マッケンジー博士の"個人的に"好まない人材のリスト
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「誰かと話すことの基本はご存知ですか?」

そう言って、マッケンジー博士はミリー研究員の顔を覗き込んだ。深淵を覗きこんだように暗い瞳に見上げられた彼は、アルファベットの最初の文字を何とか三回吐き出した。

「これでは話になりませんね」博士はふいとミリー研究員から顔を背けると、眉間の皺を揉んだ。

ミリー・クロイツェフ、財団に所属したばかりの新人研究員。とあるオブジェクトに関連した論文を書きあげた事から財団の興味を引き雇用された、が。

「私には嫌いな物が三つあります。知性を持ったSCiP、もしくはSCiPの影響を受けた人間、あと一つは何だと思いますか?」
「……し、失敗ばかりをする人間、でしょうか」

震える唇から漏れだした、蚊の鳴くような声にマッケンジー博士は数秒黙りこんでから、「それは失念していました。4つ目に加えておきましょう」と平坦な声で告げた。その言葉に、ミリ―はびくりと肩を震えさせる。

「それについてはおいおい話す事にしましょう。それより、ミリー・クロイツェフ研究員。貴方は財団に所属してから数カ月の間、功績を残す事のできないばかりか、コミュニケーション能力の不全、並びに独断での行動から、財団が不利益を被るような働きばかりを起こしています」

特に目を引くような功績もない手元の人事資料に、マッケンジー博士は目を落とした。彼女の目が追わざるを得なかったのは、赤インクで記された失態の数々。関わったプロジェクト、それに伴う損失は財団が個人一人に対し負う事のできるリスクを遥かに超えている。

「その結果、貴方には要注意団体のスパイの容疑がかけられています。何故これをわざわざ通告したのか、財団に雇用されるほど聡明な貴方であれば、理解は」
「私は!」

突如、誰の物とも思えない大声がマッケンジー博士の言葉を遮った。彼女はその大声に目を見開いて驚きながらも、声量とは裏腹に縮こまって震えるミリー研究員を睨みつける。

「私の話はまだ終わっていませんが、何か仰りたい事があるのならどうぞ」
「私は、ただ、財団に貢献しようと、だから、死にたくない。死にたくないのです。私はスパイではない」

前後関係の曖昧な文章に眩暈のような感覚を覚えつつも、「ミリ―研究員」と今まで見た事のないような笑顔を浮かべ、財団職員は死刑囚"もどき"に言い放った。

「ミリー・クロイツェフ、貴方を今日からD-98116として財団で再雇用します。何か申し送りがある場合は、私ではなく貴方を担当する職員まで、適切な書類送付等を行うように」

彼女の笑顔に何を見たのか、D-98116は一瞬青ざめた表情を見せたが、すぐに俯いてその顔は見えなくなった。木偶人形のような彼に、マッケンジー博士は退室するように促したが、その足は地面に根を張って動かない。嘆息して彼女は自室の電話を取った。

数分して、屈強なフィールドエージェント二人が博士の自室にやってきた。未だに養分を吸いつくさんと立ちつくす彼を、まるで大型犬を連れ去るかのように小脇に抱え、二人は博士の部屋を後にした。残されたのは、艶やかな黒髪を束のように纏めた、生真面目な女性のみとなった。

「そういえば、嫌いな物の三つ目を教えていなかった」と彼女が思い出すのは、それから職務に戻り、数十分後の事であった。


それから二十日の後、マッケンジー博士は仕事のためサイト-78の廊下を闊歩していた。腰のホルスターにはデザートイーグルが差し込まれている。本来であれば白衣とはミスマッチなその様相は、彼女の存在感を際立たせ、そして周りの人間を押しのけるプレッシャーを放っていた。

ただ、そんな彼女に一つの人影が近づいてくる。オレンジ色のツナギを着用したその姿は、薄汚れてはいたが、どこか研究員時代の面影を残していた。

「こんにちは、博士。お久しぶりです」
「D-98116、私は今職務中です。速やかに貴方も職務に戻るように」

「いいじゃないですか」とミリー・クロイツェフは下卑た笑いを浮かべた。その顔は当時のような、弱気に彩られた表情を見る事はもう二度と叶わないだろうとマッケンジーに思わせた。
ただ一つを除いては。

「……貴方のその癖、まだ直っていないのね」
「癖? 何の事ですかね。これでも先輩たちのしごきにあって、相当変わる事ができたと自負しているんですが」

「気づいていないのならいいわ」とマッケンジー博士は、彼を無視して再び廊下を歩み始めた。それに合わせてミリーも横に着いて何度も話を振るが、彼女が自分を相手にする気が無い事を理解すると、けっ、と漏れ出した侮蔑をそのままに叫んだ。

「見ていろよレイチェル・マッケンジー、あと10日だ。あと10日で俺は再び研究職につく。その後、てめーを追い抜いて、土下座させた後そのケツ穴をファックしてやるよ!」

ミリー・クロイツェフの渾身の罵倒は、果たしてマッケンジーに届いたのであろうか。彼女は歩みを止める事はなかったが、恐らくは届いたのだろう。しかし、そのような事など言われ慣れていなければ、博士として彼女がここにいる事はできない。彼女は鋼と火器の女、マッケンジーであるからして。


そうしてその鋼と火器の女が、自分の嫌いな物の三つ目について再び思い出したのは、バーンズ博士の部屋に辿りついてからであった。その事をバーンズに彼女が話すと、彼は今月サイト-78で雇用されているDクラス職員の資料を机の上に置いて笑った。

「参考までに聞いておきたいのですが、マッケンジー博士。貴方の嫌いな物は何ですか?」

にこりと笑ったその顔から真意を読む事はできない。マッケンジー博士は資料を手に取った。数枚めくったところで、D-98116の資料を見つけ、今日から彼が清掃を担当するオブジェクトに目を細めた。そうして、彼女はつまらなさそうに告げるのであった。

「私には嫌いな物が三つあります。知性を持ったSCiP、もしくはSCiPの影響を受けた人間、あと一つは

目を合わせて会話をする事のできない人間、でしょうか。
 

SCP-173に関しての報告書
本日、不注意により喪失した人員

D-98116

以上。

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