登場人物は語る
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私は絶対的な被害者だ。

殺害されることを目的として生まれた。
何故私がそんなことをさせられているのか。
それが私の存在意義だからである。それ以上の理由はない。
死を恐れることはもうしていない。むしろ死ぬことは日常的なものと思っている。それほど作業的に死んできた。死を否定する意味はない。

私は何度も生き死にを繰り返している。
いや実際、殺されるために生き返っているわけではないが、いつの間にか生き返って死んだことにされているのだ。

此処で疑問が一つある。

何故私だけなのか。

もし私が「男」と表現されるような抽象的な存在であったなら、こうはならなかったろう。
それか、私以外にも被害者がいた場合も。
常に死に際には素晴らしい断末魔を挙げ、ばったりと新鮮な気持ちで斃れることができただろうに。

私だけである必要性は何処にあったのか。
「死んでいる」という事実だけが欲しかったんだろう。

死には恐怖すら感じていないのは確かだ。しかし、死に関して何も考えていないわけではない。
何度も何度も死ぬことで、私の死の意義は紙のように薄くなってしまった。
死の意義が薄っぺらになるということは即ち、生きる意義も薄くなるということだ。
殺されることしか存在意義がない私には、これを許すことができない。

もともと私に命などないのかもしれない。
「死」も「生」も表現的なものでこの考え方そのものにも意味はないのかもしれない。
事実、私自身どのようにして思考しているかも分かったものではない。
だが、この考えが私の中に存在している以上、それを無視することはできない。

さて、特定の物事を許せなくなった人間はどうなるだろう。
簡単だ。
欲求に任せ確実に実損を与えようとする。
もしかするとこれは間違っているかもしれないが、私の知る限りだと皆そうしていた。
どうすれば実損を与えられるか。私ができることは限られている。何か長所でも活かせればいいのだが。


そうだ、堂々と目の前で死んでやろう。


私を殺す方法は私自身よく理解している。
お前がその大好きな凶器を手にしたとき、私が死ぬ。
私の死によってお前が、世の中が動いていく。


ああ、やっと私の死に、きちんとした意義ができるのか。


証拠は私の死体。
犯行は私の知りうる私の殺害された方法。
どうしらばっくれても無駄なように、完璧に仕立て上げてやる。
数が足りないなら何度も何度も殺されてやろう。


犯人はお前だ。

20██/██/██
SCP-499-JP専用収容棟内で発見された文書

SCP-499-JPの実験中、収容棟で業務予定だった██清掃員により発見されました。ノート用紙に鉛筆で書かれており、どちらもSCP-499-JPに支給されていたものです。筆跡はSCP-499-JPと一致しています。
SCP-499-JPが日常的にノートを使用している様子は監視カメラや担当職員により確認され、SCP-499-JP自身もそれを認めています。しかし、この文書の作成に関してSCP-499-JPは否定的です。

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