マーダー・ミステリー
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財団で働き始めてから数十件の殺人を扱ってきたが、こんな光栄にあずかるのはこれが初めてだったよ。殺された本人からマジで聴取するなんてな。

オレの名はエージェント・ダロウ。オレがロス市警から引き抜かれたのは、そう、妻のマギーがオレ達のベッドで殺されているのを発見されてからのことだ。オレは容疑者として疑われ、妻を殺すなんて絶対有り得ねえってのに、裁判にかけられ、有罪になって、そんで少しばかりの扱いやすい証拠を添えられて判決を受けた。それから、ある男が来て話をした。そいつは自分のことをドードリッジと呼んだ。男はオレに、この罪から逃れ、オレがやってきたようなことをこれからも続ける、そんなチャンスを持ち掛けてきた。つまり電気イスから逃げ、新しい顔と、新しい仕事を手に入れることだ。しかし嫌な気分になったのは、元のオレの顔をした奴が代わりに焦げるのを見たときだよ。もちろん、奴は実際誰かを殺ったんだ、だからあまり気にはしなかった。

殺しの犠牲者はジャック・ブライト1人、名の知れた男だ。財団の科学者、そんでどっからどう見てもクソッタレなクソ野郎。奴と顔を合わせてから2分も経たない内に、犯人がどうして奴を殺したのかよーく分かった。コイツは人の神経を逆撫ですることの達人だぜ。そしてオレが思うに、奴はそれを楽しんでた。

「私は持ち分のクソみたいな仕事をしてたから、気が回らなかったんだよ。」奴は声を張り上げてたが、その口の端にはわずかばかり唾が付いてた。奴はそれを拭い取り、悪態をつき始めた。「フザけた体だ。あいつらは私にヨダレ垂らしを寄越した。あのマヌケ面共はどうせ、これが面白いとでも思ったんだろうな。」

ブライトは、オレが噂として人伝てに聞いた話のひとつだ。事実上の不死。奴の魂は、とあるルビーの首飾りに押し込められていて、それに触った人間に次から次へと乗り移るんだとさ。その首飾りが体に触れた時、そこに元々入ってた魂がどうなるのかは誰ひとり分からなかった。ま、疑問ってのは答えを知らない方が良いものもあるがな。さて、オレのデスクの上にはファイルが置いてあった。それには一応目を通してはいたが、オレはいつも本題から入るのが好みだった。

「誰でも構いません、あなたを殺しそうな人間に心当たりはありませんか?」オレは尋ねた。

「クレフ、」すぐさま返答があり、それから奴が考えを巡らせる時間がしばらく続いた。「あと、私が弄んできた輩が数人だ。私の助手かも。まぁ上役の誰かかもしれないが、誰かを殺すよう命令するにしたって、あいつらは絶対お前みたいのに仕事を任せはしないだろうな。」

奴が言ったことは正しくなかった。3回か4回、殺害命令が下った奴への任務を割り当てられたことがオレにはあった。いつも通りなら、オレの取り調べが終わる頃には、メモが公式報告に書くことをハッキリとオレに伝え終えていただろう。そういうのは簡単な事件だった。単純明快で。

「クレフ? それはアルト・クレフのことかな?」そう尋ねた。

「他にどんなバカげたクレフが居るというんだい?」奴は聞き返してきた。それから一瞬動きが固まり、オレの顔を見定め、そして何か言い足そうとして止めた。オレのクリアランスより上の話だったんだろうよ、どうせ。

「それで、何故クレフ博士はあなたを殺したがるんです?」オレは言った。

「あいつはもう何年も私を嫌ってるよ。あのクソ野郎は私が上位の階級に居るのが面白くないんだ。そして明らかに、私がこの忌々しいネックレスに押し込められているのが気に食わない。これはあいつをビクビクとかイライラとか、そんな気にさせるんだよ。」

とりあえず今のところ、オレはブライトと会話を成立させることができた。「じゃ、クレフなんですね?」

ブライトは体を後ろに反らし、そのアゴの先の方まで垂れてったヨダレの筋を啜った。「コンドラキかも、」奴は付け加えた。「あるいは、ストレルニコフ。」

オレは2人の名前をリストに書き足した。「じゃあ、その2人があなたを殺したいと思う動機はどういう?」

「あぁ、そいつらに色々くだらないことをやっただけさ。君に話せることは何も無い。」

「確証はあるんですね?」

奴は頷いた。そこに笑みはなく、だからオレは奴の言葉を信じた。

「他に、何か言っておきたいことは?」

「失せろ。私は忙しいんだ。」


正直言って興味はゼロだ、クレフとおしゃべりなんかしたくない。あの男はブライトみたいな、大の付くクソ野郎で、態度のデカさは倍増しだ。オレは自分のリストから奴の優先順位を下げ、カフェテリアへと向かった。軽めのメシを食おう、木曜のメニューはツナのキャセロールだ。何故かというと、それが入ったデカいペール缶を大量生産するスキップ1を連中が持ってるからだろう。

目的地に着くと、オレは最悪な混雑を避けて、人混みを掻き分けるように“ガラ空きの側”へと進んでいった。変人たちはみんなそっち側に居る、だがオレはそんな変人どもが好きだった。ほとんどの奴はオレも変人だというが。そこに居るのは、デブのガキ共、オタクっぽいガキ共、そんで薄気味悪いガキ共。高校時代の再来だな。

オレは薄気味悪いガキを1人選び出して、その隣に腰を下ろした。彼はバーンズ。サイト-19の検視官だ。この男は死体たちをこよなく愛していたし、ソイツらが生きた人間より笑えて面白いってことをバーンズが知ってるのは、オレもよく承知してた。検視官としては、この男は財団の伝説だ。間違いなく、すっげぇ科学捜査官になってただろうよ、この世界のどこか他のとこでならな。ここではどうかって? 死体安置所に一日中隠れて、まったく人とは話さないんだ。オレが思うに、彼には難しすぎたんだろうな、死亡率80%の職に就いた奴らとお友達になるのが。

もしくは、ただのクソ野郎だったのかもしれない。知ったこっちゃないが。

オレは、バーンズがブライトの事件を担当する1人になるだろうと想像がついたし、死人についての話でツナを食い出があるものにしようと決めていた。

「バーンズ。」

それを聞いたバーンズは素っ気なく頷き、向かい側の席を指した。そこがバーンズから一番遠い席だったのも、たぶん偶然だろう。

「なんか用か、ダロウ? 上はブライトの事件を君に回したのか?」

本題からだ。オレはバーンズのこういうとこが好きだった。

「おうよ、」オレは続けた。「ブライトは、奴のことを最低の人間だと考えている大物をリストアップしてくれたぜ。まぁそこらに居る大量の小者もそう考えてるが。アンタが遺体の担当なのか?」

「そうとも、」バーンズは答えた。「あれがブライトだと、連中から話を聞かずとも分かったよ。」

「へぇ、そうかよ?」オレは言った。「なんでだ?」

「腸がカンヅメの牛肉トマトソース・マカロニとブルーベリー・ポップタルトでいっぱいだった。」バーンズは単調に言ってのけたので、それがジョークかどうか全く分からなかった。もしジョークだったとしても、バーンズは笑わなかっただろう。この男は、メチャクチャにヒドいものを前にしたときだけ笑った。例えばこの、字面まんまに頭をケツに突っ込んだ死体だ。バーンズはその写真を財布に入れて持ち歩いてた。で、私の子供の写真を見たくないかと、その辺の連中に尋ねた。

「シー・オー・ディー2はもう分かってんのかよ?」オレは聞いた。

「銃弾が後頭部に、」彼は続けた。「誰かが彼を撃ったんだな。」そう言って肩をすくめた。バーンズは、普通の死に方にはそれほど興味が無かった。何が原因で人が死んだのかを財団のような場所で解明するのが仕事だったら、つまんない銃撃や刃傷沙汰なんてもんには見向きもしなくなるんだ。

「何か変わったことは?」オレは尋ねた。

「いいや。なんにもありゃしない。遺体を新入りの内のひとりに任せることだってできたな、あのバカの地位さえ無ければだが。ま、これ以上私にやっちまえることは無かろう。」

オレはツナ・キャセロールをひと口食べた。うん、悪くないぜ。ランチタイムの残りは、静かに過ぎていった。

オレがバーンズを気に入ってるのには、理由があるんだ。


オレは昼メシを終えるとそこを出て、長い円形の通路に進み、オフィス・リングの方へと向かっていった。

そこが実際にはリング状じゃないことが、どうしても気になった。連中はリングと呼ぶが、そこで起きたしっちゃかめっちゃかの類──ほとんどが腹いせや仕返しだ、オレが思うに──はその形を、あえて言うなら「オフィス・十三角形」に変えた。この呼び方はバッチシだと思うぜ、とにかく。それに似合ってる、マジでくだらないことを言い張ってるここのクソ野郎共にはな。

いや、連中の全部を一緒くたにして片付けるべきではなかったな。博士や研究員にもまともな奴はいた。グラスはナヨナヨしてたが、パーティーの時には面白い奴だった。ヴァンも悪くはなかった、政治の話をしなきゃな。へっ、フレディ・ハイデンは本当に良い奴だったよ。アイツが脳ミソを吹っ飛ばすまでのことだが。

それから、クソ野郎共、クレフの様な奴らもいる。

想像してみろ。巨大なケツの穴、それが部屋の中のあらゆる人と物の上にクソを垂れて回るんだ。言ってみりゃ、字面そのままの、巨大なケツの穴で、2つの巨大なケツ肉の、その間に挟まれて、クソの川をひり出す。それは本当に、クレフがやって来て何かをおっ始めた時そのものだ。

すまん。調子に乗ったな。要するに、奴は最低の野郎に決まってるって言いたかったんだ。

オレは奴のドアをノックした。誰かさんは、彼はドアをノックされることに慣れてるような人じゃないんだから、とか言えただろうな。少しばかりの罵倒と、荒れた足音が響き、そしてドアが開くと、履き古した靴とミントの悪臭が沸き立った。

そこに立っていた男は、俳優のリップ・トーンが顔を何回かテニスラケットでぶっ叩かれたみたいだった。中年、あちこち白髪が混じり、目の下は弛んで、薄汚い2週間は伸びっぱなしの髭。奴が着ていたのは古いジーンズ、趣味の悪いワイン色のシャツ、そしてちょっと着過ぎだろって具合に洗濯でヨレヨレになった白衣(ワイン色のシャツも、同じような感じだった)。

「何だお前は?」奴は言った。

オレが自己紹介し、バッジを軽くチラつかせると、やっと奴はそこから退いてオレを入れる気になったので、中へと進んだ。奴はデスクの周りをよろめき歩いてイスに座り、デスク上のサンドウィッチの包み紙とソーダ缶の幾らかを、ちょっとしたスペースが空く程度に脇へ押しやり、両足をそこへ乗せた。

「こちらへ来たのは、先日のブライト殺しについて聞くためです。」

奴は笑った、激しく高らかに。その笑いは奴の息が切れるまで続いた。そうすると、奴は再びイスにふんぞり返って、黄色い歯を見せて笑みを浮かべた。

「今度は何をしたんだあいつは? 窒息オナニーか?」

「銃弾です、」オレは言った。「後頭部を撃たれたんだ、密室でね。」

クレフはニヤニヤ笑った。「密室殺人は退屈だ、」奴は喋り続けた。「あれはいつだってマヌケなものさ。」

「密室で人を殺した経験があるのかい?」オレは尋ねた。

すると奴はまた笑い始めた。「あぁ、あるさ。でも私が密室で殺るときは、普通は爆発的減圧を使うんだ。」

オレは声を立てて笑った。ほとんどは社交辞令、あと、そこの小汚いグズがひとりで笑うのを誰かが見ちまったらマジで悲しいからな。そしてオレはメモ帳に、“バカ”(‘loon’)と書いて、有益な手掛かりを発見した様なフリをした。何かを見抜かれたと思った奴は、ちょっと用心深くなるんだ。後ろを振り返って、クレフが何か変わったことをしていないか確認してみた。奴はそんな素振りをするどころか、ソーダ缶を手に取り始めていて、底に何か残っていないか缶のひとつをチェックしていた。

「ブライトに対して何かしら不満を持ってました?」オレは聞いた。

「あいつはどうしようもないバカだ、」クレフは言った。「どうしようもないバカで、ほとんど碌に外に出ていない。サイトに幽閉されている期間が長いから、あいつは実社会に対する自分のクソッタレな距離感を失っているんだ。2,000人が死ぬ? その通りだ、私たちが空飛ぶ溶岩胞子の襲来という機密を隠し通せばな。」

「それは本当の話?」オレは聞いた。

クレフは自分の爪を見た。「いーや。誇張表現ってヤツさ。」

奴はウソを付いているのだと分かったが、それがオレの階級より上のことなのも分かった。2,000人よりもっと多いのかもしれない。溶岩の胞子以上のものかもしれない、何なのかはともかく。まぁ、どうでも良かったがな。連中と仕事するときの第一原則: あなたが知ろうとしてはならない事もある。話や説明、解説を一度も求めなければ、更に良い。なぜなら、あなたがそれを知ってしまうかもしれないからだ。

オレは頷いて、メモに走り書きを加えた。“嫌っている” “ある出来事での怒り -> 不明な出来事” 。いつものことだ。

「これまでに彼を殺したいと思ったことが?」

クレフはわざとらしい笑顔を作った。「もし殺したとして、何か問題があるのか? それで本当に死ぬって訳でもないだろう。」

オレは頷いてみせた。「だからこの事件が、こんな得体の知れないミステリーじみたものになってるんでしょう。」そう言った。

クレフは頷き返した。「まるで、連中はお前をただ徒に忙しくさせておいているだけのようだな、えぇ?」奴は言った。

この野郎め。心の中じゃそう思ったが、顔には出さなかった。奴はオレの考えを読みやがったし、それが気に入らなかった。クレフのことをよく思い出してみろよ。こんな場合に一番嫌なのは、そういうゲスな輩だろ。

「いやいや、」オレは言った。「ただ、事件の重要さがオレの階級じゃ分からない所にあるってだけですよ。」

オレは立ち上がったが、クレフは座ったままだった。だから、握手するかどうかを悩む必要はなかった。「お時間をいただきまして。」そう告げた。

「どうも。」クレフが返した。「私も、とりあえず仕事が片付きそうって訳ではないんだ。今月分のくだらないクラス-Dの当番があってね。誰が何人、何のために持っていくのかを管理しなければならない。そして運の良いことに、ジャッキー坊やが自分で自分の頭を撃ったから、何もかも全部メチャクチャという訳だ。いや待てよ、あいつはこの業務の先月の担当だったか、じゃあとっくにメチャクチャだな。」

オレは頷きながら、「人が死んで都合が良くなることなんて、そう何度もある訳じゃないぜ。」と言ってやった。

クレフは声を出して笑った。「お前は本当に青臭い奴だな、そう思わないか?」


クレフが巨大なケツの穴だとしたら、コンドラキは巨大なクソそのものだ。クレフがコンドラキをひり出す訳じゃなく、まぁ言うなら、奴らは同じような悪行を撒き散らしていくんだ。クレフから続いてコンドラキと話すのはゴメンだったが、ストレルニコフは連絡しても応えなかったし、おまけに奴は、オフィスに押し掛けようもんなら、肝を潰すようなマジモンのくるみ割り人形だった。

ようやく、オレはコンドラキを捕まえた──奴が割り当てられたラボ両方と、奴のオフィス、会議室3つ、そして食堂をチェックしたあとに──なんでスカッシュ・コートに居るんだ。

その1: 財団はスカッシュ・コートなんか持ってたのかよ。その2: 大体スカッシュとかいうのは何だ? その3: あんな格好するような、いいオトナが居るか?

くそっ、知ったことか。ともかく最初に、奴はいいオトナじゃないかもしれないと思った、分かるだろ? サハラ砂漠より南っ側に居る、象の小便の割合を一日中計ってる小僧だよ。そんな印象は、奴と会ってから5秒ぐらいは続いた。

「じゃ、お前がブライトを殺した奴を捜してるって男か?」奴は続けた。「捜してどうするつもりだよ? その男に勲章でも下げてやるのか?」

オレは首を横に振って、メモ帳を引っ張りだし、それから書き始めた。“バカ。”

「ただ単に、あらゆる手がかりを確認してるだけです。ブライトを殺す動機がありそうな人間に心当たりは?」オレは尋ねた。

「みんな以外の誰でもないだろ。」奴が言うと、その口元は形を変え、“私をボコボコにして欲しいです”とでも言ってるような小さくてムカつく微笑みになった。

「それじゃ長いリストになる。あなたはたぶん範囲を絞れるんでしょう。」

奴は前歯の表側を舌でなぞり、それから辺りをほんの少し見回した。「クレフ、まぁ当然だな、」ヤツは続けた。「あいつらはお互いを嫌ってた。」

「もうクレフ博士とは話しました。」オレは言った。「他には誰が?」

奴は少し肩を落とした。「そりゃなんというか、今月あいつが小便入れようって決めたシリアルの皿がどれかによる、みたいな感じだな。完全に。」コンドラキはそう話した。

「ほう? つまり彼はかなりの人数をウンザリさせてるって意味かい?」オレは尋ねた。

「ブライトは100年ぐらい前から居て、毎日毎日変わり映えのないクソみたいな仕事をしてる。休みなし。休暇なしで。」コンドラキは唾を吐き捨てそうに見えたが、思い直したらしい。「あいつは──」奴は指を2本ずつ立てて見せ、それを曲げて小さくクォーテーション・マークを作った。「──“退屈”してる。」

「いたずらモノなのか?」

コンドラキは軽く頷いた。「そうだ。あいつは一度、俺のオフィスをちっちゃい紙袋で埋め尽くしたことがある。ほとんどには砂が入ってた。犬のクソ入りのもあったぜ。」

「ブライトはどこで犬なんか見つけられたんだろうね?」そう聞いてみた。いつだって気分の良いもんだな、連中を落ち着かせないままにするのは。

コンドラキは、大したもんだが、まったく動揺を見せなかった。「俺たちはイヌのSCPを数頭持ってる。で、これは俺の想像だが、あいつはその内の1頭を権限で利用できたんだろう。」

オレは再びメモ帳に走り書いた。ただ単純に、それで奴が困るかを見るのが目的だった。顔を上げると、コンドラキはイライラしてるように見えた。ま、これはオレの勝ちに入れられるな。

「じゃあ、オフィスを犬用の袋でいっぱいにしたことの他に、彼はあなたを怒らせるようなことをしました?」

コンドラキは溜め息を付いたが、その振る舞いはオレが見たところでは少し芝居掛かり過ぎていて、それから奴は両眼でじろりと睨んできた。「俺はあいつを殺しちゃいないぜ、あんたはそれを嗅ぎ回ってるんだろうけどよ。」

「なら、それを証明できます?」

「俺が証明できるのは、あいつの居た部屋には居なかったことと、あの棟にも居なかったことだ。とは言っても、俺は密室に居る誰かさんを、基地の反対側から何の問題も無く殺すこともできるよ。」

「面白いね。あなたが2人目だ、今日そういう自慢をする人は。」

「お前も何か得意なことがあったら、みんなに知って貰えよ。」奴は言い、腕時計を見た。「そろそろいいかな、試合を終わらせなきゃならないし。他に何かあるか?」

オレは肩を落とし、「何かあったら、また連絡しますよ。」と言った。「お時間どうも。」

コンドラキは頷きはしたが、オレに対して“とんでもない”なんて挨拶は全く無かった。ホントに礼儀を知らない奴らも居るもんだな。


サイト本体の中央部に戻る途中で、ひりつくようなあの感覚を憶えた。誰かがオレの跡を付けてる時に、いつも感じるアレだ。それが何かハッキリさせようとしたことは今まで無かったが──それに、あんな気狂い共に付き合って仕事をして、あまり知らない方が良いのだと思った──しかし、オレはそんなちっぽけな直感を信頼するようになっていた。

オレはサイトの中の、ひっそりとした区域を通り始めた。Safeクラス収容ロッカーや、密封セル。あまり人が出入りしない場所だ。

曲がり角のひとつで、上手く肩越しに様子を覗うことができた。壁と、シケたパウンドケーキや縞模様のクッキーが詰まった古い自販機の間から、こっそりと見る。その男はグレーの制服を着ていた。サイトの清掃員だ。

一瞬、オレは動揺した。付けてるのはセキュリティの誰かだと思っていたんだ。そしてまた一瞬、オレは動揺した。ソイツが銃を取り出してオレに向かって撃ってきたからだ。

あの自販機は銃弾の勢いを弱めた、こういう状況の人間が期待する程度にはな。そしてオレは、曲がり角の向こうへと上手く体を投げ出し、壁へと身を寄せた。ちくしょう。マギー、また会えるかもしれないぜ、オレが思ってたよりも早く。

オレは自分の銃を抜き、肩越しに2回撃ちつつ通路を駆け抜け、角に回り込みながら背後を振り向き見た。

男は見当たらず、オレを混乱させた。もっと本気で殺しに来てると思ったんだが。素早く視線を上げると、その理由が分かった。監視カメラだ。

どんな奴なのかはともかく、自分が他人の目にどう映るのか少しは弁えてるらしかった。といっても、ソイツの身のためになる程じゃないかもしれないが。オレが全く解ってなかったと解るのは、気配を殺しながら、ゆっくりと通路を戻り始めてからだった。

もう1発銃声が響いた。その聞こえ方からすると、弾が当たったのは壁でも自販機でも、オレでもなかった。特にありがたかったのは、今挙げた内の最後のに命中しなかったことだ。オレは音を立てずに飛び出し、銃を構え、辺りを見渡した。

そこに存在したのは誰も居ない通路、それと見事な死体だけだった。グレーの制服。サイトの清掃員だ。

オレはゆっくりと前方へ、時間を掛けながら銃弾を取り出せそうな場所を確認しつつ進んだ。その内に少しは死体へ近付き、足を止めた。無線機を掴み、サイト・セキュリティを呼び出して──伝えたのは、殺人未遂、清掃スタッフ、通路、それにオレのシリアル番号。そして特別要請も、ついでに出しておいた。


オレがメモ帳を握って、現場の状況を憶えておくために棒人間で見取り図を描いていると、奴がこっちに向かって叫び始めるのが聞こえた。「一体なんでためにお前は俺を引っ張りだした、こんなとこに?

そのデカいロシア人は怒っていた。すっげぇ怒ってた。今日のオレが聴取を許されるのは怒ってる輩だけなのだとなんとなく分かっていたし、この男だってその例外じゃなかった。

ドミトリー・アルカディエヴィッチ・ストレルニコフ。オレは必ず、笑顔を浮かべるようにしてた。奴は必ず、罵倒してきた。あのストレルニコフだ。

「部長がこんなとこで何するってんだ、殺人未遂だろ?! お前が刑事だ! お前が自分の殺人未遂追えよ!」

オレは頷いた。「そのつもりだ、もう少し整理したらすぐに。」

「お前が頭整理しろ!」

オレは再び頷きつつ、その訛りの中に迷い込んでいた。まるで霧が立ち込める沼を渡り、遥かに向こうの灯りを追いかけるように。もし長いこと浸っていたら、これはオレを殺してただろう。

「アンタがジャック・ブライトについてどう思ってるかだけ、聞かせてくれればいいんだ。」オレはそう言った。

「ジャック・ブライトは自分の仕事を自分の鼻先に吊るす方法を覚えなきゃな。」ストレルニコフは唾を飛ばして喋った。「お前は何だ? ジャックの子分か? お前はもっと良い働き口が要るな!」

「オレが子分な訳ないだろう。」オレは言った。「奴を殺したのが誰か調べてるだけだ。」

「あいつを殺した奴なんかどうでもいい。なんでそれを調べる仕事が、俺たちの代わりにお前に行ったと思ってる? セキュリティが、死なない男を誰が殺したかって気にするとでも思うのか? ハッ!

実際に見るのは初めてだ、笑う代わりに“ハッ”なんて言う奴は。その響きは不安を誘うようにも、──あの忌々しく思えた訛りが──凄味を感じさせるようにも聞こえた。

「つまりアンタは、この事件を投げたってことなのか? 内部監査に丸投げした訳か?」

「俺がブライト殺した犯人を気にする理由あるのか!?」奴は怒鳴った。この時にはもう、奴の部下2人がストレッチャーで遺体を運び去ろうとしていた。

「シーオーディーが分かったら、オレに知らせてくれるだろうな?」ストレルニコフに尋ねた。

「口閉じて引っ込んでろ。」

奴が去っていくのを見て、こっちの事情なんかほとんどお構いなしだったその男に、オレは呆れる他なかった。別にどうしても死因が必要って訳でもなかった。壁の飛沫を見たらすぐに分かる。あの男は自分で頭を撃ったんだ。


自分のオフィスに戻った頃には、オレは疲れてイライラしていた。酒を煽りたい気分だったのに、そんな時間は取れず、そして今じゃ、人混みと格闘せずにサイト内のバーへ乗り込むのは無理だろう。オレは身体を前に伸ばし、サイトの保安に関する文書の束を書類入れの中から引っ掴んで、それを捲りつ一通り流し見た。SCPが2つ収容違反──通常営業だな。警備員の無断外出──どうせ漏らして逃げちまったんだろう。全サイトの責任者で会議──オレには関係ない話だ、おかげさまで。ま、特に興味をそそるものは無かった。

書類全部を元の場所に放り投げて、オレが目星を付けた容疑者について考えてみたが、すぐに結論が出た。連中は解決の糸口として使えやしない。奴らはイラついてるという範囲は超えてたが、怒りという程ではなかった。ソイツにムカついてるというだけじゃ、撃ったりしないだろう、その人間がこの世に戻ってくるとしてもだ。憎んでいる人間を撃つのなら。理由は怒りだ。荒れ狂うような。

手に持ったままだった文書に目を落とし、もう一度流し読んだ時、オレの頭に答えが浮かんだ。そしてそれは、オレの骨身に応えた。

アンタが殺したのか、その狂ったような怒りで。

オレは自分の事件ファイルを遡って、この事件のために許可が下りていた機密解除資料を引っ張りだし、書かれた文章に視線を注いだ。それを終える頃には、オレは自分が出した答えに確かな自信を持っていた。


オレは鼻歌を少し交えながら目当てのラボに入り、机を抱え込んだその男に目をやった。
そして片手を持ち上げ、ソイツの後頭部を指差し、狙いを定めた。

「バァンッ。」

ブライトは跳び上がってこちらを向き、一瞬オレを睨み付け、それから乱れた服を手で直した。「おい、一体何のつもりだよ、ダロウ?」奴はそう聞いてきた。

オレは少しばかりニヤついてやった。「いや、ちょっと確かめてみたかったんだよ、アンタにこっそり近付くのがどれぐらい楽勝なのかさ。」と言った。

ブライトは、猛烈に腹を立ててるって顔をオレが望んでいた通りに見せ、そして怒鳴り始めた。奴が何を言っていたかには、それほど注意を払わなかった。ただじっと、奴をしばらく観察した。喚き散らす唇からは唾が飛び、その胸元で首飾りが跳ね回った。確信が得られるまで5分ぐらい掛かったが、その場を去る頃には、オレは糸口を掴んでいた。

ブライトに感謝し、奴が興奮して騒ぎ立てるのを少しだけ眺めていた。それからオレはラボを離れた、セキュリティで許可証を受け取るために。そして、最後に残った怒れる奴のもとで話をするために。


雨が激しく降りしきる中、歩みを進め、墓地へと入っていった。そこは誰も墓参りに来やしない、そんな墓地のひとつだった。なぜなら、皆ここに眠っている人間をひとりも知らないからだ。そして少しも、そういう風に考えたりしなかった。なぜなら、ここは管理が行き届き、雑草は丁寧に刈られ、手入れされたその姿を保っていた。財団の墓場。気に留められない存在だった、死の中にあっても。皆、全く気が付かない、実際にここへ足を運ぶ人間がどれほど少ないか、ここのフェンスがどれほど高いか、そして、どの墓も決して花を供えられないことも。

だが今は、ひとつの墓に花が手向けられていた。そして、オレの他にもうひとり来客が居た。オレはその墓石まで近付き、黙礼して、一度咳払いした。

「よぉ、ブライト。」

振り返ってこちらを見たその男に見覚えはなかったが、その制服には見覚えがあった。財団のセキュリティ。無断外出してた例の坊主だ。

ブライトはオレに頷いて、「やぁ、ダロウ。」と言った。奴と話すのは妙な感覚だった、オレに向かって怒鳴ってこなかったからだ。「見事だよ。君がここへ来るのは、私の予想より随分早かった。」

「そりゃどうも。」オレは言った。「簡単じゃなかったぜ、この答えに辿り着くのは。ラボに居た別のアンタんとこに行って話すまではな。」

ブライトは頭を小さく動かして相槌を打ち、それからあの墓の方に向き直った。
「どこでバレたかな?」奴は尋ねた。

「沢山のくだらないことさ。」オレは答えた。「最初はさっぱりだったが、あのアンタが叫んだり、怒鳴ったり、あちこちで腕を振り回すのを見てピンと来たんだ。あの首飾りが、体に触れていない時があった。そうなった場合、ごくわずかな間意識が飛ぶはずだろう。」

ブライトは首を縦に振った。「そうだ、」そして続けた。「それは危険性のひとつだ、あれを着けているときの。上の連中が接着剤で私の頭にくっ付けてたこともあったよ、知ってるだろう。」

「ああ。」そう返した。その事は、あのファイルに書かれていた。

「アンタの分身はオレを、2人のケツのデキものみたいに面倒な奴らに誘導したな、ソイツらを捜させてお喋りさせるように。」オレは続けた。「つまり、2つの大きな目眩ましだ。」

「君はストレルニコフのところには行かなかったのか?」奴は聞いてきた。

「あー、そうだな、」オレは言った。「会いはしたぜ。でもまぁ、おしゃべりは面白かったよ。それに、クレフはオレを助けもした。奴は言ってたんだ、アンタがD-クラス異動の当番を自分の前にやってたってな。」

ブライトは頷いた。「難しくはなかった、例の首飾りをただ複製するのはね。フン、あの私が着けていたのは玩具のアクセサリーみたいなものだ、見た目通り。私はD-クラスを1人ちょっと失敬して、偽物を身に着け、本物の方をソイツに着けさせた。そのD-クラスは私に割り当てたままにして、誰にも悟られないようにしたのさ。」

オレは納得して頭を振り、「それから、そのD-クラスを“新しい”ブライト用の人員リストの一番上に押し込んだ訳だ、人格が定着するのに必要な30日が過ぎてから。」と付け加えた。

奴は顔に笑みを浮かべた。「あとは、ただ時間の問題だった。私は呼び出したんだ、警備員の…」着ている作業服の胸に目を落とすと、書かれた名前を読み上げた。「…カールソン。こいつが私のクラス-Dを連れ戻しにオフィスに来た時に、私たちはあの首飾りを彼にそっと掛けた。そして他の私を1人そこへ呼んで、あとは御存知の通り、私の頭の後ろに一発撃って貰った。それが、差し当たり私にとって望ましい死に方だったんだ、ともかく。」

「他の私を1人?」オレは言った。「おい、一体アンタはどれぐらい居るんだ?」

「たくさん。」話は続いた。「君はあのファイルを読んだな。“この現象を解き明かすこと以外には興味を示さない”。あいつらは、私がただ自分の研究に没頭している、と考えているんだ。」奴はわずかに頷いた。「一応言っておくが、もう私を殺した私を捕まえることは出来ない。あれは結局、自分で自分の頭を撃ってしまったからね。君をしばらく忙しくさせた後で。」

その話に首を振って頷いた。あの清掃員だな。納得がいく。「そして今、アンタは財団から出て行こうとしてる。」オレは続けた。「そう…アンタの命日だもんな。」そう言って、その墓石を指した。「大方、かなり不満だったってのが理由だろう。アンタを首飾りから引き剥がす研究の進み具合が。」

ブライトはもう一度墓へと視線を落とし、その両目をほとんど線のように細めた。「私はどこへも行かないよ。」奴は口を開いた。「ただ、私の記念の日のために、ここへ来たかっただけさ。O5どもは認められないと言ったが。実行することにしたんだ。そこまで手間が掛かるって程でもなかったよ。それに、私は退屈してたんだ。」

コンドラキが言ったことを、ふと思い出した。「そうか、だがアンタが基地に戻れるような方法は無いだろうな。アンタが入ってる警備員は、皆が捜し回ってる。見つかりゃズドンだ。アンタが付けてるあの首飾りも見つけられて、何もかもがパー、おしまいさ。」

ブライトは頷きながらオレの方を向いて、1本の注射器をポケットから取り出した。オレは自分の銃に手を伸ばしたが、ヤツの身体は良く鍛えられ、全てが計算し尽くされていた。注射器の針がオレに突き刺さり、得体の知れないその中身が静脈に入り始めると、燃えるような感覚が体の奥底から沸き上がってきた。オレは後ろへよろめき、頭は既に目眩の中に陥って、視野も狭まっていった。

ブライトがシャツの中に手を入れ、あの小さな首飾りを引っ張り出し、オレの方に歩いてくるのを見た。「君は全てを解き明かしたよ、ダロウ。ほとんど全てだ。」奴がそう言って、すぐ側に膝をついてしゃがむのと同時に、オレは崩れ落ちた。「確信があったよ、君がこれを解明するだろうってことは。そして私の前に立ち塞がるだろうってことも。思慮深い奴だってこともね。君はまるで、私に良くしてくれているみたいだった。」

オレの胃が一瞬、吐き気に襲われた。そして一瞬、マギーのことが浮かぶ。ベッドの上に横たわった姿。惨たらしい血溜まり。裁判の判決。オレの元の顔をした男が、電気椅子の中で燃え上がり、生きたまま丸焼きになる。

「オレは妻を殺してなんかない、」言葉が漏れる。それはもつれ、ひと纏まりになって口の中に表れて、それから頭の中に姿を見せた。オレが両腕を上へと伸ばし、ヤツを押しやろうとしていた時だった。

ブライトはオレに同意するように、首を動かした。「君がやったと、我々が思ったことなんかないさ。もしそうだったら、君はD-クラスだったろう。階級も高く、出世が望めるような幹部職じゃなくて。」

最後に、オレはこう考えた──“あぁ、これから分かるんだな。この首飾りを身体に着けた時、頭の中で何が起きるのか。そうだろ?”

そして、答えを見つけた。


[訳注:原文においてアルファベット大文字で表記されている単語は、太字で表記しました。]

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