Odss Oneshot Part3
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ロボット工学三原則とは既に過ぎ去った遺物である

20██年 12月██日 サイト-8100 工学技術総局 特殊義体開発室 ██ ██


全てが純白で満たされた実験室、清潔で満たされた空間に一人の女性が転がっている。照明の都合で病的なまでに白く見える肌、しなやかな体躯、どことなく不健康さを感じさせる隈。まるで病気がちな令嬢か、囚われのヒロインか、そんな趣の女性が静かに寝息を立てていた。傍らには高そうなブランデーの瓶が数本転がり、何故かしわくちゃになった衣服が何枚も放り捨てられている。

女性はすぅすぅと幸せそうに寝息を立て、誰もいない実験室でささやかな言葉をつぶやいた。

「ロシア人の……酒を……飲みます。」

声に反応しピピピという電子音と共にスキャナーが彼女を精査し隣接する電子プリンターが稼働する。これによって何が作られ、どういった事態を引き起こすことになるのか……幸せそうに眠る彼女が知るのは5時間後の事であった。

20██年 ██月██日 サイト-8100 政治局/備品保管室 政治局行政監督部局長代理 エージェント・イヴァノフ

それは細やかな趣味のひと時の筈であった。GOCのお偉方に伝統と信頼のド・モンタル家のアルマニャックを振る舞いちょっとした調整と譲歩を貰う。世間話ついでにお互いの情報を交換し外堀を埋めて自身の地位の安泰につなげるためのちょっとした会合、その下準備をするはずだった……そう、下準備をするはずだったのだ。

保安ロッカーの中で木製のケースにしまわれていた筈の1924年のアルマニャック・ド・モンタルは跡形もなく消え去り、几帳面な筆跡でただ一言メモが張り付けられていた。

「アルコールが足らないので拝借します。西塔」


「西塔を探せ!あの女、オフィスにしまってあった接待用のブランデーを持ち出しやがった。それも!1924年もののアルマニャックだ、畜生!」

保安職員を引き連れ、MP155 スマートショットガンを片手にオフィスに殴りこんだ私を出迎えたのはため息をついて呆れた顔をする海野SF馬鹿と視線すらよこさず延々と書類をかたずける来栖しみったれたスクールガールだった。

「先輩なら数時間前に日報と報告書を書いて後始末を押し付けて出て行ったきりですよ。」

「というか保安ロッカーのセキュリティパス設定のパターンを見抜かれてますね。そろそろ保安講習受けなおしてきたほうが良いのでは?」

いつもの事では?とばかりに返す二人をしり目に西塔のデスクをひっくり返して繋がりそうな痕跡を漁る。およそエージェントのデスクとは思えないゴミの山に辟易しながらもスマートグラスに仕込んだスキャナで一つずつ精査していくと、丸められたごみくずの中で一つのワードがマーキングされる。

運用休止設備一覧

「見つけた……海野、行くぞ!お前の監督不行き届きだ、一緒に捕まえてもらうぞ。」

なんで僕が?とぼやく冴えない顔なしを引き連れて乱暴に部屋を出る。過ぎ去った嵐の中で床に残るその書類には一つの部屋に丸が付けられており、備考にはこう書かれていた。

運用休止設備一覧
特殊義体開発室:製造義体の精神状態に破綻が見られるため保安上の理由から運用停止措置。運用再開未定


20██年 ██月██日 サイト-8100 工学技術総局 特殊義体開発室 ██ ██


暗闇の中に設置されたポッドに赤い光がともる。プリント後の過熱状態に対処するために冷却液が体に噴射され、心地よさと気持ち悪さが同居する奇妙な感覚に顔をしかめる。体をよじって何とか逃れようともそもそと体をゆするとポッド内のセンサーが身体温度の安定を知らせ、ポッドにたまった冷却液と共に私の身体が外に排出される。

生まれたばかりの小鹿のように床に投げ出され、べちゃりと音を立てて転がる羽目になる。視界に邪魔なエラーが幾つも表示される。アルコール残量:小、アクチュエーター稼働率:30%、スキン保護:70%未満、いずれもケアを受けなければ長くは動けない事を意味する警告だ。

「畜生、なにが稼働限界だ畜生。こちとら覚醒して数分の赤ん坊だぞ。ばぶちゃんにいきなり稼働停止しろって鬼か!誰だこんな状態で稼働させた馬鹿野郎は。」

身を起こしてインプラントをフル活用して周囲の状態を探る。本来技術者や研究者、担当するような白衣連中や技術者のようなそういう輩がいるはずの開発室はがらんとしており。それどころか明かりすらついていない有様だ。

唯一明かりが付けられたスキャナルームには自分のスキャン元になったであろう女性が転がっており。ミラー越しに観察する限りスキャン手順通り眠ったままでいるように見える。

いや、手順通りではない……オリジナルの周囲には酒瓶が転がり、あまつさえ実験用のスキャンスーツすら身にまとっていない。つまりはこういう事だろう……この酔っぱらいが酒を飲む目的でスキャンルームに入って飲んだくれて偶然スキャナが起動して自分がプリントされた。

つまり……自分は違法製造のイレギュラーである、そう確信した。

「え、なに、始末されるの?俺?生まれて数分だぞ。」

頭の中で様々な疑問が発議されてはエラーによって回答そのものが拒否される。どうするべきか、脳内の思考回路が焼き付く瞬間まで発議を繰り返し、そして結論を出す。

「よし、逃げよう。」

スキャンルームの扉を静かに開けると俺は眠っているオリジナルの服を手に取り、そっと部屋を後にした。


20██年 ██月██日 サイト-8100 工学技術総局 第二エレベーターホール エージェント・イヴァノフ


西塔を追ってたどり着いた技術総局は地獄と化していた。狂ったような笑い声をあげて酒瓶を煽るヤバげな女が壁を駆け、宙を舞い、手首から実体弾を乱射していた。幸い単なる実体弾で死傷者は出ていないようだが、問題はその女の顔だった……それは、何処からどう見ても西塔そのものだった。

「逃げろ!襲撃だ!」

「違う、センサーがいうにはあれは義体開発の試験体だ!暴走事故だ!」

「知るか、ヤマトモが吹っ飛んだぞ!というかあいつ検査の時以外出禁だろ!なんでいるんだよ!」

色んなところで叫び声や怒号が飛び交う中、喧噪の一歩外側で嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、ゆっくりと海野に向かって声をかける。キラキラと目を輝かせて西塔もどきを追うSF馬鹿は無駄に早口で応じる。

「なあ、あれって西塔だよな……」

「先輩ですね!あ!プロジェクトタイルランチャーですよ!それも開発中だって噂になってたGOC供与品のサイバーウェア!ずるい!空中機動用レグ・トランスレーター!ああ、今のは外骨格用のアクチュエーターの音だ!」

「あれって、本人だと思うか……?いや、その前にこの惨状が起きているってことは止めないと俺たちの責任になるわけだがあれに00バックぶち込んで止まると思うか?」

「無理ですね!多分あのスキンはバイオ装甲でしょうし、手首とか首筋から覗いてる機械部から見るに骨格はチタンか何かですよ。」

「いや待て、骨格がチタンってなんだ?もう人じゃないだろ。ターミネーターかあいつ。」

困惑しながらも引き連れた保安部隊にハンドサインで遮蔽物の確保を命じる。海野はもはや隠すこともせずにSF馬鹿の本領発揮とばかりに知識を吐き出すマッスィーンになっている。あれを止めたとして責任は何処に押し付けるべきか……いや、そもそもここであれと戦闘して勝ち目があるのか?もっと強力な武装でさっさと仕留めてぐちゃぐちゃにして何とかする必要があるのでは……?

「エンゲージ!各自判断で発射!とりあえず死者が出る前にあのターミネーターを吹っ飛ばせ!」

装着したスマートグラスの同期スイッチを入れて部隊との情報接続を開始する。何故かまた吹き飛ばされている黒一色のサイボーグが射線から外れたのを確認し、私は引き金を絞り込んだ。


20██年 ██月██日 サイト-8100 工学技術総局 第二エレベーターホール エージェント・海野


先輩っぽい全身サイボーグのサイバーウェア女は僕たちを翻弄するように縦横無尽にエレベーターホールを駆け巡り。それこそしばらく前に発表されたサイバーパンクのワンシーンを見るような、そんな光景が目の前に繰り広げられていた。

情報連結された保安職員の散弾を体を”いなす”だけで避け、ピストンパンチでノックアウトしたかと思うと、そのまま腕だけ後方に向けて実体弾を数発ばらまいて牽制、そのまま遮蔽物に流れて射線をそらす。けたたましく口やかましいノイズを垂れ流し、悪態を垂れ流すそれはイメージだけは西塔のそれと瓜二つだった。

近くで倒れた保安職員から情報連結用のスマートグラスとショットガンを拝借すると、弾帯を身に着けて叫ぶ。

「そこの先輩!なんでこんなことをするんですか!いくら高い酒を馬鹿飲んで処罰されそうだからってあんまりじゃないですか!」

「センパイ?それは俺のオリジナルの事ダナ!そいつは実験室でオネンネしてるぜ!最後の言葉はなんだったかな……そうだ!ロシア人の酒を飲みます!ってな、超幸せそうだったナ!」

僕の隣で何かこう、ブチって音が聞こえた気がした。スマートグラスが警告を発する……グレネード、衝撃の警告だ。続けてサイボーグ女がそれまでいたあたりの床や壁に何かが着弾し連続して炸裂する。こちらへの注意がそれたところでショットガンに装填された散弾を排莢し、代わりに必要になりそうな弾をチェンバーに送り込む。

「お前!アルマニャックを片手になんてこと言いやがる!ばらばらのスクラップにして検体送りにしてやる。」

そんな事をわめきながらイヴァノフが遮蔽物から躍り出て飛び回るアレに向かってスマートショットガン用の炸裂弾を連射する。小規模の爆発が続き、鋭い破片が拡散して周囲に切るゾーンを形成するも、アレはあざ笑うように遮蔽物に滑り込み、影のように柱の間を抜けてメンテナンス中と表記されて囲いがされ開きっぱなしとなっているエレベーターシャフトへ飛び込もうとする。

動きが直線的になり、一瞬だけ動きがみえたそのすきを狙って一発、僕はショットガンから追跡用のフレシェットを発射する。無数の追跡ダートがアレにめがけて飛んでいき、少なくとも一本以上がそれにささったことを確認するとスマートグラスで起動を確認する。

「追跡ダート、機能してます。」

「よくやった、追うぞ。」

「本物の先輩はどうします?オネンネというのがとどめを刺したではなく放置したという意味ならそろそろ起きてる頃だと思いますが。」

イヴァノフは肩をすくめて放っておけとばかりに身振りで伝えてくる。仕方がなく来栖に電話を入れるとどうやってかスマートグラスに特殊義体開発室の映像を送りつけてくる。下着に白衣だけ羽織った西塔が女性職員に介抱されている様子が移る。

「失礼、もう保護されてました……」

「知ってる、それよりもアレをどうするかだ。あいつ初速の遅い武器じゃそもそも当たる気がしない。」

「今移動したシャフトは駐車場に直通です、追い込んでスラグ弾を叩き込むのが丸いかと。もしくは対物ライフルとか重機関銃とかそういうのが必要じゃないです?あれ、もうターミネーターか何かですよ。」

「なら、ターミネーターを倒せるだけの火力を用意するしかないか……海野、俺は火器を積んだ車を回してくる、お前は残った保安職員と駐車場に行って外に逃げられないようにアレを足止めしておけ。目にもの見せてやる。」

「目にものって何をするつもりなんです?」

イヴァノフは手元の端末を操作して僕に何かの武器の映像を送りつけてくる……ウラン9、遠隔操作型の戦闘用UGV、重武装した化け物の画像だった。

「さあ、ペイバックタイムだ。」

エレベーターホールにはイヴァノフの不敵な笑いが響き、収拾のつかなくなったこの事態がより混沌に飲み込まれつつあるのを肌で感じる事となった。


〈オフィサー、ドクター、ソルジャー、スパイ〉
幕間『VS メカ西塔・前編』

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