ナドックスとメカニト
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Credit to Perelka_LPerelka_L.

日は昇り、ナドックスは彷徨っていた。

どこから来てどこへ行くのか、ダエーワの時代には、それは重要な問題であり、血塗られた玄武岩で刻まれた未だ痛む傷に呈される疑問であった。そしてそれはやがてイオンへの彼の義務に、今はそれ自体の答えに呈されるようになった。時々、ナドックスはそれが未だに問う意味のある疑問なのかを疑った。何時、何故、何を、如何様に……全てがもう少しだけ重要に見えた。

それとは無関係に、季節の巡りと共に書庫は建てられ滅び、無知と知識は同じ程度に膨れ、様式は生まれ同じ不可思議な終焉へと向かった。その全てはナドックスの脚には遅すぎ、臓腑に開いた恐れの穴には速すぎた。書物はただ多くを語り、知識は山々が血を流すたび谷へと流れ込んだ。しかし時と共に景色は変わり、ナドックスには時間があった。

日は落ち、ナドックスは彷徨っていた。

啓発、神化、準不死……それらが存在の至高だとしても、不死の放浪者は未だ彼の不具の形象に囚われ、ナドックスは周囲の人々を哀れんでいた。彼には膝をついて玉のように丸まり、叫びたい時があった。そうするためのわずか数秒の幸福を、彼の存在が続く前に、アルコーンの踵が汚泥の上に彼を潰す避けられぬ運命の前に、世界を止めることを願ったことが。最も暗い世界の片隅へと這い、許されるだけの長さ静かに横たわることを願ったことが。ナドックスはそのような時があることも、その頻度がイオンの消失以降増えていることも恥じた。

加齢、飲水、睡眠、それらは負債であり、神化への過程で捨てられるものであり、神々が残酷にも卑賤なるものに科した下劣で基本的な欠乏であった。肉体的には、ナドックスはそれらなくして歩むことができたが、精神的には、彼がかつてそうであった今は遠い受難者の断片が、周囲の希少な生命を嫉妬深く見つめていた。彼は肉の味を、飲物の冷たさを、夢の平穏を惜しんだだろうか?あるいは狩猟を、日々の糧を得るための労務を惜しんだだろうか?

もしかしたら、彼は失った人間性を惜しんだのかもしれず、もしかしたら、彼はいまだ人間であったのかもしれない。千里眼は全てを見た。あらゆる論理、あらゆる証の断片、あらゆる矛盾の断片を。挿入された静脈は失われた心臓へと血液を返し、そこでは全く収まった動脈が千の臓器を養うのを我慢強く待っていた。

ナドックスの足は痛んだ。彼はそれらを使ってもいなかったのに。


遠視能力のある目がナドックスを遠くから観察し、捕食者と獲物の言外の縁を結んでいた。ナドックスはただ気づかずに捕らわれていたわけではなかった。むしろ、彼は注意に満ちた状態でいることしかできなかったのだ。彼は歯車の回転を、蒸気の噴出を、壊れた神の平坦な発声を聞いた。

ナドックスは歩みを遅くし、不審に思われることなく彼と彼の追跡者の距離を縮めた。剣を抜く音が、歯車仕掛けの加速する音が、単一の目的に向かってエンジンが発火する音が近づいてきた。奇妙なことに、ナドックスは暗殺者と思わしきものに最初に攻撃することを許した。刃は彼の脊椎を突き抜け、身体を曲げて現れつつある星々と向き合わせた──今夜の夜空は幾分美しくなりそうだ。

「死ね、サーカイト!」メカニトの叫びはブリキのような響きがした。彼の変換は不完全だった。「Mekhaneの永遠の設計のもとに、清められよ!」

ナドックスの縫い合わされた唇はあと少しで微笑みと言えるものまで曲げられた。以前貫かれたときから少なくとも二つの千年紀が過ぎていた。ナドックスが追跡者に気づいたときから、追跡者がナドックスをより低級の肉飼いと思っていることは明らかだった。

ナドックスは、攻撃者に彼の間違いの深刻さを説明しようと努力した。

不安定な肉が彼の傷口から吹き出した。のたうつ塊は彼の張った、内包する力を見せる皮膚よりはるかに大きかった。骨は砕け、新たなる四肢を支えて再構築された。筋張った触手が、変態を済ませた昆虫のように彼のかつての殻を裂いて現れた。百の拳が形成され、蓮が咲くように指が広がり百の瞬きもしない目が現れた。彼の上昇した形の真実に讃えられ、彼は空へと突き立った。

殆どのものは、恐怖に逃げるか、崇拝のために膝をついただろう。ナドックスはすでにこの男は違うと予見していた。その姿に怯まず、真鍮の戦士は彼の刃をのたうつ依代から引き抜き、戦いを再開した。

愉悦する好奇心が百の肉の手を押し留め、真鍮のそれらを是認した。メカニトはナドックスの割れる肉を裂き、裂き、裂き、斬って突いたが、さらなる肉を露わにするのみだった。彼の得た成果は、彼の刃よりはるかに速くナドックスに再統合されたが、奇妙にも彼は戦い続けた。

しかしメカニトの精神は彼の神の力を受けた武装へと流れており、ナドックスは観察は終わったと考えた。

一撃でメカニトは砂丘の間を放り投げられたため、二撃目は無駄となった。メカニトは体勢を整え、ナドックスの百の手による攻撃を避けるのに辛くも間に合った。ナドックスの次の攻撃、気怠げな手背が、彼の敵の武器に受け流され、その分メカニトは時間を稼いだ。

今や守勢となり、メカニトは飛び下がった。突撃するには近すぎ、しかし刃は届かなかった。彼は時間稼ぎをしている。ナドックスは焦りひとつ浮かべずにそれを知れたのだろう。

メカニトは走り、転がる肉の塊がそれを追いかけた。それは無駄だった。メカニトが先に走り始めようと、ナドックスがより速かった。同じ砂丘を巡ることは、ナドックスに遥かに優れた駆動力と、進路の正確さを与え……

……そしてナドックスは手遅れになってから気づいた。旋回力は落ちていた。

メカニトは側方へと身を投げ、勢いのままナドックスの進路から直角に退却を続けた。慌てて、ナドックスは自らの動きを見誤り、大きな円弧を描いてメカニトの眼前を通り過ぎた。奇怪な動きはさらに目標から逸れていったが、にもかかわらず、目の眩むような軌道は彼の敵を取り囲んでいた。

ナドックスは渦を描いて着実にメカニトへと近づいていった。しかし狙いをつける時間はメカニトに避け、さらに時間を稼ぐ方法を考える時間を与えた。

そうであったので、ナドックスはメカニトの逃走を予測するよりも前に、数百の手で自らを地面に釘付けて停止した。その手のひとつが敵を捕らえるために砂の下から伸び上がった。

再び、ナドックスはタイミングを見誤った。自分はずっと、瞬間的な素早い対応をする必要があったことなどなかったなと彼は思った。メカニトは彼の指を滑りぬけ、本能的に指の関節の間でバランスをとった。彼には選択肢があった。落とすか、そのままでいるか。結果的にはほとんど違いはなかった。

メカニトは飛び下がり、そのまま短い破裂音がした。

ナドックスには時が止まったように見えた。

ナドックスはメカニトの角度を、メカニトの姿勢を、メカニトの軌道を、樋の上の松脂のように流れる砂漠の空気の粘性を分析した。彼は決死の形相に歪むメカニトの顔の装甲を分析した。止まった時の中で、ナドックスは統合された映像を心に浮かべ、それに意味を与えた。そして彼の肉塊の中心に向けられたメカニトの武装を分析し始めたときは、すでに手遅れだった。

***

痛み。

迸る痛み。

苦痛に満ちた喘鳴がナドックスの幾多の呼吸器系から漏れ、それらを繋ぎ止めていた結合を無益に引き裂いた。まだ熱で焼ける音を立てる溶けた肉が彼の体を流れ落ちた。衝撃が彼の体を後退させ、あらゆる微細な瞬間ごとにさらに肉が溶け落ち、砂を赤と白と茶に染めた。

ナドックスの中に肉体の叫び声が響いた。それはナドックスが死につつあることを、何度も何度も死に、何度も何度も、そして何度も何度も死ぬであろうことを、それでもなお生き続けるだろうとナドックス自身が認識していることを、同時にすでに死んでいるのであろうことを叫んだ。

ナドックスは砂の下へと退却し、そして待った。

表層の下の冷たい砂は彼に考える時間を、計略を練る時間を与えた。どれほど彼の肉体が否定しようとも、ナドックスは生き続けるだろう。だがその考えは、彼の焼かれ、疼く肉を鎮めることはできなかった。去勢、縫合、強制された沈黙、ナドックスはそれらの苦しみに慣れていた。だが信仰の炎は全く別の問題だった。彼が再生するためにどれほど長くかかろうとも、それは残るだろう。

メカニトは目障りだ。アルコーンの厚意によって遣わされた時間の無駄だ。彼は死ななくてはならない。

ナドックスの周囲に肉の触手が突き出し、砂を掘り進んだ。触手が地上の動きを感知し、千里眼が地上の生命の精神を探った。高速で流れる知覚は即座の理解を困難にし、焼かれた肌の感覚がさらにそれを歪曲した。潰されまいと焦る蠍。食物を探して当惑した蛇。殆ど死んでいる低木。メカニト。ナドックスの一部であった、あるいはそうではなかった無数の砂の山。

砂は流れ、メカニトも流れた。生物たちは穴を掘り、あるいは駆けていた。ナドックスは、何がどこに立っているのかを痛みにぼやかされながらも、そのようなものを地表に感じていた。次第に明瞭になっていき……

今だ。

ナドックスはメカニトの足元の砂から現れ、彼を腕と触手と尖った骨で飲み込んだ。メカニトの抵抗には意識を払わなかった。そのようなものは肉の繭に包み込まれては無為だった。

メカニトの脳は、それと彼の金属の姿をつなぐ緑柱石青銅の殻とワイヤーとは対照的に、手を加えられておらず人のままだった。四角い穴の丸い釘のように場違いに、青銅に嵌まり込んだ肉は、ナドックスによりすぐに取り除かれるだろう。

ナドックスは何故自分がメカニトの精神を覗いているのか、理解できなかった。

メカニトの脳の皺の向こうから、デルデケアスと言う名の男が見つめていた。

デルデケアスはMEKHANEのレガーテ・フェイスフルであった。彼はそれまで、ナドックスを砂丘の影に、低木に、岩と木に隠れて追い続け、三日と半日不眠であった。好奇心が記憶の回廊を、共に彷徨う仲間を欲する渇望を舗装していた。だがそれは、彼をFLESHの使徒と見出して、裏切られた。

デルデケアスはMEKHANEの導きのもとに、より良い、より理性的な世界を欲していた。彼は求めた。秩序を、安寧を……神化を?FLESHの、ヤルダバオートの、緋色の王の、蠕虫の形をした穴を作ったものの支配を終わらせるために。

ナドックスは止まった。

デルデケアスは恐怖を感じ、裏切られていた。仲間を求めて、彼はサーカイトに、FLESHの堕落の生きた遺物に対峙した。いつもの浄化であるべきだった戦いはその顎で、確実な死の籠に捕らわれて終わった。MEKHANEの聖なる武具すらも彼を救えはしない。

デルデケアスは死のうとしていた。

デルデケアスは死にたくなかった。








ナドックスは体を伸ばし、メカニトデルデケアスをその身から吐き出した。

***

五度日は落ち、五度日は昇った。

デルデケアスは賢かった。彼は強く、我慢強く、刃と炎を操る恐るべき戦士だった。彼は諦めず、速く、情熱があり、そして最も重要なことに、彼は人間だった。

六つの昼と五つの夜の間、デルデケアスはナドックスを攻撃し続けた。灼けたガラス、崩れた砂丘、ナドックスの血の川、全てが彼らの長い戦いを描写する様々な攻撃、交戦、個人戦技の印だった。デルデケアスは軍勢の獰猛さと穴熊の勇気で戦った。勇気が溶け消えると同時に、獰猛さも衰えていった。

おそらくは六日目の正午、デルデケアスは突撃の四歩目を踏んだところで足元を誤り、砂の上に仰向けに転がった。

彼の突進を支えていた炎は弱まり、彼の目へと戻った。彼はナドックスを睨む以外何もできなかった。彼は頭の中で、「それに値する」FLESHの従者の手で死ぬことは怖くないと自らに嘘をついた。

ナドックスはただ見つめ返した。

ゆっくりと、着実に、彼は変形した。骨は鳴り臓器は裂け、ありえない小さな旅人の形へと圧縮した。砂漠に伸びる影は普通の人間の形へと縮んだ。

デルデケアスは笑い、それから意識を失った。

***

デルデケアスはナドックスに三時間遅れて目を覚ました。

ナドックスは明らかにあまり注意を払っていなかった。彼の意識は最後に訪れた町で買った数点の巻物に向かっていた。彼の頭部を突き抜けた刃はほぼ奇妙にすら感じられた。

"目覚めたか。"ナドックスの頭部の肉は収縮し、刃をゆっくりと吐き出した。"よく眠れたのだろうな。"

ナドックスは次の拳を自由な手で受け止めた。「俺の心から出て行け、サーカイト!」デルデケアスは半ばやる気なく彼の側面を蹴った。それは何にもならなかった。今は戦う意志はあったが、殺そうという意志はなかった。

"すまないが、それはできない。"巻物にはあまり価値はなかった。ナドックスはメモをとってから、次の街で売ろうと思った。"私には舌が無いのでな。"

デルデケアスはナドックスの肩越しに覗き込むために膝をつきながら怒鳴った。「お前は俺の言葉を話すが、お前の文字は……ダエーバイトか。」

"そう生まれた。選んだわけではない。"

「お前は……」デルデケアスは勢いよく立ち上がり、苛立ちから叫びそうになって自らの肩を抱いた。次に話そうとして、抑えきれなくなった叫びに中断された。デルデケアスは落ち着くために数分置いてからやっと話しだした。「そうかい!お前は誰だ?」

ああ、もうわかった。ナドックスは研究の道具を鞄へしまい、立ち上がった。"クラヴィガル・ナドックス、'千里眼'。失礼する。"ナドックスは歩き去ろうとした。

ナドックスが一歩歩くと、メカニトは更に一撃を加えたので、去ることはできなかった。武器でというよりも、言葉で。

「クラヴィガル!まだ終わってないぞ!」デルデケアスは砂漠用強化の優美とは言えない振る舞いで追いかけた。もしナドックスが望めば、それが神化に比べれば役になど立たないものであるかを思い出させる事ができた。「どこへ行くのだ?何を目指すのだ?」

ナドックスは沈黙していた。舌があったとしても、何を言えばよいのか?

「千里眼が全てを見通すならば、あと何を見るというのだ?」後ろから、デルデケアスは歩調を合わせた。ナドックス自身の歩く速さは、そのような移動しながらの尋問を可能にした。「俺はお前を見た。お前は何も変えない、何も書かない、何も言わない。お前は観察する。だが肉は単純ではない。ならば、何を目指すのだ?」

ナドックスの足元の砂が熱く流れ、その感覚が強くなり彼は立ち止まった。"研究だ。私は研究をしている。"

ナドックスが立ち止まっても、デルデケアスは歩き続けた。熱い砂と長時間接して焼かれないよう、猟犬のように彼の周りを回った。ナドックスは自分の心が、強い、しかし彼の頭蓋よりも薄い好奇心の虚飾に隠され、足と同じように落ち着かなくなっているのを感じた。混乱と焦りの間で迷いながら。「ハハッ!千里眼が研究と言うか。パズルのピースでも探しているのか?」

デルデケアスの命を助けたのは過ちだったのかもしれない。もしそうならば、過ちは続いていた。始まりの過てる日々、イオンの言葉の不十分な理解。そうでなければ一瞬の怒りに過ぎないのか?

砂が焼いた。

「ああわかった。お前にはわかっているんだろう。」デルデケアスは本当は感じていない、虚仮威しの優越を演じながら立ち止まった。「ピースはあるが、あー、パズルの間違った場所に嵌め込んだというところか!」もう一度歩き出して言った。

ナドックスも歩き出した。半分は務めのために、半分はデルデケアスの溶けそうな足に配慮して。「お前は証を見た。肉を越えたものが、そこから外れた救済がある。」ナドックスの足元の砂は以前よりも粒が大きくなっていた。心の一部で、熱を逃がすために服を脱ぎたいと考えた。「だがああ、儀式や組織は神々しさの虚飾だ。お前自身やイオンを越えた力への屈服だ。」

ナドックスは止まった。

「お前は肉を支配したと思ったが、」デルデケアスは指を一本立てた。「肉がお前を支配した。お前はアルコーンのようにその過大さで自らを包み、その中で転げ回る。そして──」

ナドックスは瞬きした。そして自分が骨の棘をデルデケアスの喉に突きつけている事に気づいた。

デルデケアスの目を通して、ナドックスには自らの代わりに、赤く染まった玄武岩の刃を持った、ダエーバイトの女司祭が見えた。

ナドックスは武器を脇へ捨て、できるだけ速く歩き出した。

***

ナドックスには暖まる必要も、休む必要も、突き出た岩の影で炎にあたって得られるものは何も必要としてなかったがが、今そうしていた。

熱は長くは続かないだろう。砂漠の厳しい寒さとの対比は激しくなっていった。見える限りには、炎に焚べる低木は十分になく、そしてナドックスはそのような一時的で表面的な理由で生贄を捧げるべきか確信が持てなかった。どうなろうと、あるいはどうにもならなかろうと、ナドックスは生きるのだ。

彼は目を閉じた。










「……また会ったな。」

ナドックスの物理的な目は閉じたままだった。

短くも永遠とも感じる時間の間、デルデケアスの機巧の鳴る音が、夜風と炎の爆ぜる音の作る沈黙を割いた。ナドックスは元いた場所から動かず、胎児のような姿勢で炎に当たっていた。

"……すまなかった。お前を脅かすべきではなかった。"

デルデケアスの心は、ナドックスが彼の心を深く覗き込みすぎないように抑制していてさえも、記憶を探られまいと不安を感じた。「俺は……俺は……」風よりも大きく、炎よりも小さく、ナドックスは座ろうとするデルデケアスの旅装の衣擦れを聞いた。「すまなかった。俺は……お前と敵対する必要はなかった。」

"お前は……謝る必要はないぞ、レガーテ。"デルデケアスの精神の底には混乱に隠され、真の悲しみが、真の希少な感情の欠片があった。"知らなかったのだから。"

「俺は……そうだったのだろうな。」

二人は静かに、日の出が炎の最後の燃えさしを風へと消し去るまで座っていた


続く数日の間、デルデケアスは黙っていた。彼の心は閉じていた。ナドックスはそれを覗かないようにしようとしたが、それは空を見て月を見ないようにするようなものだった。デルデケアスの思考は無の砂漠の中の毒のオアシスだった。

ナドックスは歩き、デルデケアスは後ろをついてきた。彼の顔の装甲の造形はほぼ無表情であり、ナドックスのローブの動きをようやく捉えられるほどに低く視線を投げかけていた。デルデケアスは気怠げな部品の軋み以外にはほとんど音を立てなかった。ナドックスは彼を助けたが、いずれにせよ死人のように歩いていた。

……ナドックスはどういうわけか道に迷った。

数日間迷い続けた。デルデケアスは必要な質問に対する肯定、否定と、どの方向へ歩くべきかの気のない提言、次第に意味を失う穏やかなメカニトの祈り以外にはほとんど喋らなかった。彼はただ歩調を一定にしていた。向かう先には迷っていたが。

二人がついに次の町に着いた時、ナドックスは態度に変化をもたらすような景色の変化があり、デルデケアスが少しは安堵して見えるだろうと見込んでいた。しかしいまだ、デルデケアスはただ気怠げに、今は舗装され、行き交う人の多い地面を見ていた。彼はナドックスの旅の、陰鬱な乗り合い客だった。

***

同じ文章。ナドックスは同じ文を読んだことがあった。

この町の図書館とされた小さな建物は、ナドックスとデルデケアスを除いては無人だった。町の住人は壁の外で静かに、あるいはナドックスの研究から遮音されて彼らの仕事に興じていた。デルデケアスは殆ど動かず、稀にしか話さず、遠くの角に座っていた。結果的に、そこはナドックスの研究に最適な環境、機会となり、ナドックスはできる限り努めたが、結果的に同じ文章に時間を浪費していた。

デルデケアスは何かを変えた。研究の過程の場違いな一歩か、それとも全体としては大規模なものとなるのか?

ナドックスは目を閉じた。

彼はイオンのことを考えた。彼の慈悲深い眼差し、柔らかい言葉の告白、裂かれた肉と臓腑での再生のレトリック、彼らが最後に話した半死の荒野。ナドックスは彼の完全なる美しい形態を、そしてそこに懐妊された悍ましく発生するアルコーンのことを考えた。彼のクラヴィガルがいかに完全なる外科の導きなくして失われたかを、風に吹き散らされたかを。残された究極の疑問を。

彼の心は彼の旅路へと彷徨った。彼の周囲が次第に堕落していったことへ、貪欲な蝉へ、紫に振動する叫ぶ雲へ、そして無数のその悪辣な眷属へ。

彼はデルデケアスの精神の皺で見たもののことを考えた。情熱、変化しようとする意思、共通の敵。

"デルデケアス。"

小さな金属の軋みが答えた。

"お前も加わるか?"

「俺は……」デルデケアスは立ち上がった。すでに十分な回復があったようであった。「どういう意味だ?」

"研究にだ。"ナドックスが覚えている文書を秘密裏に書き出すことは容易ではなかった、少なくとも、他人と共同しては。それでもなお、デルデケアスは比較的衝撃少なくナドックスの内面を覗くことができることを勘案した。

デルデケアスは注意深く、ナドックスがこの数週間、与えるべきではないと配慮した警戒を、しかしそれでも与えてしまった警戒を胸に近づいた。テーブルと彼の間の見えない断崖でデルデケアスは止まった。

空気は固まり、風は静かだった。

「……警戒したのを、許してくれるか?」

落ちようとする陽がデルデケアスの目の炎で反射した。

"もう許した。"

日没が古い神の物語とともに、その下で生きる者たちの上を通り過ぎた。


日が昇り、デルデケアスはナドックスについて歩いていた。

「……わかったぞ。」

ナドックスは工芸を続けていたが、心の目で振り向いた。 "単純な蝶番関節だ。"

デルデケアスの顔は青銅のものに取り替えられており、目を細める筋肉の必要はなかった。それでもなお、ナドックスにはかつてあった肉の筋の記憶がそのように試みるのを感じられた。「ああ、だが……構造だ。全体として、お前が腕を作るときの構造を理解した。俺の内部構造もほぼ同じように見える。」

手を止めて、ナドックスは自らが作ったものを見て、デルデケアスの内部の構造とそれを比べた。

ナドックスは作業を再開した。

デルデケアスは、彼らの患者に向き合うために屈んだ。「具合はどうだい?」

羊飼いの少年は様々なものを感じていた、あるいは少なくとも、羊飼いの少年の思考を通してナドックスは多くのものを感じた。戸惑い、彼の新たな腕への。恐れ、払えないほどの値段を要求するかも知れない二人への。感謝、この状況にも関わらず。その全てが、四肢が再度完全に揃った今何をするべきかという思案へと混ざっていた。

彼の心が報酬について考え始めると、ナドックスは振り向いて去った。

日は沈み、デルデケアスはナドックスと共に歩いていた。

その本は、予想されたとおり、数日前に訪れた図書館とは違う言語で書かれていた。それは問題ではなかった。言語の壁は、はるか昔に、イオンがナドックスに取り組むよう押し付けたものだった。ナドックスが読み取った精神表層の思考の泡からすると、デルデケアスはそれほど幸運ではなかったようだが。

ナドックスは印を、歴史を、可能な解決策の断片を書きとめ、あらゆる欠片を書かれた記録へ、小型の図書館へ、アルコーンに対抗する個人的な計画へとまとめ上げた。デルデケアスの言語でそれをするのには利便性があった。それはナドックスが自らに課したことだった。たとえ新たなアルファベットに慣れるのに彼の指の筋肉が苦心するとしても。

ナドックスが研究を、記録を、見直しを進める間、デルデケアスは読み、読み、読み、読もうとした。彼の理解力には限界があり、越えることのできない言語の壁があった。苛立ちが彼の精神から、失望に修飾され発されていた。

ナドックスは目を閉じた。その全てが、近い将来の任務に必要とされるものだった。

数分が過ぎた。そして数時間が。

デルデケアスが近くのシートに崩折れたとき、ナドックスは、王冠を被った蝉と、蠕虫の形をした穴に捧げられる古代の儀式の巻物を読んでいた。「ダメだ!何一つわからない。俺にはこの文章は読めない。」

"気の毒だな。"

「いいさ。」デルデケアスはナドックスがついたテーブルをただ見つめていた。「……もう何週間にもなる。一時間くらい休んだっていいだろう?」

強いて考えるなら、もうすぐ夜明けだ。今がちょうどいいくらいだった。 "好きにしろ。"

デルデケアスはナドックスにもたれかかり、夢を見始めた。彼の素体は暖かかった。

日は昇り、ナドックスとデルデケアスは歩いていた。

「重ね重ね、本当にありがとうございます。」二人の前の太った男が言った。彼はデルデケアスに、荷馬車を直してくれるように頼み、そして二人を殺そうとしていた。悪意が破裂した嚢胞のように彼の頭から吹き出していた。彼は緋色の王のためにそれをしようと意図しており、ナドックスはそれを興味深いと思った。

彼は失敗するだろう、もちろん。彼の毒は心臓を締め付けるが、ナドックスは複数のそれを持っており、デルデケアスのそれは青銅だった。一旦失敗すると、彼は初歩的な魔術と隠し芸で彼らの腸を引き抜こうと考えていた。茶番はナドックスが彼をケラチンの刃で断頭し、その肉を消費し、旅を続けることで終わりそうだった。それもナドックスが付き合えばの話であり、彼には神の宦官の仲間に関わるのに比べれば、行かなければならないはるかに重要な仕事があった。

「お礼として、私にできる何か、何かしらのことがあると思います。」ナドックスは少なくとも驚いた。緋色の王への信仰は伝統的にダエーバイトに限られていたが、それがこれほど南にまで、特に海から離れて広がっているのは何か恐ろしいことを示唆した。アルコーンの仕業だろうか?

骨がナドックスのローブの下で融合し裂けた。ナドックスは静かにイオンに祈り、そして──

「何でも無いさ。」デルデケアスはすでに修理を終えていた。「何もいらないよ。じゃあな、よい旅を。」

デルデケアスは振り向いて歩き去った。そしてナドックスはついていくことしかできなかった。

まだ彼はついてきているのか?」

デルデケアスが言っているのは太った男のことだった。彼の悪意はデルデケアスの熱の背後から、荒野の空虚を通して感じるのに十分なほど強かった。ナドックスはまだ彼を殺すために引き返してはいなかった。この先はわからないが。

この先はわからないが。

デルデケアスは場違いな配慮を発揮して、日没と共に止まるだろう。それは問題ではない、太った男は二人を殺すには能力が足りなかった。

彼の接近は注意深かった。ナドックスには、彼らが彼に気づいていることを彼が感づいていることがわかっていた。彼の意図を知り、推測することができた。その試みが無駄であることを、その男は推測し、ナドックスとデルデケアスは知っていた。つまるところ、ナドックスには、その男がなぜ接近を続けているのかわからなかった。

暑さと疲労が一歩ごとに彼の上に覆いかぶさった。しかし男は接近を続けた。彼の献身は印象的だった。彼の無能さをもう少しで覆い隠すように。もう少しで。だがナドックスとデルデケアスには時間があった。一方で、その男の定命性は彼が生まれた日から少しずつ時間を奪っていた。

時間はナドックスとデルデケアスから12歩ほどのところで切れ、その男は倒れた。彼はすぐに死ぬだろう。二人は彼をその運命のままにするだろう。

ナドックスはデルデケアスが水袋に手を伸ばすのを見た。

日は昇り、ナドックス、デルデケアス、そしてファンが歩いていた。

ナドックスは必要品のために硬貨を出しながら、不思議に思っていた。このところずっとそうだった。

二人、今や三人は、歩みが遅くなっていた。彼の旅路を振り返ると、デルデケアスは結果的には進みを速める要素と思われた。例えそうだとしても、三人めを加えたことはそれを相殺しているように見えた。どの程度そうなのか、ナドックスにはわからなかった。抽象的な評価方法が定量的であることはあまりない。特にナドックス自身が将来の進展を完全に展望できていないときには。

日々が短くなっているわけではないと、ナドックスにはわかっていた。ただ彼にとって、時間についてより注意を払う必要が生じただけだった。デルデケアスにとって時間は月単位で、ファンにとっては時間単位で流れる。時間について非難するなら、その原因は主にファンにあった。最も簡単な解決は彼を殺し、彼抜きで旅を続けることだった。どういうわけか、それも難しく思えた。

流れ落ちる砂に改めて注意すると、彼の指から取りこぼされるものに気づくようになった。日々はより輝いた。砂はより熱く流れた。胸をかき乱す、しかし心地よくもある感覚は、最近まで彼が気づくことがなかったもので、より強く乱れた。イオンを失ってから、誰かと肩を並べて戦うことがなくなってから、ただ歩き、読み、書く以外のことをしなくなってから、感じたことのなかった激しさだった。再び、人々と複雑な深さまで繋がるようになった。

ナドックスが歩くと、彼は足跡を、乱れた砂を、引きずる跡を残した。ナドックスはを残した。いつも残していたのだろうか?そのはずだ。そのはずだったのだ。

ナドックスはもう一度デルデケアスのことを考えた。彼のことを考えるとき、ナドックスは自分の思考が分析も、比較も、解釈もしようとしていない事に気づいた。ナドックスはただ彼のことを考え、幸運を感じた。ダエーバイトの糸は、それが縫い合わせた穴の縁ちょうどを貫いており、彼の唇が曲がることを止められなかった。

支払いを終えると、ナドックスは彼の友と仲間のもとへと戻った。

日は昇り、ナドックス、デルデケアス、そしてファンが歩いていた。

次に日が昇ったとき、ナドックス、デルデケアス、ファン、そしてジュンサイが歩いていた。

ある日、日が昇ると、ナドックス、デルデケアス、そしてその仲間の旅人たちが歩いていた。

後に、ナドックス、デルデケアス、そして彼らの仲間に日が昇った。

すぐに、友に。

従者に。

家族に。




















日が沈んだ。

ナドックスは一人で座っていた。

彼の周囲では、仲間たちがテントを立て、補充品を数え、来たる夜の準備をしていた。選ばれた何人かが起きて、調査し、理論を立てていた。ヴォルタールはメカニトと、仕事をすすめるために眠りを犠牲にするほどの情熱のあるものたちと混ざっていた。静かに、世界は次の夜へと移り変わっていた。

デルデケアスは彼の向かいに座り、課題を、概要を、一日中彼が集めたものを書き取っていた。ナドックスが目を通した繋がりを、ナドックスが書いた議論から派生する結論を、パズルのピースを、すでに書かれたものへと融合するために。

幾世紀ぶりに、ナドックスは自らに休むことを許した。

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