ODSS OneShot part1
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食事は活力を生む薬だ。しかし同時に死を招く毒物でもある。

20██年 3月██日 サイト-8100 政治局行政監督部 来栖監視官

発端は各部署への通知だった。無駄に凝った印刷で印字されたその通知は出不精で勤務にばかり忠実なサイト8100の研究者やエージェント、その他職員たちを沸かせる事となった。そこから始まる奇妙な騒動など誰も予想せずに……。

忙しくて食堂に出向くことも億劫な皆さんに朗報です。本日よりランチタイム限定のデリバリーサービス始めました。

そんな見出しで各部署にメール通知されたそれはPDFの形式で作られたメニューと共に各職員にいきわたっており、行政監督部もその例外ではなかった。私は空いた時間に適当にレトルトの食品を食べるか食堂に出向けばそれでいいと考えていたが、普段は勤勉さの欠片しか持ち合わせていない奴に限って食いつくもののようだ。

部署再編に伴って各々の私物が持ち込まれ混沌となりつつあるオフィスに能天気な女性の声が響く。監督部に所属する職員の大半は外回りで挨拶やら交渉やら調整に駆り出されており、女性は一瞬残念そうに声のトーンを落としたうえで、唯一残っていた私に目をつけて声をかける。

「よう来栖、お前なんか揚げ物っぽいあれ好きだったよな。通知が来てたデリバリー色々と頼んでおいたから昼メシを一緒に食おうぜ。資金はロシア人から頂戴してきたからいくら食っても財布も傷まない。」

私の机にうず高く積み上げられた書類越しに件の能天気な女性である西塔が声をかけてくる。書類のせいでよくは見えないが何かカードのようなものがちらちらと垣間見える事からおそらくはイヴァノフ局長代理の職員用クレジットをぶんどってきたのだろうという事が容易に想像できた。

あの局長代理の事だから後から蒸し返すために一旦は泳がすか見逃すかするのだろうが、そんな事はお構いなしにいい気になっている辺り、西塔もいい思考回路をしているものだ。

「私は後で食堂に行きますので西塔さんで好きに食べたらいいじゃないですか。唐揚げは確かに大好きですけど、前情報もなしにその日から新メニューに飛びつくと酷い目に遭いません?」

大丈夫だ、何とかなるといった風な適当な答えしか返ってこない辺りでこれは食いきれない量を頼んで応援が必要になっているなという想像がよぎる。彼女の汚部屋をこの部署で再現されるのは勘弁してもらいたい。大きくため息をついて付き合ってやる旨を話す。西塔はご機嫌そうに声を上げて鼻歌を歌いながら自分のデスクへと戻っていく。そもそも彼女は外回りの予定もないのに何処に行っていたんだろうか?一瞬嫌な予感がしたが考えない事で心の安静を保つ事にした。藪はつつかないに限る。


「ちわーっす!ランチデリバリーです!ご注文の品はカートで置いておくので決済お願いします。」

これまたハイテンションな声の職員がホテルで見るようなカートを押して部屋に入ってきた時、私は面倒だからと西塔の誘いに乗ったことを後悔した。イヴァノフのカードをPOS端末に読み取らせた西塔が自慢げに見せびらかすのは満漢全席もかくやと思わんばかりの大量のチャイニーズだった。

運ばれてきたカートにはドラマで見覚えのあるあの四角い箱がいくつも乗っており上海焼きそばとかグリルドチキンとか色々と書かれている。チャイニーズな香ばしい香りは確かに食欲をそそるがその量は明らかに二人で食べる量を超えており頼んだ本人の得意げな顔にただただ苦笑するしかなかった。

「これ、一体どうしたんです?ランチに食べる量には少し多すぎやしませんか?」

「海野やイヴァノフの野郎が戻ってきたら押し付ければいいだろ?最悪夜食にすればなんとかなるって。」

などと適当なボックスの一つを取り上げていそいそとふたを開けながら言う。どっちも今日は遠出で戻ってこないのだがこいつは知っているのだろうか?

「戻ってきませんよ?二人とも。ついでにスケジュール表を見る限り他の人たちも戻ってくるのは食事を終えて報告書を出しに来るかどうかと言った所で招集でもない限りは今日は駄目でしょうね、増援はなさそうです。」

西塔が手元の箸を割ろうとしてその体制のまま固まったのが目に入る。とりあえず中華風から揚げとモンゴリアンビーフのボックスを確保してオフィス端に設置された食事スペースに移動する。もちろんマイフォークをデスクから忘れず回収しておく。

「ま、最低限は協力しますけどきちんと始末はつけてくださいね。今の時間なら飢えた職員の1ダースくらい捕まるでしょうし。」

うがー!とかふんがー!とかそういった叫びが聞こえるも無視してから揚げのボックスを開ける。普段食べている醤油ベースのそれと違ったスモーキーかつ香ばしい香りが立ち上がる。竜田揚げのように白っぽい衣に包まれた肉厚のから揚げがひいふうみい……6つほどごろりと収まっている。

まずは一つ齧り付いてみる。ジュっと油が下にしみ出してくるとともに口の中がジャンキーなエッセンスに満たされる。続けてアーモンドとウイスキーの醸し出すアメリカンチャイニーズな風味が安っぽいだけでない香ばしさを提供してくれる。

ジャンキーな味付けに香ばしさが加わりナゲットを放り込むようにサクサクっと平らげると続けてモンゴリアンビーフに手を付ける。西塔が自分のデスクで自棄とばかりに上海風焼きそばをずるずるとかき込んでいるいるのが目に入るが、折角人の金なんだからもう少し楽しんで食べなければ勿体ないのではないだろうか?


20██年 3月██日 サイト-8100 政治局行政監督部 エージェント・西塔

頼みすぎた!私は調子に乗って頼みすぎた事を二日酔いの朝と同程度の勢いで後悔しながらモンゴリアンビーフの紙箱に手を付けていた。本当ならオフィスに居残って仕事漬けになっている連中の息抜きにでもと考えたがこういう日に限って仕事中毒の来栖以外は誰もおらずたった二人で大量の中華料理を処理する羽目になっていた。

「くっそ多すぎるぞ畜生!誰がこんなに頼みやがった。8人ぐらいで食べると想定の量だぞ!」

無論頼んだのは自分である。流石に冷めてまずくなった中華料理の山をそのまま放置という事も出来ない。半ば自棄になってまだ温かみのある牛肉にかぶりつくと、オイスターソースのうま味が牛肉の味を引き立てられ普段食堂で食べる中華よりもいい味を出しているのがわかる。一口、二口と無理やりかみ砕きモンゴリアンなんたらの牛肉をなんとか完食すると、腹の容量が限界を迎えつつあるのを認識しながらデリバリーのカートに目を向ける。

ドラマで見慣れた例の紙箱がどう見繕ってもあと5人分弱残っている、来栖は何事もなかったかのように一人分を平らげてスマートフォンで食後の休憩としゃれこんでいるのが見える。

「来栖……あと一人分くらいなんとからない?いやこう、頼みすぎたなーなんて思う訳なんだけど助けてくれない?」

「西塔さん、そういうのを愚かっていうんですよ。もう食べられないならそう言ってください。仕方ないので助け船を出してあげます。」

何かこうテストでクラス一位を取って得意げになってる中学生みたいな得意顔で来栖がこちらにかぶりを振る。スーツの襟元のボタンをはずし、スラックスのベルトを緩めてなんとかカートへと進もうとするが言いようも知れぬ挫折感と共に膝をつく。体内から何かが駆け上がってくる。油っこさと嫌な酸味の混ざったそれを負けてたまるかと無理やり飲み下すとサービスでついてきた烏龍茶で飲み下す。

ここで助けを読んだらこう何か負けなのでは?一体何に?楽になれよ、どうせお前の懐は痛まない。

脳内で天使の私がそう囁きかけてくる。プリティーなハートのマークが印象的な天使はケヒヒと笑っているような愛らしい顔でさっさと頼れと促してくる。

「あ~来栖……こう、あれだ、頼む……俺が悪かった。その助け舟とやらをくれないか?」

「もう呼んでますよ、XKクラス終焉シナリオが起きたみたいな顔で膝をついた時に。」

大きくため息をつく。腹が膨れすぎて立ち上がるのも億劫ではあったが改めて自分のデスクに(もちろん椅子ではない、こうなれば少しでも高いところから来栖を見て気分を紛らわすのが吉だ)座りひらひらと手を振ってまいりましたとジェスチャーを送る。次はレクターみたいな奴がいるのを確認したから頼もう。海野とか。


結局のところ、このアメリカン・チャイニーズなデリバリーは来栖が呼び寄せた別部署の応援達によって平らげられた。来栖に愚かインシデントとか比喩され事を除けば神は天にいまし、世はこともなしとでもいう風に何事もなかったかのようにカートの上の”あの箱”はすべて片付いている。

時計は14時半をまわりつつあり、満腹になりすぎた体が適温に設定された室温設定と合わさってつい眠気を呼び込んでくる。これはもう、完全に負けてしまうのが健康に良いのではなかろうか?いやでも午後の書類が……いいか、どうせ午前中で大枠は終わっているんだ……。

私は満腹になった体をその欲求の欲するままに投げ出すとそのまま現実逃避の眠りについた。次に私が目を覚ました時、何故かソファでブランケットがかけられた状態で寝ている私を呆れた顔で海野とイヴァノフが見下ろしていたのだが、それはまた別の話だ。


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注記: 以下のファイルは行政監督部所属職員向けの通知です。

部内通知!予算外経費の利用について

現在、政治局行政監督部において通常予算とは別途で利用可能な予算外経費は局長代理のポケットマネーより供出されています。利用の際は局長代理のデスクにストックされた使用用途記載票に記入したうえで利用後は必ず報告するようにお願いします。また予算外経費はあくまで業務上計上できない職務上の出費を賄うためのものです。私的利用を行う際は事前に許可を受けてください。

— 政治局行政監督部 コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァノフ

〈オフィサー、ドクター、ソルジャー、スパイ〉
幕間『西塔のグルメ デリバリー編』

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