忘 却
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From: Dorothy Zhang、レベル3研究員
To: 収容エリア-25管理官█████
件名: CN-076研究チームによるSCP-076の完全収容に向けての提案

尊敬する█████
中国支部所属のレベル3研究員、Dorothyと申します。SCP-076をより有効的に収容できる手法を提案させていただきたく、このメールをお送り致しました。
SCP-076-2と宗教上の人物である「アベル」との関連性を鑑みて、SCP-076-2の性格はもともと温和だったと考えられ、現在の状態はSCP-073により殺害された件によるストレス反応の影響ではないかと我々は推測しています。従って、SCP-076-2が保有する自分自身の死への記憶を消去するよう、“殺害通路”に記憶処理ガスの散布装置を追加することを申請します。これにより、SCP-076-2をより安定化し、収容難易度を低下させることができるかもしれません。
この手法は、負の結果をもたらさないと予想されており、またコストも許容範囲内です。
ご検討をよろしくお願い申し上げます。

Dorothy Zhang

From: 収容エリア-25管理官█████
To: Dorothy Zhang、レベル3研究員
件名: Re: CN-076研究チームによるSCP-076の完全収容に向けての提案

許可します。

█████

数万年の月日が流れ、カインはようやく、自分自身が何をしでかしたのかを自覚した。気が遠くなるほどの長い年月の間、彼は草木も生えぬ原野をいくつも踏みしめ、骨の髄まで凍らす冷たい川をいくつも渡ってきた。数多の生命の誕生を迎え、無数の文明の破滅も目にしてきた。彼は、人間らしい道徳観を身につけた。共感ができるようになった。自分が人類史上最初の殺人者であることを自覚した。長い年月の中で、世間の事に疲れ果てた彼には、ただ一つの望みがあった。それは、アベルに謝罪することだった。それがただの自己満足か、あるいはアベルの安眠のためなのかは、彼にもわからない。もしかすると、その両方なのかもしれない。だが彼は考えることをやめた。アベルは謝罪なんて受け入れないかもしれないし、永遠に安眠できないかもしれないからだ。

カインは、死後のアベルを何回か見たことがある。人柄が穏やかだった弟は発狂し、目にする人間を皆殺しにしていた。カインは、そんなアベルとまともな話ができなかった。彼は、弟と落ち着いて話し合う方法を探すことにした。方法が見つかるまで、アベルとは会わないようにした。カインは、財団に期待を寄せた。だが財団は、アベルを変えることができなかった。彼らはただ暴力を振るい、アベルをあの石棺の静寂に突き落としては、憎しみを胸に抱かせたまま生まれ変わらせてきた。いつまでも。

だが、変化が訪れた。

計画概要: 記憶処理が成功した場合、教典の説明に基づき、SCP-076-2の親しみ深い生活環境を構築することで対象を安定化させます。

セキュリティプロトコル: SCP-076-2(“アベル”)は首輪型のデバイスを着用しなければなりません。デバイスが起動もしくは干渉された場合、対象の脊髄・気管その他頸部の主要血管を破壊することでSCP-076-2を殺害します。

アベルは忘れた。

彼はおとなしくなって、自分はなぜこんなところにいるのかと疑問に思った。一歩、また一歩と彼が通路を渡り歩きながら、異国の言語で何かをつぶやく様子が、待機していたセキュリティスタッフたちの目に映った。古代シュメール語の専門家は至急、現場へ派遣された。彼と、会話をするために。

アベルは本当に忘れた。

一ヶ月後、割り当てられた標準人型収容室の中で、彼は研究員に希望を伝えた。放牧がしたい、と。室内に、牧場が建設された。アベルは、いつもたくさんの供物を用意した。供物の処理に困ったスタッフは、それらを全部SCP-343に渡した。収容エリア-25の職員たちは、相変わらずアベルを警戒していたが、アベル自身は悠々自適の生活を満喫した。聖書の登場人物に扮した職員に、彼はいつもこう聞いた。兄様はどこに、と。職員たちも、いつもこうごまかした。彼は旅に出た、と。二ヶ月後、彼はますますカインの行方が気になった。あげくに、暴力の使用も辞さないと言い出した。職員たちはパニックを起こし、牧場の近くにより多くの武装部隊を配置した。彼らはアベルが受け入れてくれそうな理由をでっち上げようとしたが、肝心の内容を思いつけなかった。

インシデント記録076-D: SCP-076-2は収容室から脱走。人的被害はなし。その後、SCP-073と遭遇するも、衝突は観測されなかった。これを受け、今後はSCP-073とSCP-076-2の定期的な面会を許可する。

SCP-076-2とSCP-073の衝突は長期間に渡って観測されず。SCP-073がSCP-076-2に謝罪し、SCP-076-2がそれに対して理解できない様子を示すことがよく観測される。
20██/██/██

SCP-073により、収容エリア-25の一部建造物は対象に親しみ深いスタイルへ改造される。同時に、SCP-076-2との共同生活を提案。放牧ができないことにSCP-076-2は不満を示したものの、SCP-073の植物への影響を考慮して、対象は共同生活の提案を受け入れる。
20██/██/██

SCP-076-2は通常の人間並みの速度で老衰を始め、██年以内に死亡すると予想される。その際、収容エリア-25はSCP-076に対する特別収容プロトコルの再開を求められる。
20██/██/██

SCP-076-2は死亡し、かつ10年間にSCP-076-1から新たなSCP-076-2の生成が観測されなかったため、対象は無力化したと考えられる。
21██/██/██

SCP-073は、記憶の中のカインと違った。アベルの記憶では、兄様はもっと乱暴な人で、彼に対してよく不満を呟いていた。なのに今のカインは、彼が乗っている羊のようにおとなしい。それだけでなく、カインはよくアベルに聞いたこともないことを話す。記憶にない昔のことを。アベルは余計に困惑した。まるで、自分は長い年月をなくしてしまったようで、それがなんなのかはわからない気分だった。

アベルも別に、なにも知らないというわけではなかった。収容エリア-25が夕日に染まったある日、カインはアベルと肩を並べて、彼らの住居に面して座っていた。その時、アベルはふと考え出した。カインとはそもそも仲良くしないほうがいいのではないか、と。情報の欠片が彼の脳裏を過ぎる。いづぞや、財団職員から聞いたことを思い出す。カインは罪人、と。カインは弟を殺した、と。カインは未来永劫、罰を背負い続けるべき、と。アベルは考え、そして考えるのをやめる事にした。なにしろ、今の暮らしは気持ちいい。殺されるだなんて、どちらにしろ記憶にないことだ。生命を奪われる恐怖を、兄への恨みを、死亡の辛さを、彼はすべて忘れた。憎しみも、自然と消えていった。それはいいことだ、と彼は思った。記憶にない事に、カインが自分を責める必要がないから。兄弟はそのまま和解し、一石二鳥ではないか。

だから、カインが謝罪する時、アベルはこう答えた。

そんなことあったっけ、と。

何もかもが、無かったことにされた。

アベルは忘れた。収容エリア-25は廃止され、SCP-076-1から怒りに満ちた叫びがすることはなくなった。SCP-073は依然として、荒れ果てた大地に取り残される。彼の罪は消えた。彼の罪は、二度と戻らない。

アベルは忘れた。それが正しいかどうかは、彼にもわからなかった。

アイテム番号: SCP-076
オブジェクトクラス: Keter Neutralized

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