財団小話「ある日の喧噪」
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私が気が付いた時には、サイト-81██は喧噪に包まれていた。研究者は慌ただしく駆け回り、エージェントの姿も見える。
何か起こったのか?実験中の事故か?収容違反か?しかし、私の耳にはそんな情報は一切入っていなかった。
何にせよ、事が起きたのであれば警報なり伝聞なりで知らせがあるはずだ。

私はすれ違う研究者の表情を観察した。違和感はない。真面目な顔もあれば、笑顔も、疲れた顔もある。
強いて言うのであれば、皆一様にそわそわしているように見えた。

その時、一人の研究者が前方からやってきた。

「やぁ、波戸崎研究員」

声をかけられたその研究者は立ち止まり、挨拶を返す。

「おはようございます、七町補佐」

「あー、こんな事尋ねるのも情けない話なんだけどね、今何が起こってるんだい?」

「え?ああ、それは―」

そこまで言いかけて、波戸崎研究員は口ごもった様に見えた。

「あ、えっと、今日はいい天気ですから!この季節にこんな天候も珍しいでしょう?皆機嫌がいいんですよ!」

「成程ね。で、なにを隠しているのかな?」

「いや!そんなことは!えっと、急ぎの用事がありますので、失礼します!」

そう言い残すと、波戸崎研究員は足早に去っていった。
おかしいな、何かおかしい。こんなあからさまな嘘で私を誤魔化せるとでも思ったのか。
私はエージェント達の会話に耳を傾ける。

「だから、急がないとな」

「ああ、なんでも少人数だそうだ」

なんの話だ?断片的に聞き取る事ができた言葉だけでは、事の真相を掴むには至らなかった。
急ぐ?少人数?やはり何らかの収容違反が起こっているのか?ならば何故私には知らされていない?
私のクリアランスでは知る権利はないのか?だが致死性のオブジェクトの収容違反であれば少なくとも避難勧告は受けるはずでは?

疑念が渦巻く。わからない。いったい何が起こっているのか…。

「おやぁ、七町補佐。こんなところでぼーっと木偶の棒みたいに突っ立って何をしてるんですか?」

背後からかけられた声に、私は振り返った。極めて平静を装い返答する。

「おはよう、エージェント・ユーリィ。あー、すまないけど、何が起きているのか君は知っているかい?」

私の問いかけに対しエージェント・ユーリィは一瞬キョトンとしたものの、すぐさま笑顔を取り戻した。

「あら、補佐はご存じない?情報が遅れていますねぇ。その様子では他の職員方にも質問を試みたのでしょうけど、きっと誰も教えてくれなかったんでしょう?そりゃぁそうですとも。ええ、そりゃあ」

エージェント・ユーリィは大袈裟な身振りではぐらかそうとしている様に見えた。

「いいから、教えてくれないか?何が起こっている?事故か?収容違反か?」

若干の苛立ちを覚えつつ、私は聞き返した。
するとエージェント・ユーリィは、笑顔をさらに強め、やれやれっと言いたげに首を振った。
どうしてこう彼は人の神経を逆なでする挙動が得意なのか。わざとやっているのか。

「全く、七町補佐は考え過ぎなんですよ。確かに誰でもそう思うでしょう。しかし、事情を知っている我々からすれば、今の補佐は勝手に慌てているマヌケなお人形ですよ」

「いい加減に真相を教えてくれ」

「仕方がありませんね。本当は私だって教えたくないんですよ。えーっと、ああ、ありましたありました。はいこれです」

大袈裟に服のポケットを探す動作をした後、彼は私に一枚の紙を手渡した。
チラシにも見えるその内容は―

UFOラーメン ギョウザ半額!本日限り!
※来店の際はこのチラシをお持ちください

職員の士気高揚を目的とし、特例として私を含めた5名の入店を許可します。必要業務を終了次第、私に申請を提出してください。 - 小池博士

私は膝から崩れ落ちた。

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