ミスター・サンタクロース
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朝起きると枕元にプレゼントが置いてあった。ああ、何年ぶりだろう。嬉しいものだな。

――うん?プレゼント?独り暮らしの男に?

えっ、こわ。俺なんかやったっけ?駄目だ、思考を巡らすにも頭が痛い。昨日はかなり飲んだんだった。昨日…。


クソ。

深夜の歓楽街。もはや見慣れてしまった景色だが今日はいつもより浮足立った雰囲気だった。

そうだ。クリスマスだ。

クソ、どいつもこいつも浮かれやがって。特にアイツだけは絶対に許さねえ。あの「ちょっと待ち合わせしてて~」とか言って残業から逃げやがった新卒。お前のせいで俺がどんだけ被害被ってんのかわかってんのか?もう11時だぞ?いやわかってるよ。「どうせお前には予定無いんだから」とでも言いたいんだろ。死ね。

そうして心の中でキレ散らかしていると、ますます俺の惨めさが際立って嫌になる。俺は今年でもう34になるが、まだ女性とは一度も付き合ったことがない。同い年の連中はもう結婚して家庭を持ってる年だがな。その上特に突出した能力があるわけでもなく、むしろポンコツな方だ。昇進の話なんざ一度たりとも出たことがない。これからの人生には希望もクソもない。実家に帰れば両親が結婚しろだの何だののたまいやがる。ああ、そうだよ、典型的なダメ人間ですよ、舐めんなボケ。

俺がそういうことを言うとクソ忌々しい成功者たちは言う。人生なんて何があるかわからないと。俺はそんな無責任な言葉が大嫌いだ。その言葉を信じたせいで今こうやって別に好きでもない職に就き、クソみたいな上司や同僚には無下に扱われ、後輩にさえ仕事を押し付けられては遅くに帰る羽目になっている。

ああ、もうどうでもいい。いっそ今から死んでしまってもいいか。いや、早まるな俺。こういう時はやっぱり酒だ。酒を飲もう。そうして俺は独り居酒屋に入ったんだ。


頼んだ熱燗を少しずつ飲み、もつ煮を食べているといつもよりも幾分か酔いが早く回ってきた。――いけねえ。目頭が熱い。思えば小さい頃からそうだ。周りに振り回されて、どうにもならなくて、こうやって独りでベソかいてしょげるんだ。情けねえ男だな、本当に。

「またまた浮かない顔をして、愚痴なら聞きますよ。」

いきなり耳に入って来た聞きなれない声に俺ははっとした。

「あはは、びっくりしすぎ。」

そう言ってその声の主はころころと笑った。





マジで誰だこいつ。

そもそもなんで知らない女がいきなり俺に話しかけてくるんだ?店員ではなさそうだし、まずこの店はそっち系ではない。どっかで会ったのか?いや、全く見たことのない顔だ。えっ、めっちゃかわいいじゃん。えっ。

俺の頭はひどく混乱していた。正直言って俺には到底不釣り合いな女性だ。どうしてこんなことになったのか本当に意味が分からない。俺の気持ちは興奮と不信感でいっそう緊張した。あっ、それはやばいって、見えるって。

「隣座りますね。いや、なんかこの人死にそうだなあって心配だっただけです。たまに嫌なこととかを吐き出すのは大切ですよ。そんでお酒を飲んで一発ヤれば全部忘れちゃいますよ。」

おう、テレパシーかな?そんでまた随分大胆な娘だな。クソ童貞の俺はこの類の女は苦手だったはずなのだが、彼女の声によって不思議なことに俺の緊張は一気に解けた。

そしてそれから、俺は随分と色んなことを喋った。学生時代にやらかした馬鹿、失敗の連続だった大学受験、最近のヘマや嫌な同僚の話。こんなくだらない男のくだらない話を、彼女はずいぶん親身になって聴いてくれた。考えてみればこうして女性と長時間話したのは初めてかもしれん。最近に至っては女の同僚には明らかに避けられてるしな。あの新卒からすればこんなこと、ありふれたものなのかも知れないが、俺にとってこの状況とは天国そのものだった。時々彼女の口から下ネタが飛び出してきてカルチャーショックに近いものを受けたが、こんなに素敵な人がいるなんて世の中捨てたもんではないなと感じていた。



かなり飲んでしまったな。今は何時だろうか。ふと彼女の方に目を向けると明らかに酔いつぶれていた。声をかけても何かよくわからないことを言うだけだった。

いや、これはやばいな。かなりやばい。拍動がさらに早くなるのを感じた。夢かとも思ったがこの股間の熱さから考えればこれは確かに現実だ。人生何が起こるかわからないか…。確かにそうなのかもしれねえ。このままうまくいけば俺も勝ち組の仲間入りだ。俺は彼女を何とか起こし店から出た。

しかし、緊張してしまうな。俺は自分のコミュニケーション能力の低さと女性経験の無さを呪った。さっきまであんなに喋れてただろ俺、なんでそこで言葉が出ないんだ。そういうところだぞ俺。こんな千載一遇のチャンスをドブに捨てるわけにはいかねえだろう?なんか言え!言うんだ!





そうだった。俺はその後彼女をタクシーに乗せて帰したんだ。

なあ、何をやってるんだ?何でそこでヘタレちまうんだ!だからお前はいつまで経ってもダメ男なんだよ!

朝からクソみたいな気分になった。仕事も半休取ろう。二度寝だ二度寝。



それにしても、このプレゼントはいったい何なのだろう。赤色の小さな箱には緑色のリボンがついていて、「ミスター・サンタクロースより」と書いたカードが貼ってあった。本当に誰だよ、こんな何の魅力もない男にサンタがプレゼントをやるか?普通。

気になる。

俺は不審物への恐怖を振り払い、箱を開けた。



中から出てきたのはスマートフォンだった。

誰のものだ?ピンク色のスマホケース、どこかで見覚えがあったような…?あれっ、ロックがかかってない。

その瞬間スマホが鳴った。
うおっ、という悲鳴と共に俺は携帯を落としてしまった。電話だ。俺は急いでスマホを拾い上げ、書いてある名前を見たがやはり誰かわからない。怖い。

いや、しかし、やはり出るべきだ。出ねばならない。俺は不思議とそう思い、おそるおそる電話に出た。



聞こえてきたのは昨日の彼女の声だった。

要約すると、朝起きるとスマホが見当たず、いつ無くしたか見当がつかなかったのでとりあえず電話してみたらしい。

はは、何だよ。いるのかよ、サンタ。最高じゃねえか。この際怪しいなんて言ってられねえ。彼女はあと15分でこっちに着くらしい。それまでに掃除してしまおう。おっと、その前にまず顔を洗わねば。俺は身支度をしながら頭の中で作戦会議を始めた。今日はつながりを作るだけで良い。あまり急いても事を仕損じるだけだ。此間ネット掲示板で見た情報をもう一度思い出した。ああ、せっかく彼女の電話がここにあるんだ。連絡先を聞いてもそこまで不自然ではないはずだ。よし、いける。

大急ぎで場を整えているとインターフォンが鳴った。きっと彼女だ。ああ、今度はきっとうまくいくさ。

俺はドアを開けて彼女を迎え入れた。

「朝早くから本当にすみません、助かりました。」

こちらこそ紛れてたのに気付かなくて申し訳ない、なんて誤魔化し携帯を渡した。あまり引き留めるのも良くないだろうし玄関で全て済ませよう、そう思っていると彼女はこう言った。

「すいません、今日結構乾燥してて喉乾いちゃって。お忙しいのに申し訳ないんですが何か一杯もらえませんか?」

おお、そう来たか。やっぱちょっと図太いところあるんだな?じゃねえとまあ俺に話しかけたりしねえわな。俺は小急ぎで温かいお茶を入れた。

今思えば、俺はその外見とヘタレ癖で幾度となく損をしてきた。今までの好きな人は皆俺を避け、こちらからは勿論何も出来なかった。何かに打ち込むということも出来ないまま大人になって、このザマだ。さて、これが本当に最後のチャンスだろう。これもサンタと彼女がくれたものだ。生かさねえ手はねえ。さあ、行け。俺のヘタレ史に終止符を打つ時だ。そう思いながらも俺はまた何も言えないまま、ただただ彼女のお茶を啜る音だけがあった。

「じゃあ、私も仕事に行かなきゃ。あなたもそうでしょう?」

沈黙を破ったのは彼女だった。待ってくれ、と言おうとしたが声が出ない。引き留めようとしても体が勝手に動いて彼女を送り出そうとしている。

駄目だ、待ってくれ、待って――。

「そうだ、私から最後に話しておきたいことがあったんです。」

何だろう、と思った次の瞬間だった。

















ブワハハハハハハハハ!メリークリスマス!ゲーマーズ・アゲインスト・ウィードのミスター・小悪魔系女子(X-mas mix)を見つけてしまったようだな!据え膳食わぬは男の恥だぞ?これからは昔の失敗など忘れ今を必死に生きることだ。では、よいお年を。」








デーモン閣下だった。紛れもない、サンタ衣装を身に纏ったデーモン閣下がそこにいた。

部屋は元の静寂を取り戻し、いつもの清々しい朝であった。

人生何が起きるかわからない。そうだ、その通りだ。俺は久々に大笑いした。愉快、実に愉快だ。

背後で俺の携帯が鳴った。

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