで減った守備隊は、絶望的な抵抗を続けていた。無駄とは知りつつ、"検校"は自動拳銃を幼生に向かって撃ち放つ。猛進してくる巨体をすんでのところで避け、足元にあったスーツの残骸を手に取って尻尾の打撃を防ぐ。膂力はすさまじく、後方へ突き飛ばされた男を待っていたのは、別の個体の覗きこむ顔だった。
 "検校"は怯懦に叫びを上げる。ホルスターをまさぐっても、先ほど投げた拳銃があるはずもない。蜥蜴が大きく口を開ける。噎せかえるような饐えた臭いがし──その瞬間が訪れる。長い舌が男の鼻先に触れ、ざらついた表面が皮膚を裂く。
「……なんだ」
 目を閉じていた"検校"は、やがて訪れるべき激痛が来ないことに違和感を覚えた。少しだけ瞼を上げると、口を開いたまま停止した蜥蜴の姿がある。一瞬硬直した男は、素早く蜥蜴の下から這い出てくる。フロアは静まり返っていた。そこにいたすべての蜥蜴が動きを止め、呆然と立ち尽くすホワイト・スーツの数人がいる。
「班長、これは……」
「分からない。何が起きたのか……」
「──げろ」銃口が一斉に、声のする方へ向けられる。止まっていた蜥蜴の1匹が、ゆっくりと、震えながら顔を上げた。「逃げろ。ここから」
「……エージェント・カナヘビか」
 子蜥蜴の体組織を改造し意識をジャックしたと見られるカナヘビは、不明な発声器官によって喉を鳴らす。
「もう、そのどちらでもなくなりつつある」
「どういう意味だ」
「時間がない。早く逃げろと言ってる」
「逃げろというが」"検校"は銃を下ろし、困惑顔で問う。「もうどこにも、逃げる場所などないが」
「皇居外苑や。……そこなら、巻き込まれずに済む。急げ」
「なにを企んでいる」
 話している相手が、本当にカナヘビなのか"検校"は疑っている。
「最後の頼みがある」

空白

 カナヘビの瞳に、皇居外苑から上がる信号弾が映る。伝言によれば、オレンジ・スーツの2人は最後まで撤退を拒んでいたが、"検校"が強く命令したことで渋々それに従ったという。
 4本の脚と7本の腕、そして2つの心臓に2つの脳髄を持った怪獣は、バラバラな神経系がバラバラな信号を出し、お互いの血液に載せて常にEVE放射が全身を巡るという奇々怪々な様相を呈していた。足を一歩踏み出すのでさえ、カナヘビとWanzava'rの意思に齟齬があるためにうまく働かない。
 カナヘビの思考を読み取ることのできるWanzava'rは、すでに狙いを知って濠へ行くことを拒んでいる。人間たちが逃げ出していることも当然知悉し、何度も粒子ビームを撃とうとするのを、カナヘビは阻止していた。
 いまカナヘビに必要なのは、己をも騙すことのできる詐術だった。Wanzava'rが外苑へ向けて歩き出す。カナヘビの脚は徐々に退化し、地面を引きずられていく。前を通り過ぎた宮内庁を尻尾の一振りで破壊すると、複合神格は坂下門を踏みつぶそうとする。
 そのときだった。破壊した宮内庁から1本の腕が伸び、尻尾の先を掴む手がある。複合神格は驚き、その方向を向く。だがそれよりも早くその影は移動し、怪獣の両目に刃を突き立てた。
 違う、と混濁した意識の中カナヘビは考えた。2体が同時に協働している。半分はWanzava'rにも乗っ取られた体性感覚は、その対処を一致させられずに、体勢を崩していく。
 オレンジ・スーツは確かに撤退したと、戦闘指揮所からスピーカーを通して連絡されていた。すっかり信じていたそれは、虚偽の情報だった。カナヘビの狙い通りに。
 RAYとENCOREはバランスを崩していく脚部に、機体をパワーダイブさせる。自爆機構をオンラインにし、ベイルアウトのレバーを引く。乗員脱出用ポッドが背部から射出され、制御翼が展開した。
 濁った瞳が、逃れていくパイロットたちを捉えている。もはや誰のものかも判然としないその視線だが、彼らにはそれがカナヘビのものだという確信があった。
 直後に機体が起爆し、複合神格の脚を吹き飛ばす。二重橋濠へ頭から突っ込む形で転倒した複合神格の胴体から、腕が新たに2本生える。そして勢いよく振りかぶると、長い鉤爪が自らの胸を引き裂いた。
 鮮血が、すさまじい勢いで周囲に噴出していく。数秒の間に二重橋濠を満たした血は、隣接する桜田濠へ津波のごとく押し寄せる。傷口をふさごうとするWanzava'rと争うカナヘビは、身体を起き上がらせて三殿の方角を向く。勢いが留まるところを知らない出血は、皇居全体に血の雨を降らしながら、逆側の半蔵濠や千鳥ヶ淵まで届く。乾濠から大手濠まで、皇居を取り囲む濠すべてに血が行き渡ったことを確認したカナヘビは、心臓を抉りだそうと、再び新しく腕を造り出す。
 カナヘビの"切腹"を止めさせるべく、Wanzava'rは全力で腕を止めに入る。細胞分裂と自殺が熾烈な上書きを繰り返し、恒常性がずたずたに蹂躙されていく。魔術師から授かった作戦は、あとたったの一押しで為さしめることができる。
 ただカナヘビは強靭な意志の強さだけでもって、邪魔立てを退ける。折れた腕は直し、自殺する細胞を書き換え、脳内に響くうるさい悲鳴をやめさせる。両の手は心臓に繋がる動脈と静脈を断ち切り、カナヘビはふたたび多量の血を吐く。意識が保てているのは、皮肉にもWanzava'rが失血死を防ぐべく造血し続けているからだ。
 両の手が心臓を掲げ──その最中にも、また新たな腕がそれを邪魔しようと生えてきた──天を仰ぐ。頭上に差し上げられた心臓に瞳が芽生え、天に蓋をする銀河を睥睨した。夏の夜に、一帯が停電した東京の上空には、星界が広がっている。
 儀式は完成した。Wanzava'rの身体を得たカナヘビは、皇居内のすべてのSRAを制御下に置くことができた。Wanzava'rが生み出した生体SRAを含めれば、108柱すべてが一斉に宙に浮かぶ。その円環の中心には複合神格存在が座し、土星のサターンように現実錨を周囲に並べている。それらは高速で回転し、やがて中心へと吸い寄せられていく。
 場のEVE放射が臨界に達し、アポーテーション・ゲートが顕現する。SRAは持てる現実性を中心へ爆縮し、次元の界面に穴を抉じ開けた。回転する円環はスター・ボウをまとい、7色のエンジェルズ・ハイロウが出現する。
 Wanzava'rはアポーテーションから逃れようと、小さな蜥蜴の姿になって抜け出そうとする。今や完全な神格となったカナヘビがそれを逃がすはずはなく、光をまとう手が次々と哀れな蜥蜴を包み込み、身体の中へと引き戻す。重力の井戸は反転し、天上へ向けて空間が落ち込んでいった。その内部には黒い真円が生み出されている。
 複合神格は、その眼に2万6000光年彼方の光景を見た。
 ──うつくしい。
 天使の環の導きを受けて、多大な恍惚感がカナヘビを包む。
 次元の門と身体が触れると、まるで融け合うように呑み込まれていく。
 光の中で、かれは確かに幸福だった。

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日本国東京都千代田区 旧皇居上空
20█年8月13日 午前4時58分11秒 (UTC+9)

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「間もなく皇居上空です」
 細谷は、ノットホール作戦がいつの間に破棄され、別の作戦が進行しているなどという話は聞かされていなかった。一夜が明け、巨大脅威存在の消滅によって、東京都市圏を滅亡に追いやる広大な帰還困難区域は消え──そして、彼が作るはずの臨時政府もまた消えた。
 作戦成功が伝えられたのが午前0時半。それから4時間近くをかけて、合同対策本部は状況把握と現場保全作業をひと段落させた。阿形がその現場を視察に向かうという話を掴んだ彼は、かなり無理を言ってヘリに同乗している。阿形はローターの回転音の中ですら、平気で寝ることができる男だった。サイト-816から東京へ戻る間にも、1度たりとも目を覚まさなかった。
「あれが報告の、"あららぎ"です。全高は約682メートル。スクラントン現実錨と、それに近しい生体素材でできています」
 現場の指揮を執っていたという機動部隊指揮官のアナウンスと同時に、細谷たちは眼下の景色を目にする。
「これは……」
 皇居──その中でも三殿があったはずの場所周辺に、巨大な塔が出現していた。そのすべてがスクラントン現実錨なる財団の兵器によって形作られ、不思議なバランスでもって屹立している。この塔ができた際に居合わせた将兵が名づけたという"あららぎ"とは、仏塔を表す。
「現在も調査中ですが、すでに現実錨としての機能は喪われているようです」
「あーあ……解体している暇はないというのに……」
 阿形が眉間を押さえ、軽い頭痛を訴えている。正面にいる総理秘書官の狭間がつまらない冗談を言って、その場の顰蹙を買った。現実でないかのような浮揚感に襲われた細谷は、深い息を吐いて、背もたれに身体を預けた。
「……ありがとうございました」
 そういえば、この言葉をまだ言っていなかった。
「こちらこそ」
 阿形の微笑みを見て、細谷はうなずき返す。
「日の出ですね」
「ええ」
 "あららぎ"が、射光をさえぎってシルエットになる。さて、どうやってこのことを国民に伝えようか──細谷はそんなことを考えていた。

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日本国岐阜県 乗鞍岳・摩利支天岳 サイト-815
「北閉鎖棟第81施設 東側第1010号室」
20█年8月13日 午前5時7分59秒 (UTC+9)

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「まぶしい……」
 窓のある部屋に移されたことで、結城の部屋には陽光が直射していた。八家は報告のためにどこかへ出かけ、今は誰も部屋にいない。ただ周期的な心電図モニターの音が、わずらわしく思えるほどに静寂だった。
 蜜柑色の日の光が、無事に昇ってきたことに結城はどこか安心していた。それは自分がこの夜を越す前に死んでいたかもしれない恐怖とも、おそらく無関係ではない。八家は何も言わなかったが、カナヘビはきっとうまくやったに違いない──結城にはそういう確信があった。
 気配を感じてドアの方を向くと、ゆっくりと少しずつ、スライドドアが開いている。思わず身構えた結城は、しかしそこに見知った顔を見つける。
「あら、諸知博士」
「………………」
 相好を崩した包帯まみれの女は、やがて同僚の様子がおかしいことに気が付く。夏場でも変わらないタートルネックセーターの上に羽織った白衣。センスのない巨大な丸眼鏡は、陽の光を反射してその表情を読み取れなくしている。
 諸知はそれを取り出した。黒く深い穴が、まっすぐ結城に向けられている。
「まさか……あなた──」
 乾いた破裂音がした。

 操り人形はそれから機能を停めて、
 ぼんやりと朝日を見つめていた。

空白
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空白
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制作
財団渉外部門広報局 映像制作部 第9スタジオ
 
 
 
 
 
制作協力
A█████ H████ C███博士(世界オカルト連合 設定考証)
 
 
 
 
 
 
編集・助監督
諸知 博士
 
 
 
 
 
 
特技監督・監督
結城久磨 博士
 
 
 
 
 
 
 
総監督・脚本・主演
エージェント・カナヘビ
 
 
 
 
 
 
 

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「大怪獣決戦テイルシリーズ」

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