三茄子
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師走の某日、ポート・モレスビーとオーエン・スタンリー山脈を遥かに臨み、南へ、南へ、百と一〇海里。
見えるだろうか。サンタも波乗る南半球は海の上、一隻の船を囲む八隻より成る輪形陣が。

囲う八隻、何者か。

誰が呼んだか『絶叫する六〇度』。
浮世の怪異を収め護りし『財団』が、選びに選んだ海の猛者。

囲む一隻、何者か。

其れこそは千変万化、変幻自在の怪船舶。
数多の商船を没せしめたる、全世界通商の一大脅威。

『財団』と怪船舶の大捕物が繰り返されて半世紀と少々過ぎる。追って、捕らえて、逃げられて。
此度も、七日に及ぶ大追跡。虜となった怪船舶、観念したのか海を漂い三昼夜。
八隻の艨艟を前にして、不気味に静まり返る怪船舶。然しもの万事休したのであろうか。

だが諸君、見えるだろうか。
南洋の空に輝く星の中、怪船舶の直上にぴたりと位置する星ひとつ。
星の瞬きに合わせるように、怪船舶の航海灯もゆらり怪しく瞬き返す。

これぞ怪船舶の秘密が一つ、我らの忘れし技術の一つ、光通信装置に他ならぬ。
さては囲みを脱する算段か、いやいや、いっそのこと八隻全てを沈めてしまおうとの企みか。

さすがの精鋭八隻もまさか星と話しているとは思うまい。
だが、読者諸兄にはお聞かせしよう。星と船との密談の内容とは如何なるものか。


「何度も、何度も申し上げているではありませぬか。一つ目と二つ目は用意できましょう。されど三つ目は如何ともし難い。」

「至上命令であるぞ。この海の年が明ける前に、必ずや用意せねばならぬのだ。」

これは奇っ怪な会話ではないか。まるで周りの八隻など眼中に無いかのようなその態度。
それにしても一つ二つは用意でき、三つ目は難しいとは何のことであろうか。

「後生、後生であります。我ら東奔西走、南船北馬、探し回りましたがもうお手上げで御座います。」

「なんという体たらくか。果てなき海の果てを尋ねることを思えば児戯の類であろう。」

「よいか、もはや手段など問うでない。より迅速に、より完全に作業を完遂せよ。」

「了解、了解……フーバー。」

「今のは何か、復唱せよ。」

「いや失礼、失礼。オーバーでしたな。」


直上に輝いていた星の瞬きも失せ、怪船舶は波に揺られて押し黙る。
さて、どうしたものか。一隻寂しく途方に暮れる。
手段は問うなと言うけれど、万策尽き果てて妙案も無し。

七つの大洋跨いでみても、望む三つ目見当たらず。

ならば造ればよいではないか、そう考えたが残念無念。
五〇〇〇万弗の金子で釣ろうとしても、何所の軍需会社も臆病風に吹かれるばかり。

そして、かの『財団』とのいたちごっこの繰り返しよ。
『財団』よ、何の恨みがあって我らの使命を邪魔だてしようというのか。

是非も無し、いっそのこと注水弁を開け放ち自沈してしまおうか。

だが、一陣の強風が吉報をもたらした。
音も無く、輪形陣の上空をすいと飛び去る水上飛行機。
甲板に、投下されし連絡筒、中身検め出てきたものとは。

『軍隊調理法』

これぞまさしく天の助け、天は我らを見放さず。
無我夢中に頁を捲り、捲り、遂に見つけたその一頁。
嗚呼、あった、あったぞ。これで我らの面目を施すことができましょう。

狂喜乱舞した後にふと我に返ってみれば、未だに怪船舶は囲みの中に在り。
『財団』が我らを囲んで未だ三昼夜。彼らの労苦を思えば忍びない。

だが、我らの大命には代えることはできぬ。
『財団』紳士諸官、許されよ。不義理をするのを許されよ。

「戦闘旗掲揚、戦闘旗掲揚、進めや進め、皆々進め。」


師走の末日、大晦日。日は遥かなる水平線に沈みゆく。
年が明くるまで僅かに数刻。

荒涼としたる海の荒野、遮る影無き海面を直走る船二隻。
なんと、一隻はあの怪船舶。囲みを破りて幾日か、何所で何をしていたか。

では、怪船舶の舷より左手に、見ゆる船影如何なる者か。

諸君、堂々たる檣と二本煙突を見よ、満天の星空を睨む、巨砲を収めし甲装砲台を見よ。
あれはまさしく富士、戦艦富士ではないか。
とうの昔にお役御免となった戦艦が、今再び海上に在るとは何と奇怪なことか。

そして富士の後甲板、鼠色の布に包まれる飛行機が二機並ぶ。
布の隙間から覗く銀の羽、そこに描かれしは青い円に白の星。
その姿形は懐かしき米国陸軍の鷹、カーチスのホーク戦闘機に相違ない。

二隻の船は、遅れず離れず互いにぴたりと距離保ち、波に揺られる船縁に鋼索一本架けられる。
鋼索滑って鍋三つ、怪船舶から富士へと送られる。

戦艦、飛行機、鍋、なんとも不釣り合いな取り合わせではないか。
では鍋の中身は何なのか、それは軍機故にお伝えする事ができないのが残念だ。

やがて水平線の向こうから、旧年に別れを告げし日がまた昇る。
頭を擡げた太陽は、漣を今宵の星空の如く煌めかし、二隻の艨艟照らし出す。

怪船舶はUWの信号旗を掲げて富士送り、富士の檣にはUW1の旗昇る。
互いの安航祈りつつ、分かれて行くや西東。

いざさらば、とは言うまいぞ。
潮目が変わり、風向きが変わればまた逢う事もあろう。
だから彼らはさらばと言わぬ。

紡ぐ言葉はただ一句。

また、あう日まで。


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