Mouth to Mouse
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時刻は4時半前。前日飲みすぎたせいだろう。頭が痛い。夜風にあたるため私は外にでた。
最近引っ越してきたこの町もようやく公園までの近道を覚えられるくらいには慣れた。
日の出前でも夏の暑さが身に染みる。公園についたころには日は昇り始めていた。夜明けも随分早くなったものだ。
ふと目をやると遊具の上にちらつく影。
そこで私は、朝日に照らされた灰色のワンピースの少女を見た。

こんな時間に何をしているのだろう、このあたりでラジオ体操でもやってたかな、と頭によぎる。
そう考えているうちに少女は見る間に近寄ってきてにんまり笑顔。
その笑顔が可愛らしく私は見入ってしまっていた。
合わせて私もにへらと笑顔。
あまりに唐突だったのでうまく笑顔をつくれたかは怪しいものだ。
笑顔で向かい合うこと数秒、ぐいと襟元を引き寄せられ

私は少女にキスされた。

あっけにとられた私はそのままどれくらいの時を過ごしただろうか。
10秒だったのかもしれないし、10分だったのかもしれない。
息が苦しくなってきたころ少女は私から離れ満足気に微笑んでいた。
その笑顔を見た瞬間すっかり私の心は少女に奪われていた。
可愛らしい笑顔。私を魅了する。
あなたは誰?聞こうとした瞬間、少女はお腹を抱えて苦しみだす。
いくつか声をかけたが少女はにこりと微笑み苦しそうにかがんでいるばかり。
そのうち吐き気を催したのか口から何か塊を吐き出した。
塊?吐瀉物といえば普通は液体だろう。
よくよく見ると吐き出されたのは大きな袋。
何?何これ?なにやらもぞもぞ動いてる。
いつの間にやら少女はすっかり元気。嬉しそうに袋を破き始める。
一体目の前で何が起きてるのか理解できずにいると袋の中から出てきたのは鼠。
なんでまた鼠が、もしかしてこれのためにキスしたのか、と頭はぐるぐる。
あれこれ思案しているうちにサッと少女は身を翻す。
そのまま鼠へと姿を変えた。
ちょろちょろと去っていく。

そうか。

鼠というのはこうやって増えるらしい。

翌日より日課が増える。
私と彼女の秘密の逢瀬。
それにつれ鼠も増える。
思えばこれが私の初恋かしら。
もっと増やしてみようもっともっとたくさん。
同じ姿、同じ顔、同じ服装。私だけの楽園。
それでも態度で誰がどの子かだいたいわかる。
特に最初の子には私のあげた真っ赤なリボン。
遠くからでもよくわかる。
いつの間にか公園を埋め尽くす。
最初の子としかキスしてなかったけど、他の子ともキスするようになる。
最初の子は嫉妬してたみたい。
それもちょっと可愛い。
増えすぎちゃうかもしれないけれど。
ま、いいかもっと増やしちゃえ。

ところが数日後、いつもより明らかに数が少ない。
どうしたものかと悩んでいたところ、ふと後ろを通りすがる女性の姿。
鼠を捕まえ食べ始める。
鼠を食べる人を見てあっけにとられる。
そのうち女性は鼠を食べ終わりにゃおと一鳴き。
もしかしてあれって…猫?
負けてられるかもっともっと増やさなきゃ。

またまた数日後、えっと…もしかして増やしすぎた?
もはや公園には入りきらない鼠の数。
やりすぎたかも…ちょっと反省。
かといって猫にも負けたくない。どうたものかと考え中。後ろから近づく女性の影。
急に声を掛けられ吃驚。こんな朝から何用かしら。
薮下さんっていうらしい。結構美人。
私のこの現状を助けてくれると思いがけない提案。
渡りに船とはまさにこのこと。
研究所みたいなところにつれてかれいくつか問答。鼠もみんな捕まっちゃったみたいで少し心配。
みんなは無事みたいだけど会えないとやっぱり少し寂しい。
インタビューも終わって別室に移動。
そろそろあの子に合わせてくれるのかな。
早く会っていっぱいギュっとしてキスしてあげるんだ。

私の記憶はそこで途切れた。


いつの間にやら私は自宅の部屋の中。今日までの記憶もなんだか朧げ。
頭も痛いし少し夜風にでもあたってこよう。
最近引っ越してきたこの町もようやく公園までの近道を覚えられるくらいには慣れた。
日の出前でも夏の暑さが身に染みる。公園についたころには日は昇り始めていた。夜明けも随分早くなったものだ。
ふと目をやると遊具の上にちらつく影。

そこで私は

朝日に照らされた赤いリボンをつけた、灰色のワンピースの少女を見た。

その光景に何だか違和感。
既視感っていうのかなこういうの。

「あなた、前にもここで会ったことなかった?」

少女はにっこり笑顔。
そのまま近づいてきた。
なぜだか懐かしい。

唐突なキス。

拒否もできた。でもそれは自然に受け入れて。

「あっ。」

思い出した。
初恋は叶わないって嘘だったのね。

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